杖探し
「……よぉし!!今日は君たちに『仕事』を与えるぞぉ!」
……と、その朝。1年生のフローレスクラス担当魔術師、イリア・ラズワルドが教室に来るなり声を張り上げた。
きょとんとする生徒をよそに、彼女は「総員、ボクに続けー!」と号令をかけて、またさっさと部屋を出て行ってしまう。要領を得ないまま、ぞろぞろとイリアについていくと彼女は生徒たちを講堂まで導く。
広々とした講堂にはすでにスライトリー、メレクラスの生徒たちが集まっていた。フローレスの彼らが姿を見せると、ざわついていた講堂内が静まり、彼らの視線が白い制服組に集まる。
イリアは『仕事』だと言っていたが、生徒を集めて一体何をするというのか。
アウロラは首を捻ってクラリスやステラと顔を見合わせていた。と、イリアは彼らを振り返り口を開く。
「メレの生徒たちの基礎座学が終わったのでね、いよいよ実技というわけなんだが、彼らにはまだ『魔法の杖』がない。のでぇ、君らにはスライトリーの子らと共に、彼らの杖探しを手伝ってあげてほしいのだよね!」
最後はウィンクを決めて、イリアはここに連れてきた目的を述べた。
魔法の杖、それは魔法使いには必要不可欠な道具だ。とくに、魔術回路を持たないメレの生徒は魔法を発現させるためには呪文とこれに依存する他ない。フローレス、スライトリーに属する魔術回路を持つ生徒はある一定の年齢になった時点で杖を所持しているので、今更改めて用意する必要もないのだがメレの生徒は魔法学校に籍を置くまで魔法とは関わりのない人生であったので持ち得ていないのは当然である。
「先生、具体的には何をすればいいのですか?」
クラリスが律儀に手をあげてイリアに質問をする。
「ハイ、それねー!アダちゃんいい質問。君ら各々がメレの生徒2人を連れて、今から『魔法樹の森』に行ってもらいまーす。そしてぇ〜君らは先達として杖となる魔法樹を選んであげるという、まぁ簡単なお仕事さ!同級生同士、クラスをこえた親睦も兼ねているので、仲良くやるよーに!」
なるほど、一種のレクリエーションと考えればいいか。
ちなみにアダちゃんとはクラリスのことで、アダマスを略して(?)いる。イリアは『皆と打ち解けるため』に独自の呼び方で統一していた(アウロラのことはルベちゃん、である)。
「枝を拾ったら、そのまま魔法樹の森の前に集合だよ〜。森で迷子にならないようにね!」
本気だか冗談だか判断がつかない注意をした後「はい、いってらっしゃーい!」とイリアは手を振った。
それぞれが行動を開始すると、アウロラの元にもメレクラスの生徒が近づいてくる。恐る恐る彼女に声をかけた。
「…あ、あの…ルベウス様」
そちらに顔を向けると女子生徒がふたり、躊躇いがちにこちらを見つめている。
「恐れ多いことですが、わ、わたしたち、ルベウス様に杖探しをお手伝いいただけることになりました!」
「ご一緒できて大変光栄です!ルベウス様、よ、よろしくお願いいたします!」
緊張し、強張った表情でふたりは勢いよく頭を下げた。
アウロラが担当するのは、どうやら彼女らのようだ。
ふたりは続いて、マリーとハンナと名乗った。
アウロラはかしこまる彼女たちの緊張を解きほぐすように微笑んだ。
「ご挨拶ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたしますわ。おふたりの杖探しのお手伝い、わたくし頑張りますわね!」
クラス以外の生徒と交流する機会が極端に少ないので、このレクリエーションは大歓迎である。よい結果になるように、俄然張り切る姿勢を見せると、「アウロラ」と背後からノヴァに呼びかけられた。
「どうしたの?」
アウロラが振り返ると、ノヴァは彼女に耳打ちする。
「あまり張り切るなよ」
今まさに張り切ったばかりなのだが。
「お前に使われたくて魔法樹の枝が全部落ちてきたらまずいだろ」
まさかそんなことにはならないと思うが、とはいえ、ノヴァの心配が的中してもらっても困るのでアウロラは小さく頷いた。
「…ええ、魔法樹に触れないよう意識しておくわ」
なるべく。
「うん」
注意を促すと、ノヴァはすぐアウロラから離れた。
小さく息をついて気持ちを切り替え、再び彼女らに顔を戻すと、ふたりは両手で口元を覆いながら顔を赤らめぷるぷると震えていた。一体どうしたのか。
「あの……どうなさったの?」
体調不良からしら?
