表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ第2巻6/27発売】ルベウスの魔女とアルスマグナ 〜乙女ゲームのアンチヒロインは世界の滅亡を回避したい〜  作者: 阪 美黎
第2章 眩惑蝶の皇子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/63

眩惑蝶の皇子〜プロローグ〜

 瞼をかたく閉じた闇の中、風に煽られた炎の熱さが頬を撫でる。

 驚いて目を開くと全身に感覚が宿った。

 夜闇の空を染めるように、赤く轟々と燃える炎の海が眼下に広がる。

 黒煙に混じって、独特の臭気が鼻をついた。

 これは、生き物の焼ける臭い。ひとつふたつではない。幾千、幾万の…。

 顔をしかめて『自分』を確かめる。

 わたしは空にいた。飛んでいるらしい。

 夜着を纏っているので、夢の中なのだろうと思った。

 しかし、それにしては随分と生々しい夢だ。五感が正確に生きている。

 と、炎の海を割くように、『それ』は現れた。

 炎よりもまだ赤い、根元の赤でその身をを染める、有翼種。

 神にも等しい高霊威の巨体生物……赤いドラゴンが。

 はじめて目にしたドラゴンに、わたしは不思議と驚かなかった。

 この炎の海を作り出したのは、あのドラゴンの所業だろう。

 何かと戦っているのか、蹂躙しているのかまではわからなかったが。

 結果を見下ろすようにして空中にとどまり、翼を羽ばたかせている。

 …と、その首元近くに人影を見出した。

 誰かがドラゴンに乗っている。

 彼らは孤高なる存在。人間をその背に乗せることなどありえない。

 わたしは目を凝らす。

 長い髪をたなびかせて、ドラゴンの首に手をついて炎を見つめているようだった。

 おそらく、女性。ドラゴンがその背を許す、その女性は一体何者なのか。

 これが夢ならば、どれほど凝視していても問題はないはず。

 いっそ、魔力で視力を強化し、その人物をはっきり捉えようかとした、その矢先。

 彼女はこちらを見た。

 距離を物ともせず、迷いなくわたしを見据えていることを肌で感じる。

 わたしに気づいた?

 その瞳は、まるでわたし自身を鏡写しにするように、赤い輝きを放っていた…。



 はっと目を覚ます。

 アウロラは起き上がって、部屋を見渡す。

 もう空を飛んではいなかったし、炎の熱さもない。ドラゴンもいないし、あの女性ももちろんない。

 見慣れたコンドミニアムの寝室が広がっているだけだ。

「……夢…」

 随分と現実的な夢だった。あたかもあの瞬間を体験してきたかのような感覚すらある。

 あの女性……その表情までは見て取れなかったが、瞳の色は…ルベウスそのものだった。

 だとすれば、あれはルベウスの魔女だったのかもしれない。

 ドラゴンを従えているルベウスの魔女。

 それは、長い系譜の中でもひとりしかいない。

 アレクシアがアウロラを身ごもる際にも夢に現れたという…あの…。

「……見たことも会ったこともない大昔の魔女の戦いを夢に見るなんて…想像力が豊かすぎるわね…」

 とてもファンタジーだ。

 夢の中の彼女は、アウロラを見返していたけれど、想像力の賜物であるのなら、そこに深い意味などないだろう。

 小さく息をついて、アウロラは再びベッドに潜る。

 夜明けはまだ先。

 もう夢は見なかった。



 ※



 魔法学校での生活に慣れ、早くも半年が過ぎようとしていたが、相変わらずクラリスに恋愛フラグが立つ気配はなかった。

 彼女は男女問わず仲良くできる性質で、親しみを感じることができる稀有な姫であると思う。

 占術が家業のステラは、スライトリーやメレの女子生徒たちとも交友があり、その繋がりでクラリスも友人を増やしつつある。今は恋愛より、女の子同士の交流が楽しい、という雰囲気だ。同様に深窓育ちのアウロラも、クラリスの気持ちを理解できる。…が、恋愛要素があるはずのゲームで、彼女にまったくそのフラグが立たないというのは、アンチヒロインとして疑問しかないのだ。

 不思議に思い続けて半年…アウロラは気がついてしまった。そう…ここまでクラリスは嫌がらせされることも、危機的状況にさらされることもなかった。その状況を作り出す元凶はもちろん、本来のアウロラだったことに。

 相反する概念的存在のクラリスに苛立ち、疎ましく思い、アウロラはあの手この手で影から彼女を追い詰めようとする。しかし、その度にタイミングよく攻略対象キャラクターが絡み、問題に立ち向かうことで親密度を上げていく乙女ゲームにありがちな手法が取れていないことに気づいてしまったのだ。

