魔法銃カルブンクルス(3)
ノヴァの手を取り、アウロラにが先導してやってきたのは庭と森の境界。
森とアウロラを交互に見やり、ノヴァは尋ねる。
「ここで何をやろうっていうんだ?」
「わたしのブラッドストーンで探知が強まるって言っていたでしょう?だから、その逆も可能なんじゃないかと思ったの」
アウロラのブラッドストーンをノヴァが身につける(喰わせた)ことによって彼女への探知が強まると彼女に告げたが、そこから別の発想に至ったらしい。
「俺への探知が強まると?」
「ええ。ただし、魔力探知とは違う方法でね」
「それを試したいわけだな」
「そうよ」
にっこり笑うアウロラに、ノヴァは小さく首を傾げた。
「やりたいことはわかった。それで、俺は何をすればいい?」
「あなたは気配を消して、森のどこかに隠れて。かくれんぼと同じ要領よ」
「他には?」
「それだけよ」
と再び微笑むアウロラ。
「本当にそれだけでいいのか?」
「ええ!」
「………」
魔術的な助けは不要らしい。拍子抜けする。
だが、天才に多くを尋ねるのは野暮だ。
「……わかった。隠れるから少し時間をくれ」
「いってらっしゃい」
ノヴァは小さく息を漏らしながら森へと踏み入る。その背中を手を振って見送り、視界から遠ざかると気配も消える。
魔力を用いなければ痕跡を追跡できない状態になったことを確認すると、アウロラは腕を組む。
「……さて、ここからどうしようかしら」
実のところ、探知だけならば容易なのだ。
アウロラの魔術回路に巣食うっていたかつてのアウロラの澱が取り払われて、発覚した能力がある。
その気になれば、彼女の目は生命探知を容易に可能にし、生ける者の生命力が障害物越しにでもオーラとなって判別できることを。さらに、軽く足先を床や地面に叩きつけると、そこからまるで音波探知でもするように家屋の間取りや人間の配置も確認できた(もちろん範囲はある)。
アウロラの澱が遮っていた彼女本来の能力。四六時中これを展開していると気が休まらないので、普段はとにかく感覚を鈍く保っている。意識的に切り替えができるようになるまでは、もっと強い暗示が必要かもしれない。
とはいえ。
「今はそのどちらも必要じゃないわ。彼の居場所がわかるだけじゃ意味がないもの。……エディス」
名を呼ぶとアウロラの手に杖が現れる。
望んでいるのは探知ではなく瞬間移動。
「……とりあえず魔法陣よね。……ええっと、とりあえず円を描いて…」
エディスを地面に向けて、魔力でさらりと小さめの円を描く。
問題はここから。
具体的なマジックサークルの文様が浮かばない。……困った。
「う、うーん…ノヴァの名前でも書いてみる?」
誰に質問しているのか、アウロラは円の中に『ノヴァ』と名前を書いた。
我ながら、あまりの雑さに肩を落とす。高尚さのかけらもない。
「…こ、これは酷い…。これが機能するなら魔女も魔術師も苦労しないわ…」
しかし一応、アウロラはその雑なサークルの中に立ち、ためらいがちに命じてみた。
駄目でもともと。
「…ノヴァのところへ」
その言葉も虚しく、立ち尽くすことになると思っていたアウロラの足元は眩い光を放ち出す。彼女の予想に反して、この雑な魔法陣は正常に動き出していた。
※
アウロラに言われるままノヴァは森に隠れる。
正確には、死角を探し、とある木に背を預けて腕を組んでいるだけだが。
ルベウス屋敷は四方を森に囲まれ、魔法学校に入学するために住まいをコンドミニアムに移すまでは、この森林はアウロラとノヴァの遊び場でもあった。アウロラにとっては数少ないフラストレーション発散の場でもあったはず。
魔力探知を使わずに、一体彼女はどんな探知方法を試したいというのか。
「……近づいてくる気配はないな…。森の前からまだ動いてないのか」
彼女は気配を消していない。
この時、当のアウロラは杖を片手に悩んでいる最中である。