戸惑うアウロラに、ふたりはその姿勢のまま告げる。
「……い、いきなり、す、素晴らしいものを見せていただきました!」
「ええ、とても素晴らしいものを…!こんな間近で…!」
素晴らしい?…何が?
ふたりは感動しているようなのだが、アウロラはその理由がわからずただただ瞬きを繰り返した。どのあたりに感動するような要素があったのだろうか。が、尋ねると彼女たちの感動に水を差すような気がして、アウロラは「じゃ、じゃあそろそろ参りましょうか」と促すと、ふたりは「はい!」といい返事をして従った。
魔法樹の森は、魔導石を用いて人工的に作り上げた森だ。入学するまで杖を持たないメレの生徒のために開校当時から時間をかけて育て上げた魔法樹が植わっている。あくまでも人工の魔法樹であるため、この森から採れる枝には寿命がある。研究と改良を重ねて寿命は伸びているが、魔術回路を持たない者が使用すれば、枝は3年程度で魔力を失う。学校を卒業するまでの期間限定の使用と言えた。
ぞろぞろと生徒たちが魔法樹の森へ向かう中、アウロラが担当する女子生徒たちが彼女に話しかけた。
「あの、ルベウス様」
「はい?」
「ルベウス様はすでに杖をお持ちなのですよね」
「え、ええ…持ってます…ね」
アウロラは少々歯切れ悪く答える。
「ルベウス様ほどになると、かの有名な『マグナスの樹』から取れるという枝なのですか?」
好奇心が優っているのか、ふたりともきらきらとした瞳で問いかけてくる。
「えっと…」
マグナスの樹。その名が示す通り、強大な魔力を秘める天然の魔法樹だ。力に見合う魔術師でなければその枝を落とさないとされる自尊心の高い樹なのだが、そもそもそのマグナスの樹は濃厚な毒の霧が漂い、獰猛な獣が群れる森の奥深くにあり、常人ではたどり着けない神秘の場所。魔法庁の管理も及ばないその聖地がどこにあるのか、実のところアウロラは知らない。知らないのだが、あるのだ……ルベウス本宅の魔法道具が置かれた一室に。しかも、無造作に放置されつづけている『マグナスの枝』が何本も。
だれがどうやってその枝を持ち込んだのかは知らない。アレクシアの話では、自分が生まれる前からあったので、そういうものだと思い、とくに意識したことがなかったとのこと(つまり彼女も知らない)。
そんな神秘の枝が、何本も転がっていいはずがなく……アウロラは、『これはきっとマグナスの枝的な何か(マグナスの枝とは言っていない)』ということにして自分を納得させた。
「……たぶん、それに近しいものかも…しれないかしら」
とお茶を濁すように笑う。
「さすがルベウス様ですわ!では、サフィー……サフィルス様もそうなのですか?」
ふたりは身を乗り出すようにして問いかける。
「…わたしとノヴァは同じ枝だと思いますわ」
たぶん。
アウロラは魔力が封じられていたので、杖を持つことはもちろんなかったのだが、ノヴァも魔術師として身を立てる気がなかったこともあり、杖を得ようとはしていなかった。彼女のフラテルとなり、同時期に魔法の鍛錬を正式にはじめるにあたってふたりは杖を必要とした。そこで連れて行かれたのが例の魔法道具の部屋である。
そこに無造作に転がる(マグナスの樹かもしれない)枝をアレクシアに示され、「好きなのを選ぶがいい」とふたりを促した。
