アコの三倍返し
「フリーバザールは自由時間としますから、みなさん見に行ってください。私はニーナさんのお供をしますので。11:00になったら、この噴水前に集合ですよ」
白亜の女神像が水瓶から清らかな水流をたたえる公園中央の噴水で、俺はニーナの手をとって一同に告げた。
さっそくステラが俺の顔を指さす。
「国家権力の犬さーん! こいつです!」
人を犯罪者にすることにかけては、魔王様の右に出るものはない。
俺は目を細めた。
「心配無用ですよ。ニーナさんの背中の鞄の中身に、私はすでに敵認定されていますから。私が何かしようものなら、大惨事になるでしょう」
ニーナは「はえぇ?」と、声を出す。何がどうなるのか、幼女にはさっぱりわかっていないらしい。
ベリアルが俺の顔をのぞき込んだ。
「きさまがニーナ様の乱弩背留を自主的に脱がせる可能性もあるではないか?」
「フリーバザールの西側に、たしか南方のサトウキビを使った古酒の販売所があるようです」
ベリアルがくるりと背を向ける。
「いいか、きさまを信頼していればこそだぞ」
俺への不信任が古酒によってギリギリ信任に切り替わったか。我ながら外交手腕に磨きがかかったようだ。(ただし酒の度数によって効果は変動する)
アコとカノンがステラを両脇から挟んで、その手を引いた。
「きゃあああ! ちょっ……待って! なんであたしなの?」
「ステラさんつれないなぁ! ボクとデートしようよ!」
「安心するであります。自分がきちんとアコ殿の暴走は止めるであります!」
二人ともステラの意見は訊いた耳から反対に流して、ぐいぐいと引っ張ってフリーバザールの海へと乗り出していった。
ボンボヤージュ。良い旅を。
残されたぴーちゃんが俺をじっと見つめる。
「わたくしもご一緒しましょうか?」
「それでもかまいませんが、ぴーちゃんさん……」
俺はゴーレム少女を手招きすると、そっと耳打ちした。彼女は小さく頷く。
「わかりましたわ。ご主人様が直接動くよりは、わたくしの方がいいでしょう」
賢者について、彼女に情報収集を頼む。
足音も立てずに、ぴーちゃんはスッと影のように人の波に紛れて、フリーバザールの中に溶けて消えた。
邪魔モノもいなくなったところで、俺は膝を折ってニーナに目線の高さを合わせる。
「ニーナさん、一緒にバザールを見て回りませんか?」
「おにーちゃとデートだぁ」
無邪気に笑う幼女の笑顔、プライスレス。
人混みはあまり得意ではないのだが、ニーナと二人で露店を見て回ることで、俺の心は満たされた。
途中、ベンチで休憩などはさみつつ、集合の時間までのひとときを堪能して、再び噴水前に戻ってくると……。
カノンがアコの腰に抱きついて、なかばずるずると勇者に引きずられながら、噴水に戻ってきた。
一緒に出たはずのステラの姿は……ない。
なにより異様なのは、カノンが涙ながらにアコを“引き戻そう”としていることだ。
眼鏡少女が声を枯らした。
「へ、返品するでありますよおおおおおおおお! 全財産はたいてなんてものを買ってるでありますかあああ!」
一方、腰をがっちりホールドされたまま、アコはにこやかにカノンに告げた。
「だいじょーぶだいじょーぶ! これで一文無しになっちゃったけど、元のお金の倍に……ううん! 三倍にしてあげるから!」
あっ……これダメッ子アコちゃんのパターンのやつだ。
俺とニーナの元に到着するなり、カノンがぺたんと地面に尻餅をついた。
「あうあああああああああ……終わったであります」
カノンをここまで落胆させ、地獄の底に叩き落とした勇者はいったいバザールで何を買ったのだろう。
「あの、アコさん……全財産で何を買ったのですか?」
アコは胸を張った。ぶるんと大きな二つの果実を揺らして、黒髪の少女はゆっくりと道具袋から小さな金属片を取り出す。
それは――鍵のようだった。小さな赤い宝玉のついた、銀色の鍵だ。
「じゃじゃーん! どんな鍵でも開け放題になる魔法の鍵だよ!」
えっへんと自慢するアコは鼻の下を人差し指で軽くこすってみせる。
カノンが泣きわめいた。
「絶対詐欺であります! 騙されたでありますよおおおお!」
アコは口を大きく開けて笑った。
「いけるって! ボクを誰だと思ってるんだいカノン? ラスベギガスの鍵っ子アコちゃんだよ? ヘアピン一つでカジノの金庫に挑んだ、勇気ある女の子さ」
国家権力の犬さんコイツです。
アコはそのまま俺に鍵を見せつけようとして、慌てて道具袋に引っ込めた。
「おっとっと、セイクリッドに見せたらボッキリされちゃうからね」
こういうところで学習能力があったか。もっとまっとうに成長して欲しいものである。
「いくらで買ったかはあえてききませんが、アコさん……どうして貴方という人は“そう”なのですか?」
アコはフフンと鼻を鳴らした。
「これからの冒険で、きっと色んなお宝に出逢えると思うんだ。なのに鍵がなかったら手に入らないでしょ? 魔法の鍵さえあれば、世界中のお宝はボクとカノンのものだからね!」
「そんなものをいったい誰から……」
カノンがめそめそしながら眼鏡をとって涙をハンカチで拭いた。
「どこかで見たような仮面をつけてた男の人であります。フード付きのマントみたいなコートを着てたから、絶対怪しい人でありますよ!」
「仮面とはどのような?」
カノンは精一杯の(´・ω・`)顔を自分の顔で表現した。
ばっかもーんそいつが賢者だ。
「どのあたりで鍵を買ったのですか?」
アコが「西の方かな」と、ざっくりすぎる説明をした。
バザールの全てを網羅などしていないが、西側ならニーナとも見て回った。
そんな露店や怪しい(´・ω・`)はいなかった。
それでも……今すぐ行けば、ヤツに会えるのだろうか。俺一歩踏み出したところで、服の裾をニーナに掴まれる。
「おにーちゃ、もうすぐみんな集合の時間だよ?」
「そう……でしたね。うっかりしていました」
ニーナを置いて行くわけにはいかない。連れて行くことも考えたが、賢者と遭遇させるのも、それはそれで危険に思えた。
アコが笑う。
「だめだめ! 魔法の鍵は一本だけの限定品みたいだし、もう露店も店じまいしちゃったあとだから、返品もできないと思うよ! それより、この街のお宝を探しにいこうよ!」
勇者改め盗賊になったアコには、再教育が必要かもしれない。




