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【コミカライズ第2巻6/27発売】ルベウスの魔女とアルスマグナ 〜乙女ゲームのアンチヒロインは世界の滅亡を回避したい〜  作者: 阪 みれい
第2章 眩惑蝶の皇子

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眩惑蝶の皇子(6)

 ノヴァとステラ、ラウルスは一直線に裏庭を目指す。

 屋内から裏庭へ続く渡り廊下を抜けて件のガゼボが見えるとステラは指をさした。

「あそこよ、あそこの東屋(ガゼボ)…!」

 芝を踏んで三人がやってくると、ステラは大きく息を弾ませながら言う。

「ちょうど…、わたしはさっきの渡り廊下の近くにいて、ここにいるヘレル皇子とアウロラを見かけたの。気になって振り返ったら、ふたりはここから消えていて…」

「消えた、か…」

 ノヴァは周囲を確認するように見渡す。魔力探知でアウロラの気配を探るが、やはり反応はなかった。

「アウロラの髪飾りは…そう、このあたりに落ちていて、ガゼボにはヘレル皇子の香の匂いが残っていたわ。……今はもう、香っていないけれど…」

「皇子には常に従者が傍にいるだろう。皇子の従者はどこにいた?」

「……従者の姿はなかったように思うわ…考えてみれば、変ね」

 皇子が消えたのなら、従者が慌てていてもおかしくないはずだが、共に消えたのか、姿が見えない。

「他に何か見なかったか?」

 尋ねるノヴァに、ステラはまだ混乱している頭で思い返す。

「…そういえば、いくつもの黒い影を見たわ」

「黒い影って、どんな?」

 ラウルスが首をかしげる。

「……それは、ごめんなさい。よくわからないわ。何かの形をしているような、していないような……モヤがかっていて、でも嫌な感じがしたわ。…あとは、皇子がアウロラを抱えていたから、アウロラは意識を失っていたのかも。光と一緒に彼らは消えてしまって」

「モヤの正体はともかく、皇子には意識はあったことは間違いなさそうだな。…光…ということは、魔法陣が展開されたのか?」

 ノヴァはガゼボに登ると杖を取り出す。

「まだ間に合うか……このガゼボに使用範囲を固定…『魔法陣再現リプロデュース』」

 命令を下すとぱっと光を放ち、この場に展開された魔法陣が再構築され、薄っすらと浮かび上がる。

「よし」

 ラウルスとステラもガゼボに入り、浮かび上がった魔法陣に目を落とした。

 こいつ、追跡系魔法も使えるのか。

 ラウルスは内心で舌を巻く。

 魔法陣を巻き戻し、再現させるのはより多くの魔力が必要になる。それが他者が用いたものならば尚更に。

「ノヴァ、読めるか?」

「ああ。これは……転送魔法だな。随分と古いルーン文字だが…」

 まるで昔の魔術師のようだ。

「転送先はわからないの?」

 ステラが問いかけると、ノヴァの眼差しは険しくなる。

「ところどろこすでに風化が始まってる。文言が薄くなっていて、そこまでは読み取れない。…だが、この魔法陣の規模からしてさほど遠くに転送していないはずだ。長距離転送ならもっと大規模な魔法陣が必要になるし、さすがに目立つだろうしな」

 一度発動した魔法陣は再現させることはできても再度使用することはできない。それに、再現させたところで時間経過でこれらも効力を失い薄れていく。脳内に記憶させるより留める方法はない。