転がっている枝はどれも干からびた枯れ木に見えた。どの枝も見た目には違いを感じず、ノヴァは手前にあった30センチに満たない小枝を取り「じゃあこれで」とあっさり選んだ。
問題は、アウロラだった。かつての『わたし』だった頃、魔法の杖といえば幼女の頃にアニメで見た美少女戦士や、魔女っ子的なヒロイックファンタジーと記憶が直結しており、憧れのアイテムのひとつである。本当に変身できることを信じて、ステッキのおもちゃを両親にプレゼントしてもらったのは懐かしい記憶。…まあ変身は幻想にすぎないわけだが、大事なのは『気分』であって『現実』ではないのである。
しかし、今こうしてその魔法が幻想ではなく現実として目の前に広がった時、魔法の杖となる枝が所詮は枯れ木にすぎなかったことに少なからず幻滅したものの、彼女はめげなかった。
ノヴァが小枝を選んだのに対して、アウロラは枝ぶりのしっかりしたそれを取り上げたのである。
よほどか腕に自信がなければ選ばないほどの見事な枝だ。
「なるほど。アウロラはそれを選ぶか」
「大魔女になろういうアウロラの気概を感じますね姉上」
同席していたウィスタリアがアレクシアに微笑む。
そのふたりを無視して、アウロラは枝を握りしめノヴァに向かう。
「ノヴァ」
「あぁ、どうしたんだ?」
ノヴァは選んだ小枝を丁寧に眺めつつ、アウロラに答える。
「この枝を……可愛いステッキに仕立てたいの!」
「………は?」
アウロラの突拍子も無い要望に彼は小枝から目をはなして彼女を見た。
「…こう…ハート型で、キラキラピカピカひかるジュエルがくっついてて、リボンがあって、持ち手はこんな感じで…」
『わたし』の幼女の頃の夢を果たすべく、アウロラは矢継ぎ早に身振り手振りを交えてその形を説明する。
「落ち着けアウロラ」
アウロラの気迫におされ、ノヴァは軽く身を引く。
「サフィルスには杖職人もいるのでしょう?」
「いるはいるけど、そういう形?の加工は聞いたことがないぞ」
「できない、とは言わないのね」
にっこり微笑むアウロラにノヴァは「俺に聞くなよ…」と目をそらす。
仕方がなく、そのままの表情でウィスタリアに顔を向けた。
「伯父様」
「……あー…。僕に水を向けるかい?」
苦笑いをしながら、続けた。
「……職人に確認してみないことにはなんともいえないところだけれど、まあその枝次第かな。枝が素直にしたがってくれればよし。テコでも加工を承知しないとなると、そのままただの偉大な杖になってしまうだけのことだよ。杖にも自我があるからね」
ウィスタリアの言葉に、アウロラは杖に向かって語りかける。
「杖さん杖さん、お願いします。職人さんのお仕事に従って可愛らしい杖に加工されてください」
念じるように何度もつぶやいているアウロラに、ウィスタリアは姉を見やる。
「……いいのですか、姉上。聞いたことがない杖の形状ですよ」
「よいではないか。常日頃、アウロラが言っているだろう?『かわいいは正義』だと。なぁ、ウィス。できぬとは言わぬよなぁ?」
美しい笑みを浮かべるアレクシアに逆らえるわけもなく……ウィスタリアは姪の希望を叶えるべく動いた。
そして。アウロラが描いた『理想のステッキ』像(イメージ画を渡した)を元にして仕上がってきたその杖は……彼女の予想の斜め上をいく出来上がりとなって戻ってくる。
たしかにハート型で、なんとかキラキラピカピカしたジュエルも装着されていたし、リボン型にわざわざカットされたルースも取り付けられてはいた。いたのだが……。
