01:待ち望んだ婚約破棄
「ステラ、君との婚約を破棄する!」
卒業を祝う晩餐会。
生徒たち、その保護者たちが集まった大広間に、その声は響き渡った。
やっと、やっとこのときが来たのね……!
一瞬前まで第二王子フレンの婚約者だったステラは、彼にびしっと指でさされながら、内心で感動に打ち震えていた。
ここが生前遊んでいた乙女ゲームの世界だと気付いて、どれだけ経っただろうか。
主人公キャサリンが攻略対象と呼ばれる恋愛相手の誰と恋仲となっても、物語の最後に必ず断罪され、実質死刑に等しい罰を与えられる悪役キャラがステラ――つまり自分だと気付いて。
長かった……。
しかし、まだ安心はできない。
ステラはここで、完膚なきまでに断罪されてみせるのだ!
「ど、どうしてですか、フレン様……!」
ステラの語尾が震える。
……まずい、笑いそう。ってか笑ってるのバレそう。
泣いていると誤解されようと、ステラは両手で顔を覆った。
その隙間から相手の様子を窺う。
「君がキャサリンにした仕打ちを思えば、当然のことだ!」
フレンはそう言って、隣に控えていたヒースからすっと差し出された書類を受け取る
書類を渡しながら、ヒースは横目でステラに鋭い視線を投げる。
言い逃れはするなよと釘を刺されたようにも思えた。
「君が犯した許されざる罪を、これから明らかにしてやろう」
許されざる罪……!
行動範囲は貴族のための特別な学園内に制限された身で、どのくらいの重罪が起こせるのだろう。
顔を覆ったまま、ステラは冷静に心の中で突っ込んだ。
「まず君は、キャサリンを下賤な平民の出だとして、ことあるごとにそのことを話題にしては彼女を傷つけた」
許されざる罪一発目――ステラは嫌みを言った!
おい、この断罪の舞台のシナリオを考えたの誰だ。
ステラは覆った両手をずらし、口元だけ隠すことにした。
フレンとその傍に並ぶ四人の男性、そしてフレンの横にそっと寄り添うピンク髪の少女を見る。
防衛大臣の三男で参謀キャラ、ヒース。
代々続く騎士の家の次男で武闘系キャラ、ハリー。
侯爵家の長男で芸術系キャラ、ホーリー。
男爵家の長男でプレイボーイキャラ、ヘイズ。
そして伯爵家ご令嬢、キャサリン。
キャサリンは、伯爵家当主が一度の過ちで使用人の女性と成した子供だ。跡取りのいない伯爵家に引き取られ、一年前からステラたちの通う学園に転入してきた。
フレンもその五人も、さすがにあれだけの前フリをしておきながら、「許されざる罪とは嫌みを言ったことです!」はまずかったと感じたらしい。
しまった、みたいな顔をしている。
「えー、ごほん。そして君は、キャサリンを貶めるような噂を流し、彼女が学園祭の舞台で主役をすることになった際には酷い妨害をし、他にも湖に突き落とそうとしたり、他にも――」
つらつらとステラがキャサリンにした嫌がらせの罪状が読み上げられる。
大広間の皆は動揺したようにざわめいていたが、だんだんとフレンの言葉に聞き入るように静かになっていった。
そして、フレンが罪を読み上げきったときには、すっかり静まり返り、大広間には彼の言葉だけが響く。
「……よって、私は君との婚約を破棄し、キャサリンとの婚約を結ぶ!」
「本気でございますか」
「彼女のほうが、可憐で素直な性格で私の伴侶にふさわしい。彼女は、て……天使のような存在だ!」
フレンは顔を赤く染め、ステラから顔を背けた。
たぶんかなりの羞恥に拳を握りしめている。そんな彼を見ながら、ステラは思った。
が、頑張って! もう少しだから……!
――みんなで頑張って作りあげたこの断罪イベント、失敗させるわけにはいかないのだ。
ステラの中にこれまでの苦労が走馬灯のように浮かんでは消えていった。