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【コミカライズ第2巻6/27発売】ルベウスの魔女とアルスマグナ 〜乙女ゲームのアンチヒロインは世界の滅亡を回避したい〜  作者: 阪 美黎
第2章 眩惑蝶の皇子

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30/63

眩惑蝶の皇子(10)

※前回の9.5と合体して、今回のものを10としてひとつにまとめました。

 物語は3年ほど前に遡る。


 13歳を迎えたノヴァはアウロラのフラテルとして正式にサフィルス一門に披露される流れとなった。

 これは金銀細工ギルドのサロンに出入りできる年齢をひとつの基準としており、今後は次代の工房主として体外的にも紹介されることになる。

 一門への披露はサフィルス直系を名乗る一族であり、ウィスタリアの生家で行われる。

 ノヴァは正直憂鬱でしかない。

 どれほど彼が礼儀正しく、清潔で、品良く振舞っても、一門の男たちからは好意的に見られることはない。彼らの正解的価値観は直系男子であるかどうかだ。ここ何代かは直系のサフィルスからフラテルを輩出しており、ウィスタリアも陰りなき血筋である。そこから外れたとしても直系に近しい傍流で、大きく血筋が逸れたことはない。

 そこに来て、魔術師の血も絶えた末端の家から出た先祖返りのノヴァをウィスタリアが選んだことは反発も多かった。だが彼はどこ吹く風で自らの選択を貫いた。となれば当然、ノヴァへの風当たりは強い。

 サフィルスは、ルベウスのためなら強固になるが、一門だけなら一枚岩とは言い難い…。

 ルベウスの屋敷(カントリーハウス)を取り囲む森に流れる小川沿いで、ノヴァはひとりで剣の練習をしている。

「……はっ………や…っ……!」

 ショートソードを模した練習用の木剣で雑念を取り払うように仮想敵と向かい合う。

 魔力増幅だけではなく、剣術や体術も鍛錬に取り入れはじめた。自らの意思でこれを望み、ウィスタリアが彼に何人かの『教師』をつけた。サフィルスの影の組織『サイファー』の男たちだ。組織の存在はもちろん、家令のフランツも組織の一員であるこをその時はじめて知った。サフィルス・コランダムを名乗るということは、サフィルスの闇の側面も背負うことでもある。

「…はぁ…はぁ……」

 一通りの練習をこなして肩で息をする。

「まだ体力が続かないな……今後の課題は肉体強化か…」

 成長に合わせて鍛えるべきだとフランツにアドバイスされ、必要以上には筋力をつけてはいない。サイファーの男たちのようなしなやかな肉体にはまだまだ程遠い。

 その場に座り込み、木剣を横に置く。手を傷めないように身につけている皮の手袋を外して息をつく。

 一門への披露は明日だ。

 気持ちを落ち着けるために剣を振り、汗をかいたからか、憂鬱は少しだけ晴れる。

 思えば随分と遠いところへ来てしまった。

 ひとりで生きていくのだと決めて10歳で家を出て、徒弟になることを目指し王都までやってきたが、着地点はアウロラのフラテルだった。

 ノヴァには後ろ盾がない。アウロラが望んでくれたとはいえ、表面上はウィスタリアに選別されたという事実が転がっているだけの、どこぞの馬の骨。これから自力で証明していかねばならない。アウロラのフラテルに相応しくあるために。ノヴァの不出来の恥をアウロラに被せるわけにはいかない。そのために足りないものを補う努力を惜しむべきではない。

「……こんな考え方ができるようになるとは思わなかった…」

 最初は嫌でたまらなかったのに、背負う責任の重さに対して、ここまで前向きになってしまうとは。

 自嘲する。

 アウロラにもらったブレスレットに目を落とし、指先で触れる。

 アウロラでなければ、俺はこんな風に自分を変えようとはしなかったかもしれない。

 今はもう、誰かに立場を譲りたいとは……思えなくなってしまった。

 それはノヴァも例外なくサフィルスの男だからなのか、個人的な感情から来るものなのか、はっきりしない。……はっきりさせるべきではない。自分と、アウロラのために。

「………。…そろそろ部屋に戻るか」

 木剣を取ると立ちがる。

 体を拭いて着替えなければ。風邪をひいてしまっては意味がない。

 森を出て屋敷の自室に戻ると、ブレスレットを外し、浴室に入った。シャツを脱いで冷水に浸したタオル地の手ぬぐいで体を拭き、雑な方法で頭を洗うと水滴を拭い、着替えを済ませて部屋に戻る。水分で重くなる髪を拭き取りつつ、ブレスレットに手を伸ばすが……置いたはずの場所にない。顔をあげると魔法獣のルシファーがノヴァのベッドの上でくつろいでいた。

