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趣味は「人の家に勝手に入って壺や樽を割ったり宝箱開けること」です

 アコはステラが殺気立った理由がわからないためか、首を傾げてぽかんとした顔だ。


 一方、魔王ステラはと言えば――


「最近おかしいわようちの近所! あなたみたいな神官の次は勇者って! わかる? 勇者よ勇者ッ!?」


「落ち着いてください。いつか出逢う運命だったものが、少々早まったくらいじゃないですか」


 ステラが魔法をぶっぱなしても防御できるよう俺は身構えた。途端、アコが「あー! ごっめーん!」と、間抜けな声を上げた。


 上着を元に戻してステラに微笑みかける。


「心配しなくても大丈夫だよステラさん。ボクが恋人のセイクリッドを取っちゃうって思ったんでしょ?」


「へ?」


 炎撃魔法を今にも放とうと手のひらをこちらに向けたステラが、気の抜けた声を上げた。


 同時にプスッっと、魔王の手から黒煙がちょろちょろ上がって魔法力が散る。


 アコは腕組みをして、胸をゆさっと前腕で持ち上げるようにして笑う。


「別に隠すことないよ。あれ? もしかしてセイクリッドとはまだ付き合ってないの? だったらボクが立候補しちゃおっかな。ステラさん美人だし、お肌も白くて綺麗だし、小柄なところもすっごくタイプかも」


 アコが言うほどステラの尻尾が激しく揺れる。


 顔は赤いが泣きそうだ。きっと、神官と付き合っていると噂されるのが恥ずかしい年頃なのだろう。魔族から見れば人間の神官なんて、不良か何か扱いである。


 純情可憐な魔王様め。


 ステラの正体などつゆ知らずアコは俺に向き直った。


「で、どうなのセイクリッド? ステラさんって超可愛いよね? もう手は握った? もしかしてチューとかしたの!?」


 その場でピョンピョン跳ねるアコ。


 こちらも魔王に劣らず思春期ど真ん中だな。


「どうもなにも。確かに大変お美しい方とは思いますよ」


「だよねだよねー! セイクリッドとは気が合うなぁ。けど、ステラさん、どうして怒ったのかな? やっぱりセイクリッドに片想い?」


 ステラは教会の赤絨毯の上でひざまずき、こうべを垂れた。


 その姿は神の威光にひれ伏すようだ。


 赤髪を振り乱し少女は叫ぶ。


「もういっそ殺して! 殺してよッ! それから神に誓ってこんなダメ神官と、お、おお、お付き合いなんてしてないんだから!」


 魔王の神様無断使用がひどい件。


 しかし……


 偶然とはいえ、ステラの戦意をアコは根こそぎ奪い去り、地に膝を着かせた。


 強さというのは腕力や魔法力の大きさなどで、一概に計りきれないものだ。


 魔王ステラの涙の懇願に、アコは駆け寄って頬を落ちる雫をそっと指で拭った。


 それから手を差し伸べる。


「ステラさんに涙は似合わないよ。さあ、ボクの胸に飛び込んでおいで」


「つ、謹んでお断りします」


 魔王を敬語にさせる人間が俺以外に存在するとは。


「ええええッ!? だって二人付き合ってないんでしょ? ボクにワンチャンある流れじゃん今のー!」


「ないわよないない! ぜんぜんないから! あたしはノーマルなの!」


 アコは真顔で言った。


「ボクは愛する人の性別はこだわらないんだ!」


 この調子だと、性別を超えて種族の違いさえも凌駕りょうがしそうだな。


 ステラが俺をにらみつける。その視線が「とっとと勇者を追い返して」と、切実に訴えていた。


 さて、仕事をするか。


「では勇者アコよ。地元住民とのふれあいタイムはこれくらいにして、そろそろ元の街にお連れしましょう」


「えー! ちょっと外を散歩してきたいんだけど? ほら、普段行かないところとか、放浪してみたくなるじゃん? まだ開けてない宝箱とかあるかも!」


 ステラが後ずさって扉の前に立ちふさがった。


「だ、ダメよ! 外はダメ絶対に!」


「そうだステラさん案内してよ? ステラさんみたいな可憐な人が、どんな所で育ったのかボク知りたいなぁ。きっと綺麗な小川が流れてて、森が豊かで美しくて、野生の馬なんかも草原を軽やかに駆け抜けているような、素敵なところなんだろうね」


 残念。扉を開けたら二秒でベリアル。勇者は死ぬ。


 ステラが声を震えさせた。


「ぜ、ぜんぜんアレだからドブ川! すっごい臭いの外! 生ゴミとか散らかってるし! で、森もね……もっとアレなの。腐海に沈んでる感じ。キノコにょっきにょきだし、胞子が凄くて肺が五分で腐るから。もうね、毒の沼地よ。ほぼ全域にわたって見渡す限り。馬とか走ってないから。沼地でひっくり返って浮いてるからプカーって!」