「……こ、これは…」
アウロラはそれを手にして愕然とした。
その、マグナスの樹(かもしれない枝)の、将来は大魔女を予感させる見事な枝ぶりのそれは……限りなくかわいい雰囲気になった『布団叩き』と成り果てていた。
そう…かつての『わたし』の世界に存在していた…布団叩きの形状そのものだったのだ。
「素直に枝は従ってくれたそうだよ。アウロラのお願いを枝が聞いてくれたのだね」
ウィスタリアは満足気に微笑みを浮かべていたが、アウロラは瞬きを繰り返してスリムな『布団叩き』となった杖を凝視していただけである。
かわいいステッキを願ったのであって、布団叩きになって欲しかったわけではないのだが。
「……お前が欲しかったのは、こういうものだったのか?」
ノヴァが顔色を失っているアウロラに戸惑いながら問いかけてきたが、今更「コレジャナイ感」とは返答できず………そのまま布団叩き化した杖がアウロラの魔法の杖となった。
よろず、思い通りにはいかないことを改めて実感した苦い思い出である。
「ルベウス様の杖、いつか拝見してみたいです」
はたと現実に引き戻され、アウロラはうっすら口元を引きつらせながら答える。
「え、ええ…機会があれば」
あの杖に絶句しないでいてくれるのならば。
「サフィー……サフィルス様はどのような杖なのですか?」
「ノヴァはこれくらいの長さで、柄の部分にサファイアがついていて……」
形状を軽くて手で説明しつつ、アウロラはふと引っかかりを覚えて問いかけてきたマリーに尋ねる。
「…その、サフィーというのは、もしかしてノヴァのことなのかしら?」
首をかしげるアウロラに、彼女たちは「しまった」とばかりにびくっと肩を震わせた。
「…も、申し訳ございません!」
「わ、わわわ、わたしたち、失礼にも実はサフィルス様をそのようにお呼びしていて…!」
「『わたしたち』?…ということは他の女の子たちも?」
彼女らはさらに肩を震わせて頭をさげる。
「は、はい…っ、憧れている女の子たちはみんな、そのようにお呼びしています…!そ、その…ご不快でしたら申し訳なく…!」
青ざめてふたりは何度も頭を下げるのだが、アウロラは「いいえいいえ」と大きく首を横に振った。
「むしろ、そこのところをもっと詳しく教えていただきたいですわ…!もしかして、ノヴァは……モテているのかしら?!」
ぐいと顔を近づけてくるアウロラに、ふたりは「ああ、ルベウス様の美しい顔をこんな間近で…」と頬を染めつつ、答えた。
「は、はい、それはもう!ルーキス殿下かサフィルス様かという人気の二分ぶりで…」
「まあ!殿下とノヴァが…?!……は、初耳だわ」
当然である。
アウロラの交友関係は限られており、純粋無垢な姫のクラリスは俗なことに疎く、ステラが話題にしなければアウロラが知るよしもない。つまり、今まで無責任な少女たちの黄色い声が耳に届くことはなかったのである。
「おふたりはノヴァがお好き?」
「お、おおお、恐れ多いことでございます!わたしたちは、ただただサフィー様に憧れているだけで…!」
顔を真っ赤にしているふたりに、アウロラは目を見開いた。
ああ…、そうか。ノヴァを近くで見られたからふたりともさっきは感動していたのね!…ノヴァは本当に女の子たちの間で人気者なのだわ…!
