異形種々雑話12「赤と白」
山で、鬼と会った。
父さんに連れていかれた、隣の山で。
寝物語で人食い鬼の話を聞いて、誰かが描いた鬼の絵を見たら、あっという間に心の中に、怖い怖い鬼が棲みついた。
俺はもちろん鬼を見たことはなかったけれど、むやみやたらに山をうろつき、得体の知れない者に命を取られないよう、親心からと、山に棲むものとしての知恵として、言葉を知る前からその存在は知らされていた。
「隣の山に、鬼が出るらしい」
大天狗と呼ばれる父さんの言葉で思い浮かべたのは、それこそ、いつか見た絵巻物の異形の姿。
大きな角を生やし、襤褸をまとい、鋭い爪で無慈悲に人を引きちぎり、尖った牙で柔い肉を食む。
恐れるとともに、俺はわくわくした。強く恐ろしい鬼の姿をこの目で見たい。
「子供だそうだ」
思案するように、父さんは顎に手をやる。子供かあ。烏天狗のお姉ちゃん位の年なのかな。親はいないのか、どうして1人なんだろう。
「どうしたらいいものか…」
村人から異形のものの話を聞いて、悪さをするなら退治をするのが、この山に棲む父さん、いわゆる天狗様のお仕事だけど、別に人間のためというわけでもない。
山は自分たちだけのものじゃあないけど、自分たちも生きていかなきゃならないから。
でも、この時の父さんはちょっと違うことを考えていたみたいだ。
「子供の鬼なら、連れて来られないかと思ってな」
父さんの言葉を聞いて、へえ、と思った。
鬼と暮らす。良いかもしれない。
でも、さすがに襤褸や裸なら寒いんじゃないかな。自分はきちんと着物を着せてもらっているから。
そう思って父さんに言うと、優しく笑った。そうして、母さんに着物を用意してもらっていた。
赤い髪なら、緑が合うでしょう。確か母さんはそう言っていたな。
赤い髪か。
俺は白い髪だけど、赤いやつもいるんだな。
母さんや、他の烏天狗は皆髪が黒いんだ。たまに見る人間たちもそう。だけど、俺と父さんは白いんだ。
年をとった人間みたいだ。
なぜ、と聞いたら、そういうものだ、と古参の烏天狗に言われた。少し、皮肉っぽく聞こえたのは気のせいかな。
実際に会った鬼は、確かに赤い髪をしていた。けれども、お姉ちゃんよりも少し小さくて、ちょうど俺と同じくらいの背だ。
本当だ、髪が赤いし、目も赤い。でもなんで皆この子を怖がるんだろう。
角、って父さんが言った。頭に生えてる、固いやつかな。でも、俺だって羽が生えてる。どっちも人間には無いものだけど、そんなに変かな。
足が早そうなやつだ。追いかけっこしたら楽しいだろうな。
遊ぼう、って言ったら、ほら、こっちを見た。
やっぱり遊びたかっただけなんだ。仲間外れにされたらみんな悲しいし悔しいだろ。
着物は確かにぼろぼろだけど、よく見たらつぎあてがされている。誰かに繕ってもらったのかな。
父さんが差し出した緑色の着物は、ちょっと大きいかもしれないけど、確かに赤い髪によく似合う。
遊ぼう。
俺はもう一度言ったんだ。ちょっと、笑ったような気がした。
父さんは鬼の肩へ着物をかけて、一緒に来るように言った。あれ、言葉がわからないのかな。手を繋いだら、わかるかな。父さんは心配そうに見たけど、俺もそんなにやわじゃない。
うん、大丈夫。
なんだ、笑えるじゃないか。歯が大きい。これが鬼の歯かあ。魚も骨まで食べられそうだ、いいなあ。
さあ、うちの山へ行こう。
え?嫌なのか。でも俺の山のほうが、沢山遊べるよ。そうだ、母さんが美味しいご飯を作ってくれる。
あれ、また変な顔をしてる。ひょっとして、母さんっていうのがわからないのか。
うーん。じゃあとにかく付いてくればいい。
そうそう、ほら。飛んじゃえば山まではすぐだ。ああ、羽が無いのか。不便だなあ。
あ、待てよ。お前歩くの早いなあ。父さんも慌ててる。
でもこの分だと、夕飯までには帰れるなあ。
うん、一緒に食べよう。明日からは、沢山遊ぼう。
俺はいつも、1人だけ髪と羽の色が違うから、かくれんぼをしてもすぐに見つかっちゃうんだ。
お前となら、鬼ごっこがいいな。
鬼を追いかける鬼ごっこなんて、めったにできないもんな。
なんだか、想像しただけでわくわくする。
嬉しいな、楽しいな。ねえ父さん。
俺に、友達ができたよ。
赤と白・ 了