「ノヴァの見立てでも、術者は古い魔法陣を使うってことしかわからないのか。それにしても…これはまるでテロリズムだ。魔法学校内で大胆なことをする」

「そもそも誰が、何の目的でふたりを?」

「皇子が狙いだったのか、アウロラは巻き込まれたのか、もしくはふたりが目的だったのか」

「はじめからアウロラが目的だったか、だ」

 ラウルスとステラの戸惑いに、ノヴァは低く呟いた。

 ここでステラは別の可能性に気づいて青ざめる。

「ね、ねぇ……わたし、ふたりが何かのトラブルに巻き込まれたのだとばかり考えていたのだけど、まさか、皇子がアウロラを……ということは…ない、わよね…?」

 状況だけをみれば、おかしくはない推論だった。

「ステラ」

 今はまだ皇子の関与について言及すべきではない。

 暗に嗜めるラウルスに「…ごめんなさい」と彼女は気まずげに口を閉ざした。

 ラウルスは無表情に一点を見据えているノヴァがステラが口にした可能性を考えていないとは思わなかったが、しかし彼は賢明な男である。迂闊なことは口にすまい。

「……転送魔法は質量が増えるほどリソースを食う。それほどまだ遠くへは飛べていないはずだ」

 二重三重の構えでいないのならば。だがすでに遠方へ飛んでいるとなると、計画的ということになる。

 突発か、計画か。今はまだそれを論ずる段階ではない。首謀者についても。

 だが、アウロラの身柄が持ち去られたということは事実。紛れも無い事実。

 今すぐ手当たり次第に探しに行きたい衝動を抑え込む。

 早るな、落ち着け。冷静でいなければ、真実を見失うぞ。

 小さく息をついて杖を振るう。

「………『伝達鳥(エピストラ)・召喚』!」

 唱えるとノヴァの手のひらから青白い炎が生まれ、それは瞬く間に青い尾長の鳥に姿を変え、彼の腕に止まる。サフィルスが用いる情報伝達方法だ。互いに目を合わせると、記憶を送り込み命じる。

「俺が今見たものをマスターに伝えろ。……行け」

 返事をするようにピィと甲高く鳴くと、尾長の鳥は羽ばたき、その場から搔き消える。

 ノヴァはラウルスとステラを見る。

「俺はこのまま図書館に行く。アウロラを見ている者がいれば、もう少し状況がはっきりするだろう。…それからふたりとも、この件については…」

「心配はいらない。誰にも口外しない」

「え、ええ、もちろん、わたしもよ」

「魔法学校の教師や関係者にも漏らさないでほしい」

「わかった」

「ええ」

 ふたりは神妙な顔つきで頷く。

「……すまない。ふたりはこのまま帰宅してくれ。付き合ってくれて感謝する」

 手短に告げるとノヴァは足早にガゼボを出て行った。

 取り残されたラウルスとステラは顔を見合わせて息をついた。

「……もしかして、わたしたち危うい場面に出くわしてるの?」

「そうかもしれないな。場合によってはアダマントとフューシャの外交問題に発展しかねないが、それよりもっと深刻な問題がある」

「?」

 首をかしげるステラを見下ろして、ラウルスは告げた。

「…アウロラはルベウスの魔女だ。ルベウスってのは、この国と明夷の門を防衛する要の存在だぞ。他国が魔導石の分配に文句はつけてきても、これを力づくで収奪しようとしないのは…、王位を簒奪しようとするものが現れないのはなぜだ。……圧倒的強者であるルベウスの報復を怖れているからだ。実際、大昔にルベウスがいくつもの国を地図上から消したって伝説もあるしな」

「……それは、そうだけど…」

 ラウルスはガゼボの柱にもたれかかり、腕を組む。

「まだ成人していないとはいえ、その圧倒的強者のはずのルベウスの魔女が、何者かにかどわかされたなんて知れたらどうなる?国の内外でルベウスは侮られ、その恐怖神話は崩れ去ることにもなりかねない。そうなれば、押さえ込まれていた不満が一気に噴出して、内政は荒れ、他国とも国境際での小競り合いなんかじゃ済まなくなる日が来るぜ」

