魔法銃カルブンクルス(1)
エディスと名付けた杖を片手に、アウロラは魔法の言葉を口にする。
「エクスプロージョン!」
振り上げた杖の先には複数の大きな火球が集まり育ち、的に見立てた小枝を杖へ鋭く指し示すと、火球はアウロラの意思に沿って次々に放たれ、小枝にぶつかると同時に爆発を引き起こした。爆風の後には辺り一帯は舞い上がった砂煙に覆われる。
それらを杖で振り払い、清浄な風をまとわせて、着弾地点を確認する。
地面は小規模ながらクレーター状にえぐれており、もちろん小枝は影も形もなくなっていた。
「……なるほど、こういう感じになるのね」
自らの杖を眺めて呟く。
ここはルベウスの屋敷の裏に作られた魔法の練習場だ。
森の一部を平らげて、屋敷や周辺地域には被害が及ばないように分厚い結界が張られている。
「…よし、じゃあ次は……炎に風を絡ませて……」
杖は想像を形にする。
炎と風が交わることで、火炎のトルネードを作り出す。
「もっと強く激しく……」
トルネードは厚みと規模を増していく。
「……ここから数を増やして…」
同じ作業をひとつずつ、丁寧に繰り返してトルネードが目の前にいくつも立ち並ぶ。
「らせん状に走らせてながら外に広げると…範囲攻撃に使えそう」
杖を振って、火炎のトルネードたちに指示すると、素早く放射状に渦巻き、トルネードは結界の端で消える。
「イメージはできたわ。これを一瞬で、展開!」
彼女の意思が杖に乗り、大規模な魔法陣が形成されると、先ほどの火炎トルネードの柱が立ち、柱同士が反発しあいながら放射状に渦巻いて蠢き、駆け抜けていった。先ほどよりも勢いが増していたように思うが…。
「……ま、まあ…こんなものでしょう。…とりあえず、火炎トルネードという名前にしておくとして…これは氷雪でも使えそうね」
アウロラは小さく息をついた。
実は杖を作ってから今まで、ほぼ使用したことがなかった。なるべく魔法の使用を避けていたこともあったが、この杖の形状と出自も影響している。
幼女の頃に憧れた、ヒロイックファンタジーの主人公のように、愛らしい魔法のステッキを夢見るあまり、細かく注文をつけたまではよかったが、出来上がってきたのは限りなく可愛らしくなった布団叩きだった。さらに、この杖の素材は、神秘の森にあるというマグナスの樹の枝かもしれないという貴重なもの(屋敷の魔法道具部屋に無造作に転がっていたのでいまいち信憑性に欠ける)。
魔法の素養がない者は杖の力に依るところが大きいが、魔術回路を持つ魔女や魔術師は魔術回路によって想像を魔法に変換させるため、杖はより正確に、負担なく作り出したい時の補助道具だ。そのため、明確に想像を創造する力が求められる。アウロラもノヴァも魔法学校に入る以前、長くその訓練をした。
エディスと名付けたマグナスの枝かもしれない杖は、今のアウロラの想像を軽々と形にする。以心伝心。さして集中力も必要としない。
火炎、氷雪、風、雷撃…とあらゆる魔法を試してみたが、揺らぎなく発現させた。
「……エディス、あなたすごい子だったのね。マグナスの枝というのは…本当かもしれないわ」
今更ながら感嘆する。
使ってあげられていなくてごめんね。でも、これからはきっとあなたが大活躍よ!
