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枯れないバラ(ホワイトデー短編)

バレンタイン短編とつながりがあります。

 どこぞの東方の国にあるという『バレンタインデー(謎)』と呼ばれるいかがわしい(?)風習を真似て、チョコレート菓子を皆に振る舞おうとしたアウロラ。そしてこれを無事(?)に阻止したノヴァ。彼女が買い込んできたチョコレートの大半はノヴァの手によって別の焼き菓子となり、家族や友人知人に配られた。

 しかし、彼女がノヴァのために作った菓子については彼が消費せねばならない。

 彼女の手作り菓子は、何かしら彼に効果や耐性を付与してきたが、チョコレート菓子については少々尻込みをしてしまう。何故ならば、チョコレートは元来媚薬の効果があり、アウロラの魔力によってこれが増幅されている可能性があったから。だが彼の中で『食べない』という選択肢は存在していない。

 意を決して(恐る恐る)口に含み、ゆっくりと歯を立てる。味わうというよりは注意深く噛み砕いて飲み込んだ。数秒後に訪れるかもしれない『効果』に緊張感を持ちながら。

 ……が、どれほど時間が経過しても肉体や精神にそれらしい変化は起こらなかった。そこからまた、いくつか食べてみたが、やはり『媚薬』と感じられる変化は起こらない。

 ただただ美味しいだけのチョコレート菓子だった。

 安堵した反面、何故か落胆している自分を自覚する。

 少し惑わされてみたかった気もするのだ。…彼女の作る『媚薬』に。

 そんな邪な感情はすぐに振り払い、アウロラの言葉を思い出す。

「その東方の国の習わしでは、チョコレートを贈られた男性は、相手の女性にお礼を返すことになっているの」

 アウロラの話では、さらにこれらは『3倍返し』なる習慣となっており、より男の負担が大きいそうだ。

 年少者はクッキーやキャンディを返すのが通例らしいが…。

 菓子作りはお手の物だが、それだけではありきたりすぎるように思った。

 東方の国にまつわる、そのいかがわしい(?)習慣に従う必要性など全くない。ないのだが、もし、万が一、アウロラがその『お返し』とやらを期待していた場合、無策であってはノヴァのプライドが許さない。

 まあ、つまり何が言いたいのかというと、彼は『お返し』を口実に彼女に何かを贈りたいと思ったのだ。



 ※



 サフィルスの工房内にある書庫にこもって、ノヴァは過去から現在の宝飾資料を漁る。

 ここは主に宝飾の意匠からその制作方法を記した資料が積まれている。棚に収まりきらない資料の間に挟まって、ノヴァは古い書物を開いてめくる。

 道具や技術の向上により、作られなくなった素朴な装飾品を知ることは彼にとってマイナスではなかった。それを教えてくれたのはアウロラが作ってくれた古の魔女の護符……組紐のブレスレットだ。

 現在の宝飾品は魔女や魔術師の力を高めるために作られた装備品タリスマンを原型としている。アウロラがくれたブレスレットはまさにその原点のようなもの。

 温故知新。以来、ノヴァは積極的に古い魔法道具や装飾、装備品を学ぶようになった。

「おーい、ノヴァ…いるかぁ?」

 書庫の扉を開いて、気安い声が聞こえてくる。

 ノヴァは書物を閉じて立ち上がり、棚に戻すとそちらに顔を出した。

「あぁ、ここだクロード」

 クロードと呼ばれた少年はきっちりとスーツを纏っており、上流社会の風情を漂わせている。

「頼まれてた原石のいくつかが手に入ったから知らせに来た」

「うん、ありがとう」

 ノヴァはシャツについたホコリを払いながらクロードに近づく。

「…ちょ…俺のスーツに着くからやめろよ。知ってるだろ、うちが身だしなみにうるさいの」

「ああ、悪い」

 と言いながらもノヴァは悪びれない。

 普段は小綺麗にしているノヴァも、工房ではただの徒弟で身なりなど気にしていない。

 クロードは「ったく…」と息をつく。

 ノヴァとクロードは同い年だ。サフィルスの中でも上流階級にあり、貴族のような邸宅に暮らしている。

 黒髪ではあるものの、ミッドブルーの瞳で生まれたため、フラテルの選別には加わっていない。彼の一族は「サフィルス直系」を名乗っており(直系を名乗る家系は複数存在している)、サフィルスの特徴である容姿、黒髪とロイヤルブルーの瞳を有することへの執着が強い。そして特徴的でないクロードは「半端ものは肩身がせまい」と苦笑する。工房に出入りするのは自立するための準備だった。今は主にバイヤーに着いて買い付けを学んでいた。

