魔王のフレンズ
作戦の第一段階は、ステラの説得である。
が、戻ってきてからというもの、ステラは中々聖堂の中に入ってこない。
正面扉を少しだけ開けて、中をチラチラのぞくだけで「なにか御用ですか?」と声を掛けると、サッと逃げてしまう。
俺の隣でシスターが首を傾げた。
「これではお話ができませんわね」
「そうだ、ぴーちゃんさんお疲れではありませんか? 少し休憩なさった方がよろしいかと」
「わたくし、昨晩は調整槽でしっかりとメンテナンスをいたしましたから、このまま業務を続けても問題ありませんわよ」
「いいからさっさとお眠りください。いつから貴方はご主人様の命令がきけない悪い子になってしまったのですか? これはお仕置きが必要かもしれませんね」
ぴーちゃんが目を丸くした。
「あら、あらあらあら……ついに本性を現しましたわね」
「外面モードは疲れるんですよ。あまり私の手を煩わせないでください」
シスターの姿も手伝ってか、カノンに言い聞かせる時のような迫り方をしてしまったが、ぴーちゃんは足取りも軽くスキップしながら、大神樹の芽の裏手にある調整槽に自分から向かった。
「モノとして扱われる幸せを噛みしめながら、少しお休みさせていただきますわね。ああ、自ら考えることを封じられ、命じられた通りに動くゴーレムの喜び」
皮肉か本気か計りかねる。
黒曜石の棺に収まり、上部の蓋がぴたりと独りでに閉まったところで、俺は聖堂の正面口に進む。
その場でしゃがむと、拳一つ分程度開いた扉の隙間に、そっと手を出した。
「ルールルルルルルルルル……ルールルルルルルルル……」
「小動物じゃないわよ!」
扉の裏から赤毛を揺らしてステラが姿を現す。
「どうして先ほどから、中に入ってこないのですか?」
「だ、だって……ぴーちゃんとセイクリッドを監視しなきゃいけないから」
「監視されるようないかがわしいことはしていませんよ?」
「女の子を裸にして抱きしめてたじゃない!」
ぴーちゃんの右腕接続の後のことか。
「あれは説明したではありませんか。きちんと、ぴーちゃんさんの右腕をくっつけるベストな方法だったのです」
「だ、だからって……抱きしめるのはどういうことなの?」
「あれは右腕が正常に機能しているかチェックの途中でしてね。暴漢に襲われたというシチュエーションで、彼女が私の拘束を解けるか実験していたのですよ」
赤い瞳がじっと俺を見上げて呟いた。
「嘘でしょ」
「神に誓って嘘など申し上げません」
「セイクリッドが本心と違うこと言う時って、口元がちょっとだけ笑ったみたいになるんですけどー?」
おや、ぴーちゃん以外にも俺のくせを見抜いている、さかしい魔王がここにも一人。
「常に穏やかに柔和な笑みを浮かべていれば、迷える子羊も安心するでしょう」
「あれ? 真顔になったから、それは本心なの? え? でもじゃあ……もうわかんないわかんないわかんないわよ!」
俺は混乱魔法など使っていないのだが、ステラはすっかり動転してしまった。
「これだけは真実です。私とぴーちゃんさんは、ステラさんが思っているような関係ではありません」
「そ、そうなの……そっか……そうよね。いくら美人でも、ぴーちゃんはゴーレムだし……今のはノーカン! 聞かなかったことにして!」
「ぴーちゃんさんは、ゴーレムとしての自覚と誇りもお持ちですから、傷つくようなことはないと思いますよ」
「あうぅ……そうかなぁ……」
誰かを思って悩む魔王の方が、その肩書きらしくない。
さて、そろそろざっくりと本題に入ろう。
「ところでステラさん、たまにはご旅行などいかがでしょうか?」
頭を抱えたまま少女が「ほへ」と、少し間の抜けた声を漏らした。
俺はアコから没収……もとい、寄付してもらったチケットを見せながら、プレゼンする。
「実はマリクハという街で、魔法に関する催し物があるそうなのです。私の転移魔法を使えば日帰りもできるのですが、このチケットには宿も含まれているそうでして。たまには外泊で気分転換をしつつ、人間の魔法がどの程度のものか、遙かなる高みから見下ろしてはいかがかと?」
俺の手からチケットをとって、赤い瞳がじーーっと見つめて呟く。
「え、ええ……新婚旅行?」
「誰と誰のですか?」
「じゃじゃじゃじゃじゃあ家族旅行!?」
「違いますよ。社会科見学も兼ねた修学旅行です。私が引率して、ステラさんにベリアルさんにニーナさんの分の、旅行のしおりも作成いたしますから」
チケットに書かれている文字を一字一句すべて読み込むと、ステラは俺に詰め寄った。
「ご、五人までって書いてあるけど……」
「ええ、私とぴーちゃんさんが引率いたします」
「そ、そっかぁ……けど無理ね。ベリアルがダメって言うに決まってるわ」
「だからこうして、まずはステラさんにお話したのです。安全面については私とぴーちゃんさんもついていますから、ニーナさんは命を賭してもお守りします」
ステラがほっぺたを膨らませた。
「セイクリッドが真顔なら信用できるわね。ニーナの事にならないと本気を出さないんだから……もう」
俺もすっかり魔王様に見透かされてしまったが、ステラも「そういうことなら、別に行ってあげなくもないわよ」と、最後は笑顔になった。




