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【コミカライズ第2巻6/27発売】ルベウスの魔女とアルスマグナ 〜乙女ゲームのアンチヒロインは世界の滅亡を回避したい〜  作者: 阪 美黎
第3章 魔法銃カルブンクルス

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魔法銃カルブンクルス(4)

 翌日。

 アウロラはカントリーハウスに戻っていたアレクシアの書斎の扉の前に立つ。

 あらかじめ相談したいことがあると告げてあり、時間を作ってもらったのだ。

 アウロラは軽く息を整えてから、扉についているドラゴンを象った叩き金(ドアノッカー)を打ち付ける。

「お母様、アウロラです」

「お入り」

 魔法じかけになっている叩き金(ドアノッカー)のドラゴンがギョロリとアウロラを見据え、アレクシアの返事を伝える。

 許可を得て扉をそっと開いた。

 カントリーハウスのアレクシアの書斎は、王都の屋敷のそれに比べてとても広い。備え付けの書棚にたくさんの書物が並んでおり、古い魔法道具もあちらこちらに置かれてはいるが、彼女いわく「ただの飾り」とのことで、どれも実用には適していないようである。

 アレクシアの座す書斎机の前まで進むと、彼女は顔を上げた。

「ごきげんよう、お母様」

「書斎へようこそわたくしの小鳥。そなたはあまりここへは来ぬな」

「お母様のお仕事を邪魔したくないので」

「仕事というほどのことはしておらぬよ。貴族や議員や庶民、その他諸々……からの王府への意見書や嘆願書に目を通していただけだ。ほとんどはあくびがでるような案件だぞ。中にはまともな嘆願や有益な情報が含まれていることもあるので欠かしていないが…まあこれもいずれそなたの仕事だな」

 アレクシアの日常はほとんどが書類仕事で忙殺される。自身に置き換えて想像すると…確かにあくびが出そうだ。

「…それで?わたくしに相談があると言っていたな」

「はい、お時間をいただき、ありがとうございます」

「他人行儀はおやめ、わたくしの小鳥。…とにかく、そこへお座り」

 アレクシアは立ち上がると、応接セットのソファーへ娘を促した。

 向かい合う形で座ると、アウロラは口火を切った。

「お母様、わたしに魔法銃カルブンクルスをお与えいただきたいのです」

 娘の言葉に、アレクシアはわずかに首を傾げた。

「いきなりだな。カルブンクルスを、か。始祖様からはじまり、代々我らルベウスの当主が守ってきた。あれの鍵はわたくしが持っているが……なぜ欲するのか」

 当然の質問だ。

 アウロラは一拍置いて口を開く。

「お母様、これから話すことは全て本当のことなのですが、……実は、ルベウスの始祖様とお会いしました」

 唐突な告白にアレクシアの眉が器用に片方上がる。

「…始祖様に、会った…とな?」

「は、はい。現実世界ではなく、夢のような空間だったのですが…たぶん、お互いに意識体でした」

 アレクシアの探るような、怪訝な眼差しに、アウロラは瞳を伏せた。

「アウロラ、わたくしはそなたを疑ったりはしない。故に、順序立てて話すがよい」

「…はいお母様。この間のフューシャ国に拐われて……いえ、たまたま、偶然フューシャ国にお世話になっている間に起こったことなのですが」

 正式な書面のやりとりで、アウロラが拐われた事実は消されている。そのため、あえて言い直した。

「意識を失っている間、わたしは夢のような空間にいました。そこで、わたしの存在を探していたという始祖様と時間を超えてお会いし、お話をしました」

「探していたと?始祖様がそなたを?」

「はい。それ以前に、わたしは始祖様を夢で見ていました。赤い竜の背に乗るルベウスらしき女性を。それはただの夢…わたしの想像だと思っていたのです。ですが、始祖様は…お名前をアリザ様とおっしゃいましたが、あの方もまた、その時にわたしの存在に気づいていたそうです」

