眩惑蝶の皇子(4)
フューシャ国の皇子、ヘレル・ラトナラジュのアダマント国滞在期間はおよそ一ヶ月ほどであり、彼の希望でその内の10日ほどを魔法学校での短期留学にあてていた。
長期留学を果たすには、彼の皇太子という地位が邪魔していた。未来の治世のため見知を広げるのはよいが、変に影響を受けてもらっても困るという王室の本音が透けて見える。
わずかな供を連れ初めての留学初日、全生徒をあげて出迎え、歓迎する。魔法学校の正面エントランスに教師陣と共に生徒を代表してグロリアとクラリスが、そしてアウロラにも声がかかり、同列で彼を出迎えた。
「グラティア魔法学校へようこそお越しくださいました、ヘレル皇太子殿下。ご滞在中、よき学びの場となるよう、我々教師陣も努めてまいります」
滅多と顔を出さない学校長が前に出て挨拶をすると、彼は小さく笑みを浮かべて出迎えや歓迎への返礼を述べる。
「皆様の暖かい歓迎、感謝いたします学校長殿。私も魔法学校での体験を我が国に持ち帰り、今後の魔術師育成に役立てたいと考えております。ご指導のほどをよろしくお願い申し上げます」
穏やかな口調で彼は小さく黙礼した。
それに続いて顔見知りでもあるグロリアとクラリスがそれぞれ歓迎を口にし、彼も微笑みで返事をする。次にアウロラに彼の視線が移ったところで、彼女は丁寧に淑女の礼をする。
「グラティア魔法学校へのご留学、お喜び申し上げますヘレル殿下。舞踏会では直接ご挨拶することはかないませんでしたが、アウロラ・ルベウス・コランダムでござます。どうか、よろしくお見知り置きくださいませ」
ヘレルは目を見開き、微笑む。
「…あぁ、あなたが…!こちらこそ舞踏会ではご挨拶できず、失礼いたしました。ですが、魔法学校でお会いできるのを楽しみにしておりました、ルベウスの姫。少しの間ですが、仲良くしていただければ嬉しいです」
ヘレルの言葉は丁寧であり、少々はにかみながら告げてくれる。
「もったいないお言葉でございます、殿下」
微笑み返すとヘレルはわずかに頬を染め、戸惑うように視線をそっと外す。
舞踏会の夜、ルーキス・アダマス邸の庭園で出会ったことはまるでなかったかのように、彼は初対面をきっちりと演じていた。いや、演じているのだと思う。
一通り挨拶を済ませると、グロリアが先導して彼は校舎へと入っていく。それを見届けて、生徒たちは解散となった。
ヘレルは2年生のフローレスクラスに属し、主にグロリアが対応にあたることになった。その絡みでクラリスや護衛騎士のノックスも行動を共にすることになるのだろう。しばらく、彼らは慌ただしいに違いない。
ぞろぞろと生徒たちが移動をはじめる中で、アウロラはその場に佇んでいると、フローレスクラスの生徒たちとともに、少し離れたところで待機していたノヴァが近づく。
「どうしたんだアウロラ」
「…ノヴァ」
見上げて、少し迷ったが尋ねてみる。
「…ノヴァは、ヘレル殿下をどう思った?」
「いきなりだな。……直接話しをしたわけじゃないからはっきりはしないが…ぱっと見は穏やかそうな皇子だな。王族っていうのは、もっと鼻持ちならないものかと考えてたんだが…この国の高圧的な貴族たちとは違いそうだ」
あくまでも遠巻きにした第一印象ではあるが。
「…何か気になることがあるのか?」
問われてアウロラは口ごもる。
「……少し、違和感が…」
「違和感?」
ノヴァはその場で考え込もうとするアウロラの手を取り、教室への移動を促す。
「…その…あの夜と印象が違うような…」
ノヴァに手を引かれて歩きながら考える。
庭園で話をしたときのヘレルは、王族らしい威厳があった。凛とした立ち振る舞い、老成された雰囲気が記憶に残っている。
だが、先ほど挨拶を交わしたヘレルは彼女が最初に感じた控えめで、大人しめの少年であった。そして少し、はにかみ屋の。
口調や表情が記憶の中のヘレルとは異なって思えた。
