インチキ聖者のチート魔法
俺は赤毛の少女を背に庇うと、光の撲殺剣で触手をなぎ払い、光弾魔法で吹き飛ばす。
「さて、どうしたものでしょう。うかつに距離をとっても熱線でアウトですね」
触手の数は倒した分だけ増えていく。鬱陶しいことこの上ない。
ステラまで取り込まれれば、邪悪な巨人が世界を滅ぼすのも時間の問題だ。
もちろん、そうなる前に教皇が黙ってはいないだろうが……。
俺の背後で冷たい声が響いた。
「うざいのは……どっちよ……あたしの心を……読んでみなさい」
ステラの様子がおかしい。これまでにない重圧を俺は背中に感じた。
「アン? イイダロウ……ドレホドノ恐怖ニ怯エテイル?」
巨人の額にある“目”が胸元に視線を落とす。
同時に、ステラを取り込もうと押し寄せた触手の猛攻がピタリと止まった。
「あなただけは許さないわ」
振り返ると、そこには――
見知らぬ少女の姿があった。
山羊のような角は倍の大きさになり、白目は黒く塗りつぶされて、赤い瞳が煌々と燃える。肌は青白く変色し、全身にタトゥーのような紋様が浮かび上がった。
赤い鞄を少女は浜辺に投げ捨てる。
ドレスの背を破ってコウモリのような翼を広げた。
尻尾もドラゴンのように太くなり、鱗に覆われる。
手の爪は血のように赤く、鋭く伸びて刃物のようだ。
口元から小さな牙を見せつけて、ステラは異形の……いや、本来あるべき彼女に戻っていた。
魔王の姿に。
なにより特筆すべきは……小ぶりな胸が窮屈そうに、ドレスからこぼれおちんばかりにまで成長したことだ。
ずっと、ステラが魔族ではなく人間に近い容姿をしていたのが、心のどこかに引っかかってはいたのだが……きっとニーナがそばにいたからかもしれない。
魔王は真っ赤な舌を出す。その舌にも魔法の紋様が浮かんでいた。
「手出しは無用よ……」
俺が抵抗する間もなく、ステラは風属性の魔法で俺を吹き飛ばした。まったく、なんて無茶苦茶な。
落下に合わせて俺も風の魔法でクッションを作ると、砂浜に波紋を描いて着地した。
魔王は翼を羽ばたかせると、ふわりと浮かんで巨人の顔の高さで静止する。
「魔王……グヌヌ……死ネエエエ」
ラクシャのかすかに残されていた人格を揺さぶるような、いったい何をステラの中に視たのだろう。
巨人の口から咆吼とともに熱線が放たれる。
「ぬるいわね。そんなことで魔王を殺せるとでも思ってるの?」
防御魔法はからっきしなはずの魔王が、熱線を片手で受け止め握りつぶした。
「――ッ!?」
動揺する巨人めがけて、ステラは握った手を開くと人差し指だけを立てて狙いを熱線吹き出る裂けた口に絞る。
「結晶化極大爆発魔法」
魔王の指先からトパーズ色の宝石のような結晶体が三つ、解き放たれて巨人の口に吸い込まれた。
「ヤメ……ヤメロ……」
「心が読めるんでしょ? なら、どうするかわかってるのに、このごに及んでやめてくださいお願いしますですって? ふふふ……言っててむなしくならないの?」
三つの閃光が爆ぜると同時に――
ゴグォワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!
収束した爆発とでも言うべきか、結晶化魔法は巨人の頭の上半分だけを綺麗に吹き飛ばした。
ステラが人差し指の先にフッと息を吹きかける。
「あたし、相手の心を読むことなんてできないから教えて欲しいんだけどね……今、どんな気持ち? あら、ごめんなさい。どうやら喋れそうにないわね」
微笑む魔王は教皇とも良い勝負ができそうだ。
巨人がゆっくり膝から崩れ落ちる。
もう魔王一人でいいんじゃないか? と、思った矢先――
巨人の全身に浮かんだ“目”のような紋様が消えて、その身体から白い蒸気を上げると青白かった巨体が赤熱を始めた。
「……ナラ、ミンナ……道連レダ」
ステラがすうっと地上に降りると、俺の元に駆けてくる。
「ど、どどど、どうしようセイクリッド!?」
「最後まできっちり決めて欲しかったものですね。それにしても、本気を出すとずいぶん印象が変わりますね」
「え? 本気って?」
どうやら空を飛んでいたことも含め、自分が今、どんな姿をしているのかステラには自覚がないらしい。
そんな彼女に安堵しつつも、俺は手を取った。
「どうか魔王様、この哀れな子羊に力をお貸しください」
「う、うん! わかったわ! どうすればいいの?」
俺はステラの手をとったまま、巨人の足下に向かう。
「どうか魔王様、わたしにありったけの魔法力を預けてください」
「こ、こうかしら」
俺の左手にステラが持つ魔王の魔法力が流れ込んできた。重く、強く、激しい力の奔流をどうにか受け止める。
これならきっと、今度こそ上手くいくだろう。
歩みを進めて巨人はもう目の前だ。
赤く燃えるようなその身体に触れると、ジュッと手のひらが焼ける音がした。
「モスト湖が大きくなりそうですね。あの景観は気に入っていたのですが……」
俺に魔法力を託したからか、しぼむようにステラは元の姿に戻っていた。
そして、俺が何をするのか察したようだ。
充血した目で涙をこぼして少女が叫ぶ。
「ちょ、ちょっとセイクリッド! だ、だめよあなたまでいなくなるなんて!」
「ステラさんが巨人の頭を吹っ飛ばしてくださったおかげで、こちらの魔法を使うタイミングも今のラクシャには読めないでしょう。なに、心配せずとも大丈夫ですよ。上手くやってみせますから」
巨人の身体は今にもはち切れそうだ。
俺は転移魔法を構築した。ただし、少しだけ細工をしたものだ。
今度は抵抗されることなく、ステラの魔法力によって一瞬で魔法の光が巨人の全てを包み込む。
遙か彼方の遠方で、巨大な爆発が感知されたのはその二秒後の事だった。
明日はまた0時更新 シーズン3ラストスパート!




