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さよならの向こう側

 巨人の全身に浮かんだ“目”が、俺とステラに注がれる。


 ぴーちゃんを腹に取り込みながらラクシャの声が響いた。


「魔王……喰ラウ……」


 ステラの尻尾がビクンと揺れる。


「や、やだちょっと、怖いんだけど」


「力あるもの全てを取り込もうというつもりでしょう」


 先ほどまでの勇ましさはどこへいったのか、ステラは俺の背後にスッと隠れた。


「食べるなら先にこの大神官を食べるといいわ!」


 おいこら魔王こらオイコラアアアア汚い魔王汚い。


 俺は首だけ振り返って涙目な少女に告げる。


「そういうセリフは私が自発的に言う分には良いですが……おっと」


 ステラを掴もうと巨人の腕が空から降ってきた。俺は少女の腕を引いて抱き寄せると、光の撲殺剣を地面に突き立てる。


「伸びろ光る棒ー」


 どこまで伸びるか試したことはないが、13キロメートルくらいまでいけるかもしれない撲殺剣の力が、今、ここに解放された。


 天に向かって一直線に伸びながら、光る魔法力の棒が俺とステラの身体を空中に運ぶ。


 およそ二十メートルほどだろう。巨人の頭を越す高さまで、あっという間だ。


 その間、魔王が振り落とされないよう、ぎゅっと腕に力を入れて左手でホールドすると、ぷにゅんとした感触が手のひらに伝わった。


「やだ! ちょ、ど、どこ触ってるのよ!」


「これは失礼しました。ちょうど上手い具合に引っかかって、持ちやすかったもので……ぷにぷに?」


 うっかり揉んでしまうとステラが俺の腕の中で暴れて、撲殺剣が巨人の側に傾き倒れた。


 赤毛の少女が悲鳴を上げる。


「いやあああああああ! なんでこっちから突っ込んでいってるのよー!」


「ステラさんが揺らすからですよ。とりあえず魔法でも乱射してみてはいかがですか? こうして抱えておいてあげますから」


 今年、流行しそうな魔王の持ち方は小脇に抱えて突貫するスタイル。


「女の子の胸を鷲づかみにする聖職者とかあり得ないんだけどおおおおおおおお! っておいうか持ち方! お姫様抱っことかあるでしょ女の子扱いしなさいってばああああ!」


 右手があいにく光の撲殺剣を維持するためにふさがっているのである。文句は勝ったあとに訊くことにしよう。


「ばかばかばかばかセイクリッドの悪魔神官んんんんん!」


 俺に腰の辺りをぐるりと抱えられ、両手の空いたステラは泣きながら爆発魔法を乱射した。爆発に炎撃と雷撃がステラの手から次々と放たれる。


「良い目くらましになりそうですね」


 誰のせいかはわからないが、ステラはひどく混乱しているようだった。テンパった彼女の動揺が巨人の“目”にも伝播し、ぐるぐると目を回す。


 相手の心を読んで自動で防御する魔法防壁も、まったく無関係な場所を守っていた。


 浜辺に残った冒険者たちが声を上げる。




「なんて無茶な戦い方だ! けどそこに痺れる憧れるッ!」


「赤毛の娘……上級魔法を四つ同時に使ってるぞ!?」


「やっぱあのお嬢ちゃんはただ者じゃあ無かったようだなぁ。俺は気づいてたけどよ」


「パンツ見えてるううう! 白が眩しいゼッ! イエスッ! イエスッ! イエスッ!」




 最後の一人、逃げろ。次の犠牲者になる前に。


 彼らもステラを援護するように、巨人の四肢目がけて攻撃を再開した。


 その間に俺たちは巨人の胸部に取り憑く。すぐ下に苦悶の表情を浮かべ、全身を金属の管に縛られた、ぴーちゃんの顔があった。


「ご主人様、ステラ様……」


 ステラがしゃがんで腕を伸ばす。


「ほ、ほら手を伸ばして! 掴まりなさいよ! 引っ張り上げるから」


 ぴーちゃんはそっと首を左右に振った。


「それはできませんわ」