アウロラは胸を震わせた。「よし!」とガッツポーズを取りたいほどに。
あまりにノヴァとふたりだけでいる時間が長く、他の少女たちと交わることがなかったため、一般的な彼の評価を知る機会を得なかったが、ここ2年程度で瞬く間に洗練されたノヴァが少女たちを虜にしないわけがないと思っていた。
彼がモテるのは素直に嬉しいのだ。素敵な男性に成長してくれているのだという満足感(姉心)を満たしてくれる。
彼に恋をする少女が多いほど、ノヴァが恋に出会う機会も増えるというもの。クラリスにはどうも関心を向けていないようなので(なぜか)、運命の相手は別にいるのかもしれないと思い始めていたところなのである。
わたしは、ノヴァの恋の障害にはならないと決めている。彼には幸せになってほしい。そういった相手ができたのなら、わたしがすぐに察知しないと。…きっとノヴァは気を遣ってしまうだろうから。
「……もし、今後ノヴァに気になる女の子がいると感じたら、そっと教えていただけるとありがたいわ。彼が…わたしに遠慮してしまうといけないから」
こういったことは、身内の自分より外野の少女たちの方が敏感だろう。
アウロラからの提案に、マリーとハンナは戸惑いながら顔を見合わせる。
誰の目から見ても、ノヴァが特別扱いしている相手はひとりしかいない。その相手を横に置いて、目移りするとも思えない。
また、この魔法学校に通っている少女たちは、ノヴァの持つ宝飾ブランドにも詳しく、『オーロラ』というブランド名であることから彼が憎からず思っている相手を疑う余地もなく…。
ここまではっきりしているにも関わらず、もしかして、知らぬは本人ばかり、とか…?
ノヴァの気持ちの結晶のような髪飾りとペンダントで飾られている目の前の美しい少女の口ぶりからして、その可能性を感じるも、逆に……彼女らは美味しいと思った。
「わたしたちにできることであるなら、お手伝いさせていただきます!ルベウス様」
ふたりは素直に頷く。
今後、コランダム姉弟への見守りがさらに捗ることは間違いない。
「あの、ちなみに女の子たちの間で、ルベウス様のことは……ルベ様と呼ばれていますよ」
ふたりは照れ笑いしながら暴露する。
「まあ、そうなの?」
ノヴァだけではなく、わたしも?
新たな事実にアウロラが驚く頃、魔法樹の森にたどり着いた。
魔法樹の森は、すでに生徒たちで賑わっている。
人工的な魔法樹とはいえ、近づくと木々は七色のオーラが揺らめいている。しっかりと魔力を宿している証拠だった。
だが、個体差なのだろうか。そのオーラも強弱があり、アウロラは波動を確かめるように見渡しながらふたりを連れて歩き、そして感覚に従って樹を選ぶ。
彼女が足を止めたのは、森の中ほどにあった若木。年輪の増した魔法樹がどうやら人気のようだったが、アウロラはこの若木に見所を感じた。生命力が高く、七色のオーラに偏りがない。
「この子がいいわ。とても、安定しているから」
ふたりを振り返って告げる。
マリーとハンナには、どの樹も同じようにしか見えない。魔術回路を持たないためだ。
「この子に触れてみてくださいませ。おふたりのために枝を落としてくれるはずですわ」
さぁさぁ、とふたりを促す。
「は、はい、では!」
彼女たちは恐る恐る魔法樹に触れる。と、カラカラと小さく音を響かせて、枝が2本落ちてくる。
「あ、落ちてきました!」
ふたりは嬉しそうに拾い上げて、アウロラに笑いかけた。
小枝ではあるが、使い勝手は悪くないだろう。
「おふたりが手にした小枝が、これからのおふたりの杖ですわ。自らの分身、そしてお友達として大切にしてあげてくださいませね」
「はいっ」
「ありがとうございます、ルベウス様」
かつて布団叩きに仕上がった杖を前にアレクシアが言ったセリフをそのまま告げる。
