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ステ(ラちゃん)マ(ジやばくね?)

 夕食は新鮮な海産物をふんだんに使ったコース料理だった。


 大食堂の南側の窓には夜の海が広がっている。天に瞬く星々を波間に映し、月明かりが照らす海の姿は、まるで額縁の無い絵画のようである。


 テーブルマナーなにそれ美味しいの? を、地で行くアコがニーナから「ナイフとフォークはお外の子から使うんですよ~」と、教えられている姿が微笑ましい。


 料理の味は素晴らしく、前菜の海老や貝は柔らかく、プリプリとした食感の火入れが絶妙だ。スープは魚介のうま味たっぷりで、メイン料理の白身魚のポワレはシンプルながら、皮目をサクッと焼き上げつつも、身はふんわりと極上の仕上がりだった。


 ソムリエの「甘鯛のポワレに合わせるなら、辛口でエレガントな香りの白ワインはいかがでしょうか?」の誘惑に、ベリアルは「グラスで……せめてグラスで……これでは生殺しだ」と、俺に訴える。


 拘束衣を着ていなかったので、この請願は一人最高裁判事である俺が棄却した。その一杯が事故の元。交渉の余地はない。


 コースを締めくくるデザートは塩のソルベと珍しい。甘さを塩がキリリと引き締める。スッキリとした後味で、ほのかに柑橘が香った。


 最後の一口まで海というテーマが伝わってくるのは、見事というよりほかない。


 すべて王都の一流店で腕を磨いた若いシェフによるものなのだとか。


 皿のソースの一滴すら残さぬ勢いで食べ終えた勇者が、食後の珈琲をすすって笑う。


「肉食べないと食べた気がしないんだけど、まあまあ美味しかったかな」


 アコさんや。ああ、アコさんや、アコさんや。


 カノンでさえも「自分、お料理の事は勉強不足でありますが、一皿一皿にドラマを感じたであります」と、感動しているというのに、残念、勇者にくしょくけい女子には肉が足りなかった模様である。


 ちなみに魔王様はというと、それはそれは美しい振る舞いで、テーブル上でのマナー違反ゼロ。こういう所が妙にハイスペックなだけに、普段の言動の残念さが際立つ。さすがガッカリ魔王様。