 呼んでいないルシファーがひとりでに顕現していることはさほど珍しいことではなかった。

 そのため、とくに気にかけることもなくノヴァは背中を向けてフランツが普段から用意してくれている水差しを手に取り、注いで喉の渇きを潤す。

 その時、唐突に背後から声をかけられる。

「剣の鍛錬とはご苦労なことだな、ノヴァ」

「?!」

 聞き覚えのない男の声だった。驚き、反射的に振り返る。

 するとルシファーがいたはずの場所に、彼と色彩を共にする青年が同じようにくつろぐ姿勢で寝転がっているではないか。

 古めかしい魔術師のローブをまとっているように見える。

 横に流している長い三つ編みを弄びながら、整った顔をこちらに向け、ノヴァをまっすぐ捉えている。

「……え?……いや、誰……?」

 ノヴァは身構えることも忘れ、問いかけてしまう。

 まさか、ルシファーが人型に進化(?)したのか。

「ああ、俺はシアナスだ。よろしくな」

 ノヴァの考えを否定するように青年はあっさり名乗った。あっさりしすぎていてノヴァはさらに戸惑う。

 名前を聞きたかったわけではないのだが。

「……よ、よろしくなって…」

 敵意は感じない。

「あ、あんた、悪霊か?レイスの類か?……いや、それよりもルシファーに何をした?!」

 ここでようやく頭が働き、ノヴァは杖を取り出し、警戒する。

 この屋敷や森の周辺には何重にも結界が張り巡らされていて、悪意あるものが入り込める隙間はないはずだ。だが、目の前にいる青年(これ)が敵でないという保証などどこにもないではないか。

 シアナスと名乗った青年はのったりと起き上がると、座る姿勢をとる。

「悪霊やレイスでもないし、俺はお前の敵じゃないよ。今はルシファーに体を借りてるのさ。水面下で了承済みだよ」

「なんだよ、それ…」

 意味がわからない。

 実体ではない上に、悪霊やレイスではなく、ルシファーに体を借りていると宣うこの男は、では一体なんなのか。

 はっきりとした自我を持っているようだが。

「じゃあお前は一体なんだって顔してるなぁ。まあそりゃそうか。…俺は大昔の魔術師だ。そしてお前の中に存在していた『種』。いくつもの要因が重なってそれが発芽した、ってところだな」

「はぁ?種?…発芽?」

 まったく意味がわからない。

「そうだ。俺という種はお前が生まれた時……いや、それ以前から血脈に存在していたのさ。そしてお前のように『特徴的』なサフィルスの中に俺の種が宿る」

「俺の中に?……何を言っているのか、わからない」

「…まぁ、そうだろうな。本来、俺の意思が発芽した時点で肉体を乗っ取る予定だったからなぁ…」

「の、乗っ取る、だと?!ふざけるな!」

 ぎょっとしてさらに身構える。やはり、こいつは敵か。

「あ、あーあー、違う違う。あくまでも当初の予定だよ予定。姉さんが誕生するまで、俺も目覚めることはないはずだったんだが………まあ、アレだ。『こいつ(ブレスレット)』のせいだ」

 と、自らの手首を示す。

 そこには、アウロラがノヴァに贈ったブレスレットがおさまっている。

「…お前、それ……返せよ!!」

 ルシファーはともかく、他人に我が物で扱われると腹が立つ。

「まぁまぁ少年、落ち着けよ。心配しなくても奪ったりしない。こいつはお前のもんだ。ただルシファーの核がこいつであるように、俺が発現するにはこの媒介が必要なだけだ」

「媒介?」

「あぁ。そもそも、俺の意思がどうして発芽したのか気にならないか?」

「…それ以前に…いろいろ理解が追いつかない」

「まあ、そのあたりは追い追いでいいから聞いとけ。…俺の自我が芽吹いたのは、ルシファーが誕生した後だ。お前の魔力が急激に跳ね上がった時があっただろう?お前がアイギスを設計した夜だ」

