誘拐
あれは、君が引っ越してから数ヵ月後くらいの頃だったかな。
町で、ママと逸れちゃったんだよ。
1人で心細くて、寂しくて、道路の端で蹲って、泣きそうになってた。
道路は色んな人が行きかったけどさ、みんな忙しそうで。
私を助けてくれる人なんていなかった。
そんな中、声をかけてきたのが……。
「ふ、ふひっ、お嬢ちゃん、1人なの?」
あの人だった。
それに対して私は……。
「ふえええ、気持ち悪い人が話しかけてきたよぉぉ、怖いよぉぉ、ふえええ」
うん、当時の私はあまり大きな声で喋るのは得意じゃなかったからね。
多分、私の言葉はあの人には聞こえてなかったんだと思う。
私の呟きを無視して、あの人は、こう言った。
「た、た、た、たたけっ、たけっ」
「ふええええ、何か言ってるよぉぉぉ、解読不能だよぉぉぉ」
「た、たけ、助けて、あげようか?ど、どう、かな?ん?ん?」
それは予想外の言葉だったよ、気持ち悪かったのには変わりないけどね。
助けてくれるって言ってるし、案外優しい人なのかもしれないって感じたんだ。
だって、他の人達は全然助けてくれる様子はないし、この人に助けて貰うのが最善手かもしれないって。
だから私は、出来る限り大きな声でこう返した。
「……うん、たすけて」
「ふ、ふひっ、かわいい、かわいいなぁ、よおし、助けてあげちゃうぞ、ふひっ」
あの人はとても嬉しそうだった。
けど。
「けど、やっぱり気持ち悪いよぉぉ」
そう思っちゃったね。
うん、このとき別の決断をしていたら、もっと違う結果が待ってたんだろうな。
けどそうはならなかった。
だから私はあの人を見上げて精一杯説明した。
「ママがね、ママが、いなくなっちゃったの」
「そ、そっかぁ、ママがいなくなったのかぁ、そっかぁ」
「さがしてくれる?」
「だ、大丈夫、ママの居る所、知ってるから、ふひっ、こっち、こっちだよ」
「わぁい」
私と話してる最中も、あの人はキョロキョロと周囲を伺ってた。
私が不思議そうにしてると、変な笑い顔を浮かべてこう言う。
「な、なんでもないよ、ほら、行こうね、こっちだよ、ふ、ふふ」
強く手を握られて、引っ張られる。
小柄な私は転びそうになってしまう。
「い、いたい、いたいよっ」
「しーっ、あんまり大きな声出しちゃだめだからね、しーっ」
あの人は、焦った様子でそう呟く。
「ふぇぇぇ、やっぱりこの人、怖いかも、手汗も凄いよぉ、ベトベトだよぉ」
そう思ったけど、手を振りほどいたら怒るかもしれないし。
それにママと知り合いだった言ってたし、大丈夫だよね。
私はそう自分に言い聞かせて、あの人の言葉に従ったんだ。
「そ、そうそう、大人しくしててね、ほらこっち、近道だから、ふひひひ」
「が、我慢だよぉ、もうちょっとの我慢」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、もう少し、もう少しで、ふ、ふひひ」
知らない道を沢山通って、知らない家を沢山横切って。
そうして、私はたどり着いたんだ。
あの人の目的地に。
「さ、ここだよ、入って入って」
「……ここ、知らない家だよぉ」
躊躇する私の背を、あの人がグイと押した。
「つ、疲れたでしょ、ここで休憩出来るからさ、ね?ほら早く」
「け、けど」
「早く!」
今まで以上に激しい言葉。
私はあの人を見上げる。
その顔は酷く恐ろしかった。
今まで以上に、怖かったんだ。
「ひっ!?」
「早く早く早く早く早く早く早く早く!早く!入って!」
「ふ、ふえぇぇぇ……」
思わず、立ちすくみ涙ぐんでしまう。
あの人は私の傍の壁をガンと叩いて叫んだ。
「泣くな!早く入ってって!」
「ひゃっ!」
思わず私は扉を開けて中に入ってしまった。
あの人も私の後について部屋に入ってくる。
そのままガチャリと鍵を閉められる。
部屋の中は、暗かった。
酷く暗かったよ。
その中で、あの人の息だけが響いてた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「暗いよぉ、怖いよぉぉ……」
この時点で、私の運命は決まっちゃったんだね。