冴えない勇者の育て方
アコには魔法の才能がある。勇者の聖印によって、彼女は白魔法も黒魔法もどちらも使うことができた。
普通はどちらか得意な方に偏りがちだ。俺自身も専門は白魔法である。
そういう意味では、どちらも平等に使える勇者は希有な力の持ち主と言えた。
ただ、描く成長曲線は今の所緩やかである。現在のレベルと能力をみる限り、アコはきっと大器晩成型だ。
湖畔で特訓から一夜明けると、俺たちは転移魔法でとある廃鉱山の村にやってきた。
鉱石を掘り尽くし、村人が去って廃れた寂しい場所だ。神官もおらず教会の跡地に大神樹の芽だけが残り、細々と魔法の光を放っている。
町の北にぽっかり開いた鉱山入り口の前まで、俺はアコとカノンを案内した。
いつの間にか坑道に魔物が住み着き、中はすっかりダンジョンだ。
「アコさんはレベル19ですから、初級の火炎、雷撃、爆発魔法あたりが使えるはずでしたが……とりあえず昨日の特訓で初級火炎魔法は出せるようになりましたね」
あくまで出せるだけだった。アコの火炎魔法の射程は五メートルほどだが威力減衰が激しく、充分な威力を発揮する“有効射程”という意味ではせいぜい二メートルが限度。しかも、ちょっとでもアコが気をぬけば魔法があらぬ方向にスッ飛んでいくという、ノーコントロールノーヒットぶりである。
勇者はキョロキョロと周囲を見回し、最後に俺の背後に広がる闇への入り口を凝視した。
「……もしかしていきなり実戦?」
「当然でしょう。私は剣を教えられませんから、技術は経験で磨いてください」
アコがほっと胸をなで下ろした。
「なーんだ、剣を使ってもいいんだね。よかったぁ。それなら少しは戦えるよ」
このあと、勇者を悲劇が襲う。
俺が光源魔法で坑道を照らすと、光を恐れて小さな魔物たちの気配がサッと坑道の奥へと逃げていった。
地の底を好む闇の世界の住人たちには、いささか眩しすぎる光だろう。
これを排除しようと強い魔物が襲ってくるのは自然な流れだった。
石土偶――猫の瞳孔を細めたような目をしたそれは、デフォルメした女性の身体のように胸があり、くびれのある土塊だった。
全身に細かく紋様が刻まれている。
「お二人とも戦闘の準備を」
言って俺は後方に下がった。少女たちが合わせて前に躍り出る。
アコは右手に剣を持ち、左手には小さな金属製の盾を構えた。
カノンは神官見習いのロッドを握って呼吸を整える。
石土偶の瞳が赤く発光すると、ふわりと浮かび上がってアコに突撃した。
すかさず神官見習いが魔法を発動させる。
「防壁魔法であります!」
石土偶の体当たりが直撃する寸前で、アコの目前に光の壁が生まれた。
が、厚みが足りない。神官見習いの張った防壁を突き破り、土偶が頭からアコに直撃――
寸前、アコがすかさず盾を傾斜させて土偶の軌道をそらした。
「うわおっかないなぁ。ありがとカノン! 勢いが弱まったおかげで防げたよ」
「アコ殿もナイスな盾さばきでありましたな」
少々驚いたな。まっすぐ受ければ後方に吹き飛ばされていただろうに、そらしてみせるなんてアコの剣士としてのセンスは中々のものだ。
坑道の横壁にめり込んで動きの止まった石土偶に、アコが斬りかかる。
「チャンスターイム!」
躍動する勇者の四肢。閃く鋼の剣。振り下ろされた勇者の一撃は、石土偶の目前で光る壁に遮られた。
「ちょ! カノン! 敵にまで防壁しないでよ!」
「してないでありますよ!」
みれば石土偶の全身に刻まれた紋様が光を帯びていた。
ここは解説しよう。
「アコさん残念でしたね。この坑道に出没する石土偶は、物理攻撃に反応して自身に光属性の防壁魔法を即時展開するんです。本体もカッチカチですよ」
カノンが一瞬、光弾魔法を放とうと魔法を構築しかけた。
俺が視線を送ると気づいて自重する。
「はう、そうでありました。光弾魔法は禁止なのであります」
アコが道具袋から覇者の雷剣の柄を取り出す。
「剣がだめなら、これでもくらえ!」
雷剣の柄にはめ込まれた玉から、初級雷撃魔法が石土偶に放たれた。
が、残念。解説のお兄さんこと俺、さらに勇者を追い詰める。
「この坑道にいる石土偶は雷撃に耐性があるので通じません。有効なのは爆発か火炎ですね」
土偶は焼き物なので炎に強そうだが、どうやら他の防御能力に特性をつぎ込んでしまったようで、実際にはこれが良く燃える。
外見が外見だけに冒険者も最初から火炎魔法を選択しないため、一般的には爆発系の魔法しか通じないと思われていた。
「そんなぁあああ! ちょっとセイクリッドいきなり無理だよぉ」
壁に埋まっていた石土偶がズボッと這い出して、再び浮かび上がった。
カノンが叫ぶ。
