カメ様と一緒
来いよ転生、チートなんか捨ててかかってこい!
お祭りで買ってきたカメを30年間飼い、結構可愛がっていたのに、カメから特に覚えて貰えないまま、豆腐のせいで頭を打って死んだ独身アラフォー女。
それが私だ。
正確には、スーパーで買ってきた豆腐を落として掃除をしていたら足を滑らせ、当たり所が悪くてそのまま死んでしまった。
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私は、容姿、家柄、性格、頭脳、どれも一番ではないけど、平均すればそこそこ悪くは無いというレベルの日本人女性だった。
家族運は良かったし、彼氏がいたこともあったし、ごくごく普通の人生を歩んできた。
でも、恋愛にそこまで積極的に慣れないまま、なんとなくせっせと仕事をしていたら、生涯独身のまま終わってしまった。
子供は欲しいと思わなかったから焦ってなかったけど、いつかはのほほんと楽しく老後を過ごせる人と出会って結婚するのも悪く無いなって思ってたんだけど。
運は悪くなかったけど、最期の最期で特大の不運に当たった人生でした。
で、なんの偶然か異世界に生まれ変わってしまった。
結構あるんだね、そういうことって。小説みたい。
小説とは違うなーと思ったのが、異世界転生でも特にチートもなく、容姿端麗効果もなかったこと。
容姿も家柄も頭脳も悪くはないけど、すごくもなかった。
可愛いと言われるけどクラスで4番目くらいだし、まあまあ大きな商店の娘だけど所詮庶民、頭脳も悪くはないけど天才って程じゃない。
今世でも家族には恵まれていて、前世はあるものの平々凡々で地味な日々を送っている。
でも1つだけ、普通と違うことがあった。
なぜか生まれ変わった先にも、私のカメがいた。
ミシシッピアカミミガメ。お祭りで買ってきたあの子だ。
甲羅が変形しちゃってるから分かる、あの子の特徴。
なんと一緒に生まれ変わっていたのだ。
目の前で死んでいく私と一緒にいたくて、一緒に転生してきたんだって。
私の顔なんて覚えてない感じだったのに、うちのカメ、とんだツンデレ娘だった!
しかも、謎のテレパシーでしゃべれるようになっていたし、なぜかマップ機能も付いていた。
なんじゃそりゃ。
チートか!?と思うけど、所詮私は普通から逃れられない女。
マップ機能っていっても、行ったところしか分からないし、地図の読めない女(メス♀)だし、とにかく足が遅い。カメだから。
しかも、不運なことに、飼い主の私も地図の読めない女だし、50m走が10秒の女。
うん、所詮カメはカメ。所詮私は私。
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この異世界では、生まれ変わりは珍しいけど、全く居ないわけではない。
もちろん生まれ変わってくる人達の国籍は日本だけなんてことあるわけなくて、世界からまんべんなくやってくるみたい。
だから、世界の人口比率的に、日本人はそこまで多くない。
日本人ばっか転生するなんて意味分からないから、このことを知ったときめちゃめちゃ納得した。
それにね、日本人が異世界に行ったからって、急にヒャッハーするなんて小説だけの話。
現実はアメリカ人の生まれ変わりがヒャッハーしてることの方が多い。あいつらなんであんなにアホなんだ。この間はサバイバルゲームみたいな格好(銃はないので、木の模型)をしながら、街中をスネークして衛兵に職質されてた。
ちなみにその後ろの樽の影には、同じ格好をした元イギリス人がいたことを私は知っている。
何食わぬ紳士顔で、職質される元アメリカ人の横をすり抜けていった。
中国人の生まれ変わりの人達は、だいたい皆集まって、中華街みたいなの作って自分たちの世界で生きてる。中華街に行くとオークの丸焼きが回ってるし、爆竹を爆発させて衛兵さん達を恐慌時状態に陥れたりしている。
元インド人は馬鹿でかい川で水浴びしたり、祈ったりしている姿をよく見かける。