主に形状的な問題と軽薄に取り付けられたジュエルのおかげで、とても強大な力を持つ杖には見えなくなってしまっているが、しかし、身の丈に合わない杖を持つことは実力を出しきれなくなることも珍しくはないため、誰が持ってもこの杖が優れた杖となったかは謎である。
アウロラは身体能力も高く、高火力の魔法と組み合わせると、やはり戦闘面にも特化した魔女であることがわかった。
この世界に来てから6年、アウロラは改めて実感する。
「……やっぱり、アンチヒロインは強キャラなんだわ。伊達にラスボスを名乗ってないわね…」
本物のアウロラの妨害がなければ、もっと早く実感できたのではないかと思う。この身体の異質さも。
つい最近のことだが。フューシャ国から遊学に訪れた皇太子ヘレルと、その彼の肉体にとり憑き、操っていた建国の王フューシャに攫われ、アウロラは数日の間意識を失っていた。アイギスに体を守られ、ウィスタリアやノヴァたちサフィルスに助け出されてアマダントに戻ったアウロラは、それまで避けていた魔法の鍛錬を本格的に始めた。
出力の不安定さから魔法を使用することに不安を抱いていた。その不安はかつてのアウロラという『澱』が魔術回路から引き剥がされたことによって払拭された。
気を失うように眠り続けていた空白期間、小さな少年の姿をしたアイギスに導かれルベウス中興の祖であるスカーレットこと、アリザとの邂逅を果たした。あの夢のような空間で彼女はアウロラの中に巣くっていた『澱』…本物のアウロラの残滓を剣に作り変えた。
アリザはその残滓を『ミセリコルディア』と名付けた。意味は慈悲である。アリザが言うには刺突された相手が即死するという、とてつもなく殺意の高い武器だ。剣にされてしまったアウロラは、沈黙を守っている。
この屋敷に戻り、アウロラの残滓…ミセリコルディアを現実世界で手にしてみたとき、やはりあれは夢ではなかったのだと思い知らされた。アリザが語った全ても、夢の出来事ではないのだと。
来るべき日のために、やるべきことは多い。
「……ミディの鞘や柄を作ってもらわなきゃいけないわね…」
ミセリコルディアは、略してミディと呼ぶことにしていた。ある種、かつてのアウロラの新しい名でもあるだろう。
対峙した本物のアウロラは、想像以上に強烈なキャラクターであった。彼女の暴力性、共感性や倫理観の欠如は、偏った魔術回路が原因なのか、彼女の生まれ持った性質だったのか、はたまたはその双方なのかはわからない。
与えられた設定を生きていたに過ぎないのだとしても、彼女には一切の救いを感じない。斃されるべき狂気と悪意に満ちた魔女。
あのアウロラであるからこそ、クラリスはヒロインとして内なる使命の呼びかけに応え、立ち上がったのではないだろうか。相対する概念として。つまり彼女にとっての敵とはアウロラであり、ゼノではないのだ。たとえアウロラがゼノから魔物を召喚していたとしても、ゼノそのものは敵として登場しない。
アウロラが敵になりえなくなったので、クラリスは穏やかな魔法学校生活を営めている。それはいいことだ。
しかし、同じように穏やかな日常はアウロラには用意されていなかった。より一層、困難な運命が待ち受けていただけだ。
アンチヒロインとは、なんと無情な存在なのか。
「………。ちょっと気持ちが滅入ってきたから、楽しいことをしましょうか」
杖を宙にかざして小さく命じる。
「フロストシャンデリア、展開」
宙に浮いた魔法陣から氷霧とともに見事な氷のシャンデリアが降りてくる。ひとつやふたつではなく、形を変えて無数に。
氷をクリスタルガラスに見立てたアウロラのオリジナル魔法である。
フロストシャンデリアを見上げながら歩く。
「…心が洗われるわ」
陽の光を受けて、キラキラと美しく輝く様を見つめ、アウロラは微笑んだ。
これらはフューシャ国の離宮に滞在した際の居室に掲げられていたクリスタルガラスのシャンデリアから着想を得ている。あれを氷で再現できないものかと試してみた結果、とてもうまくいったので、様々なシャンデリラをこさえることが楽しくなったのだ。
「これはまた、随分と涼しそうだな」
土を踏む音とともに、声をかけられアウロラは振り返った。
昨日から工房に出かけていたノヴァが帰宅し、その足でアウロラに会いに来てくれたのだった。
笑顔で迎える。
「ノヴァ、お帰りなさい」
「ただいま。……で、すごいな、これ。いくつあるんだ」
ノヴァはアウロラが作り出した無数のシャンデリアを半ば呆れるように見上げる。
「ふふ、わたしの癒しよ」
「夏場には持ってこいだな」
「そうでしょ?!ノヴァのお部屋にもひとつどう?」
「いいな。…真夏になったら頼む。燭台型で」
