脱出
小さな犬用の出入り口に体を押し込む。
上半身だけは通った。
だが、下半身がなかなか通ってくれない。
私はもぞもぞと身をよじりながら、何とか通ろうとする。
「ふえぇぇぇ、なかなか通れないよぉ、けど諦める手はないよぉ、幼女の一念、岩をも通すだよぉぉ」
ジタバタジタバタ。
そうあがく私の耳に、あの人の声が聞こえだ。
その声はひどく焦っていた。
『あ!だ、駄目!外に出ちゃダメ!戻って!』
あの人が起きてしまったのだ。
急がないと。
急いで抜け出さないと。
焦る私の足を、誰かが掴んだ。
「痛っ!」
身体が出入り口に食い込む。
痛がる私の声を無視して、あの人が叫ぶ。
『駄目!駄目だって!駄目駄目駄目駄目駄目!外に出ちゃ駄目!』
『駄目って言ったじゃん前に!駄目だって!戻って!早く!』
すごい勢いで足が引っ張られる。
痛い。
痛い。
すごく痛い。
けど。
「我慢、我慢、我慢、早く、早くママの所へ戻らないと」
「今戻ってもいっぱい叩かれるだろうけど、ご飯も抜きにされるだろうけど、酷い事を一杯されるだろうけど」
「でも、戻らないと、だって、そうしないと、あとからもっとひどいことをされるから、私はそれを知っているの」
「知ってるの」
「だから」
私は、強くあの人の手を蹴った。
屋内から「痛っ」と叫ぶ声がする。
その隙に私は体を這わせ、痛いのを無視して、外に抜け出すことに成功した。
「ふぇぇぇ、やっと扉から抜け出れたよぉ……けど、あの人の手、蹴っちゃった、大丈夫かなぁ」
あの人の部屋の扉を振り返る。
その扉が内側から叩かれた。
ガンガンガンガンと音が響く。
『駄目、駄目だよ、戻って、今すぐ戻って、私の所へ戻って!』
『ここなら君を守れるの!この家の中なら!だから今すぐ戻って!』
『外では』
『外では!私はあなたを守れない!』
『だから!』
私は少し安心した。
扉を叩けるくらいだから、骨が折れているとかではなさそうだ。
それと同時に、考えてしまう。
「本当に、このまま、外に出ていいのかな、ママの所に戻っても、いいのかな」
「だって、あの人は優しかった、だったら、あの人の所に居た方が、私にとっては……」
そう考えた段階で、私の頭にママの顔が浮かぶ。
ああ、だめだ。
私は、やっぱり怖い。
ママが怖い。
だから。
あの人の家を飛び出した私は、そのまま夜道を走ったわ。
町は真っ暗だったけど、月明かりはあったの。
だから私は走る事が出来た。
見つからずに、大通りに出る事が出来たの。
大通りには沢山の人が居た。
そのうちの1人に見覚えがあった。
学校の付近を良く巡回していた巡査さん。
ママとも顔見知りの、大人の人。
私は、その人に助けを求めたの。
助けてください、ママの所に戻りたいんですって。
その場に居る人は、全員、私の方を振り向いたわ。
まるで、ずっと私を探していたみたいに。
全員の視線が私に注がれた。
その後の事は、正直、思い出したくないんだけどね。