 つまり、アウロラが何もしないので、クラリスに恋愛フラグが立つ見込みがなくなっていたのだ。

 …なんてこと。

 自分がアンチヒロインになったことで、はじめてその存在の大切さに気づかされる。いかにアンチヒロインが影で多くの仕事をしていてくれたかを。

 ものすごく働き者だったのね…ゲームのアウロラ。…ごめんなさい…ヒロイン目線でいた当時のわたしを許して…。

「どうなさったの?アウロラ。先ほどからずっと黙りこくって…」

 その日、授業を終えてからアウロラは、クラリス、ステラとともにホテル・サフィレット内にあるカフェに寄り道をしていた。以前からクラリスが立ち寄ってみたいと希望していたからだ。彼女は今でも屋敷から通っているので、寄り道が夢だったのだという。元王族の身の上のため、基本的にあちらこちらに立ち寄ることは許されていない。今回は、場所がサフィルスのホテルで警備上も問題ないだろうという判断のもと、例外的に許されたに過ぎない。

 おかげで、カフェは貸切状態となっていた。

 アウロラは顔をあげて、誤魔化しを口にする。

「…あぁ…いえ…、本日の夕食の献立は何かしらと考えていたのですわ」

「アウロラは、意外と食べるのよね。それだけ細身のどこに入っていくのかしらとずっと思っていたけれど」

 ステラが羨ましい、と瞳を細めた。

「お母様の見立てでは、食べても魔術回路に流れていくみたいなの。…わたしはステラの方が羨ましいわ」

 女性的なラインを持つ彼女の横に立つと、マッチ棒のように思えてしまうアウロラだ。

「ステラもアウロラも、わたしにはどちらも羨ましいわ。……童顔で小柄だと、年齢よりも幼く見えてしまうから」

 クラリスはこの頃には随分と砕けた口調になっていた。

 もちろん、3人とも必要に応じて言葉遣いは改めることができる上でのこと。

 三者三様のため息を漏らしつつ、クラリスが「そういえば」と話題を変える。

「じつは、急なお話でわたしも戸惑っているのだけど、フューシャ国の皇子がこちらにいらっしゃることになったそうなの」

「フューシャ?…南にあるオアシス都市よね。周辺国の交易拠点にもなっている国だわ」

 ステラの言葉にクラリスは頷く。

「えぇ。我が国とも国交を持つ上に、あちらの王家は代々魔術師の家系なので、ルーキス・アダマス家とも交流があって。…世継ぎの皇子は今、17歳で各国を外遊なさっているそうなの。それで、こちらに滞在する間、皇子たってのご希望で、魔法学校に体験留学をすることになったみたい」

「つまり、国賓ということです?」

 アウロラが尋ねると、クラリスは軽く首を横に振った。

「いいえ、皇子は見聞を広めるための訪問であって、外交や政治目的での外遊ではないから、そのあたりはご辞退なさったそうなの。それで、王宮での歓待ではなく、ルーキス・アダマスのお屋敷で歓迎の舞踏会を開こうという話になっているの」

「「舞踏会!」」

 アウロラとステラは同時に声をあげた。

「本当は、まだこのお話は秘密にしていなければいけないのですけれど、おふたりには特別にお知らせしておきますわ。招待状が届きますから、是非いらしてくださいませね」

 微笑むクラリスに、アウロラは胸踊る。

 舞踏会。

 それは少女が皆憧れる雅な社交場。

 プリンセス系の物語では欠かせない、ロマンスの要素に満ちたパズルのピース。

 ロマンス…ロマンスか…。クラリスに、恋愛フラグがたつイベントになるのかしら?

