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聖なる七つの言の葉を奏で捧げよ 汝が名は……

 会場内が暗転し、光がステージ上に集まると、ステージの奈落から人影がゆっくりとせり上がってきた。


 頭からすっぽりと白いフードをかぶり、胸元で手をそっと組んでいる。


 登場したのは白地に青のラインが入った神官服姿の女性だった。


 その服の至る所に金の刺繍が施されており、光を浴びる姿は神々しい。


 会場内の観客たちがざわついた。


 ニーナやステラは「はぇ~」「ふえ~」と、神秘的な聖女に声を漏らすばかりだが、カノンが眼鏡を外してレンズを柔らかい布で拭いてから、もう一度掛けなおし二度見する。


「え、あの……ええっ!? あの大神樹を現わすローブの紋章は……セイクリッド殿!?」


 焦る神官見習いに俺はうなずいて返した。


「どうやら貴方の考えている通りのようですね」


 ベリアルはステージの事など興味が無いようだが、隣の席に並んで座るぴーちゃんも、聖女の姿に言葉をぽつりと漏らした。


「ヨハネ様……ですって?」


 最高位を示す金刺繍と聖なる絹糸で縫い上げられた“大樹の法衣”に袖を通すことが許されるのは、この世でただ一人。


 聖女はフードを目深にかぶっていて、見えるのはその口元だけだ。


 祈るように胸元で組んだ手には、棒状の拡声器が握られていた。


 ステージの上で聖女が口を開く。第一声に誰もが耳を傾けた。なお、酒のことで頭がいっぱいな上級魔族は退屈そうに溜息交じりだ。


 赤い口元が開く。


「今日はみんな、ヨハネの出張シークレット説法(ライブ)に来てくれてありがとー!」


 なにやってんだあいつ。と、つい、本音が口から漏れそうになった。


 会場全体が「うおおおおおおおお!」と、ヨハネの言葉で揺れた。振動した。脈動した。


 客席は早くもスタンディングの大盛り上がり。


 座ったまま両手で頭を抱える俺の隣で、ステラが肘でちょんちょんと小突いてきた。


「ちょ、ほらセイクリッド、ノリが悪いわよ。みんな立ってるんだから。よくわかんないけど、カノンなんて泣いてるじゃない?」


 カノンは入り口で渡された光る棒を天にかざして振りながら「ヨハネ様あああああ!」と黄色い声援を上げ続けている。


 ニーナも無邪気に光る棒を振って「きらきらしててきれいなのー!」と、嬉しそうに声を上げた。


 様々な楽器を手にした教皇庁所属の楽隊が、ステージの脇から姿を現す。さらにあとから続く女性の合唱団がコーラスを重ねた。


 じんわりと広がるように伴奏が始まる。


 白い布をかぶった山のような舞台装置を背景に、ステージの中央でヨハネは左手の人差し指と親指をピンっと立てると、ゆっくり天に掲げた。


「目一杯がんばるから、応援よろしくね!」




「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」」




 ヨハネの透き通ったクリスタルのような声に、会場が喝采で応える。


 ステラはキョロキョロしてから、もう一度俺に訊いた。


「ね、ねえねえ、セイクリッド何が始まるの? っていうか、えっと、すごい人気だけど誰?」


「落ち着いて訊いてくださいステラさん。今、ステージ中央でライトを浴びている彼女が、私の所属する教皇庁の……いえ、全世界の神官の頂点に立つ……」


「立つ……なによ?」


「教皇ヨハネです」


 女教皇――ルルーナのタロット占いは暗示でもなんでもなく、ド直球で正解を射貫いていた。


 ステラがぽかんと半分口を開いたまま呟く。


「え? じゃあ、あの人を倒したら魔王的には経験値とかすごそ……」


 俺は慌ててステラの口を手でそっと塞いだ。


「頼みますから、変な気だけは起こさないでくださいね。教皇様は私の戦闘力を十倍にして、性格の悪さを七倍にしたような方ですから」


 耳元で囁くと魔王はブルッと尻尾を震えさせた。


「もごもご……れろぉ……ペロペロペロ」


 うわ、また俺の手の平を舐めてきたぞ。なんて魔王だ。独自の方法で俺の拘束から逃れて、魔王はオドオドし始める。


「ちょ、ちょっと。あたしの格好やばくない? めっちゃ魔族なんだけど。あたし悪い魔王じゃないわよ」