探知を容易にする、というのは間違いではなかった。意識を集中させる必要もなく、彼女の方位や距離を感覚が教えてくれる。やはりブラッドストーンは、アウロラの小さな分身なのだ。
耳たぶに埋め込んだブラッドストーンを指で弄び、ノヴァはわずかに瞳を伏せた。
思いがけず手に入れた最高のギフト。彼女の深い信頼の証。
アウロラといるときは格好をつけて表情に出さなかったが、ノヴァは嬉しく思った。
より彼女の『特別』に近づけた気がして。
「……はぁ…、俺は単純だな…」
普段は目を背けている感情が、不意に顔を出しては彼を困らせる。アウロラは、フラテルだからという理由で託したに過ぎないのに。
その時、移動する様子のなかったアウロラが気配を絶った。
『ノヴァ』
アウロラに呼ばれた気がしてはっと顔を上げる。すると、彼の頭上に鮮やかな魔法陣が現れ、そこからまさかのアウロラが受け身も取らずに背中から落ちてきた。
「…?!」
理解が追いつかないまま、ノヴァは反射的に両腕を出して彼女を抱きとめる。
「……な……」
唐突な登場の仕方にノヴァは絶句する。
落ちてきたアウロラも同様に驚きながら固まっていたが、言葉を失っているノヴァと視線が交わると、すぐに表情を崩してノヴァの首に抱きついて歓喜の声を上げる。
「きゃぁぁ!成功だわ!」
少々想像していたそれとは異なっているが、瞬間移動(のようなもの)に成功したアウロラは素直に喜ぶ。
「……おい…アウロラ…っ…」
抱えているノヴァはアウロラの勢いにふらつきながら、戸惑いを口にする。
「……一体、何をしたんだ?…俺の頭の上から降ってくるとか…」
「瞬間移動よ。正確には瞬間、ではなかったけど。……登場の仕方は、今後改良の余地がありそうだけど、とりあえず成功とみなしていいわよね」
魔女とは思えないほど雑な仕掛けであったが、アウロラの高性能な魔術回路が意図を汲み取り、不可能を可能としたのかもしれない。ブラッドストーンはアウロラに紐付けされていることを証明した。
「……瞬間移動?…これを試したかったのか?…」
「ええ!これで、いつでもどこでもノヴァのところへ移動できるわ!…もしかしたら、ノヴァを呼び寄せることもできる、かも?」
通常の転送魔法とは異なり、転送先に対となる魔法陣を必要としないので、アウロラやノヴァがどこにいようとも転送できるというわけだ。どの程度の距離まで可能なのか、もっと検証してみる必要があるにせよ。
可能性に気づいたアウロラに、ノヴァは複雑な表情を見せる。
「……いや、便利ではあるが……必要以上には使うなよ。…その、日常ではいろいろと障りがあるだろ」
着替えていたり、風呂場にいたり…唐突ではどちらも困る。
アウロラもそこに考えが至ったのか、少し顔を赤らめ頷く。
「ええ、普段は使わないわ。魔法を日常生活に使って楽をしてはいけないって、最初に教えられるものね」
この瞬間移動はTPO(時、場所、場合)が大事そうだ。タイミングを間違えると、彼へのハラスメントになりかねない。
「ただ、魔法陣が頭上に現れる瞬間に、アウロラに呼ばれた。…これが合図かもしれないな」
「…声が…?…というか、ま、魔法陣…み、見えたの?見ちゃったの?」
口を引きつらせるアウロラをノヴァは不思議に思う。
「一瞬だったけどな。そこからお前は降ってきたんだろ。…古いルーン文字と模様だったが、咄嗟に思いついたのか?さすがだな」
ノヴァは感心するように笑ったが、アウロラは「え」と固まる。
古いルーン文字と模様?円の中にノヴァって書いただけなのに?都合よく自動変換されたのかしら。
ノヴァが想像するような立派な魔法陣は描いていないので、思わず目が泳いだ。
これは膨大なリソースを用いて古今東西あらゆる魔法を照らし合わせ、最適化された魔法陣が自動生成された結果なのだが、当のアウロラは理論についてはさっぱりである。
