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ともすればそれは政略結婚のようなもの

 斯くして再びウィスタリアが屋敷に姿を見せた時、その少年はやってきた。

 ウィスタリアからは少し離れたところで立ち止まり、彼は視線を逸らし、むっつりと口を噤んでいる。が、当の伯父はまったく気に留めていない様子でわたしとお父様に紹介した。

「彼が以前話していたアウロラのフラテル…ノヴァ・サフィルス・コランダムだ。アウロラと同い年ではあるけれど、誕生月が三月離れているから、まあよしということになったんだ。アウロラ、これから一緒に暮らすのだから仲良くするんだよ」

「は、はい、伯父様…」

 こくりと頷いてみせた。が、紹介された当の彼……ノヴァはこちらに一瞥もくれず、とにかくとても不機嫌そうだった。

 思っていた初顔合わせとは異なる温度の低さに戸惑いながらも、一歩前に歩み出てドレスをつまみ、丁寧におじぎをする。

「はじめまして、ノヴァ。わたくし、アウロラ・ルベウス・コランダムと申します。これから、仲良くしてくださいませ」

「………」

 返事がない。

 そのままの姿勢で、ギギギと機械的に首を動かしてウィスタリアを見やるが微笑んでいるだけであった。……知らん顔を貫くつもりだろうか。

 不穏な空気に少々慌てた様子でオルキスがノヴァに話しかけた。

「やぁ、ノヴァ君、はじめまして。アウロラの父、オルキスと言います。これから僕を実の父だと思って頼ってくださいね」

 娘と同い年の少年に対してとても低姿勢な口調で告げる。

 年長者に挨拶されたことで、黙っていることが気まずくなったのか、仕方がなさそうにノヴァはわずかにこちらを見て短く述べる。

「……ノヴァ・サフィルスです」

 黒髪の前髪から覗くロイヤルブルーの瞳は、サフィルスの男子の特徴を色濃く示している。

 ウィスタリアと違いがあるとすれば、わずかな翳りが彼にはあることだろうか。

 わたしは、彼との顔合わせをとても楽しみにしていた。

 彼、ノヴァ・サフィルス・コランダムは『アルス・マグナ』の主要登場人物で、彼もまた敵側としてヒロインたちを翻弄する。そして、攻略キャラクターのひとりでもある。そして………恥ずかしながら、わたしの、最推しだったキャラクター。

 ゲーム登場時は16歳くらいなので、今の彼は幼さを残してはいるものの面影はあり、じっと見つめる。

 子供でも、やはり綺麗な顔立ちをしている。ゲームのノヴァはアウロラの影響(もはや犠牲と言っていい)で昏い目をした青年へと長じていく。彼を呪縛し従属させ、破壊衝動を植えつけて兵器として扱う。アウロラに与えられた(ノヴァへの監視も兼ねた)魔法獣のオオカミを従えてヒロインやその他攻略キャラクターたちに立ちふさがる。同時に、アウロラの手近な加虐対象でもあった。呪いによって自死も許されず絶望する彼に光を与えるのがヒロインの存在なのだが……それは今考えることではないだろう。

