殺(や)るキャン▲
「おはようセイクリッドすがすがしい朝ね! この大魔王ステラちゃんがモーニングコールも兼ねて特別に遊びに来てあげたわよ! ……って、案山子だけじゃないの!」
「フォーン……フォーン……フォーン」
「お、おじゃましました~! って、あれ? セイクリッドがいないなら代理はシスターぴーちゃんじゃないの?」
ローテルダムの図書館襲撃の一件は、明朝には教会のある町や村にも伝わっていた。
図書館職員の目撃証言と、アコが遭遇した鬼魔族の情報は一致しており、教会の“大神樹の芽ネットワーク”を経由して各地の冒険者ギルドに手配書が回る。
上級魔族は地域に根城を築く傾向があるため、情報が世界規模で広がるのは希だった。
賢者を求めさまよう青き鬼魔族。
しばらくすれば、どこぞの腕利き冒険者が討伐してくれるかもしれない。
が、それはそれである。
「ということで、あちらにそびえるは霊峰フージ。その麓にある湖畔にやってまいりました」
アコとカノンがハイタッチをする。
「わーい! キャンプだー!」
「マシュマロ焼くであります! キャンプ料理作るであります! 夜は星を見上げて夢を語り合うでありますよ!」
テンション高めな二人から三歩下がったところで、シスターぴーちゃんが不機嫌そうだ。
「特訓のお手伝いというからご一緒しましたのに、せっかくマーク2先輩に教会をお願いしておいて、ただのキャンプだなんてあり得ませんわ」
風も無く波一つ立たない静かな湖を前にして、俺は深呼吸を挟んでからぴーちゃんに告げる。
「まあそう仰らずに。それにここはあくまでベースキャンプですから。ではさっそくアコさん……」
アコが一歩前に出て俺をじっと見つめる。今までより少しだけ凛々しくて、引き締まった顔つきだ。
「何をすればいいんだいセイクリッド?」
「まずは実力を見せてもらいましょう。ぴーちゃんさん、アコさんの相手をして差し上げてください」
勇者とシスターの視線がお互いに吸い寄せられるようにピタリと合う。
ぴーちゃんが右手を手刀のようにピンと伸ばして構えた。
「わかりましたわ。叩きのめしてさしあげましてよ」
これにカノンが抗議した。
「ちょ! そこはセイクリッド殿がアコ殿に、手取り足取り優しくレッスン……やがて二人の間には美しい師弟愛が目覚めるのが筋というものであります!」
どの筋からの情報ですか?
アコは腰の剣を抜いた。
「わかった。やってみるよ」
カノンがぽかんとした顔になった。
「アコ殿が……まともであります。本気なのでありますな」
言葉数の少ない勇者の背中に、カノンはぐっとこらえるような顔をしてゆっくり俺のところまで下がる。
湖と白い稜線を背景に、シスターの右腕が聖なる水銀で覆われた。
「遠慮無くかかってらして」
勇者が一度俺に視線を向けた。頷きながら返す。
「まずは普段通りのアコさんを見せてください」
ぴーちゃんに模擬戦形式で頼んだのも、客観的にアコの弱点を分析するためだ。
アコが鋼の剣を両手持ちして、中段に構えた。
「じゃあ……行くよッ!」
少女の剣とシスターの流体金属に守られた右腕が火花を散らす。
二度三度打ち合い、アコの呼吸が乱れたところにぴーちゃんは的確に回し蹴りを叩き込んだ。弾かれるようにアコの身体は飛ばされ、湖の畔に転がる。
「……痛たたたぁ……まだまだぁ!」
立ち上がると突きの構えでシスターめがけて突進する勇者という名のミニ猪。
揺れる胸元の勢いはすさまじいのだがいかんせん速さが足りない。
「うおおおおおりゃあああああ!」
「まっすぐ突っ込んでくるなんて正直すぎますわね」
猛牛をマントでヒラリと避けるようにシスターぴーちゃんはアコをかわすと、その首筋に軽く手刀を打ち下ろした。
ここまでか。トンと置くような一撃だが、瞬間的に脳への血流を止めて意識を飛ばす技有りの攻撃だ。
アコの身体がガクンと沈んで地面に前から倒れる――刹那。
「初級回復魔法であります!」
ぐらっと倒れたアコをカノンの癒しの光が包み込んだ。意識が戻るとアコは地面に両手をついて、大地と顔面でキスをするのを回避する。
「ふえええッ! びっくりしたぁ」
シスターぴーちゃんはご立腹らしく、俺を睨みつけた。
「外野が手助けとはいただけませんわね」
「まあ、そう仰らずに。見事な頸動脈への一撃でした。相手を殺さず無力化する手際の良さに感動すら覚えましたから」
ふふん♪ と、シスターは満足げに笑う。
「あら、ちゃんとご理解いただけて光栄ですわ。先に忠告しておきますけど、アコ様がどれほどがんばったところで、最新の魔導テクノロジーの粋を集めて作られたわたくしにはかないませんわよ」
アコは立ち上がって汚れた膝頭を叩きながら笑顔になる。
「そうだね。こっちの攻撃は簡単に防がれちゃったし……」
なぜかシスターの方が苛立たしげになった。
「どうしてヘラヘラと笑っていられますの? 人間は悔しい時はもっと違う表情をするものでしょう?」