あと、この世界にはすでにゼロの概念があったから、自分が数学者のブラーマグプタになれなくてちょっと悔しそうだった。
この世界には魔法があるから、ボリウッド映画のようなミラクルな非現実的戦闘シーンを魔法で再現しようとしたらしく、遠くで休んでいた赤竜の上で魔道車チェイスをして怒らせて、真っ黒焦げにされてた。
レアなところでは、エジプト人の生まれ変わりがいたけど、元インド人と王都近くの大きな川の呼び名をめぐって争ってた。大きな川のことを、ガンジス川と主張する元インド人と、ナイル川と主張する元エジプト人。
元中国人がそっと長江と書いた看板を立ててるのを、私はみていた。
ちなみに元日本人の大半は現地の人になじんで、地味に真面目に大人しく生きている人が多い。
うん、普通の日本人が転生したら、普通こうなる。
とはいえ食べ物への執着については、元日本人はちょっとおかしいと言われている。
毎日同じようなものを食べることに慣れてないんだろう。
ある日は遠く元中国人の街まで行って現地人に紛れて青椒肉絲を食べ、ある日は海を渡って元イタリア人からマンマの味トマトソースパスタのレシピを習い、またある日は元フランス人に本格フレンチのコースを作ってもらいに行ったら、実は一般のフランス人は普段本格フレンチなんて食べないで、バゲットとチーズとスープを食べてると聞いて涙していた。
先日は複数の元日本人が集結して、戦時下の国に住む元スイス人の元へ突撃し、本場チーズフォンデュのチーズの種類とその割合について相談していた。チーズの種類について詳しい元日本人がいなかったのだ。
その余波で、なぜか戦争が休戦した。
もちろん食べ物に興味の無い元日本人もいるけど、そういう人に限って、毎日パンが出てくるとたまには蕎麦を出せとかいうのだ。
おお、そうそう。
蕎麦ですよ、蕎麦。
次、堪能するのは蕎麦にしよう。
山向こうの辺境に住む元日本人の元おじさんが、脱サラ後蕎麦屋をやっていたとの噂を聞いたから、蕎麦の実さえ手に入れれば美味しい蕎麦が食べられるはず。
蕎麦はこの世界にあるのだろうか。
元フランス人なら知ってるかもしれない。ガレットはそば粉だから。
あとはイタリアとか中国とか韓国とか蕎麦を使う文化の国出身者にも手紙を出しておこう。
なにやら隣の敵対国の宰相が元シェフの元フランス人で、彼なら蕎麦のありかを知っているかもしれないらしい。よし、来週の週末は隣国に出張(侵入)だ。
メンバーは、ヒャッハーの元アメリカ人と、日本食を愛する元エジプト人と、机以外の四つ足はなんでも食べる元中国人と、私とカメ(マップ機能付き)。
隣村でジャガイモ農家をしている元ドイツ人は置いていこう。独仏戦争を未だに引きずってるから。
よし、準備はいいか、野郎ども!
目の前に見える勝利とは、とろろ蕎麦だ!納豆蕎麦だ!鴨南蕎麦だ!
我らの手で再現するぞ、蕎麦寿司!そばがき!蕎麦クッキー!
ついでにガレットの美味しいレシピも吐かせるぞ!!
野郎ども、この日のため開発をしたステルススーツ(ハッピ型)を着て、ねじりはちまきを巻け!
そば切り包丁(武器)を持て!
コネ鉢を構えろ(盾)!
石臼は任せろ、私が抱える!
頭にはカメ。
カメのマップでは、隣国の宰相が赤に点滅している。
さあ、蕎麦決戦だ!!!
日曜の夕飯に間に合わせるぞ!!
そう、私はカメと転生した地味で真面目な元日本人。
地に足を付けて、ゆっくりじっくり生きていく農耕民族。
…しかし食べ物への執着だけは、ちょっとだけ大きめかもしれない。
かつて和辻哲郎は日本人は農耕民族だけど、急に暴れ出す台風型だと言っていたな…と、遠くを見ながら食べ物に興味の無い元日本人がつぶやいていた。
私には聞こえないけども。
カメは初夏になると発情期がやってきて、そわそわそわそわジッとしていられません。
とりあえず通りすがりの火竜に体当たりをかましたり(カメが小さくて気付かれない)、マップ機能が狂いまくって竜の巣にナビしてしまったり(方向音痴なのでたどり着けない)、毎年色々と大騒ぎです。
カメをあまり出せなかったので、カメのミニ情報でした。