とはいえ、まだ2回しか言葉を交わしていないのだし、その2度で印象を決定づけるのは早計である。
アウロラは軽く首を振って違和感を振り払う。
「やっぱり、何でもないわ」
立場上、場所や相手に応じていくつかの顔を使い分けてもおかしくはないのだろうし。
「…アウロラに微笑まれて、顔を赤くする程度には殿下はお前に興味があるみたいだけどな」
意味深な視線を投げかけられ、アウロラは小首を傾げる。
「…?…殿下はきっと恥ずかしがり屋さんなのよ」
内気な神秘的美少年。方々で需要がありそうだ。実際、アウロラと会話をしている時に女子生徒たちの視線は彼に釘付けであったし、吐息も漏れていた。グロリア、ノヴァという魔法学校における女子生徒の人気を脅かす存在になりそうだとアウロラは感じた。
ヘレルは攻略対象キャラクターではないが、もしかしたら強力な『当て馬』としての登場かもしれない。
クラリスの縁談の相手と噂され、魔法学校への体験留学。クラリスの恋の相手がいまだ不在とはいえ、ふたりが仲良く会話などしていれば、彼女に恋をする何者かの対抗意識を刺激することにはなるだろう。
…などとアウロラがヘレルの可能性について考えていると、ノヴァは小さく嘆息を漏らして言う。
「…アウロラ、鈍感も過ぎると、痛い目を見るぞ」
「…ど、鈍感?!わたしの?どこが…??」
寝耳に水。
驚いてノヴァの手をぎゅっと引っ張り押しとどめ、詰め寄って顔を覗き込むと、彼は冷静に吹きかける。
「…そういうところも」
「?!」
異性の好意に気づかないのはもちろんのことだが、今も廊下に散らばる女子生徒たちが『ノヴァに詰め寄るアウロラの図』を楽しんでいることにアウロラは気づいていないし、先ほどヘレルと挨拶を交わしていた時にも『アウロラに惑わされる異国の皇子の図』にときめき、彼女らに『娯楽』を提供しているなど露ほども思わないのだから、これを鈍感と呼ばずして何を鈍感と言えばいいのか(天才も行き過ぎると本物の脅威以外は探知能力が一切仕事をしないようだ)。
時々、女子生徒たちに紛れて視界の端に(隠れ見ている)セディルを捉えることもあるが、これについては見ないふりをしてやっている(友人であるので)。
「そういうところ…?そういうところって…」
どういうところ?
鈍感だと指摘されてショックを受けつつ、どこが鈍感なのか把握できず首を捻るアウロラの手を引いて再び歩き出す。
ヘレルの人となりを推し量るにはまだ材料が足りない。アウロラは先ほどヘレルに対しての『違和感』を口にした。引っかかりはすぐに飲み込んだ様子だったが。しかし自身は彼女の『違和感』を心にとどめておく必要があるだろうと思った。何故ならば舞踏会の夜、アウロラがヘレルの幻術の蝶をまとって現れた時、彼の魔術回路は緊張し、魔術師としての感覚で嫌悪していたからだ。アウロラへの悪影響は今のところ見られない。だが、自分が肌で感じたあの感覚は見逃していいものではない。
彼への警戒は怠らない方がいい。大人しいからといって、善良とは限らないのだから。
ヘレルは短い留学期間中、2年生の学習だけではなく、1年や3年の授業にも参加した。彼の学習姿勢は前向きであり、高い素養をうかがわせる。生徒として滞在している間は王族としての特別扱いもなく、逆に彼にはそれが好評だった。
「このまま卒業まで学べるとよいのですが、それが叶わぬのが残念でなりません」
魔法学校内にある貴賓室、グロリア主催のお茶会に招かれたヘレルは微苦笑を浮かべてそのように言った。
招かれた顔ぶれは1年から3年までのフローレスクラスの生徒。
あれから、アウロラは顔を合わせればヘレルとは挨拶やその日の出来事について話をする程度の接触しか持っていない。彼の学びを邪魔しないように遠慮していた面があったが、そもそもあまり顔をあわせる機会が不思議と少なかった(さりげなくノヴァに遠ざけられていたのだがアウロラは気づいていない)。
