いや折れてないから心とか全然折れてないけど今日はこれくらいで勘弁しておいてあげるね
ある日の昼下がり、久しぶりにアコとカノンがご臨終したので、蘇生をシスターぴーちゃんに任せてみた。
俺は講壇から一番遠い、出入り口付近の長椅子に座って読みかけの本のページをめくる。
「蘇生魔法起動」
大神樹の芽と接続状態にあるゴーレム少女は、高度な魔法もお手の物だ。
シスターモジュールの性能は司祭と同等レベルである。
ただし、大神樹の芽など魔法力の供給源を必要とするのだとか。
聖堂にアコとカノン、二人分の光が集ってそれぞれのシルエットを描いた。
「いやーまいったまいった。ちょっと訊いてよセイクリ……誰!? この美少女!」
アコが講壇の上に立つぴーちゃんを見上げて、あっけにとられる。
「なにものでありますか!?」
ラステの一件はあったが、それとはまた別人。美少女。しかも神官服姿である。
ぴーちゃんはそっと自身の胸に手を添えて小さく礼をした。
「わたくしはPD6号改。皆様からぴーちゃんという愛称で呼ばれていますわ。大神樹管理局設備開発部によって作られたメイド兼シスター人型ゴーレムでしてよ。えーと……ツンツンさんが勇者アコ様で、眼鏡に帽子がカノン様ですわね」
俺から仕入れた事前情報を読み返すようにぴーちゃんは確認した。
二人のどちらからも返事はなく、アコが「ええええ!? ゴーレムってこんなにかわいいっけ?」と、目を丸くする。
カノンがそっと眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
「じ、自分と同じ神官見習いでありますか?」
「いいえ。わたくは能力的に神官の上位互換でしてよ。お尻に殻が付いたまま黄色いくちばしで、ぴーちくぱーちく囀る方々と一緒にされるなんて心外ですわね」
瞬間――
カノンが赤絨毯に膝を屈した。握った拳を何度も絨毯に叩きつける。
「うう……自身の未熟さに打ちのめされたでありますよ」
アコがくるりと首だけ俺に向き直った。俺がいることには気づいていたか。
「ねえねえなんでボクにはカノンだけで、セイクリッドにはステラさんにニーナちゃんにベリアルでしょ、あとラヴィーナとルルーナにラステくん……その上、ゴーレム系シスターなんて不公平すぎるよ! ハーレムじゃん!」
ラステは生物学上男なのだが。含めるあたりが男女分け隔て無く愛せるアコらしい。
「この教会には不思議と個性的な方々が集まるようで、こればかりは私がなにかしたというわけではありませんから」
文句、苦情、クレーム、脅迫、呪い、不幸の手紙などは、ぜひ大神樹管理局へ。
カノンがゆっくりゆらゆら立ち上がると、幽鬼のようにフラリとこちらにやってくる。
「セイクリッド殿ぉ……どうして……どうして自分じゃないでありますか? 聖職者ポジションの助手なら、ここに愛すべき後輩のカノンという内気で控えめな、妹にするにはぴったりの女の子がいるのであります!」
蘇生も転移もできず光弾魔法ばかり得意な神官見習いは、こと教会においては控えめにいって役立たず。
「セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿セイクリッド殿」
ゲシュのタルトが崩壊待ったなし。
アコまで「あーあ、カノンが壊れちゃったよ。セイクリッドももうちょっと節操ってものを覚えなきゃ」と、謎の上から目線でダメ押しだ。
放置気味なぴーちゃんが咳払いを挟んで、二人の少女の視線を自分に向けさせた。
「死んでしまうとは情けないですわね。お二人ともバイタルに異常はありませんから、とっとと有り金の半分を差し出しなさい。さもないとぶちのめしますわよ」
言い方に難しかない。これでは山道に勝手に関所を作って通行料を徴収する山賊かなにかである。
まだぴーちゃんに任せるのは早すぎたか。
現状では案山子のセイクリッドマーク2の方が司祭に適任だ。
ただ、マーク2には致命的な“弱点”がある。寡黙にトラブルを起こさず任務を全うするのだが、寄付金回収機能が未実装。これに尽きた。
仮に寄付を募る“愛の小箱”を設置した場合、利用者の善意と誠意のみが頼りになってしまう。
カノンはともかく、勇者アコなら「光の神様の思し召しだね。この箱はきっと寄付してもいいし、しなくてもいいヤツだよ」と、前向きに倫理観を切り売りして踏み倒しかねない。