「アコ殿! 火炎魔法が当たるまで何度でも、何十回でも何百回でも防壁を張るであります。傷ついたら回復するであります!」
アコは雷剣の柄を投げ捨てた。勇者はもう独りじゃない。
「やってやる……やってやるぞおおおお!」
勇者の放つ火炎魔法は制御がデタラメで、あらぬ方向に飛びまくり、石土偶に直撃したのは数えて十二回目の挑戦でのことだった。
防壁魔法を連続使用して、カノンが魔法力欠乏状態になり座り込む。坑道の壁に背中をもたれさせて、戦っていたアコよりも疲労困憊のようだ。
アコも大きく息を吐き、荒ぶる呼吸を整えた。
「あれだけやってようやく一体かぁ……」
俺は二人に回復魔法を施しながら、勇者にニッコリ微笑む。
「まぐれ当たりでしたね」
「か、勝ちは勝ちだよ!」
「しかし、アコさんは魔法の才能があるのに大変お下手クソですね」
「傷つくことを優しい口調で言わないで!」
「真実とは人を傷つけるものです。が、その一方でとっさの判断力や反射神経はすばらしい」
アコはエヘンと胸を張った。本日も大揺れ波高し。
「スロットで鍛えたから、ここぞって時の集中力には自信があるんだ」
「才能の無駄遣いここに極まれりといったところでしょうか。戦闘に活かすなら攻撃時にも集中してみてください」
勇者は両手の人差し指だけ立てて、胸元でツンツンと指先をキスさせるようにしながら口を尖らせる。
「セイクリッドはあれもこれもボクに要求しすぎだよぉ」
「当然です。剣も魔法も使えてこその勇者なのですから……まあ、このままでは少々おかわいそうですのでヒントを差し上げましょう」
途端にアコの顔が笑顔になった。俺の腕に抱きついて猫のように頬ずりする。胸の膨らみが当たってるんだが。
「さっすがセイクリッド! なになに! 楽して勝てるスロット必勝法とか?」
「冗談はそのくらいにしておいてくださいね。アコさんの魔法の射程はせいぜい二メートル。それ以上の距離になると、魔法が直進せずどこかへ飛んでいってしまいます」
「ボクの自由な心が魔法すらも解き放ってしまうんだね」
懺悔室に閉じ込めて聖典の書き取りでもさせたい気分だ。ますますぎゅーっと密着してくるアコ。
ある意味、彼女の間合いを詰めるやり方はアコ自身の弱点を本能が埋めようとしての行動なのかもしれない。
うん、あり得る話じゃ……ないない。スキンシップしたがるのはアコの好みの問題だ。
俺は告げる。
「いっそご自身の魔法の射程距離を0メートルだと思ってみるのはいかがでしょう?」
「え? どういうこと」
ほぼ答えを教えたつもりだが、アコは目をぱちくりさせている。
ようやく魔法力が回復したカノンが腰を上げてアコを俺から引き離した。
「さっきからうらやま……じゃないであります。アコ殿つまりは……」
別に他の誰に訊かれても良いような話だが、カノンはアコに耳打ちした。
「おー! そっか! なるほどなー」
軽く他人事っぽい口振りだが、やっと理解したようだ。
狙って当てられないのなら、距離を限界まで詰めての接射。拳に炎をまとわせて叩き込むくらいのつもりでいればいい。
これも制御を間違えれば、自分の放った魔法で自身も焼かれることになるのだが、そこはカノンが回復してサポートするなどやりようはある。
神官見習いから話を聞き終えて、アコはなぜか剣を抜き払った。
「つまりこういうことだよね。魔法を密着……っと!」
鋼の剣の刀身が炎に包まれる。
先ほどまでアコが放っていた不安定で挙動不審な炎の魔法が嘘のように、剣に纏わせた烈火は激しく、それでいて充分に安定していた。
さすが勇者の聖印に選ばれし者だ。やればできるじゃないか。
一体目の石土偶が嘘のようにアコは次々と“火炎斬”で撃破していった。専門家ではないが適切な指導って大切だな。うん。
~その頃、最後の教会で~
「おにーちゃご主人さまはいらっしゃいますか?」
「これはニーナ様。本日、ご主人様は終日留守ですの。それにしてもメイド服が大変お似合いですわね」
「ニーナもぴーちゃんみたいなメイドさんになるのです。それで、妹のぴーちゃんのお手本になりますから」
「それはええと……こ、困りましたわね。わたくしがお手本になればいいのか、ニーナ様を手本にわたくしがメイドとしての機能向上を果たせばいいのか」
「ぴーちゃんどうしたの? お顔がまっかかだよ?」
「がが……がっがががががっがががががががっががが……」
「ぴーちゃん! ぴーちゃんしっかりして! ああぁ……あああああああ……ぴーちゃんが死んじゃううううううううう!」
「ごごごご安心なさいまししししし調整そそそそそうにはいれれれればなおりりりりりりりりりりりり」




