沈黙の着ぐるみ
翌朝――
町中の通りに出店が並び、開幕を知らせる花火が空砲のように空高く響く。
宿で朝食を済ませると、さっそく俺たちはマリクハの街へと繰り出した。
すでに街中、人、人、人でごったがえしている。
初等部の制服に赤い鞄を背負ったニーナが、いつの間にか俺の手を握っていた。
「おにーちゃ迷子にならないように、ニーナがいっしょにいますね」
これにアコが口を尖らせた。
「いいなぁニーナちゃん。ぶーぶー!」
ニーナがにぱっと笑顔になる。
「アコちゃんせんせーは、ニーナよりもおねーちゃでしょ? しっかりしてください」
幼女に言われてアコは「はぁ~い。しっかりしまーす」と棒読み気味に返す。これではどっちが年下だかわからない。
ニーナはもう一方の手を、ぴーちゃんに伸ばしてきゅっと掴む。
「ぴーちゃんはニーナよりちっちゃい子だから、ニーナがちゃーんとお手々をつなぎますからぁ」
幼女の姉っぷりが軽く暴君な件。これにリアルお姉ちゃんであるステラは「あるある」と、納得の表情である。どうやら姉ぶりたガールになるのは、魔王一族の通過儀礼らしい。
ちなみに、ステラは本日、魔族仮装で参加登録をしていた。小さな腕章をつけており、これが仮装許可の証となっている。
まるで本物のような完成度の高さから、人目を引きがちだが正体がバレないか怯えて不自然な素振りになるよりも、堂々としていた方が却って怪しまれない。
そして、俺はといえばベリアルとカノンに神官服の袖ごと腕を掴まれ、綱引き状態にされていた。
「早く酒を飲ませろ」
「光弾魔法! 光弾魔法でありますよ!」
二人とも目が血走っている。このまま服の袖を引っ張られ続けると、左右にビリッと破けて中身がクロスアウトしかねない。
俺は二人に告げる。
「昨日、スケジュールを決めましたよね。全員、しおりに書いた通りに行動しますよ」
分刻みとまではいわないが、上映や舞台など時間の決まった演目もあるため、それを基準に見て回ることにしたのだ。
試飲はベリアルがアレなことになってしまうので終盤にしてある。光弾魔法の展示はすでにされているが、実演は午前十時と午後三時の二回だった。午後の部を見学予定だ。
ベリアルとカノンが揃って「「あうう」」と落胆の息を吐き、俺の腕を解放した。
ニーナが「おにーちゃお手々繋がないの?」と、怪訝そうだ。
「手を繋いでいると案内できませんから。では、さっそく参りましょう」
小さな旗を手にして、俺は一同を引き連れ先頭を歩き出した。
まずは朝一番で宮廷魔導士団の装備展示と試着の催しに到着した。
場所は湾岸の倉庫を一棟丸々借りている。
王都防衛の魔法戦力、その片翼をになうのがエリート黒魔導士の彼らである。
展示されている装備の類いは、ローブにせよ杖にせよ、どれも王立軍正式採用の一級品ばかりだ。
一番食いついたのは、意外やカノンだった。
「し、尻尾はどこでありますか!?」
案内役の宮廷魔導士の女性に詰め寄る、神官見習い。すかさずステラがカノンの腕を掴んで、案内所から引き離す。
「いいから戻ってきなさい! カノンは神官見習いだから関係ないでしょ?」
「セイクリッド殿は神官ながら黒魔法も使えるでありますよ! 将来的には自分も……し、尻尾を生やしていかねばと!」
「生やさなくていいから!」
魔王と神官見習いの漫才の横で、俺が展示パネルを見ていると――
「あ! 先日はどうもありがとうございます!」
若い男の宮廷魔導士が俺の元に駆け寄ってきた。
息を切らせて俺をキラキラした瞳で見つめてくる。
「あの、どちら様でしょうか?」
「いやだなぁ。昨日、展示パネルがあべこべになっていたのをご指摘いただいたじゃありませんか?」
「ああ、その説はどうも」
と、お茶を濁した。昨日は到着からずっと、宿から出ていない。となれば、誰がパネルの不備を指摘したのか、自ずと答えはでたようなものだ。
宮廷魔導士は「また何かお気づきな点などありましたら、どうかお教え願います! では、失礼いたします!」と、敬礼をして持ち場に戻っていった。