「魔導石を巡って覇権争いが始まるというの?……それこそ憶測よ。考え過ぎにようにも思えるわ」

「ないこともないだろ、その可能性が」

 苦笑いするラウルスにステラは益々深刻な気分になる。

「……わたし、ノヴァの役に立てたのかしら」

「立ったさ。ステラがふたりを見かけていなければ、ノヴァはもっと後手に回っていただろう。お手柄だよ」

「…そうだといいのだけど」

「それに、ノヴァのためにも俺たちがいてよかったんだ」

 ステラとラウルスが傍にいたので、彼は冷静を取り繕えたのだ。取り乱さずに対処ができていたのだ。

「?」

 不思議そうにステラはラウルスを見たが、彼が何も答えないと感じてふうと小さくため息をついた。

「アウロラ、大丈夫かしら。何かひどい目にあっていなければいいのだけれど」

「アウロラは…言うなれば『異様』だが、ルベウスの魔女だ。簡単にやられはしないだろうさ」

「…異様って、どういう意味?」

「………ステラはアウロラがどう見えてる?」

「質問を質問で返さないで。いきなりなによ」

「彼女の印象だよ。どう感じてる?」

 質問の意図が掴めず、ステラは眉を寄せた。

「…素直で優しくて、いい娘だと思うわ。ルベウスだから強いはずなのだけど、飾らないし、親しみやすいと思っているわ」

「ああ、そこだよ。そこががもう異様なんだ」

「?…何が言いたいの?」

「『ルベウスの魔女』らしからぬと思わないか」

「……え?」

「俺や他の魔術師たちが認識しているルベウスっていうのは、アウロラの母君みたいな魔女さ。一瞥だけで魔術師や貴族どもを震え上がらせ、人形のように人間味を感じない魔力の塊のような冷淡な女、それが歴代のルベウスの魔女たちだ。…だが、アウロラは違う。俺は驚いたよ、はじめて彼女と会った時は」

 ノヴァとはそれより以前から交流があったが、彼の口からアウロラの話が漏れたことは一度もなかった。

 彼女もまた、歴代のルベウスのように、フラテルを背に従え、肩で風をきり、表情薄くその圧倒的魔力と立場を誇示し、これを堅持し、他者を威圧する冷たき美貌の魔女なのだろうと思っていた。

 ……だが、当の彼女はノヴァの背に隠れ、彼に手を引かれる内気で可憐な少女だった。深窓育ち故の人見知りも、慣れれば表情も豊かで柔らかく、社交的で馴染みやすい。その分、警戒心が薄く、鋭さが皆無だ。あれではノヴァは過保護になるしかない。

「本来のルベウスからはかけ離れてる魔女、それがアウロラだ。同じような深窓育ちの姫君、クラリスと仲良くしていることもあってアウロラへの違和感は薄まっているがな…異様なんだよ、ルベウスの魔女がただの令嬢のように振舞ってるってことが」

 力あるはずの者が豊かな人間性を保ち、自然に振舞っていることが一種、不気味でもあるのだ。

「……確かに、お母様やお祖母様から聞いているルベウスとは印象が違うとは思うわ。魔法も使いたがらないし。でも、ルベウスの性質が全員同じなんてことはないでしょう?」

「まあ…それはそうだ」

 ステラの指摘に肩をすくめる。

 そう。そのはずなのだが、ルベウスに抱く印象はみな共通認識として似通っている。それほどに、彼女らは不変性を保っている。外見も中身も。

 それが何を意味しているのかわからないし、知ろうとしない方がいいだろうと思っている。

「とりあえず俺たちはおとなしく貝になっていた方がいいだろうな。噂は知ってるだろ?サフィルスには汚れ仕事専門の集団がいるって話。次期当主のノヴァが口止めしていったんだ。あれこれ吹聴すれば暗殺されかねない」