 クロードのような「サフィルス直系」を名乗っている一族からすると、ノヴァはアウロラのフラテルとしていまだ認められていない部分がある。能力はともかく、根本的に彼が末端家系の、しかも先祖返りであるという出自が気に入らないからだ。そのノヴァに将来的にはつき従わねばならないことが不愉快なのだという。馬鹿らしい話だ。だが世の中にはその『馬鹿らしい』ものにしがみついていなければ生きられない難儀者もいる。

 例えば、うちの一族とかな。

「欠けや内包物が限りなく少ない原石を欲しがってただろ?一応俺の透視魔法で選んでおいたよ」

 クロードも魔法学校に通う生徒だが、スライトリークラスに属しており、校内で顔を合わせることはあまりない。

「今回の仕入れはノヴァ個人の特注だろ?何に使うんだ?」

「アウロラに作りたいものがあるんだ」

「……うん、まあ、姫様絡みだと思ってたけどな」

 やっぱりか、とジト目を送るがノヴァは気にしていない。

 クロードに案内されて原石を見せてもらうと、それらを手にノヴァはセディルの元へ向かう。クロードも「見学に」とついていく。

「あれ、ノヴァ君に…クロード君?!どうしたの?」

「セディルに原石をカットしてもらいたくてな」

「あぁ、そういうことなら……って、クロード君は?」

「ようセディル。俺は見学だ、気にするな」

「あぁ…そうなんだ」

 クロードが一門の中でも御曹司の類であることに当初震え上がっていたセディルだったが、ノヴァを介して話しているうちに怯えることはなくなった。

「うわー不純物がほとんどない綺麗な原石だね。すごく高そうだ。緊張するよ…」

 とは漏らしつつも、セディルの仕事はすでに徒弟の域を超えており、ノヴァの注文通りに原石は切り分けられていく。

 原石は乳白色のサファイアだ。昔ならば使いものにならない石として捨てられていたのだが、加熱処理によって有色化させることが可能となり、加工されて宝石の列に並ぶようになった。

「加熱させるのかい?」

 セディルがノヴァに問いかけると、「いや」とノヴァは首を横に振る。

「魔法で形を整えて加工する」

「魔法で?」

「うん。これも修行のひとつだよ」

「僕もクロード君と一緒に見学していい?」

「いいよ」

 …というわけで、ノヴァはセディルとクロードを引き連れて工房にある小さな仕事部屋までやってくると、大きめの羊皮紙を机に広げ、杖を取り出しその上に魔法陣を描く。魔力によって描き出された魔法陣は青く発光している。

 魔術師ではないセディルは何がどうなっているのかわからないのだが、クロードが「想像を形にするのか」とつぶやいた。やはり意味がわからない。

 魔法陣の上にカットされたばかりのサファイアを置き、そしてノヴァは両手をかざす。

 その瞬間、セディルは頬にわずかな風を感じた。と、ノヴァは青白い魔力を漲らせ、手をかざしている魔法陣内では光が大流し、嵐のように渦巻き始める。

「……な、ななな…」

 驚いてわななくセディルは、ノヴァの集中を邪魔してはいけないと慌てて手で口を覆う。

 ノヴァは瞬きもせず魔法陣の中の一点だけを凝視し、意識を途切れさせない。

 そして、光がぱんと弾けると魔法陣の中には先ほどまでは存在していなかった形が現れる。

 乳白色のバラの花。本物のバラのように石は薄い花びらを重ねている。手作業の研磨ではとてもではないが真似できない繊細さだった。

「……まぁまぁかな」

 透かして呟くと、ノヴァは立て続けにバラを作り続ける。その間も一切集中が途切れない。

「…す、すごいね、魔術師だと魔法でこんなこともできるんだ」

 小声でクロードに話しかけると、彼は曖昧な笑みを浮かべる。

「誰でもできるものじゃないさ。あの魔法陣もかなり独自性の高いものだし、想像を創造するには明確な意志や鍛錬が必要だ。魔力を一定に保って途切れさせない技術や、力を圧縮させる能力もだ。俺たちがいても気を散らせないメンタルとか…どれも簡単にやってのけているように見えるけどな。サフィルス・コランダムを名乗るのは伊達じゃないってことだ。ノヴァは同世代の中じゃ、頭何個も抜けてるよ」