「…め……姫、…ルベウスの姫」
「あ、はい」
ティーカップを手にしたまま、ぼんやりと考え事にふけっていたアウロラはヘレルに声をかけられ慌てて顔を上げる。
主賓であるヘレルを中心にしてグロリアとクラリス、アウロラとノヴァ、ラウルスとステラが同じテーブルを囲んでいた。
「如何なさいましたか、ルベウスの姫」
「いえ、失礼いたしました殿下」
ぼんやりしている場合ではない。とはいえ、何の話をしていたのだろうか。
「……アルス・マグナの話だ。フューシャの王室は遺物集めをしているらしい」
隣のノヴァが耳打ちして教えてくれる。ありがたい。
「…遺物集め、でございますか」
「はい。初代王がとくにアルス・マグナに目がなかったようで、目利きのために当家は以降も収集を続けているのですが、私たちは元々商人の家系ですので出自を忘れぬようにするために今でも各地を巡った際には遺物との出会いを楽しみにしているという次第で」
ぼんやりしていたアウロラの無礼をそのままヘレルは流してくれる。柔和な皇子の対応に甘える形になってしまったアウロラは自身を恥じた。どうも、ここのところぼんやりすることが増えている。自分でも、理由はよくわからないのだが。
「わが国では、遺物との出会いはございましたか?」
クラリスが問いかける。
ほとんどのアルス・マグナは過去の遺物であり、王族や魔法庁の管理下にあるため、展示される機会も少なく、もちろん市場に出回ることは稀も稀。
新しく作られたものより、古い遺物の方が価値が高い。高名な魔女や魔術師のそれならばなおさら。そういった品はおのずと収集が難しくなるというものだ。
「いえ古いものは残念ながら。ですが、アダマント王室には、かの有名な聖グラディウスが封印されているのですよね。先の大戦で魔物を多いに退けたという、伝説の剣が。拝見してみたいものです」
ヘレルの口からグラディウスの単語が出た瞬間、ティーカップを持つノヴァの指がぴくりと反応するも、すぐに何事もなかったかのようにカップに口をつける。
「ええ。ですが、聖グラディウスは、我々も目にしたことがないのです。秘物として王宮の奥深くで封印されておりますので」
元王族であるグロリアは微苦笑を浮かべた。
「聖グラディウスは始祖ルベウスとその弟の初代サフィルスが作り、後に王家へ献上したと聞いていますが、この時代においてもグラディウスは作成が可能なのですか?」
この手の質問はアウロラには答えられない。そのため、ノヴァが「僭越ながら…」と前置きをして会話に加わる。
「製法は一門に伝えられていません。始祖と初代の時代のアルス・マグナについては一切記録が残されていないのが実状です。ですので、グラディウスの形状や素材など一切が我々に継承されていないのです」
「それは…残念ですね。サフィルスにはその一端が残されているのかと思っていましたが…」
「あえて残さなかった、というわけでもなさそうですが……おそらく、単に気まぐれだったのです、初代サフィルスは」
こういった私感を述べるノヴァは珍しく、アウロラは瞬きを繰り返して彼を見た。
「では、始祖ルベウスが用いたとされるアルス・マグナについてはどうですか?ルベウス・コランダム家が今でも所有しているのでしょうか」
ヘレルは本当にアルス・マグナに詳しいようだ。これが元商家の教育方針なのかもしれないが。
問われてアウロラは眉を寄せる。
そんなのも、あっただろうか。
森の本宅には確かに魔法道具が詰まった部屋があるが、秘蔵されているという風情の道具は見当たらない。どちらかといえばどれも乱雑に置かれている(ルベウスの魔女は大雑把な性質があるようで。逆にサフィルスは細やかだ)。
すぐに、これと思い浮かぶものがなかったが、しかし、ゲーム上ではブラッディルベウス化したアウロラが用いていた武器があった。もしかして、あれのことだろうか?