「……?!…あの時?!」

 アウロラの手作り菓子を食べたその夜、魔力増幅の効果が付与されていたらしく、ノヴァには抱えきれないほどの魔力がみなぎってしまった。その結果、魔力は脳を異常活性させて、アイギスの回路を生み出す起爆剤となったわけだが、途中から意識がない状態に陥った。

「俺も戸惑ったぞ。魔力の爆発的な高まりは俺にまで作用して無理やり叩き起こされたようなものだったからな。とはいえ、予定ではない以上、お前の肉体を乗っ取るわけにもいかず、意識に干渉するわけにもいかず、発現するためにルシファーと交渉したわけだ。で、小さき姫…アウロラ嬢のことだが、…とお前を守るという条件でルシファーは俺に体を貸すことを承諾し、契約が成された」

「………」

「ついでに、アイギスの回路の設計も手伝ってやった。途中から意識が飛んでたからな、お前。筆跡を乱してバレないようにしておいたから、違和感はなかっただろ?」

「……な…」

「不思議に思ったはずだ。知り得ないはずのグラディウスに刺突される前提の計算式をなぜ組み込めたのか。…面白い思いつきだ。ルベウスは強いが故に、防御という単純な概念を意外にも持ち得てこなかった。俺としてもグラディウスが勝つのか、アイギスが勝つのか興味が湧いた。俺が手を加えたのは対グラディウスの計算式で、あとはお前の発想だから安心して自分の作品だと自慢していいぞ」

「………」

 ノヴァは息を飲んだ。

 アイギスの概念を思いつき、ノートに書き始めたはいいが、途中から意識が飛んでいるので最終的に自分以外の何者かが理論を書き上げた感覚だった。アウロラにとってグラディウスは脅威であるとは思ったものの、その性能をノヴァは知り得ていないのだ。だが、現実としてアイギスは出来上がっている。最大脅威をグラディウスとした設計として。

 ノヴァの中で芽吹き、ルシファーの体を借りて発現したというこの胡乱な男は、グラディウスの性能を熟知した上でノヴァの思いつきに手を貸したということになる。

 ではなぜ、もはや伝説と化しているグラディウスの性能をこの男……シアナスが解しているのか。

「………あんた、本当に一体何者なんだ」

「いずれ身の振り方は考えなきゃならないが…当面はお前の守護者ってところか」

「答えになってない」

「今はそれでいいだろう。……で?明日は一門?とやらに披露されるんだろう?……一門って…一体どれくらいの数なんだ?」

 意図的にか、はぐらかされる。

 ノヴァは正体を明かさない男に苛立ちながらも、息をついて答えた。

「……街で石を投げればサフィルスに当たるって揶揄されるくらいの数だ」

「…それはまた………随分と増えたな」

「俺は末端家系の先祖返りだから、直系を名乗ってる一族たちのことはマスター以外よく知らない」

「……直系、ねぇ…」

 シアナスは含みのある笑みを浮かべた。

「……あんたは、……いや…」

 サフィルスなのか?…と問いかけようとした言葉を飲み込む。そうだ、とシアナスが頷いたとして、その後、自分は何を聞くつもりなのだ。

「お前がこの件で少々ナーバスになってることをルシファーが心配してたんで、俺もいよいよお前に姿を晒してみたわけだ」

「もう出てこなくていいし、気味が悪いから俺の中から消えてくれ」

「まぁ、そう言うなよ。俺を消すには今の所お前が死ぬ以外に手立てはないんだからさ」

「………………最悪だ」

「ははは。俺の存在がお前の助けになる時もあるさ。発現する際はどうしてもこの護符を借りることになるけどな」

「………」

 不満を露わにするノヴァに「怒るなって」と言いながら笑い、続けた。

「この護符はとても心地がいい。それに懐かしい気持ちにさせてくれる。母さんと姉さんの仕事にとても近い。匂いも」

 在りし日を思い浮かべるように、シアナスは瞳を細める。

「それに、小さき姫のお前への想いがこもってる。この想いは呪いと同じだが不純さがひとつもない。故にルシファーが誕生し、俺も混沌に偏らず安定して発現できているわけだが……就いては、お前の大事な大事な小さき姫の贈り物を時々借受けるかわりに、いいものをお前にやる」