それにしても、一瞬で文字や模様を確認できたノヴァの方がすごいのではないか?瞬間移動より、魔法陣の出来に感嘆していたので、興味の視点がアウロラとは異なっているのだろう。
「…と、とにかく!これでどれだけ距離があっても、ノヴァのところに帰れるわ」
「…帰る?」
「ええ。わたしが帰るところはあなたのところだと思ってるわ」
可愛い言葉を呉れるアウロラに、ノヴァは顔を赤らめ気まずく目をそらす。
心臓の挙動がおかしい。
他意のない言動で秘めたる感情を刺激する彼女が恨めしい。たわいもなく揺れてしまう自分も。
「ノヴァ、どうしたの?顔が赤いわ」
「……誰の所為だと思って…」
独り言ちる。
「なに?今なんて言ったの?」
「……。別に。……それでお姫様。実験はこれで終わりか?」
「ええっとね、実はもうひとつあって…」
アウロラは片手でノヴァの頬に触れる。
「……その、熱かったら…ごめんなさい」
アウロラは少々眉を寄せて告げる。
なにを、とノヴァが言いかけた瞬間、ふたりを猛烈な炎が飲み込んだ。
高濃度の魔力が注がれた炎だ。
目の前のアウロラのピジョンブラッドの瞳が鮮やかに、妖しく輝いている。彼女の魔法か。
はっと目を見開くノヴァだったが、熱傷もなく、火傷もしない。暖かさを感じるだけだ。
幻術かとも思ったが、足元の草は細い煙をあげている。……現実の火だ。
彼が認識すると同時、炎は渦を巻いてかき消えた。
「………」
「……ノヴァ、あの…熱かった…?」
恐る恐る尋ねるアウロラにノヴァは顔を向けて、注意する。
「熱くもなかったし、火傷もしてない。…だが、こういうこはやる前に言ってくれ。驚くだろ」
「ご、ごめんなさいっ、大丈夫だろうと思ってはいたの」
アリザが述べていた通り、アウロラの魔法の巻き添えにはならないようだ。安堵する。
「まあ…ブラッドスローンが俺をアウロラの一部と判断して攻撃対象外にする…ことは、今のでわかったな」
「ノヴァがわたしの一部なの?」
「あぁ。厳密にいえば、ブラッドストーンが俺をアウロラの下僕と判断したってことだ」
「ゲ、ゲボク??…そ、そんな言い方しないで!」
「わかりやすく言っただけだ。でも、俺はアウロラのものだよ」
わたしの、もの、だなんて。
ノヴァは事も無げに言っているが、何やら背徳的な響きや意味合いを感じてアウロラは顔を赤らめた。
彼はなぜそんなに涼しい顔をしていられるのか。
困惑しながらも、ふと先ほどからずっと彼に抱えさせていることにやっと思い至り、焦る。
「……あ!ご、ごめんなさい、ノヴァ!抱えてもらったままで……重かったでしょう?降りるわ!」
いわゆる、お姫様抱っこの姿勢。
抱きかかえたままにさせていたことに今更気づいてアウロラは降りようとするのだが、ノヴァはそれを拒んだ。
「ノヴァ?」
「……いろいろと俺を驚かせた罰だ。このまま屋敷に戻る」
アウロラの返事を待たず歩き出すノヴァ。
「ば、罰って…」
運ばれながらアウロラはぎょっとする。
「でも、重いでしょう?」
「あぁ、重いな」
「ほ、ほら!無理しないでおろして」
「嘘だよ、重くない。アウロラはもっと重くなってもいいくらいだ」
ノヴァはにやりと笑う。
「……複雑なこと言うのね」
この体はいくら食べても肉にならない。すべて魔力に変換されてしまっている。主に胸部の肉付きについて密かに悩んでいるのだがこればかりは魔法でもどうにもならない。
「ねぇノヴァ、おろして」
「駄目だ」
「おろしてったら」
「嫌だ」
「………」
「………」
最後は無言で押し問答をするのだが、ノヴァは譲る気がないようだ。
普段はとても優しいのに、変なところで意固地なんだから。
これは、わたしを困らせるのが本当の目的なんだわ。怒ってるわけではないみたい。
ノヴァに断りもなく魔法を使った罰だと言われたら仕方がないことだけれど、これは果たして『罰』になるのかしら?