「そなたは夢だと思っていたが、始祖様からは現実だったということか?」

「はい。あれは、ゼノとの戦いの最中だったと教えてくださいました。…そこで、わたしの存在に気づいたアリザ様が、その後わたしと接触を図ろうとしていたそうです」

「………。時を跨ぐには想像以上に魔力を消費する。始祖様だからこそ可能とした超越魔術ではあろうが……なるほど、そこまでしてそなたと邂逅を望んだのには、理由があるからなのであろう?」

 さすが、ルベウスであるアレクシアは察しが早い。

 アウロラは頷き、覚悟を持って告げた。

「わたしが、始祖様の転生した体の持ち主で、そして、再び明夷の門が開き、ゼノが攻めてくると教えてくださいました。わたしの…いえ、アリザ様の転生はゼノの侵攻に呼応しているのだと。でもこの肉体に、アリザ様は宿ることができなかった。そのため、かわりにこの体を持つわたしがゼノと戦うさだめにあることを知らせたかったと」

 核心部分を告げると、アレクシアは腕を組み、考えるようにそっと瞳を伏せた。

 そして「そうか」と重く呟く。

「……母上の言った通りだったか」

「……お母様?」

「わたくしがそなたを宿した時、始祖様と思しき魔女と赤き竜を夢に見た。わが母は、それこそが始祖様再来の予兆であると語ったが……わたくしはどこか懐疑的であった。生まれたそなたは、確かに尋常でない魔力を湛えていたが、魔術回路は酷く偏っていて、長じるほどにその影響力は顕著になっていった。…かつてのそなたに良心は一欠片も存在していないように見えた。この娘が始祖様だというのならば、世界はゼノの侵攻を待たずに滅びるであろうと思った。だが、それがルベウスのさだめであるのならば、やむなしとも」

「……お母様」

「今のそなたはあの頃のアウロラとはまるで別人だ。そなたと邂逅した意味を知るため…始祖様は時を下って事情を探ったのであろう。そして始祖様がその身に宿ることができぬほど、かつてのそなたは歪んでいることを知った。宿れぬのであれば干渉するしかない。あの日、そなた倒れるに至ったのは、始祖様の魔術的関与があったと想像すれば説明もつく。そして、今のそなたになったのだな」

 腑に落ちた、とアレクシアは呟いた。

「……」

 まるで別人なのは、当然のことだ。本当に別人なのだから。

 そこで根本的な疑問が浮かぶ。

 アリザの干渉があったとして、血族のアウロラはともかく、なぜそれが『わたし』に及んだのか。

 実は、ここに至るまでにもそれは何度も考えた。他の誰でもよかったはずなのに、なぜ『わたし』だったのかと。

 そして、ゲームと現実の境界を越えて、なぜわざわざ生きている人間をゲームの世界へ引っ張り込む必要があったのか。

 ただのゲームにそのような力が宿っているとは思えない。境界を超越し、現実に干渉することができるほどの力がアリザにあるのだとしたらそれはもう…神の領域ではないか。

 それらのことを考えると、身動きがとれなくなりそうであまり考えないようにしている。今ある問題だけに目を向けて。

「アリザ様は、使えるものはなんでも使えとおっしゃいました。でも、まずはカルブンクルスを手に入れよと。お母様に尋ねればわかるとも」

「なるほど、わかった。いよいよその時が来たということだな」

 アレクシアは驚きもせずに頷いた。

「時を隔ててまたやつらは来たると伝わってきたが、まさか、わたくしの代で再び戦を経験することになろうとはな…ゼノか。…アウロラ、そなたはゼノについてどこまで知っているのだ」

 問われてアウロラは答えに窮する。

 あれから自分で学ぼうと屋敷の書斎や魔法学校の図書館で関連書籍を探してみたのだが、どれも昔話や伝承ばかりで、歴史としての資料は浅く、また、ゼノというものへの研究がなされた書籍を見つけることはできなかったのだ。結局、ゼノは未知のままだ。

