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やったねベリアルお酒が美味しいね!


 転移と同時に、いきなり足下が水浸しである。幸い、膝の上ほどの高さの水位で済んだのだが、ステラは突然俺に水をバチャバチャとかけてきた。


 俺の不幸中の幸いを返してくれ。


「水掛け論で勝負ってことね!」


「勝負がつかなさそうですし、水掛け論と水の掛け合いは意味が違うと思いますよ」


 バシャバシャビシャビシャと、魔王様に湖の冷たい水を掛けられながら、俺は改めて周囲を確認した。


 湖畔にあったはずの大神樹の芽は、新しく出来た湖の中だ。


 爆発によって地形が変わっていた。大神樹の芽があったあたりは元は平原だったのだが、ラクシャの自爆によってえぐられ、そこにモスト湖の水が流入していた。


 俺の予想に反して、爆発の規模が二回り以上小さい。


 鬼魔族が融合して変異した巨大ゴーレムの魔導炉。その出力をフルに使えば、モスト湖ごと呑み込み、半径10キロメートルが吹き飛んでもおかしくなかったのだが……。


 ゴーレムの残骸も消えている。


 ステラが手を止めて、ほっぺたを膨らませた。


「ちょっと、なにボーッとしてるのよ! あたしにやり返してもいいのよ?」


「私はステラさんほど子供ではありませんので」


「な、なによ! 水遊びが子供の遊びだとでもいうわけ?」


「それ以外の何ものでもないかと」


 不機嫌そうにステラの尻尾が水面を叩く。


「じゃあ何しにこんな誰もいないところに二人きりで来たっていうのよ?」


「探し物ですよ。ここにラクシャを送り込んで、寸前のところで爆発させました。ステラさんのレベルが上がったということは、ラクシャは倒せたのだと思うのですが……それならば残るはずですよね?」


 途中でステラは俺の言いたいことに気づいたようで、周囲をキョロキョロ見回した。


「玉座! あいつの玉座ね! 悪いけど、さすがにラクシャは許せないの」


 心を読むという特殊能力ユニークスキルは、味方にして正しく運用できれば使い道に困るほど有用だが、ぴーちゃんを取り込み傷つけたラクシャを魔王様が許せないのも仕方ないか。


