神機動聖者ストライクヨハネ
巨大ヨハネゴーレムの姿が醜く歪み、白い外装が青白く染まる。女神の頭部に角がせり出し、額に第三の目を彷彿とさせる紋様が浮かび上がった。
砂漠の海賊と同じく、椅子そのものを動かせるタイプか。
醜く歪み変貌した邪神像――ヨハネゴーレムが握った拳を振り下ろす。
ステージに落ちる影の下には、未だ白煙を上げ続けるぴーちゃんの姿があった。
「賢者には逃げられたからなぁ……まずはおまえからだ」
ラクシャの声が巨大ゴーレムの口から響いた。その口も裂けるように広がり、上下の牙を剥きだしに変容した。
俺は身体能力を魔法で強化して跳ぶと、間一髪ステージを陥没させた巨大落石のような拳の下から、ぴーちゃんを抱き寄せ走り抜けた。
ジュッ……と、俺の手のひらが焼ける。放熱の途中で、ぴーちゃんに触れると誇張抜きで火傷するようだ。
「ご自身が傷ついてまで、わたくしを助けるなど、どうかしていますわね」
口振りは淡々としていた。ぴーちゃんは俺を軽蔑でもするような視線を向ける。
自分が死んでも代わりがいるなどと、思っているのかもしれない。
「この程度の火傷で騒ぐことはありません。それより、動けますか?」
「ええ……ここはわたくしが食い止めますわ。ですからステラ様たちを連れてお逃げなさって。ラクシャにとって、わたくしを破壊することは賢者に次いで第二目標ですもの」
俺の腕を払うようにして、ぴーちゃんは邪神像に向き直る。
負った火傷を回復魔法で治癒しつつ、邪神像を見上げた。邪神の口から声が漏れる。
「ニセモノじゃんかよ……ああ、ハッチを開けて直接おれを狙う作戦か……用心のため内側から鍵しとこ」
こちらの考えが即座に筒抜けになるのは、邪神像に乗り込んでも変わらないようだ。
瞬間――
ずっとステージ上で倒れたままだった教皇ヨハネが立ち上がった。
胸は射貫かれこぶし大の穴がぽっかりと空いている。
だが、血の一滴もしたたってはいなかった。胸の隙間から一部が欠けた水晶がのぞいている。
ヨハネは説法用の小型拡声器を投げ捨てた。会場内をぐるりと見回してから、ポツリと呟く。
「やっと操作魔法の回線が回復したわね。それにしても、ヨハネの遠隔説法台無しにしてくれて……そのうえ、開発部に作らせた超絶可愛い巨大ヨハネちゃんを魔改造してくれるなんて……万死に値するんだから」
立ち上がったヨハネ(?)が、ぴーちゃんのように白い煙を噴き上げた。
本人は王都の教皇庁にいて、遠隔操作していたということか。アコがヨハネの説法を見て口にした違和感の正体は、彼女がゴーレムだったことに起因したもののようだ。
ヨハネは続ける。
「今日の日のために、めちゃくちゃ遠隔操作の練習したのよ? 最後は巨大ヨハネちゃんに乗り込んで、会場の天井ブチ破って、空高く飛んで爆発四散昇天するド派手な演出だったのに! 計画を邪魔されて、これには温和なヨハネちゃんも大激怒!」
おいおい、昇天するなら一人でしてくれ。
邪神像が呟いた。
「んだよ……つーか、おまえも心が読めないやつか。最近、増えてるんだな。まとめて潰すか」
巨大な平手がステージ上をなぎ払った。突風が巻き起こり、ステージ下のステラが「キャッ!」と、声を上げてスカートを前から押さえる。
俺もヨハネもシスターゴーレムも、後方に飛び退いて攻撃をかわした。が、即座に邪神の拳が振り上げられる。狙いはどうやら俺らしい。
心を読まれている上に、リーチも威力も巨人状態のラクシャが相手というのは厄介なことこの上ないな。
左右、どちらに避けるか。いや、いっそ前に出るか。これ以上後方に退くことはできない。