暴れるのも大人気ない。アウロラはおろしてもらうことは諦めて、ノヴァが運びやすいように、体重を彼に寄せる。
しかし、手持ち無沙汰なので、ついノヴァの肩や腕に触れて感触を確かめる。見た目には細身だが、抱えている肩も腕もがっちりしていて、鍛えられた肉体ぶりがうかがえる。今の彼は薄着なのではっきりと感じ取れる。
ノヴァは着痩せするタイプなんだわ。
「……何?」
シャツ越しに触れるアウロラに、ノヴァは眉を寄せる。
「軽々とわたしを抱えられるくらいに逞しくなったのね」
「……これくらいはもっと前から出来てたさ」
その機会がなかっただけで。
「ふふ、頼もしいわ」
時々、アウロラは随分と年上の物言いをする。立場は姉と弟とはいえ実質的には同い年だというのに子供扱いされているようで、少し面白くない。
複雑な気持ちになっていると、今度はノヴァの前髪を指で梳いて弄ぶ。
「…こら」
「だって、あなたがおろしてくれないから暇なんですもの」
「…暇って…」
「あなたの瞳、いつ見てもとても綺麗ね」
普段は前髪に隠れがちな深いロイヤルブルーの瞳を間近で捉えて、アウロラは微笑んだ。
「………。そんなことを言うのは、アウロラだけだ」
ノヴァは戸惑いながら返す。
「そうかしら?」
「そうだよ」
ノヴァは鏡を見ることを嫌っていた。
生みの母のことはもうよく覚えていないが、父や兄弟とはまるで似ていない容貌と色彩。
だから、なるべく前髪で目元を隠して過ごした。10歳までは。
王都の工房で徒弟となるために家を出た彼が直面したのは、アウロラのフラテルを選別するための試験だった。
そこではじめて、自分と同じ色彩を持つサフィルスたちを目にした。当たり前のことだが、自分以外にも溢れるほどサフィルス的な容姿を持つ魔術師がいたことに驚いた。
選ばれるはずがないのでこの工程は無駄だと思ったが、徒弟になるためだと言い聞かせ与えられた課題をこなした。
しかし蓋を開けてみれば、選ばれたのは陰りなき血筋の自信に満ちた少年たちではなく、何処の馬の骨。つまり、自分だった。
抵抗虚しく、ノヴァは身なりを整えられて不満をあらわにしたまま、アウロラと対面を果たした。
そして彼女は微笑んで言ったのだ。
『とても綺麗だと思って。あなたの瞳』
そんなことを言われたのは、初めてだった。
容姿に対して否定的だったノヴァは、なんと答えていいのかわからず、ただただ戸惑ってしまったのだが。
「そういえば……アウロラが魔法を使った時、瞳が鮮やかに輝いてたな。今まで、そんなことはなかったのに…それも、お前の中に起こった変化とやらの影響なのか?」
「え…?…そうなの?知らなかったわ」
お互いに顔を見合わせ、先に息をついたのはノヴァだった。
「…無自覚か…」
「だって、自分のことはわからないでしょう?その感覚もないし…」
「綺麗だったよ」
「え?」
真っ直ぐな物言いに、どきりとする。
「とても綺麗だった。………炎に巻かれてなければ、見惚れてたかな」
悪戯っぽく唇が笑っている。
「ノヴァったら…根に持ってるのね!」
いつからこんな意趣返しができるようになったのか。
何やら悔しくて、肩をぽかっと叩くもノヴァは笑うだけ。
そんなことをしている間に、屋敷の扉の前まで来たのだが、ノヴァの足が止まる。
「…どうしたの?」
「…おろしたくないな」
「……もしかして、まだ仕返しが足りないの?」
「…仕返しじゃないくて…」
小さく呟く。
単に、手放すのが惜しいだけだ。こうして抱えている間は、彼女をより近くに感じられる。
しかし、ノヴァの内心を解さないアウロラは軽く頬を膨らませて言うのだ。
「あなたがその気なら…いいわ、こうなったら根比べよ。腕が痺れてわたしを抱えたまま潰れてしまえばいいんだわ」
「アウロラ、腕力は魔法で強化もできるの忘れてないか」
「えっ…あ!…そんな卑怯なことするなら、わたしの方が離れてあげないんですからね!」
言い出した手前、退けなくなったアウロラは意地になってノヴァにしがみつく。
「これはもう俺の勝ちじゃないか」
彼女との密着度が上がった時点で、ノヴァの欲はしっかりと満たされている。自ら手放さない限り、このままだ。
苦笑するノヴァだったが、アウロラはこれを挑発と受けとった。
「まあ!余裕ぶっていられるのも、今のうちだけなんですからね!」
こうしてふたりが玄関先で意地の張り合いをしている間に、馬車で屋敷にやってきたウィスタリアが黒い微笑を浮かべてふたりの前に立つ。
「…ねえ君たち。姉弟仲がいいのはとても素晴らしいことではあるけれどねぇ……玄関先でイチャイチャするのは遠慮してくれないかな。親密さを来客に見せつけたいのかい?」
「…っ!お、伯父様?!」
ウィスタリアの登場ではたと正気に返り、気まずさと羞恥心で真っ赤になるアウロラと、邪魔をされてふて腐れるノヴァだった。
思春期のイチャイチャに理屈など不要です(真顔)。
そして魔法銃のマの字もない展開。申し訳なく(苦笑)。