 俺の知っている魔王城近辺じゃない。


 なんとしてでもステラは勇者アコが外に出て、魔王城に到達するのだけは阻止したいようだ。


 まあ、そうだよな。アコがここに来るのは早すぎる。


「勇者アコよ。それくらいにしておきなさい。街に戻るにあたり、確認すべきこともあります」


「なんだいセイクリッド? ボクにできることならなんでも言ってよ!」


「では、まずは寄付を」


 全滅した冒険者は復活した際に、教会へ寄付をする。それが世界の常識である。


 もし拒めば魂が汚れて、旅先で全滅したら二度と復活できない……というか、復活拒否のブラックリスト入りをした冒険者は、実質廃業だ。


 ちなみに寄付金の使い道は様々だが、こちら魔王城前の“最後の教会”に寄付されたお金は、恵まれない最年少大神官の福利厚生おやつだいに使われます本当にありがとうございました。


 真顔でアコが俺に訊く。


「えっ!? お金取るの?」


「当然です」


「ボクまだレベル5だよ? 死に放題プランが適応されるんじゃないかな?」


 そんな名称の料金体系ではないが、一般的にレベル9以下の冒険者は復活にお金がかからない。


 レベル10~49までは、レベル×1パーセントの所持金を。


 レベル50以上になると一律、所持金の半分を寄付するというのが通例だ。


「うちは高いですよ。所持金の半分は必要ですね」


 まあ、通例など壊すためにあるので、うちでは取れるだけ絞り取る。慈悲はない。


「うわあああ! ひどくない?」


「全部置いていけと言わないだけマシだとお考えください」


 アコは口を尖らせながら、俺に銭袋を手渡した。


 スカッとした手応えだ。


「あの、アコさん中身は?」


「0ゴールドだけど?」


「またまたご冗談を」


「いや本当だよ! 別に惜しんでるわけじゃなくて、本当に所持金ゼロなの! 剣も盾も売っちゃってさぁ。で、素手で行けるかなって思ったら、魔物に返り討ちにされて死んじゃったってわけ」


「話が見えてこないので、最初から順を追って死ぬまでの経緯を教えてください」


「いいよ! ほら、うちの街ってカジノがいっぱいあるでしょ?」


 もうこの時点で嫌な予感しかしない。


「カジノの景品って普通じゃ買えないような、すっごく強い剣とかあるんだよね」


 ステラも気づいたようで、両手で口元を押さえながらアコを「なんて浅はかで可哀想な人」という視線で見始めた。


「でねでね! 聖印が出たから勇者として旅立てー! って言われて、軍資金もらったんだけど、最初はそれで銅剣と小盾を買ってがんばってて……でも“なんか違うなこれ”って思ったの」


 思うな。そのままコツコツ戦ってゆっくりでも一歩ずつ着実に前進しろよ。


 俺の口から溜息が漏れる。


「それで、どうなったのですか?」


「一発大勝負ってね。剣も盾も売って、きっかり1000ゴールド貯めて、高額スロット一発勝負!」


 教会の扉の前で「うあぁ」とステラのドン引きする声が響いた。おおむね同意である。


「当たれば一等の覇者の雷剣だったんだよ?」


「ハズレたからここにいる……と?」


 俺の言葉にアコはうんうんと、首を縦に振る。


 ハズレだ。この勇者そのものが。


 アコはさらに俺に手をそっと差し伸べた。


「だからお金貸して神官様! 明日三倍にして返すから!」


「転移魔法」


 有無を言わさず彼女を故郷に強制送還した。


 ステラが俺に歩み寄ると、そっと肩に手を置いて囁くように言う。


「人間も大変なのね」


「貴方が同情を禁じ得ない勇者を、これから私は待ち続けなければならないようです」


「懲役何年かしら♪」


 言い残すとステラは「今日は疲れたからやっぱり帰るわね」と、そそくさと退散した。


 次にアコに会う時には、彼女が立派に成長していることを願おう。




 ――五分後。




「あっ! ごめーんまた死んじゃった!」


「なぜこの教会に戻ってきたんですか?」


 アコは舌をペロッとだして、ウインクしながら言う。


「だってステラさんに会いたいし、実家近くの教会でお祈りしちゃうと、復活地点が上書きされて、ここにこれなくなるでしょ?」


「私がブチキレる前に、どうか他の街の教会で祈りを捧げ、今後は死なないよう努力すると誓ってください」


「えー、まったまたぁ。教会の神官がキレるわけないじゃん。冗談だよねセイクリッド?」


「転移魔法」


 信じて送り出してやったので、戻ってくるならせめて大金拾ってからにしてくれ、マジで。

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