まあ、それ以前に宵越しの銭すら持たない万年金欠少女なのだが……。
カノンが立ち上がると小さな肩を震えさせた。
「嫌で……あります……その場所は……セイクリッド殿のお手伝いポジションは自分にとって夢なのであります! ゴーレムだかトーテムだかわからないでありますが、いざ尋常に勝負でありますよ!」
ぴーちゃんが講壇から降りながら俺に視線を向けた。
「だそうですけれど、勝負を受けてしまってもよろしいのかしら?」
「二人とも冷静になってください。光の神の御前で争い事など聖職者として恥ずべき行為ですよ」
律した途端にカノンの背筋がピンッとなる。
「そ、そうでありました。自分としたことが……」
ぴーちゃんは「やれやれですわね」と皮肉っぽい笑みを浮かべて溜息を一つ。
カノンは大安売りなゴーレム式の挑発に下唇を噛んでこらえている。
このままだと本当に暴発しかねない。話題を変えよう。
「ところでアコさん、しばらく教会に戻ってきませんでしたね。調子が良かったようでなによりです」
アコがこちらにスッササッとやってきた。
長椅子の隣に座って身体をぴったり寄せながら、そっと俺の太ももを撫でつつ勇者が笑う。
「実は強い人たちに混ぜてもらっててさ。みんな可愛い女の子なんだけど超強いんだよね。ボクの五倍はパワーがあるよ」
言ってて情けなくないのか勇者様。しかしなるほど、どうりでずいぶん長持ちしたわけだ。
「なるほどそうでしたか」
アコがうつむいて後ろに手を回すと頭を掻いた。
「いやー……最近のメイドさんってヤバイよね。回復だけじゃなく蘇生もできちゃうし。あとびっくりしたんだけど、セイクリッドみたいにみんな光る棒で魔物や下級魔族を撲殺しまくるんだよ!」
心当たりの方から追突してきた。
「それは偶然ですね」
アコががっくり肩を落とす。
「けどさ、みんなやられちゃたんだ」
「格上魔族の拠点にでも攻め込みましたか?」
少女の黒髪が左右に揺れた。
「相手は上級魔族だけど、拠点とか砦とか城とか塔とかじゃなくて、平原で遭遇したんだ。いきなり! こっちが身構えるよりも早く!」
上級魔族が奇襲とは珍しい。
「敵は何人ぐらいの手勢でしたか?」
アコは指を一本だけ立てた。
「たった一人。魔族は一人だけで、十二人の戦闘型メイドさんが三分もたなかったんだ。当然ボクらもワンパンKO。戻ってきたっていうわけさ」
どこぞの白い悪魔を彷彿とさせる無双ぶりだ。
しかし――俺が教えたとおぼしきメイドたちを一方的に圧倒するとは、相当な手練れだ。
アイスバーンのような成長をした昔の知り合いかもしれないな。
「どのような姿の魔族でしたか?」
「青い肌に白い角がこう!」
アコは両手の人差し指を立てて、自分のこめかみのあたりに拳をもっていった。
「鬼ですかね」
青い肌に白い二本角は、過去に説得した記憶がない。
「それでね、目が三つもあるんだよ。目の下クマだらけで寝てないのかも。背格好はセイクリッドとそう変わらないかな。けど、すっごい猫背だった」
「なるほど。装備はどうでしたか?」
「トゲ付き棍棒に虎柄の服。魔法は全然使わないんだけど、ともかくえーと……動きがめっちゃ速いってわけでもないのに、こっちの攻撃は全部避けられるんだよね」
なんらかの特殊能力持ちには違いないか。
いつの間にかアコが俺の手を握っていた。
恐ろしく冷たい。それに震えている。
「みんなを守らなきゃいけない勇者なのに、情けないや」
レベルは低くとも勇者だから責任を感じている……か。目の前で仲間を守れなくて何が勇者だと、アコの黒い瞳が語っていた。
「今回は相手が悪かったと思いましょう。アコさんはアコさんのペースで精進してください。とはいえ、この教会で蘇生されたのですから約束通り、所持金の半分は寄付していただきますよ」
「ひ、ひどいやセイクリッド!」
「勇者だからといって特別扱いはいたしません」
まだ少女の手は冷たいままだが、震えは収まった。
と、カノンが俺の元にやってくる。
「セイクリッド殿。あの……今のアコ殿の話に付け足しでありますが……」
「なんでも仰ってくださいカノンさん」
カノンは小さく首を傾げるようにした。
「意味はわからなかったのでありますが、その鬼の魔族は自分たちにこう言ったのであります」
この近くで“賢者”に会わなかったか?
賢者を自称する者など王都に掃いて捨てるほどいるのだが、カノンの言葉と鬼魔族の実力が、俺の心の奥で小さな波紋となって広がった。