 そもそも、わたしは呪縛をかけて兵器扱いしたり、痛めつけたりしないから。彼には幸せになってもらいたい。

 見つめられていることに気づいて、ノヴァは眉を寄せてアウロラを見た。この時、はじめてふたりの視線が合わさる。

 深いロイヤルブルーと、鮮やかなピジョンブラッドの瞳が交わり、互いを認識する。

 なんて綺麗なサファイアの目をしてるのかしら。…吸い込まれそうだわ。

「…何?俺の顔に何かついてるのか」

 ぶっきらぼうに尋ねられて、ようやく会話のとっかかりが持てそうだとわたしは微笑む。

「とても綺麗だと思って。あなたの瞳」

「……は?…な、何言って…」

 面食らいわずかに顔を赤くするノヴァの様子に、わたしは、はたと我に返った。

 しまった、つい見つめすぎていた。

「…あ、あのごめんなさい、不躾に見つめすぎたわね…」

 こちらも赤面してうつむく。

 赤くなっている少女と少年のやりとりに「微笑ましい」と感じていたのはオルキスだけで、ウィスタリアは「初対面から見せつけてくれる」と腕を組んで見守った。

 ノヴァはそのまま口をつぐんでしまい、会話は成立しなかった。失敗である。

 その後、彼をもてなすお茶会の準備をしていたので、家族の居間に場所を移したのだけれど、やっぱり彼は無口なままで……わたしは困ってしまった。

 ノヴァは、アウロラにとってゲーム中では数少ない身近な人物だ。できるだけ仲良くしたいし、彼のことも理解したい。

 しかし相手が心を開いてくれないのでは話が進まない。まだわたしは彼に嫌われるようなことはしていない……はず。となると、これはまずウィスタリアから情報を聞き出すしかない。

 そこで、メイドが彼のために用意した部屋へノヴァを案内するために退席した頃合いを見計らって、ウィスタリアの腕を引く。

「伯父様、お聞きしたいことがあります」

 むうと眉を寄せるアウロラの様子に、ウィスタリアは微苦笑する。

「ノヴァのことかい?」

「ええ!…彼、どうしてあんなに不機嫌なんです?ここに来る前、何かあったのですか?」

「うーん、さて、どうかな」

「わかりやすくとぼけても無駄です!お話してくださいますよね。彼には、味方になってもらわないと困るんですから」

「……仕方がない。使用人たちに聞かれるのもよろしくないし、とりあえず、君の部屋に移動しようか」

 ウィスタリアに提案されてわたしは自室へ移動する。

 応接セットに互いに腰掛けると、ウィスタリアは口を開いた。

「さて何から話そうか?」

「まずは、ノヴァ自身について教えてください」

「うん…彼は数あるサフィルス家一門の子息だよ。詳しいことは当人から聞き出すといい」

「………。では、どのように彼を選んだのですか?」

「選出基準は決まっている。大前提はもちろん、魔術回路を持っていること、特徴的な容姿を有し、そして優秀で健康や人格に問題がないこと。最後に君より遅く生まれた者。それらの条件を満たしている少年たちがまず一門から集められる」

「……試験のようなものはないのですか」

「あるよ。まあほとんどは僕との面談なのだけれど一応、テストも受けてもらうよ」

 テストは魔法と筆記だ。

「それで、選べるものなのですか?」

「選べるんだよ。僕には。これは経験則でね。僕もそのようにして選ばれてたわけでもあるし…」

「その中で、一番優れていたのがノヴァだったということですか?」

「いや、彼は劣等生だ」

 ウィスタリアはそこで足を組み、肩をすくめた。

「ええ?!」

 まさかの返答にわたしは思わす身を乗り出す。

「ど、どういうことです?!」

「そのままの意味さ。君のフラテルに選ばれるということは、栄誉なことだ。そして将来はサフィルス家一門の長となることを約束されるのだしね。選ばれた一族は鼻が高い。だから子供たちは必死に、一族の期待に応えたくて僕にアピールしてくれるんだよ。我こそは、と」

「それで、じゃあ、ノヴァは…」

「彼はまったくやる気がなかった。終始面白くなさそうでね。落とされるつもり満々だったんだよ。冷めた目で他の子供たちの様子を見ていた」

「それなのに彼を?」

「そう。面白くなさそうにしている姿が面白かった」

「な…っ…」

 ウィスタリアは瞳を細める。

「だからフェイクをかけてみたんだ。彼にだけ他の子供とは違う、別のテストをやらせてみた。彼の年齢には合わないレベルのものだ。もちろん、当人は皆と同じだと思っているから一応、とりかかる。しかし、大きく差がある課題内容に彼は焦るわけだよ。他の子供はすらすらこなしているのに、自分の手が止まってしまったことにね。悪目立ちを避けて平均値を狙いたい彼としては、いい加減に向かうことができなくなってしまい、結局真面目に取り組むはめになった」