「ライバルのあたしに助けられるのが、そんなに嫌っていうの!?」


 ぴーちゃんの瞳から銀の涙が粒になって落ちる。


「わたくしをライバルと認めてくださるなんて、ステラ様はお優しいですわね。けれど、お気持ちだけで充分でしてよ」


 ステラがムッと口を尖らせる。


「なに諦めたようなこと言っちゃってるわけ? ほら!」


 哀しげな眼差しでシスターゴーレムは俺に視線を向けた。


「ご主人様。ともにラクシャと戦ったあのあと、わたくしの右腕は改修を受けましたわ。もしもの時には……自爆できるように」


 仕込んだのは、先ほど丘の上の防砂林にいた七三分けの眼鏡あたりか。悪趣味なことこの上ないな。


 ぴーちゃんの唇が震える。


「すでに、わたくしの身体の制御は奪われてしまいましたの。捕縛されてから1024回、右腕に内蔵した自爆コードを実行しましたわ。けれど……できなかった」


 ステラがハッと目を見開いたまま、凍ったように固まる。


 俺はシスターゴーレムに確認した。


「貴方を救う方法はありませんか?」


「わたくしは……このままでけっこうです。ステラ様……お会いした時からずっと、あなたが何者か、わたくしは存じ上げておりましたわ。147代目の魔王様だと……」


 じわりとステラの赤い瞳が潤む。


「だ、だから何よ!」


「わたくしは監視者。ご主人様とステラ様を監視するために送り込まれ……場合によってはステラ様を倒すことも命じられた刺客ですもの」


 俺は溜息で返す。


「誰の差し金かは、この窮地きゅうちを脱してから、じっくりお聞かせ願いますね」


 混乱と浜辺の冒険者たちの掩護射撃も、いつまで持つかわからない。


 ぴーちゃんは首を横に振ろうとして、動きを止めた。


「それはどうやら無理みたいですわね。首を振ることさえ出来なくなってしまいましたし……ああ、だんだんとお二人の顔も識別……できな……なって……」


 ギリギリまで腕を伸ばしたままステラが叫ぶ。


「ちょ、ちょっと! だめ! だめよこんなの! お願いだから! 行かないで!」


 ぴーちゃんは最後の力と引き換えに口元を柔和に緩ませ、目を細めると微笑んだ。


「わたくしは……最初から……裏切り者……だから、遠慮なさらずに……最期にこうして……お話できて……幸せ……でした……わ……それ……では……ごきげん……よう」


 言い残すとぴーちゃんの水銀の涙が彼女の顔を覆いつくし、天を仰ぐ美しい女神の船首像のようになって沈黙した。


 尻尾がうなだれ、赤い髪から気炎も消え失せ、ステラが小さな肩を震えさせる。


「ねえ……冗談……でしょ? 嘘よねセイクリッド? こんなの……嘘に決まってるわ! どうして、どうして、ぴーちゃんがこんな目に遭わなきゃなんないのよ!?」


 押しつけられ具合からして、ぴーちゃんが監視役というのは薄々感づいていたが、まさか刺客も兼ねているとまでは思わなかった。


 その罪悪感を抱えてずっと、メイドとしてシスターとしてゴーレム少女は俺たちのそばにいたのだ。


 彼女は苦しみから解放された。


 心を持たないと言ったゴーレム少女が、別れ際に俺とステラが遠慮無く戦えるようにと気遣って。


 唐突に、ガクンと足下が揺れた。


 頭上からラクシャの声が響く。


「イイゾ……力ガ……腹カラ流レ込ンデクル……」


 ぴーちゃんの魔導炉からも、ラクシャに魔法力が流れ込み始めたようだ。


「蝿ドモガ……ウゼェ」


 巨人の口から光が漏れると、閃光が浜辺を吹き飛ばした。発射までの予備動作はほとんど無くなり、威力は増加している。


 残っていた冒険者たちも、防御する間もなく一瞬で全滅だ。さらに巨人の腹から金属の触手が爆ぜるように湧き出て、ステラに襲いかかった。

シリアスパートなのでパパッと0時にも更新します~

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