兎にも角にもチートな武器で、高火力の万能属性、かつ、防御・回避無視の必中属性を持つ、悪魔的な装備。味方全員をレベル99でカンストしていたとしても、即座に瀕死に追い込まれる容赦ない威力を有している。バランスブレイカーと呼ぶに相応しいプレイヤー泣かせなボス装備だった。
意欲作ながら、出荷本数が振るわなかった原因は乙女ゲームとしてお手軽に楽しめない難易度設定にあったと感じている(人によっては、クソゲー認定されてしまいそうなくらに…)。
ええっと…確か、確か憎たらしいあの名前は………。
「……魔法銃『カルブンクルス』のことでしょうか?宝石をちりばめた短銃の…」
なんとか名前をひねり出した。
「ええ、そうです。カルブンクルス!初代サフィルスが姉君のために作った魔法銃だと聞いています」
正解だったらしい。
初代サフィルスが作った、というのは初耳である。
そうなの?とノヴァを見やると、彼は少々困った顔を見せる。
「カルブンクルスについては、対魔物、魔獣…邪龍のための強力な装備で、酷く危険なのでこれについてはあえて製法を残さなかったと……聞いています」
「その、カルブンクルスは今どのように保管されているのですか?見せていただくことは可能でしょうか」
ヘレルは瞳を輝かせた。
「実は……わたくしも存じ上げないのです。母アレクシアが管理していると思うのですが…」
無用の長物過ぎて今の今まで、あの凶悪な魔法銃の存在など忘れていたのだから、アウロラが所在を知るわけもないのである。
そもそも、あれを使用するような場面があってもらっては困る。
だって、すなわち……わたしが厄災の魔女となった時に使われる最悪の武器なのだもの。
ブラッディルベウス化したアウロラはどこぞから引っ張り出してきたのだろうが、このまま在りかなど知らぬ方がいい。
「そうなのですか…。もしかしたらと考えていたのですが、さすがに古き遺物……お目にかかるのはやはり難しいようですね」
打ち解けてきたとはいえ…普段見せる内気さを忘れて遺物への興味を語るヘレルに驚く。他国にあるアルス・マグナについて随分と調べているようだ。王宮にあることで知名度の高い聖グラディウスはともかく、カルブンクルスなど当のルベウス家ですら話題に上らない忘れ去られた遺物である。
古き遺物は伝説が一人歩きしがちで、実際はどの程度の力を有しているのか疑問もある。
聖グラディウスも魔法銃カルブンクルスも今では使用に耐えない骨董品ということも充分にありえるのだ。
「…聖グラディウス魔法銃カルブンクルスも目にすることは叶いませんが、しかし、ルベウスの姫は新しきアルス・マグナをお持ちのようですね」
「……え?…新しきアルス・マグナ、ですか?」
思わぬ言葉に、アウロラはわずかに首を傾げた。
ノヴァは嫌な予感がする。
「ええ、姫が身につけているそのサファイアのペンダント…、とても『見事な仕事』です。一目で価値あるものだと直感しました」
「あ、ありがとうございますヘレル殿下。これはわたくしのフラテル、ノヴァがお守りとして作ってくれたものなのです」
ノヴァが褒められているようで、アウロラは嬉しい気持ちになる。当のノヴァは表情を変えずに言葉の裏を探る。
『見事な仕事』とは単に宝飾としての側面をさしているのか、それともルース内に仕掛けられている術式に気づいてのことなのか。
……いや、看破できるはずはない。発動しなければただの宝石。仕掛けには気づけないはずだ。宝石に溶け込んでいる術式を読み取ることはできない。
存外ヘレルの目が冴えていることにノヴァはひやりとした気分にさせられる。
目利きというのも、ハッタリではなさそうだ。
「…なるほど、当代のサフィルス・コランダムも素晴らしい仕事をしますが、次代もサフィルスは安泰ですね」
「恐れ入ります」
ノヴァは手短に答えて軽く黙礼した。
ヘレルと会話をする場面は少ないが、ノヴァはかの皇子の前では言葉を選び、慎重な姿勢を崩さない。グロリアと接する時ともまた違う距離の置き方だ。
…もしかして、まだわたしの結婚云々の相手だと思って、彼を見極めようとしてるのかしら。……って、いけない。そんなこと考えてるわたしが自意識過剰ね…。
「あと数日で私の留学は終わりますが、とても有意義な時を過ごせました。これもあなた方のおかげですね。感謝いたします」
そっと頭を下げるヘレルに「勿体無いお言葉です」とグロリアに倣って皆が礼をする。