「…それで?」

「やりきってしまったよ。結果、彼は他の子供たちを凌駕する自分の能力を示してしまったわけだ。これからの伸びしろにも期待ができる。だから、彼に決めた」

「………。伯父様、酷い」

「酷くもなる。僕は君のフラテルを選ぶことを一任されているのだから、つまらない名誉欲に支配された少年を君に添わせるわけにはいかない。第一優先はアウロラであって、彼の都合など僕には瑣末だ」

「……種明かしは、ノヴァにしたのですか?」

「あぁ、したよ。理由を問われたのでね。愕然としていたけれど、まあ、サフィルスの血と家はルベウスのためにある。サフィルスの家に生まれるということは、そういうことなのだよ」

「………」

 思わず閉口する。

「そうして、彼の意思を無視してここに連れてきたと?」

「まあそうなるね」

「…〜〜〜〜っ…!」

 思わず頭を抱えた。

 それは、怒る。怒らない方がおかしい。だまし討ちにあったようなものではないか。

「何してくれてるんですか、伯父様!最初から険悪な状態じゃありませんか!」

「彼と君は初対面だったじゃないか。君が不愉快にさせたわけではないだろう?」

「同じです!坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、です!どう考えてもわたしは無関係じゃありませんっ」

「…?不思議な言葉を知っているねアウロラ。さすがだ」

「……もうっ!」

 感心するところじゃないでしょう?!

「仲良くしたいのに……」

 好感度ゼロどころか、マイナススタートだったりするのだろうか、これは。

 やっぱりアウロラは、アンチヒロイン属性だから?

 アウロラとして生きるのは険しい道のりなんだわ。最初からノヴァとも暗雲が…。

 とりあえず、白目を剥いてもいいかしら。

 放心したい気持ちになる。

「…そんなに心配いらないよ、アウロラ」

「?」

「彼はまだ少し意地になっているだけさ。アウロラが『仲良くしたい』と思って接していれば、心を開いてくれるはずだよ。君を本気で困らせるような愚か者ではないさ。この僕の見る目を信じてほしいな」

「………。伯父様の所業はともかく、でも、わたしがノヴァと仲良くしたいのは本当の気持ちですから。頑張ってみます」

「ああ、いいねぇ。その意気だ。熱心になってもらえる彼が羨ましいほどだよ。妬けるな」

 口説き上手なウィスタリアの最後の言葉は聞かなかったことにした。



 翌日。意を決してノヴァをお茶に誘うため部屋までやってきたまではいいけれど、これ以上嫌われることになったらどうしようかと尻込みしてしまう。ノヴァ専属の家令となったフランツという名の青年が部屋の前でウロウロするわたしに気づき、涼しい顔で彼の部屋に踏み込むと、強引に(?)彼を部屋から追い出し、庭が見えるテラス席でお茶会となったわけなのだが。

 当然、ノヴァは不貞腐れてしまう。

 まったくどいつもこいつも俺の意思を無視してくれる、と言わんばかりの表情だ。

 まず、わたしは彼に頭を下げた。

「ウィスタリア伯父様が強引にあなたをわたしのフラテルにしたこと…ごめんなさい。経緯を昨日聞いたの。あなたを騙したようなものだし、怒って当然だと思うわ。わたしの身内が、本当にごめんなさい」

 わずかな沈黙後、ノヴァはため息まじりにつぶやく。

「………やめろよ」

「?」

「あんたがあやまることじゃない。あんただって、被害者だろ」

「被害者…?」

 首をひねると、彼は続けた。

「俺みたいな半端者を押し付けられて、あんただって迷惑なはずだ。俺が選ばれたのは何かの間違いだよ。あんたは……生まれた時から将来を約束された魔女だ。王宮魔術師、アークメイジ…どれも眩しいくらいだ。俺とは、違う」