アウロラの布団叩き化した杖も、自らの分身であり、お友達なのである。その枝ぶりと補助をする役割を持つ宝石が惜しみなく取り付けられた我が布団叩きは、とてつもない大魔法を行使できるだけの偉大な杖なのだが、できれば使わないでおきたいものである(形状はさておき、とても物騒な代物なので…)。
「ルベウス様に選んでいただいた魔法樹の枝、大切にしますね」
「魔力を失っても、ずっと宝物にします」
ふたりの言葉に、アウロラも嬉しくなる。
「そう言っていただけてよかったですわ。枝は学校にいる職人さんが杖らしく仕立ててくれますから、とりあえず教室に戻るまでそのままお持ちくださいね」
ふふっと唇をほころばせる。
「さぁ、枝もいただけましたし、森を出ましょうか」
と、再度二人を促して歩き出そうとした時だった。ハンナが「あ」と声をあげてアウロラを呼び止めた。
「ルベウス様」
「?どうなさったの、ハンナさん」
「あの、御髪に…」
「?」
「御髪に枝が絡まってます」
「……え?」
驚いてアウロラは両手で自らの髪を探る。すると、ハンナの言う通り、首筋あたりに小さな枝が指にあたり、引き抜く。
確認すると、楊枝ほどの小さくて細い小枝だった。
思わず見上げてどの魔法樹から落ちてきたものか探るのだが、どうも波動が周辺のものとは異なっていた。アウロラが目をつけた若木とも違う。
このあたりの樹の枝は、ルベウス本宅にあるような枯れ木のような風情ではなく、どれも瑞々しい枝なのだが、この楊枝ほどの枝は……老木のそれであった。
「……一体…どこから…」
風が吹いていたわけではないし、枝が落ちてくるのならば、魔力探知でアウロラは『避ける』ことができたはず。それなのに、隙間を縫うように髪に刺さっているなど…。
…どうしよう、ノヴァに注意されたからどの樹にも触れないようにしていたのに。
しかし、手にとってしまった以上、捨てるわけにはいかない。それに、楊枝ほどの枝……さほど心配する必要はないだろう。
「と、とりあえず、集合場所に参りましょう」
アウロラはその枝をハンカチに包んでポケットにしまうと、改めてふたりを促して歩き出した。
森を抜けるとすでに枝を手にした生徒たちの大半が集まっており、アウロラたちもそれに加わった。教師陣もやってきて、集合をかけると各々のクラスに戻る。
マリーとハンナはアウロラに何度も礼を述べながら彼女から離れていった。
とりあえず、失敗なくふたりに枝を提供できたことにアウロラは安堵する。
「アウロラ」
ノヴァが近づき、彼女に声をかける。
「問題なかったか」
「……もう、ノヴァは心配性ね」
苦笑しながらも、ある意味彼の心配が的中したことに小さくため息を漏らす。
「でも、…実は…」
いつの間にか髪に絡まっていた枝のことを話すと、彼は怪訝に眉を寄せた。
「まるで気づかなかった?アウロラが?」
「ええ、指摘されるまで全く。どこから降ってきたのか、さっぱりわからなくて」
ハンカチに包んだそれを見せる。ノヴァは魔力探知で探ってみるが、結局アウロラの見立てと同じであった。
アウロラとノヴァがどうしたものかと向かい合っていると、集まった全生徒たちを前に、イリアが話し出す。
「みんな枝をゲットしたね。よしよしここまでの首尾は上々だ。……だけどぉ、枝を手にしたら、次は魔法が使ってみたくなるのが人の性ってもんだよね。…というわけで、メレの生徒たちのためにデモンストレーションと行こうじゃないか」
一体何を言い出すのだ、と心配したのはフローレスクラスの生徒たちであったが、彼女はかまわず話しを進めた。
「ここに不燃性の器と燃焼石がある。…そう、もうわかるね。火打石ではなく、魔法でこの石に火をつけてもらおうと思う。……さぁて、だーれにやってもらおうかなぁ〜〜?」
遠くを眺めるように、手で庇を作りながら…主にフローレスクラスの顔ぶれを眺める。そして。