ちなみに、ニーナは宮廷魔導士団のゆるキャラ着ぐるみ“マドッシーくん”に夢中で、必殺技のジャンピングエルボーを伝授されていた。魔導士のマスコットが物理攻撃とは、なかなか見所があるな。
続けて、湾内にある砂浜の特設会場に向かった。海に向かって魔法をぶっぱなし、日頃のストレスを発散するという大会だ。
協賛に大神樹管理局:設備開発部の名前がクレジットされていた。魔法力測定器なるものが用意され、威力を数値化できるらしい。
参加者たちが、大声大会でもするように海めがけて、各々得意な魔法を披露する。
ちなみに魔法の数値によって景品があり、参加賞は“I♥爆裂魔法”と書かれたミニ手ぬぐいだった。
本日、チャンピオンに輝くとトロフィーと副賞として温泉旅行宿泊券がもらえるらしい。
「はいはいはーい! あたしやりたいー! 優勝確実でしょでしょ?」
「だめです」
魔王が尻尾をビンッ! と立てて、俺に牙を剥き抗議する。
「な、なんでよ!?」
「極大級魔法なんて使ったら、魔族コスプレじゃないとバレてしまうでしょう?」
と、魔王様を説得していると――
「いやいやいや! 昨日はご協力あざっすあざっす!」
運営スタッフの青年が、にこやかに俺の元にやってきた。もう、嫌な予感しかしない。
「なんでしょうか?」
「はっはっは水くさいっすな。昨日、おたくさんが調整してくれたおかげで、不調だった測定器もばっちりってな具合で! ほんっっっとおに助かりやした」
アコやカノンは大会の魔法に「おー」だの「あー」だのと、まるで花火見物でもしているようで、俺と青年のやりとりには気づいていない。
が、ステラはじっと俺を見据えていた。
俺は当たり障りのない言葉を青年に返す。
「大会が円滑に進んで良かったですね」
「そりゃあああもう! んじゃ! こんなもんしかお礼できないけど、どーぞどーぞ」
青年は参加賞の手ぬぐいを俺に渡すと、持ち場に戻っていった。
ステラがジトッと湿った視線を俺に向ける。
「さっきもだけど、どういうことなの?」
「私に似た誰かと、きっと勘違いしているのでしょうね」
ちなみにニーナはというと、魔法大会の公式マスコット爆裂バクの“夢枕バークレーくん”に夢中で、必殺技のシャイニングウイザードという膝蹴りの一種を伝授されていた。
これにはニーナの護衛に張り付いている、ぴーちゃんも苦笑いである。
そのあとも、行く先々の展示で先回りでもされているように、してもいない善行のお礼を俺は受け取るハメになった。
途中、何人かには別人だと説明も試みたのだが「ご謙遜なさらずに」「いやいや、いいんですって」「本当に善人なんですね」「すごいすごすぎるよあんたって人は」「さすが神官様すばらしい」「マジぱねぇ」……etcetc
何かして褒められるならまだしも、俺にしてみれば居心地が悪い。
この状況を仕組んだ賢者は嫌がらせの達人なのだろうか。
ともあれ、展示会場のどこにもマスコットの着ぐるみがおり、それらと戯れるたびにニーナの技が増えていくのも気がかりだった。少々わんぱくに育ちすぎである。
湾岸地域のめぼしい展示や演目を見物し終えると、続けて街の中央広場へと向かった。
大通りの噴水公園が、今日はフリーバザールになっている。
時間をきめて、各々見て回る予定だ。無論、俺とぴーちゃんとベリアルはニーナの護衛のため、彼女につきっきりである。
手作りの魔導具から、骨董品やら珍品やら、どこの蔵に眠っていたのかというお宝などなど、参加者たちが選りすぐりのアイテムを露店に広げてバザールは客で賑わっていた。
と、ここでも賢人超会議の運営スタッフが俺の元にやってくる。
「区画整理の修正案ありがとうございます~!」
「いえいえ」
もうやだこの手のやりとり。しかし……俺を褒め称える彼ら彼女らの言い分を訊くに、どうも賢者は問題点をピンポイントで指摘し、修正可能な案を出しているらしい。
運営スタッフによれば、今年の混雑緩和に俺では無い誰かのアドバイスは一役買っているそうだ。
もうその賢者を顧問にでも迎えればいいんじゃないか?
なんて話をしている間に、ニーナはフリーバザールの猿系マスコット“スティーブン・ゴザール”から、頸動脈の極め方を伝授されていた。
着ぐるみの中身が、私気になります。