 ゲームのシナリオにそのようなイベントはないが、アウロラが邪な行動をしていないため、補完となる展開かもしれない。

 そうよ、ゲームの中のシナリオだけが全てではないはず。『行間』を読むのと同じで、展開を埋め込む隙間はいくらでもあるものよね。

「フューシャの皇子様、素敵な方だといいわね」

「着飾るのも楽しいですけれど、殿方と出会いの場でもありますし」

 ステラの言葉に続いて、瞳を輝かせるクラリスに、フラグが立つ機会を損なわせてしまっているアウロラは「ええ、是非とも」と力強く頷く。

 しかし、彼女の気迫を読み違えたステラが、苦笑いで言うのだ。

「アウロラにはもう素敵な殿方がいるでしょう?」

「ええ、お兄様も『ガードが固いな』と呟いていらっしゃるくらいに。…まぁ、わたしはお兄様を応援したいところなのですけど…」

「…?」

 意味ありげなふたりの視線に、アウロラは首をかしげるばかり。

 まだ見ぬ異国の皇子への想像を膨らませ、舞踏会の華やぎを夢見る程度には、この時はアウロラも呑気なものであった。



 後日。

 クラリスの言葉通りに、フューシャ国皇子の来訪に合わせた歓迎の舞踏会への招待状がアレクシアを通して正式に届いた。

 アレクシアは「せっかくの機会だ、楽しんでくるといい」とアウロラとノヴァの出席を許してくれる。

 舞踏会、といえばドレス。一度、ルベウスの本宅に戻って衣装部屋を確認した方がいいかもしれない。

 招待状の内容に目を通していたノヴァは、ソファでドレスについて思案していたアウロラに話しかける。

「アウロラ、ドレスはどうするんだ?」

「あ、ええ。一度、お屋敷に戻って、確認しようと思っているの」

「そうか。じゃあ、仕立て師を呼ぼう」

「ええ、そうね。……って、ええ?!」

 あまりにさらっと言うものだから、そのまま流してしまいそうになった。

「せっかくの機会だし、新しく誂えたらいいさ。仕立て代や、必要経費は俺が出すよ」

「…なっ、だ、だめよ…!」

 その提案に慌てて立ち上がり、ノヴァに詰め寄る。

「?どうしてだめなんだ」

「どうしてって…!」

「お前の化粧代を出すくらいの器量はある」

「そういう問題ではなくて、あなたのお金はあなたのために使うべきだわ」

「俺は有意義な使い方だと思ってるよ」

「で、でもっ」

「アウロラ」

 ノヴァは嘆息すると、顔を近づけて続ける。

「お前は……俺をドレス一枚すら作ってやれないような、ダメな男にしたいのか?」

「…え?」

 一体、何を。

「アウロラのフラテルとして、評判を下げるような真似はしたくない」

「え、ええ?…そ、そんな大げさな…」

「どこが大げさなんだ」

 なぜかぐいぐいと壁際に追い込まれ、畳み掛けるように彼は言った。

「実質的にアウロラの社交界デビューの舞踏会になるんだ。俺の立場的に、お前の装いひとつにも気配りはしておくものだろ。ひいては、ルベウスの評価に関わることにもなる。不手際があれば、それはすなわちサフィルスの…俺の恥だ」

「……うっ…」

 フラテルであることや、家のことを強調されてしまうと、アウロラは強く出られない。

 そしてとどめに。

「ここは“俺のため”に、頼むから作らせてほしい」

 完全に壁に追い込まれ、手をついて覗き込んでくるノヴァの懇願する眼差しに、アウロラは唸りながら……葛藤の末、陥落した。

「……わ、わかったわ!……あなたにお願いするわ、するから!」

「よし」

 頷くと、ノヴァはアウロラから離れ、振り返る。

「すぐに仕立て師を呼ぼう。……フランツ、手配を」

「はい、若様」

 アウロラが返事を翻す前に、控えていた家令に素早く指示を出す。

 使用人たちの前であろうと、もっともらしい理屈(半分詭弁)を弄し、平然とお嬢様に同意を迫るようになるとは……若様も随分と成長なさった。

 まあ、やっとお嬢様のために蓄財を解放できる機会を得たことが若様も嬉しいのでしょうけれどね。

 薄っすら笑みを浮かべている家令はすでに背を向けた後。

 も、もう……ノヴァはいつからこんなに強引に?もっと口下手だったはずなのに…!…ああ、でもこれが大人になるってことなのかしら?

 いずれ彼に好きな女の子ができたときの練習台になっていると思えば……う、うーん…。でも、正解なのかしらこれ?

 複雑な姉心を持て余す。

 ドレスのことも。

 ノヴァの気持ちは嬉しいが、なるべく彼の懐に負担がかからないように、生地や意匠を控えめにしようと考えていると。

「…あぁ…」

 ノヴァが思い出したように、再びアウロラに顔を近づける。

「アウロラ」

「な、何?」

「俺も同席するから、控えめにしようなんて考えるなよ?」

「………っ」

 アウロラの思考など全部お見通しだと言わんばかりに、ノヴァは笑みを浮かべて釘をさす。

「なら、ノヴァも」

「うん?」

「ノヴァも、夜会服の意匠をドレスと合わせてほしいわ。それが駄目なら、差し色を合わせてほしいの」

 言われっぱなしでなんだか悔しい気持ちになって、手を伸ばして彼の頬を取り、上目遣いでお願いをすると、先ほどまでの勢いはどうしたのか、ノヴァは困ったように頬を染めて「…あぁ…わかった」とわずかに瞳をそらした。

 照れると少しぶっきらぼうになる。こういうところは、昔と変わらない。

 ノヴァの可愛らしさに、アウロラは小さく微笑んだ。

『自己紹介』は終わったので、ここから物語のギアチェンジです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