ノヴァは微苦笑で頷くと、アウロラははっと目を見開く。
「待って待って、もしかしたらこのシャンデリアは世間でも需要があるかもしれないわ。売れるのではないかしら、ねぇノヴァどう思う?」
この世界にも四季はある。だが、夏場を快適に過ごせるようなクーラー(いわゆるエアコンディショナー=エアコン)などというものは発明されていない。うだるような蒸し暑さはないのだが、暑いものは暑いのである。
「夏の夜の寝苦しさからあなたを救う、というキャッチコピーなんてよくないかしら?」
ナイスアイデアなのでは…!と瞳を輝かせる彼女に、ノヴァはそっと視線を外す。
隙あらば提案してくるこのやる気。なぜ彼女はすぐ商売っ気を出してくるのだろうか(しかもセールストークまで用意して)。
アウロラは金銭について考える必要のない立場であるし、彼女の生活レベルの維持や向上を考えるのはノヴァの役目だ。
「アウロラ…このフロストシャンデリアをひとつ維持するだけでも、魔導石が必要になるだろ。需要は多大にあるだろうが、コストが高すぎて一般家庭には向かないよ。…実現可能なのは、金持ちの資本家たちや王侯貴族だけだ」
「……うっ…」
現実的な返しに、アウロラは黙るしかない。
「まあ、金持ちや王侯貴族相手の商売としてはありだろうが……俺はアウロラの魔法を俗な連中に扱って欲しくないな」
本音である。
これはもはや芸術品だ。
造形魔法は、術者の心根が肝となり、アウロラが作り出したフロストシャンデリアの造形美や光の屈折による輝きは、彼女の内側にある美や清らかさを体現したもの。濃い魔力を練り込むことによってしばらくは太陽の下ですら溶けることがない完璧さ。圧倒的なリソースによって形作られている芸術なのだ。
金と欲にまみれた俗物共が土足で汚がしていいものではない。
「……うーん…残念だわ。こんなに綺麗で涼しいのに…」
このフロストシャンデリアのほかに、フューシャ国から帰還して以降、アウロラは休日になるとカントリーハウスに戻り、魔法の鍛錬を積極的に行うようになった。以前ならば、避けていたのにだ。
練習場のあちらこちらに見える、アウロラが行なってであろう魔法の痕跡を横目にして、ノヴァは尋ねる。
「もう魔法を使うことに躊躇いはないのか?」
何年も不安定さを悩み、消極的だった彼女とは思えない前向きな姿勢だ。
「…ええ。攫われて意識がない間、あなたが助けにきてくれるまでに、わたしの中に変化が起こったの。もう、大丈夫。あなたに迷惑も心配もかけないわ」
仄かな自信に満ちた眼差しを受けて、ノヴァは彼女の頬に触れた。
「迷惑も心配もかけていいさ。ただ、俺の知らないところで死にかけるのだけはやめてくれ」
本当に。こちらの心臓が止まる。
「……ええ、ノヴァ。誓うわ」
アウロラは頬にふれている彼の手に自らのそれを重ねて頷いた。
あの一連の出来事は、ノヴァに一種のトラウマを植え付けてしまう形になった。
わたしがノヴァを不安にさせてしまっては、何の意味もないわ。
運命を憂うより、もっと強くならなきゃ、心も体も。
「……それで、ノヴァ。わたしを呼びにきてくれたのではなかったの?」
「…あぁ。そうだった。俺が帰ってきたところでローズと鉢合わせたんだ。アウロラを呼びに行くつもりだったみたいだから、俺がかわりに呼びに来た。お茶の支度が整ったそうだぞ」
「まあ、もうお茶の時間だったのね。集中していたものだから気づかなかったわ。…はやく行きましょう、ノヴァ」
アウロラの方から手を繋いでノヴァを引く。
「そんなに急がなくても菓子は逃げないよ」
「まあ、別にお菓子が目的ではないわ。もちろん楽しみではあるけど」
ふふっと笑いながら、アウロラはノヴァに告げた。
「そういえばね、この練習場であれこれやってみて、わたしやっと気づいたことがあるの」
「?どんなことだ?」
「ノヴァ、魔法が使えるって、すごく楽しいことだったのね!」
この世界に来て6年目における、魔法解禁。
もうおっかなびっくり、細心の注意を払って小さな魔法を繰り出す必要がなくなったこの開放感。
やっとスタートラインに立つことができた。周回遅れのようにも思うが、素直に嬉しいと思った。
「楽しいって……無邪気だな」
古い大魔女の家系の、これまた大魔女の素養を持つ天才の発言とは思えない。
はじめて魔法を使った子供のようだ。
頬を染めて心底嬉しそうに笑う彼女を可愛らしく感じて、ノヴァは微笑んだ。
というわけで、もろもろの作業をすっ飛ばし、そっと3章開始です。
3章からは、文章量を減らし、細かく刻んでアップしていこうかと思います。その分、アップ頻度を上げていきたい気持ちです(希望)。
なお、全体的にお話はあまり長くありません(た、たぶん)。




