レベル5です
大神樹の芽に触れて俺は復活の呪文を唱えた。
「蘇生魔法」
魂が光となって神樹から溢れると、一つに集まって肉体が再構築される。
黒髪の小柄な少年が甦った。
ツンとした髪に赤紫色のマントと青い服にブーツという、ややもすれば派手目な冒険者風だ。
額に青い玉のついたサークレットをしている。
剣も杖も手にしていないところをみると、武道家だろうか。
そっと目を開き、黒目を丸くして少年は口を開いた。
「あれ? あれれ? いつもの教会じゃないんだけど」
この感じ……死になれているな。
俺は軽く咳払いを挟んでから、久々の通常業務をこなす。
「おお死んでしまうとは情けない。光の神の元に復活せし者よ。再び立ち上がり使命を果たすのです」
少年は俺の顔をじっと見つめて言う。
「ずいぶん若い神官だなぁ。あ! ボクはアコ。よろしくね」
気さくな口振りだ。声も高めで中性的である。
「私はセイクリッドと申します。アコさんと言いましたね。まずは落ち着いて状況の確認を一緒に行いましょう」
「さんとかくれなくてもアコでいいってセイクリッド!」
俺の肩を平手でパンパンっと軽く叩いてアコは笑った。
いきなりタメ口とは恐れ入る。
「ではアコ。貴方は光の神の導きによって、本来復活するべきはずの教会ではなく、この地に魂を送られました。これも、様々な経験を積むべしという神のご意志にほかなりません」
「へー。そうなんだぁ。神様もやらかすときがあるんだね。ちょっと親近感湧いたかも」
誤配送と素直に言えば良かった。
少々苦手なタイプなので、とっととお引き取り願おう。
「ともかく元の教会に戻して差し上げますので、最後に祈りを捧げた街がどこか教えていただけますか?」
「ラスベギガスの街だよ!」
不夜城の名で知られる街全体がカジノのような、一大歓楽都市だ。学生時代に入り浸っていたので、直接送り届けられるな。
「そうですか。ではさっそく……」
転移魔法を使おうとしたところで、アコが慌てて声を上げた。
「ま、待った待ったセイクリッド! せっかくだし、この街がどんなところか見せてよ。ほら、勇者たるもの経験を積まなきゃいけないし」
今、さらっと重要な事を言わなかったか?
「職業を確認してもよろしいですか?」
「ボクは勇者! 勇者アコだよ! 出身地はラスベギガスの街なんだ。まだレベル5だから他の街まで行ったことなくってさ」
勇者が生まれるのは、山奥の隠れ里や王都の城下町というのが定番だ。
「信じていないというわけではありませんが、聖印を確認させていただけないでしょうか?」
神によって勇者と“選ばれし者”には、その身体に聖なる刻印が浮かび上がる。
「いいよ! ちょっと待ってね」
言うなり勇者アコはマントを外すと、下からまくるように青い上着を脱ぎだした。
艶々と血色の良いお腹の上に、下着に包まれた大きな二つの膨らみが顔を出す。
お前女だったのか。しかも着痩せするタイプでかなり大きい。
「えっとね、ボクの場合はちょっと変な所に聖印が出ちゃって。胸の谷間なんだよね。普段は見えないんだけど、ちゃんと確認してもらうには下着も取らなきゃダメかも」
と、その時――
教会正面の扉が少しだけ開いて、外から視線が俺に向けられた。
魔王ステラである。帰ったと思ったのだが、彼女だけ戻ってきた。
アコが俺に胸をさらけ出しているというタイミングで。
「ちょ、ちょっと! 何してるのよエロ神官! ニーナが寝ちゃってベリアルに預けて、話したりないからわざわざ戻ってきてあげたら……どうなってるわけ!?」
神は俺のような善良な人間に、なぜ誤解を生む試練を与えるのだろうか。
「あ! こんにちは! ボクはアコだよ!」
上着をたくしあげて胸をさらしたまま勇者アコは初対面のステラ(147代目魔王)に挨拶した。
こいつこそ真の勇者だ。
ステラの顔が真っ赤になる。
「お、おっきい……って!? べ、別にあたしのは普通だから! 自慢しないでくれる!?」
魔王は混乱した。
「自慢はしてないよ。セイクリッドが見たいっていうから見せてるんだ」
赤い瞳が炎のように燃え揺らいだ。
勇者は事実を述べたが、言い方というものがある。
ステラは拳を握って肩をプルプル震えさせる。
「ちょっとセイクリッド。いきなり神様の御前で女の子を脱がせるなんて……貴方って……悪魔神官ね!」
びしっと顔を指さされた。
王立エノク神学校時代のあだ名で呼ばれるのは久しぶりだ。
きちんと説明しなければ場が収まらないな。
「いいですかステラ。彼女はアコ。手違いでこの教会で復活してしまった冒険者です。すぐ元の場所に送っていきますから」
「あ! やっぱり間違えたんだね!」
アコは肌をさらしたままケラケラ笑う。
勇者はさらに付け加える。
「それに冒険者じゃなくて勇者だよ? セイクリッドが証拠を見せろっていうから、こうして胸の聖印を見せようと思って」
あーあ。
あーあ。
人が親切で素性を隠して、お互いに接点をもたないうちにすれ違ってくれればという配慮が台無しだ。
勇者を名乗った少女に魔王が臨戦態勢に入ったのは、言わずもがなである。