「ぶ、物騒なこと言わないでよ!あれはそういう意味で口止めしたわけじゃないでしょう?!」

「はは、和ませようとしたんだが、逆に怖がらせたか?わかってるよ、冗談だ。…さて、そろそろ帰ろうぜ。下宿まで送る」

「……。ええ、ありがとう」

 腑に落ちない様子のステラを促してガゼボを出る。空の色はすでに大きく傾いていた。



 ※



 ノヴァからの知らせを確認したウィスタリアの召集を受け、ノヴァは家令のフランツを連れて夜更けに王都のルベウス邸へと戻った。

 アレクシアの書斎に案内されると、すでにウィスタリアは待機している。

「ああノヴァ、戻ったかい。間もなく姉上も合流する」

「オルキスの義父上は」

「知らせは出してある。だが、姉上の要望でそのまま屋敷にとどまってもらっているよ。使用人たちを混乱させるといけないからね」

「………。そうですか」

 状況がわからず、この場にも来られないとあっては、心配と不安とで心を痛めているに違いない。

「アークメイジは王宮からどうやって?」

「あれを使う」

 ウィスタリアは書斎には不釣り合いな大きい姿見を指し示す。

「鏡界回廊」

「そう。王宮内にある姉上の部屋にもあれが置かれているからね」

 ふたりが話していると、平な鏡面に緩やかな波紋が生まれる。そして、そこからまずはぬっと腕が突き抜けてきたかと思うと、アレクシアが広がる波紋の中から現れる。

「……ふぅ。鏡界は息ができぬし姿が歪むゆえ好きになれぬな。……皆、揃っているか」

 軽装のままやってきたアレクシアは書斎の椅子に腰掛けながら見渡す。

「はい姉上」

「うむ。……今回の件、ウィスから簡単に知らせは受けている。まずはノヴァ、そなたから経緯を説明せよ」

「はい」

 ノヴァはステラから伝え聞いたことと、またその目で確認したことを説明し、その後立ち寄った図書館でアウロラの荷物を見つけ、またまだ残っていた数名の生徒から彼女がヘレルの従者と連れ立って図書館を出たという目撃情報を得たことを報告する。

「…ふん、ヘレル皇子の従者か…。ノヴァ、皇子とは今日会話をしたか?」

「はい、グロリア様主催の茶会があり、そこで少し」

「様子はどうだった」

「……特に変わったところはありませんでした。ルベウスの持つアルス・マグナについて興味があるようでしたが」

「ふむ……フューシャは古きアルス・マグナを収集しているとは耳にしている。さほどおかしな話でもないか。ともかく、目撃証言からして、皇子の従者がアウロラを呼び出したことは間違いなさそうだな。魔法陣は小規模であったとするなら、まずは近場に移動したはずだ。…転送先は特定できたか?」

「それについてはフランツから」

 ウィスタリアが目配せするとフランツは「おそれながら」と黙礼し口を開く。

「配下の者にヘレル皇太子殿下の滞在中の住まいを探らせました。ルーキス・アダマス家には痕跡はなく、留学中の居住先である学園都市内のペントハウスに踏み込みましたところ、皇子と近しい従者の姿はなく、使用されていない部屋に若様が確認した魔法陣と同じものが展開された痕跡を発見いたしました。ですが、魔法陣は風化が進み、転送先までは現状、把握に至っておりません」

「よほど手の込んだ罠でもない限り、皇子か、または側近のものの関与は濃厚になったわけだが、…アダマス家への侵入に証拠は残しておらぬだろうな」

「ご心配には及びません」

「そうか、ならばよい。ペントハウスに使用人はいたか」

「いるにはいましたが、的を射ぬ返答ばかりで、彼らは荷物と共にとり残されたものと推測いたします」

「置き去りにしたか。素早く、後ろを省みぬという意味では思い切りはよいがなかなかに無責任ではある。……さて、皇子と我が娘はどこへ消えた?」

「姉上、魔法陣の展開と移動の速さからして、あらかじめ各地に仕掛けていた可能性があります。そうでなければ、通常の魔術師はリソース不足に陥りますから」

「あらかじめ用意していた魔法陣を時限式に連動させ、転送を繰り返すのか。なるほど、考えたものだ。しかし、だとしたら以前から計画されていたことになるな。アダマントへの外遊も、ただあの子を持ち去るという目的だったとしたら、この素早い逃亡も納得がいく。皇子の関与についてはまだはっきりせぬが、達成した時点で全てが瑣末と化したのであろう。そこまで駆り立てたものがなんであったかは知らぬがな」