「……は?」

「うーん…えーっと…どこにやったかなぁ…」

 怪訝に眉を寄せるノヴァを他所に、シアナスはローブの内や外をまさぐって何かを探すそぶりを見せる。その仕草がひどく人間臭い。

「大戦以来使ってなかったからなぁ…………あ!あったあった!」

 実体でないのをいいことに、シアナスは自らの胸に腕を突っ込む。

「これだ」

 勢いよく抜き取ったそれは、鞘を持たない一振りの剣だった。

 実体ではないシアナスにあって、どこに格納していたのか、剣だけは現実の物体であった。

 その剣は、ルビー色の剣身を持ち、繊細な彫刻を施された柄を持つクレイモア。

 一眼でそれが魔法剣であることを察する。

 異彩を放つその魔法剣は、細工師の徒弟であるノヴァも思わず見惚れるほどの圧倒的な存在感と完璧な美しさだった。畏怖すら覚えるほどの。

「ほら、受け取れ。今日からお前のものだ。うまく使えよ」

 宙に浮かしてノヴァの手に渡ったその剣は、ノヴァが扱うにはまだ身の丈に合っていなかった。だが、外見の質量に反して不思議なほど軽い。柄にはサファイアが散りばめられ、そして繊細な彫金が施されている。意匠は花で、グラジオラスだった。見事な仕事である。あるのだが。

 凛と咲くグラジオラスの意匠に、ノヴァはとても…とても嫌な予感がした。

「…なぁ、この剣の名前…」

「うん?あぁ、『グラディウス』だ。新品に見えるだろうが、本物だ。姉さんと俺の合作。俺がゼノのやつらを虚無に送りまくり、大将の邪竜を姉さんが刺突しても折れなかった実績を持つ、つよーい魔法剣だぞ。な?いいものだろ?いずれお前の役に立つこと間違いなしだ」

 シアナスはさらりと正体を口にした。若干、おどけた口調で。

 情報量が多すぎてどこから指摘すべきなのかわからなくなる。

「…?!?!?!」

 ノヴァは目を白黒させる。

 グラディウス?これが?アルス・マグナの…?初代サフィルスが用いたとされる…?伝説の…?

「………いや、いやいやいやいや、まさかそんなはずないだろ!アダマントの王宮に封印されてるはずじゃないか。同じ名前の別物なんだろこれは。騙りだろ?」

「騙りとは失礼なやつだ。あっちはそっくりなだけの偽物で、ただの宝石剣だよ。差し出すふりしてこっそりすり替えておいた。そもそもあれ封印したの俺だしな。命取りの剣を素直にくれてやるわけないだろ。…にしても、律儀に偽物(あれ)をまだ守ってるのかと思うと……ふっ、間抜けすぎるだろ、アダマントのやつら」

「…!!」

 なんて言い草なのだ。

 不敬にも王家を嘲笑するシアナスに、ノヴァは絶句した。

 聞いてはならないことを聞いてしまった気分だ。知らない方がいいことは世の中にたくさんある。その中のひとつが、まさにこれであろう。

 アダマントの王宮に封印されている古のアルス・マグナ…現在の王権の象徴のひとつでもある聖グラディウスは偽物でなんの力もないただの宝石剣などと。

 ノヴァは手にした魔法剣を横目にしながら驚愕に震える。

 簡単に受け取ってしまったが、とんでもない代物ではないか。

 これは…俺が持っていいものなのか…?

「さて。グラディウスは新たなサフィルス・コランダムの手に渡った。つまり今後はお前が正当な使い手だ。こいつを見てまだお前に小さき姫の弟たる権利がないなどと宣うサフィルスがいるのなら、直ちに粛清しろ。頭に盾突く手足(グズ)に用はない。必要なのはルベウスのための兵隊だけだ。俺が許す」

 善悪の境界が曖昧で、冷酷な口ぶり。これがシアナスの本質なのだろう。いや、飼いならされていない魔術師とは本来こういうものなのかもしれないのだが…。

「何が許すだよ。こんなもの持ち出した時点で、粛清されるのは俺の方だろ。そもそも、騙りじゃないなら、どこから()ってきたって話になるじゃないか」

「そこは適当に、もらったって言っておけよ」

「誰からだよ。あんた『適当』の意味わかってるのか?説明がつかないだろ!」

「じゃあ正直に王宮にあるやつは偽物だって教えてやればいいさ」

「…誰も信じないし、俺の頭がおかしいと思われるのが関の山だ。……マスター以上に話が通じないな、あんた」

 この男の存在も第三者に口にすれば危険が及びそうであるし…厄介すぎて頭が痛い。

 だが、これが本当に本物のグラディウスだというのならば、アウロアへの脅威は限りなくゼロに近づく。本心でいえば、今すぐシアナスに突き返したいが、アウロラのことを考えるとそれも躊躇う。ノヴァが手にしている限り、その切っ先が彼女に向かうことはないのだから。