 ステラがツインテールを揺らして鼻をヒクヒクさせた。


「あれ? 玉座の気配がないんだけど」


「自爆の威力で消滅してしまったのでしょうか」


「うーん、ちょっとそれは考えにくいかも……例外もあるかもしれないけど、魔王候補になった上級魔族の椅子って、概念っていうか魔法で壊せるようなものじゃないから」


「どういうことですか?」


「魔王候補の上級魔族や魔王にしか壊せないし奪えないってことよ。この辺りに魔王候補の魔族がいて、落ちてた玉座を拾っていっちゃったのかしら?」


 ステラは俺が転移魔法で直接、連れてきたので例外もいいところである。


 霊峰フージは結界に守られた聖域だ。外の結界を破って魔族が侵入したという話は訊いたことがない。


 魔王候補がここで待ち伏せていたのだろうか? 可能性はゼロではないものの、確証もない。


 ただ、事実だけを受け入れるならば――


 椅子を得たわけでも破壊したわけでもないのにステラのレベルは上がり、ラクシャの巨人玉座コックピットシートは、ゴーレムの破片一つ残らない水辺から完全に消えていた。




 ――数日後の午後


 ニーナは赤い鞄がお気に入りで、教会を訪ねる時にはいつも背負ってくるようになった。


 聖堂の長椅子にちょこんと座って、鞄を抱えるようにしてニーナが話しかける。


「もしもーし! ぴーちゃんはいらっしゃいますか?」


「ピッ……ピピッ……ガーガー……」


 開けた鞄から水晶ぴーちゃんがひょっこり顔を出すが、発するのはノイズばかりだ。


 ニーナは「今日はうまく繋がらないのです」と、少しだけ寂しそうに呟いた。


 俺は幼女に微笑みかける。


「きっと、ぴーちゃんさんはお忙しいのでしょうね」


「うん! ニーナも早くおっきくなって、ぴーちゃんのお仕事をお手伝いしてあげたいなぁ。おねーちゃだからねー」


「ガッ……ガガガガガガ!」


 鞄の水晶が細かく振動、赤熱して白い煙を上げた。落ち着けぴーちゃん。尊さに負けるな。


 ともあれ、ぴーちゃんは遠方で仕事をしているという嘘をつくことになってしまった。ニーナが大きくなった時に、事情を話してごめんなさいしようそうしよう。


「わわ! 大変なのです!」


「少し冷ましておきましょうね」


 慌てる幼女から鞄を受け取って、俺は講壇の上に置いた。今日も講壇では俺の代わりに案山子のセイクリッドマーク2が立っている。


 時々こうして、マーク2の隣にぴーちゃんを設置するのが習慣化しつつあった。


 ニーナは長椅子からぴょんっとジャンプすると、講壇の上に上がって左手の親指と人差し指をピンッと立てる。


 右手に小さな棒切れを持ち、左腕を天高く掲げた。


「何をなさっていらっしゃるのですかニーナさん?」


「あのねあのね! ニーナはおっきくなったら冒険者で歌って踊れる教皇様になりたいの!」


「きっとニーナさんなら素敵な教皇様になれますよ」


 そのためにも、現在の教皇を倒さなければならない。


 と、思ったその時――


『セイクリッド会いに来たよ~』


『死ぬのが楽しみとかロックでありますな』


 勇者と神官見習いの魂が、揃って大神樹の芽に導かれた。


 講壇の上のセイクリッドマーク2が自動で蘇生すると、そのままランダムでどこかの街へと二人を飛ばす。


「ちょ、ちょっと待ってよ! ステラさんに会いたいんだけどー!」


「これはニーナ殿お久しぶりであります!」


 ニーナは復活と同時に転移魔法で消えゆくアコとカノンに手を振った。


「ばいばーい!」


 案山子とは害鳥除けに立てるものだが、マーク2は実に良い仕事をしすぎて俺の仕事が無い件。


 と、そんな聖堂に白い拘束衣姿のベリアルが現れた。


「暇を持て余しているな大神官よ! 約束通り、王都で美味い飯と酒をわたしにごちそうしてもらおうではないか! ステラ様の許可はいただいているぞ!」


 賢人超会議で我慢し続けたベリアルに救いの手を。そんな魔王の計らいに、俺も付き合うこととなった。


「夕方からの約束でしたよね?」


「大切な約束だからな。べ、別にきさまのことなど、どうでもよいのだ。どうでもよいのだが待たせては悪かろう」


 正直に「美味しい酒が楽しみで仕方ない」と言えばいいのに。


 とはいえ、しばらくベリアルも気を揉み続けてきたのだし、今夜一晩くらいは付き合おう。


 すると、ベリアルのあとを追ってステラが赤いカーペットを駆けてきた。


「ちょっとベリアル! せめてもう少し人間の町に溶け込む服を着てちょうだい!」


「こ、これは……わたしとしたことが酒の魔力に取り憑かれ……上にコートか何か羽織ってくるので、逃げるなよ大神官!」


 コートの下が際どい拘束衣。こいつは変態だ。


 入れ替わりで聖堂に姿を現したステラが、大きな溜息をつく。


「もう……今朝からずっとベリアルはあの調子なんだから。あんまりハメを外さないよう、ちゃんと面倒みてあげてよねセイクリッド?」


「ええ、もちろんですとも魔王様」


「あ、あと……あたしが大人になったら……お酒飲みに連れて行ってくれてもいいから」


 飲んでもいないのにステラの顔は赤く上気していた。


 未来の魔王様の酒癖が悪くないことを、今は祈るばかりだ。

というわけでシーズン3はこんな感じです。

謎を残しつつシーズン4へ!(考え中)

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