 アレクシアは足を組む。

「フランツ、他の外遊先やフューシャには密偵を出したか」

「はい。近くに滞在しているものに触れを出し、すでに各地で潜伏させています。皇子や従者の交友関係、過去の滞在先、王宮、離宮を含め、内偵を進める手はずです」

「よろしい。では彼らからの知らせを待とうか」

 アレクシアは頷くと、息をついた。

「……それにしても、アウロラを持ち去れる者がいるとは驚きだ。あの子にはあらゆる術が効かない。純粋な魔法勝負ではまず勝てる者はおらぬであろうし、そうなれば意識を奪うより他になし。おそらく幻術の類を用いたのだろうが、我らが束で幻術をかけても、あの子はけろりとしていようものを…一体如何様な術を仕掛けたのか」

「……アークメイジ、実は、舞踏会の夜にアウロラはヘレル皇子と知り合い、彼の蝶の幻術を飾りのようにまとっていました。……彼女は平然としていまいたが、俺はその幻術に少し嫌悪を感じていたので、皇子のことは警戒していたのです…。申し訳ありません、俺がついていながら」

 ここまで押し黙っていたノヴァが低く告げる。拳に入る力でわずかに震えていた。それを一瞥し、アレクシアは告げる。

「そうか、そんなことが…。だがノヴァ、そなたの所為にあらず。全てはあの子の油断が招いた事態だ」

「いえ、俺がもっと意識をしていれば、こんなことには…」

 自身を責めるノヴァの様子に、アレクシアは不敵に笑う。

「……ノヴァ、随分と傲慢なことを言うではないか」

「…は?ご、傲慢?」

 思わぬ返しにノヴァは心外だと顔を上げた。

「傲慢ではないか。そなたひとりでありとあらゆるものからアウロラを守れるのか?いついかなるときも必ずアウロラの危機を退け、救えるとでも?おとぎ話の白馬の騎士のごとく颯爽と?…そんなものは幻想だ。思い上がりも甚だしいぞ」

「……っ…」

 鼻で笑われ、ノヴァはアレクシアの指摘に恥じ入る。

「そなたがアウロラをとても大切に思っていてくれることはありがたいと思っている。だが、そなたの立場と意義を履き違えてもらっては困る。あの子はそなたにただ依存するだけの愚かな娘ではない。身を守れぬほど弱い娘ではない。あの子は、ルベウスなのだ。そして、そなたは何だ」

「…俺は……彼女のフラテルです」

「そうだ。あの子が身を守れなかったことは、あの子の落ち度として受け入れよ。そしてアウロラもこの結果と影響を受け入れねばならぬ。フラテルとして、過保護にするだけではなく、あの子に足らぬものをそなたが補ってやってほしい。今回のことは、アウロラにとっても、そなたにとってもよい経験となるであろう。ノヴァ、アウロラのフラテルとして、あの子の居場所が判明したら迎えに行ってやってほしい」

「…はい、アークメイジ」

 アレクシアは小さく頷き続ける。

「うむ。ウィス、そなたが全体の指揮をとれ。何人使っても構わぬ。首謀者がフューシャの者もしくは皇子本人であった場合の対応、フューシャ王との交渉についても一任する」

「はっ、おまかせください、姉上」

「ノヴァ、そなたはフランツを連れてウィスタリアの下で実働部隊として動け。そなたはアウロラの剣であり盾である。そなたの手で必ずアウロラを確保せよ」

「はい」

 ノヴァが力強く頷くと、アレクシアは立ち上がる。

「今回の件、我らが陛下は一切関与せずとのことだ。外交問題に発展させぬよう、内々で済ませよという下知である。ルベウス排除を狙っている貴族や議員連中に悟られる前に全てを終える必要はあるが、無理は禁物だぞ。私は平時を装う必要があるため王宮から動けぬが、あの子の居場所がどこであれ、事が済んだら連絡せよ。こちらから迎えをやろう。…では、これにて解散とする」


