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魔王の放ったブーメランからは 逃 れ ら れ な い

 私室のテーブルを囲み、俺は魔王姉妹を紅茶と焼き菓子でもてなす。


 シナモンティーが珍しいのか、姉妹ともども「いつもの紅茶と違う!」と、驚いていた。


 そんな午後の紅茶の席でのこと。


 あやうく繋がり太眉毛にされかけたものの、ニーナの働きかけもあり、無事魔王との講和が成立した。


 新たに設けられた条約は「双方呪いをかけないこと」だ。


「ステラおねえちゃ……ねむねむなのです」


 焼き菓子と紅茶でお腹も温まり、なによりステラの眉毛が元通りになってほっとしたようで、ニーナは小さな頭をコクリコクリと揺らしだす。


「お送りした方が良いですかね」


「ちょっとあなたのベッドを貸してもらっていいかしら? 魔王城のこの子の部屋まで送っていくうちに目が覚めちゃいそうだし」


 居城の広さを疎ましく思うように魔王は呟いた。


「そんなに広いのですか?」


「とても入り組んでいるし、外から見るよりもずっと複雑なのよ魔王城って」


 俺はニーナをお姫様抱っこで抱きかかえ、ベッドに横にすると毛布をかける。


 あっという間に妹君はすやすやと寝息をたてた。


 あら可愛い。天使は実在するのだ。


 と、ステラも眠り姫に目を細めて、ホッと安堵の息を吐く。


「ニーナは城の外にほとんど出たことがないけど、あなたの部屋なら安心して眠れるみたいね」


「ここは教会で魔王軍にとっては敵地なのでは?」


 ティーカップを手にステラは思い詰めたような顔をした。


「あのね……似てないでしょ? あたしとニーナ」


 カップを置いて赤い前髪を指先で遊ばせながら、魔王は寂しげだ。


「私は貴方の赤い髪も大変美しく魔王の威厳にそぐわないものだと思いますよ」


 あっという間にステラの顔が赤くなる。


「は、恥ずかしいセリフ禁止よ! 本当に聖職者の風上にもおけないわ」


「事実を申し上げたまでですから」


「ま、まぁ……あたしの赤毛は母親譲りなの」


 察するに、その赤毛を受け継いでいないニーナは訳ありということか。


 あえて沈黙で返した。


 何も言わず、言いたいことがあれば言葉に耳を傾けるのも神官の仕事のうちだ。


 人、これを懺悔という。


 ステラの口はほどけるように、言葉を続けた。


「べ、別にあなたに言うつもりじゃないわ。これはただの独り言よ。魔王が光の神に仕える神官に相談なんてしないんだから」


 はいはいと茶化しもせず、俺はそっとカップを手にしてシナモンの香りを楽しむ。


 ステラは伏し目がちになった。


「ニーナの母親は人間なの。先代の魔王……お父様がとある王国から誘拐してきた王族の姫で……とってもいい人だった。あたしがニーナくらいの歳だったかな」


 ニーナから感じる“王の器”も、起源ルーツを知れば納得だ。


「そうだったのですね」


「あっ! 独り言なのに反応してるー! 受けるんだけどー!」


「茶化して誤魔化さなくてもいいんですよ。続けてください。相づちくらいなら打ってあげますから」


 本当にこの魔王は嘘や駆け引きと無縁で、すぐに顔に出る。


「と、とととともかく、この子は……ニーナは半分は人間なの。あたしは両親ともに純血種の魔族だけど、もし他の有力魔族にニーナの事が知れたら……」


「いいんですか? そのような事を私に言ってしまって」


「信頼してるわけじゃないし、だけどニーナがあなたのこと気に入っちゃって……うう、もう! 口が勝手に滑るんだけど!」


「紅茶とお菓子を囲めば自然とそうなるものです」


 ステラはガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「そ、そうじゃないの! お願いだから……うう、呪い……解いて。あなたにしか解けないんでしょ?」


「はい? 先ほど眉毛の呪いは解呪したではありませんか?」


 と、返しつつじっとステラを見る。


 視診の結果――あと二つほど、俺にかけて反射した呪いがステラにかかったままだった。


「眉毛の他に、いったいどういう呪いを私にかけたんですか?」


「え、ええと……服従の……呪い」


 思わず笑みがこぼれる。


「それはそれは。込み入った話をしてしまうのも、素直なのも呪いの影響のようですね。今なら魔王様はなんでも私のお願いを訊いてくださるようで……ふふ。考えるだけでわくわくします」