「……こんな物騒なものが、使われる世の中にならないことを…俺は祈るよ」

 アウロラが危機晒されたら、その限りではないが。

「………それで、いつまで発現してるつもりなんだよあんたは」

 どさくさに紛れてどんどん馴染んできているが。

「えー…束の間の自由くらい満喫させてくれよ。グラディウスあげただろー」

 ぶーぶー文句を言うこの男の正体は、今後一切尋ねないことに決めた。

 異様にルベウスやサフィルスの事情に明るく、グラディウスを携えていた魔術師の姿を留めるこの男(シアナス)のことなど。

 もうほとんど特定されているが、直視してしまったら酷く幻滅するだろうとノヴァは思った。



 ※



 斯くして。

 時間は現在に戻る。


「なぜ、それが…!アダマントの王宮に封印されているのではなかったのか…?!いや、いや…この私が見間違えるわけがない…!なぜ、なぜ…その剣を…『聖グラディウス』をお前が持っているーーー?!!!」

 ノヴァの手におさまるグラディウスを目にし、絶叫したフューシャに、シアナスは鼻で笑う。

「サフィルスのものをサフィルスが持ってて何がおかしい。この俺が易々と本物をアダマントにくれてやるわけがないだろ」

「……っ!なんということだ…!アダマントは偽物を後生大事に守っていたというのか…愚かな!シアナス、相変わらず性悪な!!」

「お前にだけは言われたくない」

 シアナスは鼻白む。

「ノヴァ、奴は自分の欲望を満たすためだけに小さき姫をスカーレットの身代わりにしようとした腐れ外道だ。容赦してやる必要はない」

「あぁ、そのつもりだ」

「よし。魔法攻撃は全て俺が防いでやる。レイスは奴を始末すれば呪縛が解かれて墓場に還る。お前はただまっすぐ突き進め」

「皇子はどうする」

「心配するな。俺が肉体から奴を引き剥がしてやる。そうしたらグラディウスで叩き斬ってやれ」

「わかった」

 今はシアナスとグラディウスを信用するしかない。

「行け」

 短く促す言葉を合図にグラディウスを下段に構えて走り出す。

 レイスたちが身構えると、シアナスも表情を引き締めた。

 ……さて、魔法を使うのは久しぶりだな。小さき姫の護符に宿った魔力に依存する形にはなるが、不安感はない。

 火炎、氷結、風、雷撃、様々に放たれる魔法を押しとどめるように、シアナスは両手をかざす。

「防御魔法…『アイアスの盾』」

 ノヴァの前に7つの盾が現れ、無節操に放たれるレイスからの魔法を見事防いでいく。

「…万能かよ」

 思わず呟いたノヴァに「今度教えてやるよ」とシアナスは笑った。

 レイスに思考はない。規則性もない。ただ魔法を放ち、行く手を拒もうとするだけだ。

「だが目障りだ。…『爆ぜろ(バーストオープン)』!」

 レイスたちめがけて腕を振る。すると振られた側から次々に爆散し、レイスたちは悲鳴を上げた。

 これでしばらくは出現できまい。

 レイスの壁を失ったフューシャは往生際悪く、魔力で迫り上がらせた砂を集め、屈強な兵士たちを作り出し、それらが一斉にノヴァとシアナスに襲いかかる。

「構うなノヴァ、構わず斬り伏せろ」

「あぁ!」

 ノヴァは砂の兵士たちにグラディウスを振るう。すると、彼らは攻撃もままならず崩れ落ちていく。

「魔法を無効化できるのか」

 これはいいな。

「そいつに魔法を纏わせることもできるが、今はやるな」

 ノヴァの魔力を使い果たすわけにはいかない。

 次々に兵士は生み出されるが、グラディウスの敵ではなかった。ヘレルが屋根上が不利だと言った理由もわかる。砂をここまで運び上げるだけでも魔力消費が並ではなくなるからだ。ここまでにもすでに多くの兵士を展開しているヘレルの肉体では、大魔法を使用することは不可能だろう。