「…よくわかっていません。本を探してみたのですが、真相に迫っているようなものはなくて…」

「…それは仕方がないことだ。残せる者がいなかったのだから」

「…え?!」

 驚いて目を見開く。

「魔法庁には当時のゼノとの戦について記した古い資料が残されているが、どれもそなたに役に立つものではない。やつらの特徴も対処法も具体的に記されてはいない。ただどのような混乱があったか、どの国が滅ぼされたのか、人的被害はいかほどだったのか…そういったものが数字で残っているだけだ。故に、現在ではゼノの侵攻は魔導石の分配権を得るためのルベウスや周辺国の狂言で、はじめからそんなものはなかったと発言する学者もいるくらいだ」

「……そんな。どうして残さなかったのでしょうか」

「残せるはずはないのだ。前線にいたのは赤き竜、そして始祖様と初代サフィルスのみであったのだから」

「……他の人間は、何をしていたのですか」

「為政者や貴族のほとんどは逃げ出していたし、魔術師や騎士、兵士もあくまでも後方支援で、まともにゼノと戦ってはいない。それでも危機意識を持ち、勇気ある者が踏みとどまっていたことは確かではある。当時のアダマント王や王子は数少ない逃げ出さなかった為政者や王族であるが、民を守るというだけで精一杯だっただろう。つまり、始祖様方が残さなければ、何一つ記録として残ってはいないということだ」

「………。アリザ様たちは、何も残さなかったと?」

「いずれまた記憶を持って蘇るのであれば、不要と感じたかもしれぬ。のちに魔導石の鉱床が発生したこともあって、下手にゼノへの興味を抱かせたくなかった側面もあっただろうが…だが、概要だけは代々口伝されてきた。そなたがわたしの跡を継ぐ際に、これもまた口伝されるはずだったが……今から話そう」

「お願いします」

 アウロラは深く頷く。

「ゼノの成り立ちについてはわたくしも知らぬ。知る必要がないと判断されたのか、そこは省かれている。ゼノというのは総称で、正式な名前は存在していない。ゼノは名のある13柱からなる古き竜族が支配する世界だ。森は焼け、水は干上がり、黒き太陽が浮かぶ瘴気と狂気に満たされた不毛なる世界。人間はもちろん存在しておらず、理性なき魔獣どもで溢れているという。そして魔獣を率いて界を渡り、滅びをもたらすのは漆黒の竜、ニグルム」

「漆黒の竜…ニグルム…」

 息を飲む。

「始祖様は、かつてニグルムに魔法剣グラディウスを突き刺し、やつに深手を負わせてゼノへ追い返した。それまでに、幾度の夜を越えたかわからぬほどの死闘を繰り広げたという。ニグルムの傷が癒え、再び界に穴を開け侵略するまで、時を要する。それが400年かかったというだけのこと。侵攻はいつでもおかしくはなかった」

「……ゼノは、なぜ…この世界を滅ぼそうとするのですか」

「やつらの本能だからだ。創造主に与えられたやつらの使命。滅ぼすことが、存在する意味である」

 静かに述べられた言葉に、アウロラは沈黙する。

「ニグルムは恐ろしき竜だが、案ずることはない。…そなたにも、竜は『在る』」

 アレクシアはアウロラの胸を指差す。

「わたしにも…」

 そっと胸元に触れる。

 ルベウスの紋章にもなっている、赤き竜。ルベウスの魔女は竜を召喚できるというが…。

 だとしたら、その赤き竜は……一体『何処』から飛来したモノなのか。

 アウロラの考えを遮るように、アレクシアは立ち上がる。

「…さて、まずはカルブンクルスを取りにゆくとしようか、アウロラ」

「!…今から、ですか?!」

「そう」

「どこへ?」

「あれの中だ」

 アレクシアは部屋に置かれた大きな姿見を指差し、その前に立つ。

「さぁ、わたくしの小鳥。こちらへおいで」

 戸惑いながら近づき、差し伸べられたアレクシアの手を取る。

「お母様、鏡界を渡るのですか?」

「そうだ」

「わたし、まだ経験が…!」

「いっときだが息が詰まる。深く息を吸い込むがよいぞ」

 娘の返事を待たず、アレクシアはアウロラの手を強く握ると鏡の中へと踏み込む。まるで水銀が波打つような重みを肌に感じながら、飲み込まれる寸前アウロラは大きく呼吸をし、ぎゅっと目を閉じて鏡の中へと飛び込んだ。