 ステラが頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「ああああああああッ! 鬼! 悪魔! ダメ神官!」


「魔王様、私はただの人間です。それにダメでもありません。有能だからこそ、この”最後の教会”を任されているのですし」


「お、お願いがあるんだけど……ね、ねえセイクリッド。服従の呪いだけ解いて、もう一つの呪いについては、そっとしておいてあげて! それで救われる魔王の尊厳というものがあるの!」


「で、最後の呪いはなんですか?」


「訊くッ!? こっちがお願いしたそばから、それを訊くのッ!?」


 服従の呪いに抗っているのか、ステラの呼吸は荒くなり苦しげだ。


 かすかに涙目で、顔はますます赤くなり吐息に熱いものが混ざる。


「大丈夫ですか。早く全てを告白して楽におなりなさい」


「い、嫌よ! 言えない! 言いたくないの!」


 鼻声に甘さまで加わり、ステラは自分自身をギュッと抱きしめるようにしながら身もだえた。


「さあ、我慢せずぶちまけるのです」


「い、いい……いん……いんら……淫乱の……呪いです」


 最後が敬語になった。服従の呪いの効果は絶大だ。


「どうしてまた、そんな呪いを私に?」


「聖職者が堕落すると思ったのよ!」


「考え方が魔王じゃなくて淫魔サキュバスではありませんか」


 ただ、そのやり方は間違っていない。禁欲も過ぎれば人間は誘惑に対して“もろく”なる。


 なので、俺のように食欲でも物欲でも、適度に発散している方が強いのだ。


「ほ、ほんとは身体の内側が焦げるような情熱に焼かれていたのは、あ、あなたの方だったんだからね」


 身体をひねるようにして少女は額にうっすら汗を浮かべた。


 発汗、紅潮、興奮。


 魔王の力でそれらの呪いに抗ってきたようだが、その呪いをかけたのもまた、魔王自身である。


「素直に言ったんだから呪いを解きなさい! 解いて! お願いしますどうかこの凶悪すぎる魔王の呪いから、あたしをお救いください神様!」


 魔王が神頼みとは世も末だ。


「はいはい。解呪解呪っと」


 こちらも適当に解呪を施すと、スーッと胸のつかえが下りたように、ステラは平静さを取り戻した。


 椅子に座り直して紅茶のカップを手にして微笑む。


「利用されているとも知らず、本当にお人好しの神官だわ。ふふふ♪ この魔王であるあたしを解き放ったことを、いつか後悔する日が訪れるでしょうね」


「絶対こないと思いますよ」


「えっ!?」


 驚くステラにこっちが驚かされた。なんでそこで真顔になれるんだこのポンコツ魔王様は。




 三十分ほどでニーナが「おしっこー」と目を覚ます。


 美味しいからと紅茶を飲み過ぎたようだ。




「用事も済んだし帰るわよニーナ」


「ばいばーい……ふあぁ」


 教会の入り口まで俺は二人を見送った。


 手を振りながらあくびをするニーナに手を振り返す。


 二人の両親については結局最後まで訊けないままだが、服従の呪いなどなくても、そのうちひょっこり話してくれるかもしれない。


 こうして姉妹を見送るのは二度目だ。と、同じタイミングで同じ事が起こった。


 振り返ると大神樹の芽が定時連絡を聖堂内の壁に映し出したのだ。


「勇者のレベルが5になりましたか」


 予想よりペースが上がっている……と、思ったその時――


 神樹の芽に乗って、何ものかの“死せる魂”がこの教会に流れ込んできた。


 時折、こういったことが起こる。


 聖堂内に戻り扉を閉めて、俺は神樹の芽まで歩みを進めた。


 間違い無く、冒険の最中に死んだ誰かの魂が宿っている。


「大神樹管理局は給料分の仕事もできないんですかね」


 冒険者は死ぬと最後に祈りを捧げた神樹の芽に魂を運ばれ、そこで復活処置を受けるのだ。


 時折、管理局の手違いで別の場所に復活することもあるのだが……ハァ、まさか“最後の教会”に魂を誤配送されるなんて、ずいぶん幸運値ラックの低い冒険者がいたものである。


 とりあえず復活させるとしますかね。

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