「フューシャは使役魔法が得意で攻撃はさっぱりなんだ。こうなると一方的な蹂躙だな」

 シアナスは薄笑みを浮かべる。

「大口叩いておいてこの程度かよ」

「……くっ…シアナスめ…!台無しにしてくれたな、青玉!」

 こんなはずではなかった。

 ルベウスを欲し、肉体を捨て、子孫を依り代にすることで魂の死を回避した。しかし、次第に子孫たちに疎まれ、研究を記した日記ごと封印されて数百年。存在も忘れ去られていた自分をヘレルが解放したことで再び好機を得たというのに。

 アウロラを守ったアイギス、憎らしいシアナスの存在、そしてグラディウス。

 せめてあの魔法剣がなければ、無理を押してでも大魔法を繰り出したところだが、あの剣の前では全てが小事。

 誤算、誤算、誤算。大誤算。

 グラディウスを振るうノヴァの歩みを止めることは叶わず、フューシャは狼狽える。

「サフィルスに勝とうなんざ千年早いんだよ、フューシャ!」

「……っ…!」

 散り散りとなった砂の兵士を突き抜けてノヴァとシアナスは姿を現し、肉薄する。追い詰める者と追い詰められる者の視線が交差する。

 その瞬間、場の空気が一変した。

 ヘレルの肉体は無数の蝶へと姿を変えて、四方へ飛び去る。

 蝶は墨を広げるように周囲を塗りつぶし、一転、暗闇となった。

「…皇子の幻術か…、シアナス…!」

 実体のない青年を振り返るも、彼の姿はそこにはない。

 ノヴァだけがこの白昼夢の世界に引きずり込まれたのだ。

 小賢しい真似を…。

 舌打ちをする。

「…ノヴァ」

 そこによく知る少女の声が響く。

 弾かれたように振り返ると、制服姿のアウロラが立っていた。

「……アウロラ…」

 幻だとわかっていても、思わず呼びかけてしまう。

「もうやめて……彼らを傷つけないで…」

 アウロラは悲しげに眉を寄せ、ノヴァに手を伸ばし擦り寄る。

「あなたは優しい人よ……わたしが望まないことをあなたがするわけがない…」

 アウロラは見上げて懇願する。

「お願いよノヴァ…」

「…………」

「…わたしのために、お願い…ノヴァ」

 所詮はまやかし。アウロラの香りはしない。心は全く動かない。けれど…。

「………な…」

「え?」

「…ごめんな、アウロラ」

 ノヴァはやるせなく微笑むと、彼女を突き飛ばし、グラディウスを強く握り込み、そして……切り伏せた。

「きゃぁぁぁぁーーーーー!」

 絹を裂くような悲鳴が響き渡り、同時に暗闇という名の蝶は飛散し、幻術はかき消える。

「…戻ってきたか」

 フューシャとは一旦距離を置き、ノヴァへの攻撃を防いでいたシアナスはわずかに安堵した表情を見せる。

「……野郎、幻とはいえ俺にアウロラを斬らせやがって…」

 わずかにおさまった怒りは、再び蘇る。

 鋭く睨むノヴァの怒りに気圧されて、フューシャは後ずさった。

「……ひっ…!」

 逃げ腰のフューシャを「逃すかよ」とシアナスが素早く首を掴み、ヘレルの肉体を持ち上げる。

「さぁて、散々おいたをしてくれたんだ。その報いを受ける時がきたぞ、フューシャ!…特別に姉さんの得意な魔法で炙り出してやるよ。嬉しいだろう?400年分たっぷり味わえ…『業火召喚(インヘルノフレーム)』!!」

 シアナスがその言葉を唱えると、フューシャ…ヘレルの肉体は高濃度の炎に包まれる。

「ぎゃぁぁぁぁ!!!」

 逃れようともがくヘレルの口からおぞましい悲鳴が上がるが、シアナスは手を緩めない。

「この炎は肉体を焼きはしない。だが魂が魔に染まって腐ったやつほど苦痛を味わう。黒魔術で堕ちたお前にはさぞ熱かろう。俺は姉さんほど使えないが、どうだ、その腐った魂で味わう業火は?」