 鏡の世界はなんとも形容しがたいものがある。

 乱反射する中に、分裂する自分の体。伸びたり縮んだりもする。

 意思がはっきりしていなければ、己の肉体の在り処を把握できず、この世界に閉じ込められてしまいそうだ。

 アレクシアが手を伸ばすと、割れたように散らばっていた鏡の小片がパズルのように組み上がり、扉を写しだす。

 アレクシアは迷わずその扉の取っ手を掴んで開くと、アウロラを中へと押し込み、扉を閉める。

 そこでやっと呼吸を取り戻す。

「………ここは息ができる…」

「鏡界にも関わらず、部屋の中だけは正常なのだ。不思議だろう?」

 アレクシアは小さく笑う。

 アレクシアが連れてきたのは小さな部屋だった。窓はなく、四方は壁に覆われている。部屋の中央には円形のミニテーブルが置かれ、そしてその上に一際存在感を放つ、きらびやかなチェストが置かれていた。

「アウロラ、持ち上げてごらん」

 軽く背中を押されて、アウロラはゆっくりとチェストに近づく。

 金銀、宝石が散りばめられた鍵穴付きのチェスト。まるで物語を描くように、竜の姿も彫金されている。チェストが特別な物品を納めていることは一目瞭然だ。ためらいながら手を伸ばし、チェストの両端を持つとそっと持ち上げてみる。

 それほど重みを感じることはなかったが、しっかりと持ち上がった。アウロラはアレクシアを振り返る。

「…お母様…これは…」

「その中に、カルブンクルスはある……と、されている」

「…この中に?!じゃあ、このお部屋は…」

「…初代サフィルスがカルブンクルスを封印するために…いや、姉の手に戻るまでの間、仮置きするために用意した特殊な部屋だと教えられている。ここは、400年前のまま時を止めているのだ」

「…400年前のまま?!」

 チェストが古びていないのは、そのためか。

「早く帰るぞ。この部屋は極端に時の流れが異なっている。ぼんやりしていたら、ノヴァの方がずっと年上になってしまうぞ」

「…そ、それは困ります!」

「であろう。さぁ、戻るぞ」

 促され、アウロラはチェストをしっかり片手で抱えると来た時と同じようにしてアレクシアの手を取り、鏡界に再び飛び込み、アレクシアの書斎へと戻った。

 鏡界に入る前は、まだ昼間だったのに、戻ってみれば夕暮れだ。

 アレクシアが言った通りだった。

「やはり、そなたが始祖様…いや、アリザリン様なのだな」

 チェストを抱えたアウロラを見つめ、アレクシアはぽつり呟く。

「……アリザリン…様?」

「始祖様の真名だ。アリザは略名だな」

 彼女自身はアリザと名乗っていたが、本当はアリザリンという名だったのだ。

「お母様は知っていたのですね」

「代を継ぐときに、全て教えられる。わたくしがそなたに教えることは少なそうだが、わたくしがかつて先ほどの部屋に母と訪れた時、同じようにチェストに触れた。…けれど、持ち上げることは…持ち出すことはできなかった。アリザリン様以外は、同じルベウスであってもカルブンクルスは使い手と認めないと母に教えられたが…それを持つそなたを見て、やっと確信できた」

「……お母様、でも、わたしはアリザ様では…」

「あぁ、わかっている。そなたはわたくしの小鳥(アウロラ)だ。けれど、カルブンクルスが使い手と認めたからそれはそなたの手にある。誇ってよいぞ。わたくしも誇らしい」

「はい」

 小さく頷くアウロラを見届けて、アレクシアは別の話を振る。

「…ところで、ノヴァにアリザリン様とのことを話してあるのか?」

「…いいえ。まず、お母様にお話ししたくて」

「賢明だな。では夕食後、皆を居間に集めよう。ウィスも昨日から留まっていることであるし、丁度よい。ゼノのこともあるが…チェスト開封式と行こうではないか」

「はい、お母様」

 微笑むアレクシアにアウロラは明るく答えた。

アリザ様のお名前は、アリザリン様といいます。作中に本名出せてよかった。

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