「よし、ここは未来の大魔女、ルベちゃんこと、ルベウス・コランダム嬢にお願いしよう!」
「はい?」
名指しされるとは思わなかったアウロラは思わず声をあげる。
「わ、わたしですか?!先生、指名する相手を間違えてはいません?」
本来、そういう目立つことはヒロインの役目ではないか。そう、クラリスの。
横目で彼女をとらえると、「がんばってくださいませアウロラ」と微笑んでいる(無邪気!)。
「間違ってないよぉ。みんな有名なルベウスの魔女が魔法使ってるところが見たいと思うんだよねぇ〜期待してると思うんだよね〜」
「は…はぁ…」
戸惑うアウロラをかばうように、ノヴァが「先生」とすっと手を挙げた。
「ここはまず、彼女のフラテルである自分が」
「おお、出たねコランダム姉弟理論!」
なんだそれは、という大半の疑問を無視してイリアは続ける。
「わかる、わかるよサフィーくん、キミの矜持は。でも、いずれ王宮魔術師筆頭、そして魔法庁のアークメイジとなる彼女の魔法が直に見られるのは今だけじゃないか!サービス精神だよ、サービス精神!みんなも見たいよね☆」
…と、大げさな動作をしながら生徒たちに問いかけると、拍手が巻き起こる。……これは、避けられない。
ノヴァが内心で舌打ちしたい気持ちになっているのと同時に、アウロラは息を飲む。
…出すの?杖出さなきゃダメなの?あの極限まで可愛らしくなった布団叩きを…もう披露しなければならないの?
それに、そもそもわたしの魔法大丈夫かしら。加減できるの?
「アウロラ」
心配気に見下ろすノヴァの眼差しとぶつかり、アウロラは引きつりつつも笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫よ。うすーく、ゆるーい気持ちでやるから」
彼に告げているというより、自分に言い聞かせる。
ギクシャクとイリアの傍まで進む。
「ルベちゃん、杖を出して」
「先生、杖はわたしの体に格納されていますので、唱和だけで大丈夫ですわ」
平時、杖は魔女や魔術師は血肉と溶け合い、魔術回路に格納されている。簡易魔法である場合は指先に意志を乗せるだけで使用可能なのだ。
常に杖を携帯しなければならないのは、力の弱い魔術師や魔女、そして、そもそも魔術回路を持たない生徒のみである。
「おお、格の違いを見せつける発言ありがとう!」
憎いねぇ、とイリアは冷やかしてくるが、違う。布団叩きを見せたくないだけだ。
「でもほら、杖がある方が『それっぽい』でしょ?みんなもわかりやすいと思うんだ。…というか、ボクもキミの杖が見たいし興味津々だし」
それが本音か、とノヴァはジト目を送る。
ノヴァはアウロラの杖の形状を知っているだけに、彼女が積極的にアレを晒したいとは思えなかった。それに、その見た目に反して、あの杖は危険だ。とてつもない力をみなぎらせている。こんなところで使用するべきものではない。
アウロラは杖を出すべきか否か、瞳を泳がせながら思案する。と、ここで先ほどの枯れ木の枝の存在を思い出し、取り出す。
「せ、先生。実は先ほど…杖探しをしている際に、わたくしの髪に小枝が絡んでいたのです。…メレの皆様と同条件のこの枝で…披露させていただきたいと思いますがよろしいでしょうか。魔法樹の森から得たこの枝の方が、わたくしの杖より説得力があると思うのです」
咄嗟の言い訳だが、悪くなかった。
「うーん、そう言われちゃうとなぁ。ダメって言えないなぁ残念だけど」
楊枝のように小さい枝であるから、魔力はさほど有していないはず。これならば薄く、緩く魔法を出すことができるに違いない。
アウロラはイリアに微笑み「ありがとうございます、先生」と告げる。
「では、参ります」
楊枝ほどの小枝をつまみ、不燃の器の中でコロンと横たわっている燃焼石に向かって命じるように述べた。