 悪魔の笑みでシアナスはフューシャを煽っていく。

「ほらほら、早くこの肉体から出ないとお前の魂が焼き切れるぞ?苦痛がまだ足りないか?…物好きな奴だ」

 炎はさらに勢いを増し、フューシャへの責め苦は増す。

 魂を焼く業火に堪えきれずヘレルの肉体から影は飛び出した。

「今だ、ノヴァ!奴を輪廻なき虚無に叩き込め!」

 ノヴァは不快な影に飛びかかる。

「……アウロラを苦しめただけでも許しがたいのに、俺にあんなくだらない幻術を見せやがって……全く似てないないんだよ!俺のアウロラに何ひとつ…!…消え失せろ!!」

 渾身の力を込めて、グラディウスを振り落とす。

「ギャァァァァァァーーーーー!!」

 退魔の剣で切り裂かれた影は、震えながら不愉快な叫び声をあげて、塵へと化していく。

「ああ……スカーレット……私の紅玉……私の宝……呪われろ…青玉…呪われるがいい…」

 消滅する瞬間、フューシャは呪いの言葉を吐いたが、ノヴァは不敵に笑った。

「悪いな。俺に呪詛は効かないんだよ」

 アウロラの護符の想いは、あらゆる呪いを凌駕するのだ。

 フューシャであった塵は砂と同化し、風に流される。

 斯くして元凶は消滅し、400年にも及ぶ妄執も泡沫になった。

 ノヴァの手からグラディウスは淡い光となって消える。彼の中に返ったのだ。

「終わったな。アルス・マグナ狂いのフューシャの奴も、グラディウスに斬られて大満足だろうさ。俺もすっきりした気分だ」

「シアナス、皇子は…」

 振り返るとヘレルは倒れこんでいた。

「心配ない。気を失っているだけだ。かなりフューシャに酷使されてるからな、魔力を使いすぎてしばらくは起き上がれないだろうが死にはしない」

「……そうか…」

 小さく息をついた。

 とはいえ、ノヴァもさすがに限界を感じて、膝をついた。

 シアナスは明後日の方角を向く。

 サイファーの男たちの気配が近づいている。

「ノヴァ。意地を通した以上、連中の前では倒れるなよ」

「…わかってる」

 頷くと、シアナスは姿を燻らせルシファーに戻る。その眼差しからはシアナスの人格は消えている。

御曹司サイオン!」

 サイファーの男たちが駆けつけてくる。

 フューシャが消えたので、砂の兵士やゴーレムも消えたのだろう。

「ご無事ですか」

「あぁ、俺は問題ない。ヘレル皇子は悪しきモノに取り憑かれていたが、その元凶は俺が始末した。今回のことはそいつが原因だった。…皇子は気を失っている。怪我はないと思うが…彼を頼む」

「はい」

「…アウロラは?」

「フランツが一足先に離脱し、隠れ家へ向かいました。安全は確保されているものと」

「……わかった」

 安堵の息をつくと、杖を取り出し伝達鳥を召喚する。

「敵を排除。アウロラは無事保護。皇子の確保成功、城へお連れする。……マスターに伝えろ」

 青い尾長の鳥を見送ると、気を抜けば笑そうになる膝に力を入れてノヴァは立ち上がった。

「……皇子を丁重に送り届けてくれ。それから、この場の後始末も。俺は隠れ家に戻る。アウロラが心配だ」

「かしこまりました、御曹司(サイオン)

「皆の働きに感謝する。おかげで皇子の対処に集中できた」

「いえ、これが我々の仕事ですから、礼は不要です」

「復帰したらアウロラからも一言あるだろうな」

「…え?姫様から…?…そ、それは、光栄ですが…」

 歴戦の美丈夫たちがアウロラの名前を出すとそわそわしはじめる。

 サフィルスは例外なく、ルベウスに弱い。

 その様に少々吹き出して、肉体の疲労感とは裏腹に、ノヴァはどこか清々しい気持ちで一歩を踏み出した。



 ※



 フューシャ国の中心、ラトナラジュの王宮の王の私室に招かれ、報告を待つウィスタリアは横目に青い炎を捉えて腕を上げた。すると尾長の青い伝達鳥が現れて彼の腕で羽を休める。