「悔しいよ。だけど嬉しいんだ。ぴーちゃんはボクに本気を出してくれたから。すぐに終わっちゃったのはもったいないけど、これが今のボクなんだ」
「ええ。弱いですわね。このまま続けて引導を渡して差し上げますわ」
カノンが「このオシャベリレイケツゴーレム!」と、口にはしないがぴーちゃんに今にも噛みつきそうだ。
ぴーちゃんはといえば、カノンを一瞥すると「二人まとめてどうぞ」と、余裕しゃくしゃくである。
カノンが神官ポジションを奪われたとシスターぴーちゃんを敵視するのもどうかと思うが、ぴーちゃんもどうにもポンコツ気味な勇者ご一行様(総勢二人)に辛辣だ。
ぴーちゃんの挑発から0.5秒でエノク神学校の狂犬カノンのスイッチがオン。
光弾魔法を乱射しながら模擬戦に加わり、アコとコンビネーションをみせるものの……善戦したとは言いがたく、三十秒で勇者と神官見習いはシスター型メイドゴーレムに鎮圧された。
二人を気絶させて地面に仰向けに寝かせると、ぴーちゃんはヤレヤレと肩を軽く上下に揺らす。
「勇者は半人前で神官見習いは半永久的に見習い。鍛えても成長は見込めませんわよ」
「伸びしろは充分にあると私は思いますが、ぴーちゃんさんは中々手厳しいですね」
「わたくしのライバルは魔王ステラ様ですわ。この二人じゃ相手にもなりませんし……」
ぴーちゃんは空を見上げた。
青く澄んだ吸い込まれそうな蒼穹に少女はぽつりと言葉を解き放つ。
「人間は実に、実に弱い生き物ですわね」
繰り返した強調に俺は違和感を覚えた。
「今さらわかりきったことを言わずとも良いではありませんか。人間は弱い。だから寄り添い助け合って生きるのです」
ぴーちゃんは視線を俺に戻すなり、真顔で告げた。
「ならご主人様はなんなのです? わたくしの助けを嫌がるなんて人間ではありませんわ」
「もしかして、私に頼られたり甘えられたかったのですか?」
「そ、そういうことは……なきにしもあらずですけれど。ご主人様は人間らしからぬ強さですし……」
「人間にも色々とあるのですよ。さて、これから数日教会の方をお任せしますね」
「戻られないのかしら?」
「基本的にはアコさんとカノンさんにつきっきりになりますので、私が留守にしている間はマーク2さんと協力して業務をこなしてください」
神官服の裾をつまむようにして、メイドの素振りでぴーちゃんは頭を垂れた。
「かしこまりましたわ。なんでしたらあの教会の正式な司祭になってさしあげましてよ」
「それは教皇庁が判断することです」
転移魔法を唱えるとシスターは「わたくしが量産の暁には世界中の司祭が失業ですわね」と、皮肉を残して光に消えた。
あー、あれだ。ともかく今日のぴーちゃんは機嫌が悪いのだ。やはり感情が無いというのは語弊があるな。
大地を背に寝そべったまま雲一つない青空を見つめてアコが呟く。
「二人まとめて叩きのめされちゃったね」
隣でカノンがそっとアコの手を握った。
「自分がついているであります。アコ殿は残念なところはあっても、ダメッ子ではないでありますから」
「ありがとカノン」
二人がゆっくり身体を起こしたところで、俺は告げた。
「ではさっそく特訓とまいりましょう。カノンさんは特訓の間、光弾魔法を一切禁止。アコさんのサポートに全精力を傾けること」
「りょ、了解であります!」
本当に頼むぞ狂犬カノンちゃん。
アコが立ち上がって俺に詰め寄った。
「じゃあじゃあボクは?」
「アコさんは……魔法でも練習してみましょうか」
「え? ま、魔法かぁ……苦手なんだよなぁ」
「ちゃんと教えてもらっていないからですよ」
アコが頭を抱える。
「けど魔法って、ボクまともに初級回復魔法も使えないよ」
カノンが両手を万歳させた。
「回復とサポートなら自分もがんばるでありますから!」
「ええ、なのでまずは初級火炎魔法から」
俺は右手に火球を生み出した。途端にアコとカノンの目が点になる。
「セイクリッド黒魔法使えたのッ!?」
「神官なのにでありますかッ!?」
「魔法なんてコツを掴めばだいたい一緒ですよ」
ステラがいるおかげで使う必要もなかったのだが、黒魔法も嗜む程度に使えてなんぼの大神官だ。
火球を湖の中心に向けて放つ。
閃光が走り湖の中心で炎が轟音をまき散らし爆ぜた。鏡のような水面に波紋を幾重にも描かれ収まるまで数十秒を要す。
カノンが背筋をブルリとさせた。
「い、今のは上級火炎魔法でありますか?」
「ただの初級火炎魔法です」
黒魔法は完全に我流なので、教えるとなると苦労も多そうだが才能のみでぶっ放しているステラよりは、いくらか人間に寄り添った難易度で伝授できるはずだ。
アコがぽつりと呟いた。
「ねえセイクリッド。賢者って白魔法と黒魔法の両方が使えるんだよね」
「魔法が一切使えない自称賢者もいますから一概にそうとは言い切れません。私は黒魔法をかじった程度の大神官ですよ」
このあとアコが初級火炎魔法を使えるようになるまで、めちゃめちゃ三人で(練習)した。