「…そんなことないわ!伯父様の性格はともかく、中途半端な気持ちであなたを選んだりしないわ!」

 ウィスタリアは性格こそ難があるが、サフィルス・コランダムを名乗るだけはあり、魔術師としては一流である。その彼が選んだのだから、間違いなどではない。

 しかし、納得していない風のノヴァは息をつく。

「あんたは俺のことをよく知らないから、そんなことが言えるんだ」

「?どういうこと?」

「……あんたは、俺のことどこまで聞いてるんだ?」

「…えっと…伯父様はあなたから聞くといいって」

「………」

 ノヴァは一息つくと、ティーカップに手をのばして湯気がのぼる紅茶に口をつけた。それで少し落ち着いたのか、話し出す。

「……俺はサフィルスの名前があっても、魔術師が絶えた末端家系の出だ。俺の父も、祖父も、魔術回路を持ってない。……兄や、弟たちも」

 声音がわずかに落ちる。

「……親類も皆、もうただの人間だ。その中で、俺だけがこの見た目と回路を持って生まれてきてしまった。先祖返りらしいが…迷惑なことだ」

「…迷惑?…どうして…」

 魔術師家系ならば、魔術回路を有して生まれてくることは喜ばしいことではないだろうか。

 わたしが首をかしげると、ノヴァは皮肉な笑みを浮かべる。

「……俺は、脇腹なんだよ。父が外で作った子供なんだ。5つの時、母が病で儚くなって、父に引き取られた。奥方や腹違いの兄弟がいる家にだ。…あとは大体、察しがつくだろ?」

「…それは……」

「ずっと厄介者だったのさ。父も奥方の手前、俺を構おうとはしなかった。腹違いの兄弟とも距離があってろくに口をきいたことがない」

 父親の見えないところで陰湿な嫌がらせも多々受けたし、兄弟とは差をつけて育てられた。日なたを生きるアウロラに聞かせるような話ではないので濁すが。

「フラテルの選別は、俺や家族にとっても都合がよかった。あの家を出る機会になるし、奥方も俺を追い出す理由にもなるしな。あのときばかりは、あんたより遅れて生まれたことは幸運だとすら思った」

 ところが。

「俺は末端に生まれた、たまたまの先祖返りだから、選ばれるとはまったく思ってなかった。俺より血も魔術回路も優れたサフィルスはいるだろうし、その存在を疑っていなかった。むしろ、それが終わってからのことばかり考えてたんだ」

「終わってからって?」

「…サフィルス・コランダムは王都に大規模な宝飾工房を持ってるだろ?俺はそのまま、工房の徒弟になるつもりでいたんだ」

「まだ、10歳なのに?修行を?」

「工房は10歳から徒弟になれるんだ。知らなかったのか?」

「……えっと…」

 わたしはこの徒弟制度にまだ詳しくはない。が。

 サフィルスは大規模な宝飾工房(金銀細工工房)を経営している。本来の魔術師としての仕事より、実はこちらの方が主要な収入源である。魔術回路を持つ者も持たない者も何かしら工房に繋がる仕事に従事している。

 初代サフィルスが興し、現在はギルドにも属している。主な宝飾ブランド名は『スカーレット』。

 始祖ルベウス・コランダムは緋色の炎のような魔力を全身から迸らせて戦ったことから、畏怖を込めて誰ともなくそう呼び始め、自然と定着したことが由来らしい。

 サフィルス・コランダムを名乗る者が全工房や工程を統括する責任者であり、つまり、今はウィスタリアがその地位にあるわけなのだが。

「あらかじめ、工房で働かせてほしいとマスター・ウィスタリアにも願い出てたんだ。それなのに、俺をあんたのフラテルに決めたっていうんで、最初は意味がわからなかった。けど、状況を把握して腹をたてる俺にあいつ、『工房で働きたいのだろう?働けるじゃないか…いずれは統括者として』と笑いやがった。………最悪だな、あいつ」

 思い出したのか、怒気を孕む。

「伯父様のしたことについては、わたしがあやまるわ。ごめんなさい。全部、全部わたしのためなの。そのためにあなたの気持ちを犠牲にしてしまって…本当に、ごめんなさい」

 わたしにはあやまることしかできない。

「あんたは悪くないって言ってるだろ。…でも、俺があんたに見合ってないとは本気で思ってる。だから、もっとあんたに見合うやつを探してもらってくれ。…俺には、荷が勝ちすぎる」