「このシェフを誘拐したくなったわ……って、冗談よ」


 目が本気だとは、言わないでおこう。


 ぴーちゃんはといえば、静かに淡々と食事を続けた。


「味覚センサーに記憶いたしましたわ。調理法がわかれば、近いモノを再現できましてよ」


 開発部が、ぴーちゃん量産の暁には、料理人の失業者で街が溢れてしまいかねない。


 魔王よりも先にゴーレムに滅ぼされる人類フラグが、料理人渾身の一皿から生まれた。




 入浴を済ませパジャマに着替えて、四人部屋にアコとカノンもやってきた。


 ベッドでごろごろしながら少女も幼女もお姉さんも、パジャマパーティー開始だそうな。


 ぴーちゃんすらも、不参加は不自然ということで少女たちの輪に加わった。


 テラスに備え付けのラタンの椅子に腰掛けて、俺は自主的に蚊帳の外だ。


 夜風は身体に良くないというが、テラスで月の光を浴びながら、普段感じ無い潮風に俺は“旅”を感じた。


 転移魔法で様々な地方に移動できるのに、おかしなものだ。


 俺が旅情に浸っていると、ぶち壊す勢いでステラがベッドの上に立って、声を上げた。


「一発芸やりまーす!」


 酒も入っていないのにコレである。


「「「「「わーわー! ぱちぱちぱちー!」」」」」


 周囲も魔王を甘やかした。これもまた旅のテンションがさせるのかもしれない。


 ステラは胸いっぱいに息を吸い込むと、ゆっくり吐き出した。


「甘い息~~ふあああああ!」


 鼻孔を優雅なフレグランスがくすぐった途端、ぴーちゃんと俺以外の全員がパタパタと倒れてベッドに顔をうずめて寝息を立てた。


 かましたステラがギョッと目を見開く。


「ちょ、なに!? なんでみんな寝ちゃうの? そんなにつまらなかった? というか、寝ちゃうなんてひどくない?」


 ん~どうしてでしょうねぇ……強いて言うならお前が言うな。


 ぴーちゃんが眉尻を下げてヤレヤレ顔で溜息を吐いた。


「みなさますっかり、寝入ってしまいましたわね。ちなみに、わたくしはゴーレムなので通用しませんでしたけれど、ご主人様はどうして無事ですの?」


 シスターゴーレムの視線と一緒に、ステラが俺の方を見て、ベッドから飛び降りると近づいてきた。


「そ、そうよ! どうしてなの? セイクリッドに試して大丈夫だったから、一発芸として披露したのに!」


「まあ、簡単に言えばステラさんは私よりレベルが低く、ぴーちゃんを除くみなさんのレベルがステラさん以下だったので、抵抗できずに効果が発動したということでしょう」


 眠った者を起こすという、嫌がらせのような魔法もあるにはあるが、明日は早朝からスケジュールがぎっしりなので、今夜は早めの就寝が良いかもしれない。


 ステラが、ぴーちゃんをにらみつけた。


「うう、知らなかったけど……もし、ぴーちゃんも眠ってたら……見知らぬ土地で二人きりの夜を過ごして、普段とは違う雰囲気に間違いとか起こってたかもしれないじゃない」


「それは残念でしたわね。あっ……アコ様とカノン様をお送りしてまいりますわ。そうそう、内側から部屋の鍵をかけなければいけませんので、わたくしも一時的に、あちらの部屋に移りますわね」


 ぴーちゃんが二人を左右の腕でそれぞれ抱えて、部屋を出ていった。さすが力持ちさん。


 のっしのっしとシスターゴーレムが勇者と神官見習いを連れて廊下に出ていった。


 ステラがキラキラした瞳で、テラスの俺に向き直る。


「こ、これで二人きりねセイクリッド!? ぴーちゃんが気を利かせてくれるなんて、ちょっと意外だったけど」


 以前、教会の俺の部屋に侵入したことがあるのだし、二人になることくらい普通だろうに。


 猫のようにステラはすり寄ってきた。俺は座ったままだが、ステラは膝を折ると俺の膝の上に頭をのせる。


「にゃーん」


「トチ狂いましたか魔王様」


 ついド直球ストレートという名の本音がこぼれた。


 が、魔王は動じない。


「魔王じゃないにゃーん。ステにゃんだにゃーん。夕飯のシーフードが美味しくて猫になっちゃったにゃーん。かわいい猫ちゃんなので、人肌恋しくて膝の上で丸くなりたいにゃーん」


 旅のテンション恐るべし。もしステラが酒を飲むようになったら……やめておこう。これ以上想像するのが怖い。


「そうですか。少し風が強くなってきましたし、部屋に戻りましょうね」


「もうちょっとこのままがいいにゃーん」


「風邪を引いてしまいますよ」


「ごろごろ」


 喉を鳴らすように呟きながら、ステラは俺の膝から離れない。


 ステにゃんは俺の太ももの間に顔を突っ込んだ。


「ハスハスにゃーん」


 これ以上、いけない。魔王様には睡眠魔法で大人しくしてもらおうと思った矢先――


 建物の壁を蹴り、テラスとテラスを跳んでやってきた。


 常闇を抜け風を切り裂き、シスターゴーレムがやってきたッ!!


 もはや東方の国の隠密戦士にんじゃという貫禄すらある。


 ぴーちゃんはテラスの桟にスッと立ち、腕組みしながら椅子に座った俺と、俺の膝に抱きついて顔を太ももに埋めるステラをじっと見下ろす。


 俺はぴーちゃんに確認した。


「アコさんとカノンさんを見ていなくてもいいのですか?」


 シスターは風に裾をなびかせながら、うなずいた。


「廊下側のドアは内側から施錠いたしましたわ。あちらのテラスより出て、外壁を伝い別室のテラスを跳んで戻ってきましたの。誰でもアクセス可能な廊下側のドアが開けっぱなしよりは、いくらかマシでしてよ」


 まあ、確かに。


 そして俺の膝に埋めていた顔を、恐る恐る魔王は上げた。


「え、えっとぉ……これはぁ……そのぉ……」


 しどろもどろなステラに、ぴーちゃんは口元を緩ませる。


「どういたしましたにゃーんか? ステにゃん様」


「にゃあああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 どうやらステラの恥ずかしい発言は、風に乗ってぴーちゃんの耳にも届いていたらしい。


 俺は心の中で十字を切った。魔王様に幸アレ。

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