監禁
私は涙ぐみながらあの人に質問した。
「マ、ママは?」
あの人は息を整えるのに必死で、返事をしてくれない。
それでも私は質問を繰り返した。
「ママはどこ?」
無言。
返事はなかった。
この段階で私は、嘘をつかれた可能性に思い至ったんだ。
「し、知り合いだって……」
「ああ、ママ、ママね、知り合いだって言ってたねさっき、ふひひひ、確かに知ってるよ、何時も見てた、遠くから」
やっと返事をしたあの人は私に迫ってきてこう言った。
ガシリと肩を掴まれる。
痛いけど、怖かったから我慢した。
「き、君、市内の幼稚園に通ってるよね」
「う、うん」
「あの幼稚園の制服、可愛いよね、今日は私服なのが残念だけど、ふひひひひひ、いやいや、私服も可愛いけどね、うん、可愛いなあぁぁ、じゅる」
気持ちの悪い奇妙な笑顔。
その目が、私の身体をジロジロと眺める。
何度も何度も上からしたまで。
「けど、けどね、知り合いじゃないんだな」
「え?」
「こっちは向こうの事を知ってるけど、君のママはこっちの事を知らないと思うよぉ、何時もバレ無いように見てたからねぇ」
あの人は異常に興奮していた。
鼻息も激しくまくし立てた。
「そのお陰で、君を家に連れ込めた、何時も、何時も何時も何時も妄想してたように」
「あああ、けど本当に可愛いなぁ、まるでお人形さんみたいだ!」
「可愛いなあ!可愛いなあ!可愛いなあ!」
その剣幕に私は思わず「ひっ」っと漏らしてしまう。
あの人が言っていることの意味が判らなかった。
「ママの知り合いじゃ、無い?」
「なのに何時も見てた?何を言ってるの?」
「ふぇぇぇ、意味がわからないよぉ」
「徹頭徹尾意味不明で怖いよぉぉ、ママの知り合いじゃないなら、どうして私を」
「私を家になんて」
呟く私の声は、あの人の耳に届いていない。
あの人は「可愛い可愛い可愛い」と連呼して自分の世界に浸っている。
私は意を決して、大きな声であの人に話しかけた。
「あ、あの」
「……可愛い」
「ママの知り合いじゃないなら、帰ります」
あの人は、何も応えてくれない。
聞こえていなかったのだろうか。
「あの!」
私が再びそう話しかけると、あの人が立ち上がった。
その手には、何かが握られている。
「……駄目」
拒絶の言葉。
駄目といわれても困る。
私はママを探さないといけないのだから。
再び口を開こうとするが、それは出来なかった。
「駄目!」
「ひっ」
鋭い言葉に私は再び悲鳴を漏らす。
あの人は叫び続ける。
「駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目!駄目!」
「帰る?そんなの駄目に決まってんじゃん!君は外に出ちゃダメ!出れないよもう!」
「そんな事、言っちゃだめだよ!帰るなんてさぁ!そんなこと!」
「折角さぁ!家に来てくれたんじゃん!その努力をさぁ!無駄にするつもり!?」
「絶対駄目だから、絶対!絶対!ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
普段聞いたことのないような絶叫。
私は「あわわわわ」と震える。
あの人の絶叫は続く。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
壁や窓を凄い勢いで叩いていく。
凄まじい音が部屋を支配する。
ガンガンガン。
ゴンゴンゴン。
私の言葉をかき消すように。
私の言葉を否定するように。
「暴力的だよぉ、野蛮だよぉ、テレビで見たゴリラさんみたいだよぉぉ」
私は怖さに耐えながらガクガクと震えた。
数十分後、疲れてしまったのかあの人はピタリと動きを止める。
ハァハァと息を切らせながらこちらを振り向く。
「あ、ご、ごめん、怖がらせちゃったよね、ふひひ」
「だ、大丈夫、外に出るとか言い出さなきゃ、乱暴にはしないから、ふ、ふふふ」
そんな事を言われても怖いものは怖い。
私がプルプル震えながら黙っていると、あの人がこう続けた。
「……それでね、ひとつお願いがあるんだけど、聞いてる?聞こえてる?ん?」
「は、はい、聞こえてます……」
「そ、そっか、良かったぁ、ふひっ、そ、その私服、可愛いね、凄く可愛い、可愛いけど、けどね」
あの人は笑いながら、こう続けた。
「ちょっとそれ、脱いでくれる?」