その後、ヘレルがテーブルをまわり、一通り歓談すると茶会を終えた。
「………」
ノヴァがさりげなくアウロラを遠ざけていたとはいえ、これまで拍子抜けするほどヘレルはアウロラに対して行動を起こさなかった。彼を観察していても、特におかしなところはなかった。真面目に就学していただけだ。立場を利用すればいくらでも接点を持てたと思うのだが、内気というのも嘘はなかったか。そもそも、アウロラに懸想はしていなかったのか。だとしたら、あの夜感じた幻術への嫌悪は一体何だったのか…。
肩透かしを食らった気分だが、それにしたってすっきりしないな。
内心で嘆息する。
どちらにせよ、このまま何事もなく彼が留学を終え、次の外遊先に向かってくれればいい。
ヘレルの退出を見届け、貴賓室から教室へ戻る道すがら、アウロラが話しかける。
「皇子があなたが作ったサファイアのペンダントを褒めてくださったこと、嬉しかったわ。遺物にも造詣が深いようだし、きっと幼い頃からの素養なのでしょうね」
「………モノの価値を知っているのは確かかもしれないな。元商人の家柄だけに、遺物が金になるかならないかという目線もあるんだろうが」
「皇子は新しいアルス・マグナとおっしゃっていたけど……この子、そんなに凄い技術なの?」
ペンダントに軽く触れながらアウロラはノヴァを見上げる。
「…アウロラの魔力を制御する回路が仕込まれてるからな。皇子がそれに気づいてたら立派なもんだよ。とはいえ、そのサファイアのルースはそれだけでも充分な価値があるよ」
「そうね、こんなに大きくて澄んだサファイアですものね」
表向きは魔力制御の回路だが、同時に彼女の魔力をリソースにした魔法陣の盾でもある。命の危機と判断した場合にのみ発動する盾についてはアウロラには知らせていない。盾は最大で8重の防御壁だが、これら全てを突破できるのは計算上、聖グラディウスのみ。聖グラディウスはあらゆる生物を切り裂き、死に至らしめる剣だ。殺害できない生物は存在しない。つまり作り手であるコランダム姉弟の命も奪うことができる諸刃であったということになる。それを王家に献上したという意味は大きい。
天才であるアウロラの命を奪えるとしたら、聖グラディウスだけだ。8重の盾をもってしても、あの剣の攻勢を防ぐことはできない。数秒の時間稼ぎが精々。アウロラが厄災の魔女とやらに成り果て、世界から粛清を望まれたのなら、必ず聖グラディウスが用いられるはずだ。だが、肉薄されても最初の一撃を回避できれば勝機は生まれる。そう考えてのことだった。
ともすれば、これは世界を滅ぼすかもしれない一歩。間違っているとは思う。しかし、彼女が闇に落ちてしまっても、自分は彼女を生かす方を選ぶ。
だが、少なくとも聖グラディウスはアウロラの脅威ではなくなった。…なぜなら、聖グラディウスは今や……。
「そういえばノヴァ、あなた今日はイリア先生のお手伝い係だったでしょう?」
アウロラに別の話を振られて、ノヴァははっと我にかえる。
「…あ、ああ。怪しげな実験の助手兼、片付け係な…」
当番制で授業後に彼女の謎の実験を手伝うことになっていた。職権乱用な気もするが、イリアに理屈は通じない。
「この前授業で長々と居眠りしてた罰で、ラウルスも一緒なんだ。助手がふたりだと先生の実験も大掛かりになりそうだからな……正直憂鬱だ」
準備から実験、そして検証と、詳細な記録を取らされるため拘束時間も長くなる。
「ふふ、わたしが助手をつとめさせていただく時は、先生はわたしに魔法を使わせたがるからかわすのが大変なのだけど、あなたは違う大変さなのね」
「先生の実験は…夢があるといえば聞こえはいいが、荒唐無稽なものが多いからな。材料を入れただけで料理が出来上がる魔法鍋の開発とかな。あれで教師をやれているのが奇跡というか…。…まぁ、それはともかく、今日は遅くなりそうだ。アウロラはどうする?」
「わたしは図書館にいるわ。この国の歴史を学び直したいの。それぞれの本の内容を比較もしたいし…」
主にルベウスが王佐になった頃、つまり始祖ルベウスについて記されている本を探したいのだ。
「?…そうか、わかった。先生の手伝いが終わったらそちらへ迎えに行くよ」
本当はひとりにしたくないのだが、止むを得ない。
「ええ、待ってるわ。先生のお手伝い、頑張ってね」
ノヴァの心配をよそに、アウロラは微笑んで頷いた。
材料を(切って)入れるとお料理が出来上がる魔法の鍋はこちらの世界にはすでにございますね。