「燃えろ」
凛とした声が静かに響いたその瞬間、燃焼石は柔らかく燃える………どころか、轟音とともに大きな火柱をあげ、一瞬で消し炭となった。
炎の勢いで不燃の器は吹き飛ばされ、カランカランと音を立てて遠くへと転がっていく。
「…………」
うそ…。
加減、したつもりなのだが。
青ざめて固まるアウロラと、呆気にとられる教師陣、驚愕でしんと静まる生徒たち。
燃焼石は火柱をあげるようなものではない。携帯用の火種であって、けしてそれ自体に強い火力は有しておらず、危険物ではない。
この沈黙を破るように、ノヴァがわざと神妙な顔をして前に出る。
「……なるほど。先生、アウロラへのご配慮ありがとうございます。随分と大掛かりな仕掛けと燃焼石をご用意していただいたようで…」
「え…ええ?し、してない、してないよ?!そんな忖度してないよぉ?!」
吹き飛んでいった不燃の器とノヴァとを見比べながら、イリアは心外だと訴える。
アウロラはノヴァが庇おうとしてくれていることを察して、彼の茶番に全力で乗っかる決意をする。
「……ええ先生が忖度などなさっていないことは術者であるわたくしがよく理解しておりますわ。……わたくしにはわかります…この子が…この枝がわたくしに恥をかかせまいと頑張ってくれたのですわ…」
アウロラもまた、神妙な顔で枝を示して述べる。
「え、そ、そうなの?!」
イリアはささっとアウロラに近づき、彼女がつまんでいる枝を凝視する。
「……うん…?…これ…これは…」
むむむと瓶ぞこメガネを光らせながら観察する。そして。
「この枝、かなり古いものじゃない?枯れてるように見えるけど、魔力の凝縮がすごいやつだよ。まるで最初に学校に植えられた魔法樹くらいの古さの…」
イリアは自分が口にした感想に、はっと我にかえりアウロラに顔を近づける。
もしかしたら、森が意思を持って隠していた枝かもしれない。こんな小さな枝になるまで、使用できる術者をずっと待っていたのだとしたら…?
「ルベちゃん、これ研究対象だよ!欲しい、すごく欲しい!」
デモンストレーションのことなど忘れてしまったかのように、欲望に忠実な発言をするイリアに対し、アウロラは美しく微笑んで頷き告げた。
「はい先生。それほどに貴重なものであるならば、魔法学校発展のため、謹んで寄贈させていただきますわ」
「おおお、ありがとうルベちゃん!太っ腹!」
イリアが大喜びで枝を受け取る頃には、「そうか、さっきのとんでもない火柱はあの枝の影響か」という印象を生徒たちに植え付けることに成功していた。
よ、よかった。なんとか誤魔化せた。
涼しい顔をしながらも安堵するアウロラとノヴァの茶番劇に気づいていたラウルスは顔を背けて吹き出しそうになるのを我慢していたし、そんな彼にステラは呆れた眼差しを送っていた。
イリアや教師陣の研究によって、アウロラが得た楊枝ほどの小枝は、本当に森を作る前の初代魔法樹であったことが判明し、貴重な品として厳重に保管されることとなった。それほどに古い枝が、なぜアウロラの髪に絡んでいたのかは謎のままだが全く意図しないところで、発見者である彼女の評価は高まってしまった。
ノヴァが心配性になってしまう理由を今更ながら痛感したアウロラは、これもアンチヒロイン属性ゆえなのかと人知れずため息を漏らすのだった。
年末進行で更新が滞っておりました(約一ヶ月ぶりです)。やっと再開できそうです。
布団叩きの形状は、世界共通なのかわからないのですが(笑)、そもそも布団という文化を持っている国でなければ存在していないかもしれないのでなんともかんともです。
とりあえず、この物語の中の布団叩きは一般的なあのハート形のような形状として捉えてください。
思い描く美少女戦士にも、魔女っ子にもなれないのが彼女の現実。笑