 プルプルと小型犬のように震えるステラ。どうやらガチで怯えているようだった。


「安心してくださいステラさん。賢人超会議では魔族の仮装をしている参加者も多いですから、仮に尻尾が出ていたとしても、相手に掴ませなければ問題ありません」


 この場は大人しくしていてほしい。ニーナは無邪気に出し物として楽しんでくれそうだが、ベリアルはといえば……。


「くっ……美しい……光の誘惑がわたしをむしばむっ……ああ、身体が音楽に合わせて勝手に……なんだこの高揚感は!」


 ステージに注がれる光が色とりどりの虹を描き、楽団の奏でる曲のテンポがさらに早くなる。ヨハネがリズムを全身で取り始めると、ベリアルもその動きに釣られて光る棒を振り始めた。


 意外にもノリがいい女騎士に驚きを禁じ得ない。


 女教皇がフードを脱いで素顔を晒す。


 銀髪に青い瞳は、俺と同じだ。


 もちろん、顔つきは男と女で違いはあるのだし、まったくの別人に違いないのだが、ステラがステージ上の教皇と俺を交互に見て呟く。


「ね、ねえセイクリッド……なんていうか……似てない? 髪の色とか目の色とか……」




 ドウンッ!




 ステラの声をかき消すように、ステージで爆発が起こった。重たい破裂音が内臓に響く。


 が、破裂したのは空気の塊で、熱も炎も伴わず、同時に高い天井からヒラヒラと紙吹雪が舞い散り渦を巻いた。魔法を駆使した舞台演出だ。


 色とりどりの光線が乱舞し、ヨハネが賛美歌を歌いだす。楽団の演奏にも負けない美しい歌声に、会場のボルテージは最初からクライマックスに突入した。


 ニーナはリズムに合わせてお尻をフリフリしながら、光る棒を二本手にして俺を見上げる。


「おにーちゃも応援しなきゃ!」


「そ、そうですね」


 いけない。この雰囲気に俺も呑まれてしまいそうだ。


 手から光の撲殺剣を抜き払い、ステージで全身を躍動させて舞い踊り歌う女教皇に……不覚にも声援を送ってしまった。


 曲のサビに合わせてことを解き放つ。ハンドクラップ二回からコールである。




「いくぞー! シャイニー! ホーリー! 慈悲マーシー! 希望ホープ! 信仰フェイス! 福音ゴスペル! 救済メサイア!」




 光の撲殺剣を振り、ハンドサインとともに放つMIXコール。


 ……つい、やってしまった。神官の必修科目、説法の成績も優秀な俺に死角はないのだ。


 カノンが「さすがであります!」と瞳を輝かせ、ニーナも「おにーちゃ、すっごいなぁ」と笑うのだが、それ以外の視線が痛い。


 ぴーちゃん、貴様はこちら側だろう。よそよそしくするんじゃあない。


 ともあれ、説法ライブに熱心な信徒が中心となって、客席はさらに沸騰した。


 間奏の最中、教皇も信徒たちに笑顔を弾けさせる。


「みんなありがとー! 最高の時間にしようねっ! じゃあ一気にいくよー!」


 背にそびえる“何か”を覆う白い幕が切って下ろされた。


 そこにあったのは……女教皇ヨハネの姿を模して作られた巨大なゴーレムだ。


 胸の辺りにハッチがあり、人が乗り込むことができる全高15~6メートルほどの女神像である。


 大神樹管理局:設備開発部の開発費は、皆様のご厚意と多大なる寄付によってまかなわれております。


 趣味に走りすぎて開発費の使い道がおかしい件。


 神々しい白い女神の偉容に人々がさらなる熱狂のるつぼに陥る中で、ずっと棒立ちだったアコがぽつりと呟いた。


「ねえ、なんで誰も……気づかないの?」


 こういったノリには一番に乗っていきそうなものなのに、アコはずっと怪訝そうだ。


「どうしたのですかアコさん」


 アコは腕組みをして首をひねる。


「うーん、上手く言えないんだけど、なーんか……違和感っていうかぁ……」


 勇者の少女に言われて俺も、じっとステージの上のヨハネ教皇に注目した、瞬間――


 ドシュウッ!


 熱線がヨハネの胸を矢のように射貫いた。


 そのまま純白にして白銀の聖女が仰向けに倒れる。まるでスローモーションがかったようにゆっくりと。


 ステージ演出ではなかった。


 二階席の後方から教皇は狙撃されたのだ。会場の歓声は悲鳴と絶叫にとって変わられた。

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