ベリアルとニーナが客席に残っているのだ。
空から巨人の鉄拳がハンマーのよろしく振り下ろされた。
逃げずに前へと飛び込もうとした刹那、巨人の腕が下から跳ね上げられる。
ヨハネが跳び蹴りで拳の軌道をそらしたのだ。着地するなり教皇は俺に微笑みかけた。
「あら、どこかで見たことがある顔と思ったら、もしかしてあの(・・)最年少大神官のセイクリッド? キャー素敵ね。あとでサインをちょうだいね」
「これはこれは教皇聖下。この度は大変残念でしたね。説法がこのような形で台無しになるだなんて、ご愁傷様です」
「へー、大神官様が同情してくれるなんて驚きね。どんな心境の変化があったのかなぁ? それにしても、客席のあの女の子たちにシスターゴーレムなんか引き連れて……ううん、いいのよヨハネは気にしないから。むしろ爽やかナイス大神官のセイクリッドが、ハーレムを構築しない方がおかしいって思うの」
胸に風穴開けたまま、内蔵水晶を赤熱させてヨハネは口元を緩ませる。
ステージ下からステラが吼えた。
「ちょ、ちょっと! なんでそんなに親しげなわけ!?」
今のを親しいと認識する魔王に合掌。
と、つい意識がステラに向いた瞬間――
「おい、魔王って……なんだよ?」
腕をヨハネに蹴り飛ばされて、大きくのけぞったラクシャの声が会場中に響き渡る。
しまった……。
「ど、どうしてあたしが魔王ってバレたの」
動揺するようにステラがオドオドした顔で呟く。あーもうめちゃくちゃだよ。
そんなやりとりの間に、ベリアルからようやく甘い息が抜けて、意識がはっきりしたようだ。
「ステラ様……撤退を」
「逃がすかよおおおおお!」
声がこだまし巨人が前のめりになって、客席に腕を伸ばす。
「ちょ、ちょっと! まっ……」
「どっちに逃げる……? 右か? 左か? へへ……魔王ゲット……やったぜ」
ラクシャはステラの心を読もうとしているようだが、それに気づいて、ぴーちゃんが俺に視線で合図を送った。
今なら俺の心は読まれない。一か八かでもやるしかないな。俺はヨハネの胸に腕を突き入れた。
「あん!? 教皇の胸に腕をつっこんで大神官がまさぐるなんて、とっても背徳的!」
「黙って私に力をお授けください聖下」
さすが教皇の仮初めの肉体に使用されていることはあり、彼女の内蔵水晶の魔法力は莫大だ。
これを利用して、俺は転移魔法を構築すると、移動先をモスト湖畔に設定する――
「ひとまず退場願いますね」
立ち上がれば全高十数メートルはあろう巨人の転移を開始する。光が小山のような巨体を包むのだが、いかんせんこのペースでは時間がかかって仕方が無い。
「もっと絞り出してください教皇様」
「言い方があるんじゃないかなぁボクぅ? ……あ、ちょっと……わょ」
「ぴー! がーがー! おや残念ですね。通信の状態が悪いようですがーが聞こえません」
「ほーりぃ……しっ……ころ……しちゃ……ぉ」
俺が胸の水晶から魔法力を吸い尽くすと、ヨハネの瞳から光が消えてガクンと膝から崩れ落ちた。
これでよし。絶対に言わせてはいけない教皇in殺害予告を口走る前に黙らせつつ、その力を有効利用できそうだ。
だが――ラクシャに気づかれたのは誤算である。
「しまっ……させるかよぉ」
ステラに伸ばした手を止めて、ラクシャの意識が俺に向く。予想以上に器用なやつだ。巨大教皇ゴーレムを“椅子”にしたことで、上級魔族としてのレベルが上がったのかもしれない。
最後の最後で、ラクシャは俺の転移魔法に干渉を加えた。
マリクハの湾岸――魔法大会が行われていた砂浜に巨大な影がフッと突然現れたのは、この直後の事である。