 アレクシアは再び鏡界回廊を用いて王宮の自室へと戻っていった。

 書斎を出るとウィスタリアがノヴァと向かい合う。

「ノヴァ、皇子が関与していたとしても、彼は皇太子…鉢合わせて手向かいされても命は奪うな。必ず無傷で無力化すること。事後、あちらの王との交渉を優位にすすめたいからね」

「………政治ですか」

「政治といえば政治だね。けれど、アダマント王が一切関与しないとあらば、国家間のそれにあらず。これはルベウスへの大きな貸付にしたいというのが姉上の意向だ。この貸付はルベウスの、延いては、アウロラにも役立つことになるだろうからね」

「わかりました」

 素直に了解したノヴァにウィスタリアは頷く。

「では今夜はこれで。君はよく休んでいつでも動けるように準備しておくこと。魔法学校はアウロラを取り戻すまでは僕が理由をつけて休学を届けておく。いいね?」

「はい」

「うん、じゃあおやすみ」

 ウィスタリアは薄っすら微笑むと自室へ戻るノヴァの背を見送り、そして、フランツを呼び止める。

「フランツ」

「はい」

「ノヴァにとっては初めての実戦になる。今も冷静を装っているが、肚の中は相当なものだろう。力が入りすぎたり、アウロラの置かれている状況によっては、どこまで自分を律していられるかわかるまい。……うまくフォローしてやってほしい」

「心得ております」

「頼むよ」

 ノヴァを案じ、声を潜めて肩越しに告げるウィスタリアに、フランツは黙礼をした。




 ウィスタリアと別れその足で自室に入り、扉を静かに閉めるとノヴァはそのままの姿勢で拳を壁に叩きつけた。

「……くそ…っ…!」

 他人や大人たちの前では苛立ちや腹立たしさを抑えて表面上は冷静を保っていたが、ひとりになるとそれらが内側から吹き出してくる。

 ヘレルを警戒し、アウロラに気を配っていたノヴァをあざ笑うかのように、あっさりと彼女を見失った。

 アレクシアの指摘は正しく、アウロラをひとりで守りきれるなどと考えるのは傲慢、思い上がりだ。しかし、己への不甲斐なさや腹立たしさは消そうとして消せるものではなかった。

 目的はなんなのだ。懸想か?それとも彼女の力か。

 理由はなんであれ、ただただ腹立たしい。

 拳を再び壁にたたきつけようとした時、制止する声が割り込む。

「それ以上はやめておけよ、ノヴァ。手を痛めるぞ」

 いつの間にか、腕からブレスレットは滑り落ちて魔法獣ルシファーが彼を見上げていた。

 魔法獣のルビーの瞳は今、『他者』の人格が宿り、片目がサファイアを宿している。ノヴァは舌打ちをし、ゆっくりと腕を下ろした。

「感情を表に出すなとは言わないが、壁にやつたりはよくないな」

 ルシファーを通して言葉が伝わり、軽薄な口調で吹きかけてくる声の主にノヴァは「うるさい」と吐き捨てた。

 ルシファーが話し出したのは3年ほど前になる。だが、これはルシファーの言葉ではない。彼を媒介にした別の意思を持つ者のそれだ。

 はじめは何事かとぎょっとしたが、今となってはこの現象を驚きはしない。

「アウロラは、あの時俺に助けを求めていたんだ。…俺を呼んでいたんだ」

『ノヴァ……助けて!』

 あの時、はっきりとアウロラの声が聞こえた。ノヴァを呼ぶ彼女の声が。

「それなのに、俺は……!」

 鍛錬を積んだところで、肝心な時に彼女の役に立てないのなら、意味がない。

 拳を握りしめ、うつむくノヴァの前にルシファーは姿を変える。

 色彩はルシファーのままだが、人型になる。齢は二十代中頃の青年である。古の法衣(ローブ)を纏っており、長い髪は三つ編みにして束ね、横から垂れ流している。生者ではないが、霊体でもない。

