正しい橋の待ち方
王都の圏内に流れる大河――ローヌ川にかかる橋がある。
金門大橋と言った。
全長一キロにも及ぶその橋は、王都が栄えるより以前からその場所に存在していたらしい。
高名な歴史学者が言うには「世界各地に残る古代文明によって作られたもの」なのだとか。
雨風に晒されて傷んだ外壁は、王都の職人たちによって数年ごとに補修され、繰り返すうちに外側の建築様式だけは今風のものに塗り替えられたという。
横幅はおよそ30メートルほどと、充分な広さがあった。
つまり――
「お待ちしておりました。青鬼魔族さん」
王都に迫る上級魔族を説得するのに、うってつけの場所というわけである。
「…………」
返ってきたのは沈黙だ。
アコやカノンの証言通り、魔族は青い肌をしていた。細く長い四肢だが痩せ細っているのではなく、無駄をそぎ落として筋肉だけを残したような体つきをしている。
極度の猫背で身体を前傾に丸めて歩いているのだが、背筋を正せば俺と同程度の身長だろう。
鬼魔族は牙のはみ出た口をへの字に結び、くまでドロンとした三つある目のうち、額の一つは閉じたままだ。開いている瞳はくすんだ赤い色をしていた。
手入れのされていないボサボサの金髪に、額から伸びる白い角が二本。ほぼ、目撃情報と一致しているな。
虎柄の装束はところどころ破れていた。首回りに毛皮のついたベストを羽織っている姿は、イキった若者感があった。
手にしたトゲ付きの黒い金棒を、地面に引きずりながら橋の中程までやってきて、立ち止まる。
「……あっ」
威圧するでもなく、鬼魔族は少し抜けたような声を上げた。
「私は通りすがりの旅の聖職者です」
「そのふざけたお面……なんだよ」
本日も(´・ω・`)仮面が俺のプライバシーを保護している。匿名万歳。
「私は少々シャイな性格でして。ちなみに教皇庁匿名係上級魔族説得班の所属です」
適当にでっち上げた部署ながら、妙にしっくりきた。
「わかった……殺す」
鬼魔族は名乗りもせずに金棒を持ち上げて肩に担いだ。
「お待ちください。名前をうかがってもよろしいですか?」
「冥土の土産に教えてやる……ラクシャだ。そっちは名乗らなくていい」
じわりと殺気がにじみ出る。ステラはもちろん、アイスバーンやピッグミーも比較にならない鋭い敵意を鬼魔族は突きつけてきた。
俺の教え子メイドを一掃したというのも頷ける。
「ラクシャさんに確認したいのですが、なぜ街々の図書館など本がある施設を襲撃したのでしょう?」
「賢者をあぶり出すため……だ」
「見つからないので王都に行こうというのですか?」
王都に上級魔族が入りこむことがしばしばある。が、大神樹に王城と教皇庁といった上層エリアへの侵入は一度として許していない。
解放された下町とは比べものにならないほど、上層の警備警戒結界防壁、なにもかもが厳重だ。
「行くだけ無駄ですからおよしなさい。いかに貴方が上級魔族でも、これまで蹂躙してきた地方都市とは話が違いますよ」
「雑魚が何人束になろうが……関係ない」
討伐に立ち上がった冒険者たちも、この鬼魔族には刃が立たなかった。
「王都は精鋭揃いですし、なにより賢者なんていませんから。みな中央に集まった権力やら利権やら財貨に目のくらんだ俗物でしてね」
「もういい……」
事実を正直に話しているのに、残念ながら鬼魔族ラクシャは俺に牙を剥いて襲いかかってきた。
淀みない正当防衛までの流れだ。この手のタイプはもとより放置しておけば各地に被害をばらまくため、ここで止めるつもりだった。
光の撲殺剣を手元で抜き払い、振り下ろされた金棒を受け止める。
ガゴンッ!
と、俺の足下で石畳が砕けて足首の辺りまで身体が埋まった。まるでハンマーで打ち付けられた杭の気分だ。
まいったな。金棒を振り上げるモーションを見逃すほど素早く、一撃も重い。
アコは素早くないと言っていたが、踏み込みの初速や動きのキレはかなりのものだ。
久しぶりにまともな相手のようである。
「受け止めた……だと」
「多少は鍛えていますからね」
俺は後方に軽く飛び退きながら、自己強化魔法をセットで高速詠唱した。
「速度強化魔法、肉体硬化魔法、筋力増強魔法」
十分な間合いを取ったところで、改めてラクシャに訊く。
「貴方はどうして賢者を探すのですか?」
およそ十年前に砂漠地帯の辺境で、ラヴィーナとルルーナの双子姉妹が不吉だと呪いの言葉を残し、勇者アコが誕生する前にもアコの命を奪えとラスベギガスの住人たちに訴えた。
つい最近も、王都で暴れていた上級魔族の口から賢者の名前が出たのだが……。
再び金棒を肩に担いでラクシャが溜息を吐く。
「あの男を殺さない限り……おれは最強ではいられない」
自身を最強と称するほどの自信家が、鼻を折られた相手というのが賢者なのだろうか。
「いつ頃ラクシャさんは賢者にお会いになられたのでしょう?」
「さっきから……なんだおまえは」
「私も旅の賢者に興味があるんですよ。是非お会いしてみたいものです」
ラクシャが金棒を片手に振り上げた。
「おまえはここで……死ぬ。完全に死ぬ。二度とおれの前に姿を現せないよう、心に刻みつける」
鬼魔族の額の閉じた瞳がゆっくりと開く。
金色の瞳だ。双眸のくすんだ緋色とは違い、魔法力を帯びて輝いていた。
幻惑や洗脳といった特殊な力があるやもしれない。が、(´・ω・`)仮面の瞳には聖なる水晶から削り出した特殊レンズが使われている。
ある程度までなら魔眼の効果も防げるだろう。
と、俺が思ったところでラクシャが「ふははっ……」と、鼻で笑った。
「さあ……始めようか人間」
俺の返答を待たずにラクシャが金棒を構えたまま飛び込んできた。
光の撲殺剣で打ち合う。金棒と撲殺剣が交差し、力比べのような押し合いになった瞬間――
スッと鬼魔族の空いた左手が俺の顔面から(´・ω・`)を剥ぎ取った。
油断していたつもりはないが、こちらの呼吸や身体の動きをまるで読み切ったかのような絶妙なタイミングだ。
しかし、どうして仮面を奪ったのだろう。拳打の一発でも俺に叩き込む方がよっぽど有効だろうに。
仮面を投げ捨てたラクシャが俺をじっと見据えて……フッと力を抜くと二歩、三歩とよろけるように魔族は下がっていった。
「おまえは……賢者ッ!?」
俺の素顔にラクシャは間違い無く、そう言った。