 と言って、彼は少し俯いた。

「……ノヴァ…」

 代わりはいない。いないのだ。主要キャラクターで攻略対象キャラクター。彼以外であるはずがないのだ。

 言うに言えない()()()事情。先を知っているということが、これほどもどかしい気持ちにさせるとは……考えたこともなかった。

 でも、ここで黙ってはダメだ。彼を、なんとか無理やりにでも説得しなければ。これは、わたしというアウロラの大事な役目よ。

「……あなたは、わたしに見合っていないというけれど、それは違うと思うわ。…わたしの方が、見合ってないのかも」

「?何を根拠にそんなこと言うんだよ」

 より怪訝を深めて彼は問いかけてくる。

「わたし、魔法が使えないの。封じられていて、今は、何もできないの」

「……はぁ…?」

 まさかの告白に、ノヴァは間抜けな声をあげた。

「事情があって、わたしは魔法が使えない状態なの。といっても、この土地一帯に限られているのだけど…」

 そこでノヴァは鋭く察した。

「……もしかして、この屋敷や一帯の森に張られてる結界が関係してるのか」

「っ…!わかるの?」

「…それは、わかるだろ。これ見よがしに何重にも強固な結界が張られてれば…。しかもかなり古いものも混じってるだろ?どれだけ外敵に備えてんだって呆れたくらいだったけど……もしかして、それもわからないのか」

「………えっと……」

 気まずく目を泳がせるわたし。それを肯定とみなしたノヴァは絶句してしばらく黙る。

 そして、はじめて目の前の少女がとても厄介な存在なのではないかと気づきを覚えた。ただの魔女ではない、何か。

「わたしの力が暴発しないように、お母様と伯父様がとくに強い呪縛をかけているの。だから、わたしは魔法が使えなくて。鍛錬も、やっとこれからなの。…だから、あなたよりも何段も下のところにいるのよ」

 この先を聞くべきではないと思った。ここを去るのならば、聞いてはいけないと。

 賢く生きるなら、知るべきではない。

 しかし、口は勝手に動いてしまう。

「……あんた、一体何者なんだ。普通は、そこまでしない」

「厄災の魔女」

 静かに答える。

「?!」

 目を丸くするノヴァをまっすぐに見つめて告げる。

「…になってしまうかもしれない女。でも、そうはなりたくない。だから…あなたにも協力してほしいの」

 ノヴァ、と呼びかけて続ける。

「わたしのフラテルはあなただけ。伯父様が選定する前から、これは決められていたこと。わたしとあなたが生まれたときから定まっていた約束。わたしには、わかる」

 運命を告げる巫女のごとく、迷いのない口調で言う。

「あなたの人生の舵取りをわたしたちが決めてしまってごめんなさい。でも、だから、これからわたしは生涯あなたの一番の味方であり続けるわ。あなたの意思は最大限尊重する。あなたが困難に陥ったら、何をおいても一番に助けに行く。あなたを守る。わたしの…アウロラ・ルベウス・コランダムの名前にかけて、誓うわノヴァ」