『敵を排除。アウロラは無事保護。皇子の確保成功、城へお連れする』

 端的なノヴァの電信を伝えると、役目を終えた鳥は消える。

「ご報告いたします、ラトナラジュ国王陛下。ヘレル皇太子殿下を無事保護いたしました。私共の配下が殿下をこちらへお連れいたします」

 ウィスタリアは丁寧に頭を下げて静かに伝えた。

「…皇子の件、手間を取らせた。感謝致す。アウロラ姫はご無事か?」

「はい」

「そうか、安堵致した。さすがの迅速さだ、ウィスタリア殿。醜聞ゆえ、こちらの兵や魔術師を派遣できなかったことはお許しいただきたい」

 老獪な王の顔を持つラトナラジュ王は報告をうけても表情は変わらない。

「とんでもございません。陛下のお立場や皇太子殿下への影響力を憂慮すれば当然のこと。醜聞という意味では、こちらもさして差はございません」

「サフィルス殿は有能な者揃いで羨ましいことだ」

「ありがとうございます。ただ…どうやら敵対勢力と遭遇し、これを私の弟子が排除した模様です」

「敵、か」

「…ご懸念でも?」

「いや。とはいえ。そのような悪しき者を排除し、皇子を救出してくだされたサフィルス殿…いや、ルベウス殿には恩ができましたな」

 ここで初めて王は薄く笑みを作った。

 態度が幾分柔和になった。どうやら、心当たりはあったようだ。彼らでは排除が難しい『敵』であったのならば、サフィルスの存在は渡りに船であったことだろう。自らの手を汚さずに済んだのであれば尚更。

 しっかり利用されたか。ならば、こちらはその有利を存分に使わせてもらうだけだ。

「国王陛下、先ほどもお話しいたしましたが、我が姉、アレクシア・ルベウス・コランダムはヘレル殿下への処罰を望んでおりません。また我らがアダマント王もこの件は穏便に収束させることを望んでおります。…とはいえ、ラトナラジュ家、ルベウス家…そして、フューシャ国とアダマント国双方への遺恨を先の世へ一片も残さぬため、我が姉と王へご一筆いただければ私の面目も立つのですが」

「…もちろんだ、ウィスタリア殿。皇子は遊学中に急病に伏し、()()()()居合わせた心優しきアウロラ姫が介抱してくだされたが、病状が芳しくなく急遽帰国を決めた皇子の長距離転送に姫が()()()()巻き込まれてしまったに過ぎない。もちろん姫には何の咎もない。むしろ、皇子を看病くださり感謝している。こちらへ滞在の間は、離宮をお使いいただきたい」

「お気遣い感謝いたします」

 アウロラ、そしてヘレルへの汚点が残らぬように、無事に事態を解決したあかつきには、双方に不都合な拐かしの事実を隠滅する約束になっていた。そのためには、正式な書面が必要不可欠。

「アダマント王や世話になったアダマス家、そしてルベウス家に予が直筆で詫びと礼を書かせていただこう。アウロラ姫に直接謝辞を述べたいが…いかがであろう」

「……申し訳ございません、国王陛下。姪は今少しお時間をいただきたく存じます」

「そうか。予自ら姫へのもてなしを用意したいところではあるが無理は言えぬな」

「恐れ入ります」

「ウィスタリア殿、我ら一族は受けた恩義を忘れることはない。我がラトナラジュ家とルベウス家は先の大戦の盟友である。ルベウス殿への友情と尊敬の念、此度の一件で一層深まった。ルベウス殿の頼みとあらば、いついかなる場所であろうとも駆けつけ、必ず手助けさせていただく。これは、予だけではなく、子孫たちにも受け継がれる誓いとなるであろう」

 双方の醜聞を打ち消し、片方は先祖の呪いからの解放を、もう片方は目論見通りに大きな恩を売りつけた。

「……なんと寛大で有難いお言葉。姉、アレクシアも喜びましょう。我ら姉弟…コランダム家においても、ラトナラジュ家への友情と尊敬に変わりはございません。今後一層、両家の友好も深まりましょう」

 ウィスタリアは微笑んで答えた。

 元商人の家系である彼ら特有の損得勘定を度外視する友好的な対応を額面通りに受け止める気はない。

 ルベウスとのより強固な繋がりは、他国への牽制にもなると踏んだか。それとも魔導石の分配に対して融通を求めてくるか…。大なり小なり、政治が絡んでくることになる(こちらが従う義務はないが)。

 だがこの盟約は、使い方次第ではアレクシアはもとより、アウロラの役にも立つ。ラトナラジュ家の財力と人脈は今でも大きな魅力だ。

 備えあれば、憂いなし。国王の肚は追々探るとして…今回はこんなところか。


 こうして、国をまたいだ不穏な事態は収束を迎えたのだった。

シアナス氏は華麗に(?)スルーしていましたが、ノヴァさんのどさくさに紛れた発言にツッコミがあれば嬉しいですが(笑)。

それから。

声を大にして…言いたいことがあるのです…。

もう早く…イチャイチャを書きたいよーーー!!…と(禁断症状が…笑)。

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