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「元帥もそれでよいな?今回は師団長のみ参加させる」
絶望の淵でゆらゆらと体を震わせていたアリアは、王が元帥に確認を取る声を聞いて期待した。
元帥とて、中途半端に師団長のみが参加するなどやりづらいだろうから断ってはくれないかと。
しかし、予想に反して、元帥は自身が討伐の指揮をとる間の業務の代理などの確認をしただけですぐに了承した。
会議はアリアの意思を無視したまま進み、終わった。結局、アリアは今回元帥と協力して討伐にあたらねばならないらしい。暗い気持ちで壁際に控えていたワイットに近寄る。
「ワイット、今日から君が副団長だよ」
「何言ってるんですか師団長!あなたが討伐に行くんですよ!」
「いやしかし、」
「話し中にすまない師団長殿、今回の件にあたり色々確認せねばならないことが多い。この後時間をとっていただけるか。」
本当にワイットが師団長になればいいのにと呪いの視線を送りながら、アリアは返事を渋って体をふよふよさせた。戦時中のことで国軍が嫌いになったが、それとは関係なくアリアはこの元帥ギレット・ロウが苦手なのである。
原因はその生真面目さである。アリアは師団長などという仰々しい身分を賜ってはいるが、元々は平民であり、一般の国民と変わらず仕事は無い方がありがたい人間だった。対して、ギレットは公爵家の生まれで、国軍元帥の仕事に対して軍人らしく非常にストイックに邁進している。ギレットは、アリアのその適当さを許さず、また、アリアはギレットの自分にも他人にも厳しい性格が苦手なのだ。
「師団長殿、この後時間を開けていただけるか聞いているのだが」
煙の体をふよふよさせたまま口を開かないアリアに対して、元帥は眉根を寄せた。
「閣下、師団長の予定は都合できますのでどうぞ当たれくださいませ。」
「ワイット!」
断る言い訳を考えていたアリアは予想外の裏切りにあい、元帥に付き合うしかなくなった。打ち合わせは全て文書で行おうと思っていたのに、いい迷惑である。
「そうか、感謝する。では、資料など用意するので、国軍司令部においでいただこうか師団長殿」
「....................はい。」
顔があったならとてつもなく嫌な顔をしただろうアリアを気にすることもなく元帥は先導して司令部までの道を歩いて行く。
よく考えると元帥と二人きりになるのは初めてである。しかし元帥が通ると、すれ違った使用人や更には貴族まで緊張した面持ちで背筋が伸びるのは見ていて面白い。
「何を笑っているんだ師団長殿」
「笑うも何も、わたしには口も目もありませんよ元帥閣下」
表情がないことをいいことに、によによしていたアリアは当てられた驚きを隠しつつ当たり前のことを返す。自分にかけた幻術は目や口はなく、さらには掴んでも本当の体の感触はしない。声の高さも時々で変わるようになっていて男女の区別すらつかない。外見は言うなれば、おばけのような風体である。
「たしかに、顔もないが流石に長い付き合いだ。分かることも多い。」
何でもないように言うが、普通の人間は煙おばけの表情は読み取れない。この男は、体が資本の軍人らしい大柄な肉体に似合わず目端が効くし、冗談を言う性格ではない。そう考えると、感情がわかるというのも強ち嘘ではないような気がして嫌だ。
「閣下はお顔がございますが、私には何も読み取れませんね」
「そうか?結構顔に出ていると思うが」
どんな時もそれこそ死の淵でも無表情でありそうな元帥を皮肉るが、効いているのかすら不明である。扱いづらい男だ。