 わたしは胸に手を当てて、誠意を示す。

 これがわたしには精一杯。

 どれくらい見つめあっていたか、ノヴァはハッと我にかえり、みるみる顔を赤くさせて、彼女から目をそらす。

「……なに、を…」

 動揺して言葉にならない。

 自分が何を言っているのか、自覚しているのか、彼女は。

「そんなこと、簡単に誓うな…!」

「わたしにできることは限られてるから。それくらいしかあなたにしてあげられない」

「だからって…!昨日今日あったばかりの相手に言っていいことじゃないだろ…!」

「だって、どう言い繕ったところで、これは………」

 先を言いかけて、一旦止めた。浮かんだ言葉に、わたしの方が照れてしまったから。でも言わなくては。

「政略結婚をするような、ものでしょう…?」

「………っ…?!」

「ノヴァ、お願い。わたしのフラテルでいて。わたしのフラテルは、あなたしかいないの。あなた以外考えられない」

「……〜〜〜〜っ…!」

 ノヴァはいよいよ狼狽えた。

 …政略結婚って、何を言ってるんだこの女は!俺がこいつのフラテルだと言い切って、誓いまで立てて。

 本来、立場はこいつの方が上なはずだ。それをわざわざ下手に出てまで懇願することなのか。

 あたかも、そう…あたかも愛の告白のような熱量で。

 意識すると、動悸がはやまり、ますます顔が火照った。

 どうかしてる。これは世間知らずだからか?箱入りだからか?まるで生殺与奪すら自分に差し出そうとする勢いだ。

 こんなことなら、高慢で鼻持ちならない女でいてくれた方がよかった。

 性格のよい素直な令嬢など、反則だ。

「ノヴァ、お願い…」

 懇願する眼差しを向けられ、彼は絶望的な気持ちになる。

 他のやつに任せてしまいたい。その方がきっと楽だ。俺は面倒見がいい方だとは思わない。絶対に向いてない。向いてないと思うのに…!

 魔が差しているのか。サフィルス・コランダムの名前を継ぐ栄誉など微塵も興味がないのに、この少女を何者かに譲ってしまうのは、惜しいと感じてしまっている…自分がいる。

 はじめて見たルビーの瞳。美しく、澄んだそれを見つめてしまうことは危ないと思った。だから、極力見ないようにしていた。けれど、こうしてただまっすぐに見つめられて、逃げ場を失うと吸い込まれそうになってしまうのだ。

 サフィルスの血の呪いとしか思えない。ルベウスの女には、逆らえない性。

「あんたは絶対後悔することになる」

「しないわ。だってわたしのフラテルはあなただけなんだもの」

「俺はあんたを支えられるほどの資質なんかない」

「いいえ、あなたしかわたしを支えられない。あなたしか、いらない」

 駄目押しの殺し文句に、ノヴァは黙った。

 なんなんだ、この女は。

 今まで、こんな風にまっすぐに自分を求めて、関わろうとしてくれた人間がいただろうか。親兄弟にすら疎まれて来たというのに。彼女は、どうしてここまで求めてくれるのか…。

 もう、こんなの。断りようがないだろう…。

 サフィルス家系の末端で、工房で身を立ててひっそり生きていくつもりでいたはずの自分。

 輝かしい名前も経歴も未来も、欲してなどいなかったのに。

 ……どうしてこうなった。

「………あぁ、…もう、わかった。わかったよ。だからもう、それ以上言わないでくれ」

 心臓がもたない。

「…!…本当?!わたしのフラテルでいてくれるの?!」

「………あぁ……しょうがないだろ……こうなったら…」

 諦めの境地。

「ありがとうっ!ノヴァ!」

 負けだ。完敗である。だが。

「……俺があんたを利用して傷つけるような、どうしようもないクズだったら、どうするつもりなんだ」

「…?…そうしたいの?」

 きょとんとするわたしに彼はうんざり気味に食ってかかる。

「しないに決まってるだろ。仮定だよ、仮定」

「ええ、あなたはしないわね」

 とアウロラは微笑む。

 反対にノヴァはがっくりうなだれた。

 なんだ、この信頼度の高さは。

 この世間知らずの箱入り娘、魔法以外でも最強かもしれない。

「これからよろしくね、ノヴァ!」

「………。…あぁ…」

「ねぇノヴァ、このお菓子食べて?とても美味しいのよ」

 アウロラは嬉しそうに頬を染めてノヴァを構おうとする。

 そしてふと。

 これから先、ここでのやりとりが尾を引いて、彼女に懇願されたら逆らえなくなる予感が胸を占め、ノヴァは盛大なため息を漏らす。

 何事も最初が肝心。先手をとったのは、アウロラの方だ。

 その予感はけして違えなかったし、これから数年で過保護になっていく自分など、まるで予測がついていない彼だった。

口説き落とした後、冷静になるととんでもないことをたくさん言ってしまったと赤面してベッドでのたうち回るまでがデフォです(苦笑)。

フラテルは兄弟という意味ですが、姉妹はソロルといいます。ふたりが互いにそう呼び合うことはあまりあまりないかもしれませんが。

宝飾工房については、魔術師と宝石は切っても切れない関係であるので、彼らのような名前が知れ渡っている魔術師の家柄は大概自分たちで工房を構えています。また、この世界の子供は早くに社会に出るので、10歳からでも徒弟になれます。

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