 ある日、ルシファーの体を借りてノヴァの前に発現した魔術師である。

 整った顔立ちは見覚えのある誰かに似ているように思うのだが、深く追求することはしていない。

 男はノヴァがひとりでいるときにしか姿を見せない。現れる頻度も低く、ノヴァの意識に干渉もしてこないため、普段はその存在を忘れがちだ。

 肉体を持たぬ青年は、腕にアウロラがノヴァに贈ったブレスレットを身につけている。ルシファー同様、彼が形を保つためには欠かせない核となっている。

 男はわずかに浮きながらもノヴァのベッドに腰掛け、足を組む。

「?よくわからんが、自分を責めるな。お前はまだ若い。力が及ばないことはあるさ」

「………」

「それで、何があった?小さき姫の身になにか起こったのか」

 この男の言う、小さき姫とはアウロラのことだ。

「…聞こえてなかったのか」

「俺は普段意識を眠らせているからな。お前が常に干渉されたいなら話は別だが」

「冗談じゃない」

「だろうとも。だから改めて説明してくれないか」

 青年が乞うまま、ノヴァはため息をついて今回の事態を語る。彼は涼しい顔立ちをわずかに歪ませた。

「古いルーン文字の魔法陣と、フューシャの皇子と共に消えた小さき姫ね。………それにしてもフューシャか。まさかここでその名前を聞くことになるとはな」

 まだ血が絶えていないとは…と、男は指で顎を撫でながらうんざり顔で呟いた。

「……知ってるのか…?」

 意外な気持ちで問いかけると、男は「まぁな」と短く答えた。

「因縁がある」

「因縁?」

「あぁ、お前からすれば大昔の話だよ」

「一体どんな因縁だよ」

「それが関係していた場合は話してやる。もしそうなら、俺にとっても他人事じゃないからお前を手伝ってやるさ」

「……どういう意味だ」

 しかしそれ以上、男は語ろうとはせず立ち上がる。

「とにかく、もう休め。己への不甲斐なさと姫への心配で眠れないなら俺が魔法をかけてやってもいいぞ。小さき姫がお前に与えた耐性以上にキツーーーーーイやつをかけてやる。ただし二度と起き上がることはないかもな」

「殺す気か?ふざけるな。…因縁とやらを話す気がないならさっさと戻れよ」

 彼の腕におさまっているブレスレットを返せと言っているのである。ルシファーはともかく、人間の姿をしている男の腕に在るのは面白くないのだ。

「…はいはい。お前は本当に小さき姫のことになると冷静さを欠くなぁ…男は余裕が大事だぞ。だがサフィルスを名乗る者としては大変好ましいよ」

 男は愉快そうに笑うとくらりと姿を燻らせ、ルシファーの姿に戻る。

 男の人格が消えた双眸はいつもの魔法獣の狼だ。

 ノヴァはルシファーの頭を撫でると、彼は元気付けるように脚に擦り寄る。

 不本意ながら、肉体を持たぬ青年と話したことで急く心や苛立ちは幾分か落ち着いたように思う。

「…心配させてごめんな。俺は…大丈夫だ。アウロラは必ず助ける」

 少なくとも、彼女の命はまだ無事だ。()()()()()()()()()()()()()

 懐にしまったアウロラの髪飾りを取り出し、目を落とした。

 声は届いても、手が届かない場所にるなら、そこへ自分がたどり着けばいい。不甲斐なさも、腹立たしさも前進する力に変えて。隔たりをこえて、この手が届くまで、どこまでも。

 俺はアウロラの手を離さないと誓ったのだから。

「……待っててくれアウロラ。必ず行くから」

 髪飾りを唇に寄せ呟く。

 ノヴァのロイヤルブルー瞳に澄んだ決意が宿った。

しれっと新しいキャラクターが出てきてるのですが、この章内である程度は説明されますのでご容赦を(汗)。

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