「……な、なるほど…」

 ノヴァ君がすごいのか。

 セディルは大きく頷いて納得した。

 そうして、サファイアは次々にバラの花へと変化する。

「よし、こんなものか」

 ふうと息をついてノヴァは作業を終える。そうして机の上にはたくさんのバラが生まれていた。

「すごいねぇノヴァ君。魔法みたいだ!」

 目を輝かせるセディルに「魔法だよ」とクロードが笑う。

「それで、次はどうするんだ?」

「光に当てて選別する」

 その言葉通りに、ノヴァは作ったバラたちを光にかざして選り抜き、そうして彼の合格を勝ち得たバラたちの使い道は。

「置物兼、小物入れだ。過去の装飾資料を見ていて、昔の室内装飾用の置物にいいものがあったんだ。作ってみたいと思ってたんだけど、なかなか機会がなくてな」

 すでに用意されている木製の小さな引き出し付きの台座と、ドーム状のガラスの筒をふたりに見せる。

「茎と葉はグリーンサファイアで作ってあるんだ。それをこのバラの花につけて台座に配置し、ガラスのドームで覆う」

 ノヴァは話しながら作業をする。その手早く正確な仕事ぶりに「さすがノヴァ君!」とセディルは内心で感心する。

「……で、出来上がりだ」

 まだしっかり固定していない仮の状態だが、完成した姿をふたりに見せる。

 薄いガラスの中に乳白色のサファイアのバラがいくつも咲いている。枯れることも散ることもないバラが。

「……これ、もしかして色が変わるのか?」

 クロードが問いかけると、ノヴァは「聡いな」と頷く。

「こうしてカラスに手をかざすと…バラが色づくんだ」

 ノヴァが実際にやって見せると、乳白色だったサファイアは、ロイヤルブルーに色を変え、キラキラと仄かな光を放つ。

 セディルは「わぁ」と感嘆の声を上げた。

「すごいよ。どうなってるの?!」

「さっき、加工すると同時に魔力に反応するように術をかけたんだ。サファイアを用いているのは単に相性の問題で、透明や白色系統なら他の貴石でも作れる。俺の場合は青くなるが、これも魔女や魔術師によって反応する色彩が変わる。大昔には珍重された仕掛けの置物なんだが、魔導石が世の中に出回るようになってからは廃った技術だよ」

「え、なんで?こんなに綺麗なのに」

 不思議そうに目を瞬かせるセディルに、クロードが説明する。

「このまま色を維持しようとすると、魔力が必要なんだ。魔力を持たない人間からすると、イマイチ面白みに欠けるだろ?永続的に魔力を供給してくれる魔導石の欠片を使った高級品が取って代わったんだよ」

「……そっか…時代に合わなくなったんだね…」

 セディルは残念に思った。

「それで、ノヴァ。これを姫様に差し上げたくてお前は大枚叩いたわけだ」

 クロードが肩をすくめると同時、セディルは今更ながら声を上げる。

「えっ、これは姫様への贈り物だったの?!」

「ああ。喜んでくれればいいが」

 完成間近の、大掛かりな小物入れに目を落としてノヴァは呟く。

 セディルとクロードは互いに顔を見合わせた。

 設計図を描き、クロードに欠けや内包物が限りなく少ない原石を買い求めさせただけではなく、それ以前に小物入れの台座や、ドーム状のガラスなど、一級品を彼のポケットマネーから揃えたはず。

 全てはアウロラのため。

 生まれや育ちは違えども、ふたりに去来した気持ちは一緒だった。

「「さすがノヴァ(君)、サフィルスの鑑だな(ね!)」」

「はぁ?…なんだよふたりして」

 彼らもサフィルス。基本的にルベウスの魔女への理性は持ち合わせていない。が、ノヴァのそれは種類が異なっている。

 宝石で作られたそのバラのように、枯れることのない想い。ガラスケースに入れられた大切な…。

 何故だかセディルが切なくなって、前のめりに告げた。

「姫様、絶対喜んでくれるよ!だって、ノヴァ君が作ったんだから!」

 彼の真心が伝わらないわけがない。

「……あぁ。そうだといいな」

 セディルの勢いに押されながらも、ノヴァは少々はにかんで答えた。


 後日、ノヴァは出来上がった宝石のバラが咲く置物兼小物入れをチョコレート菓子の『お返し』としてアウロラに贈ると、「覚えてくれていたの?!」と彼女は心底驚いた様子で受け取り、瞳を震わせて喜んでくれた。嬉しそうに微笑むアウロラの腕の中でガラスドーム内のバラは彼女の魔力に反応して赤く輝き、強く色づくのだ。その喜びを体現するように。



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