地獄でI'll be back
「ぴーちゃんさん、この青いセブールのティーセットを選んだ理由をもう一度お聞かせ願えますか」
本来持っていないはずの感情を露わにして、ムッとした口振りでメイドゴーレムは繰り返す。
「一番高額なものを選びましたの。一番高いものが一番良いもの。当然ですわよね?」
俺はステラに向き直った。
「ステラさんはどうしてシンプルな白のマールセンを選んだのでしょう?」
ステラは恥ずかしそうに頬を赤らめながらうつむき気味になった。
「え? だって……ベリアルのドレスが青だから、かぶっちゃうって思って」
金額の差よりも女子力の差が勝負の決め手となった。
ぴーちゃんは食い下がる。
「だとしてもお茶の差は決定的でしてよ? わたくしが選んだ茶葉は王室にも献上される品物ですもの」
学長がステラに訊いた。
「ステラさんの選んだ茶葉も悪くはありませんが、ぴーちゃんが選んだものよりグレードは落ちますね」
口をつけずに香りだけでメリーアンはステラの紅茶の正体を看破した。
ステラは顔を上げる。
「えっと、いつもセイクリッドと一緒に飲んでるのと同じ匂いがしたから。ちょうど今くらいの時間にみんなでお茶をすることが多かったし」
俺やベリアル、それにニーナが飲みなれた紅茶を選んだのだ。
ぴーちゃんからぷしゅうううう! と、白煙が上がり始めた。
「それでもわたくしの方が早かったですわ」
メリーアンが小さく息を吐く。
「そうですね。けれど大事なことをあなたは忘れてしまいました。ただ、スカートの丈を短くしたのではありません。この競技を通じて見たかったのは恥じらいなんです」
なにかそれっぽい理由をつけているが八割は学長の趣味である。
ただ、事実ぴーちゃんは下着が見えようが平然と平均台を渡りきってしまった。
羞恥心を搭載していなかったこと。それが敗因だ。
「恥じらい……ですって」
「ええ。恥ずかしいと想う気持ち。それは自分自身を省みる心。ただ金額のみで一番良いものを提供したつもりでいては、メイドとしてはまだまだです」
「そん……な……わたくしが……」
震えるゴーレム少女の隣でステラが胸を張る。
「で、でしょー! 全部計算通りだからね!」
さっきまで自分が一番驚いていたくせに、勝ちを確信した途端に威勢が良くなるあたり、ステラもステラだが……。
何を思ったのか、ぴーちゃんはよろよろと平均台の方に歩き始めた。
「信じられませんわ。信じられませんわ。信じられません……わ」
呟きながら彼女の足がピチャリと音を立てて、平均台の周囲に広がるヌルヌルローション池に突き入れられた。
そのままどんどん池の中心へと進む。
まさかの入水。
ニーナが「お池で水遊びできるの!?」と瞳を輝かせたが、すかさずベリアルが止める。
「お待ちくださいニーナ様!」
メイドゴーレムのアイデンティティーともいえるエプロンドレスがふわりと池の水面に浮かんで溶けて消えた。
ぴーちゃんは右手の親指を立てて天に掲げると、そのままズブズブとローション池に沈んでいく。
彼女の発する熱でローション池はボコボコと沸騰した。下手に救助しようと手出しすれば、熱湯ローションで大やけどなうえに服も消えるだろう。
しばらくぴーちゃんが“収まる”まで、どうすることもできそうにない。
ステラが腕組みをして俺に告げる。
「勝ったわ。これでセイクリッドの正メイドの座はいただきね」
正魔王の座はどうなるんだ魔王様。
状況を報告したところ、王都の管理局設備開発部が沈んだぴーちゃんの回収をするということで、メリーアンに別れを告げて俺たちは魔王城前“最後の教会”に戻ってきた。
ニーナは似合っているので記念にと、プチメイド服をプレゼントしてもらって大喜びだ。
ステラはといえば「メイド魔王って新ジャンルじゃない?」と、支配者だか従者だかこれもうわかんねぇな状態である。
ベリアルに至っては「今度、ベリアルが非番の時に王都に飲みにつれていく」約束をさせられた。本人の意志では絶対に脱げない呪われた甲冑の開発が待たれるところだ。
こうしてゴーレムメイドは去った。
仕事はできるし有能には違いないが、俺から自由と仕事を奪ったぴーちゃんはやはり、俺にとって脅威である。
やっと今夜から、また普段通りの静かな夜を過ごせる――
と、思った俺がバカだった。
自室のベッドで横になったところで、聖堂から不穏な気配を感じたのだ。
嫌な予感しかしないのだが、確認に出ると……。
送り返したはずの調整槽が再び聖堂の赤絨毯の上に鎮座していた。
白い煙を噴き上げて棺の蓋が開く。
中から姿を現したのは――
「この姿では初めましてですわね。わたくしはPDシリーズ試作6号機改。この度、ご主人様の身の回りのお世話をさせていただくとともに、教会の職務のお手伝いもさせていただくことになりましたわ」
なにこの近代化改修。
メイド服ではなくシスターの神官服姿でぴーちゃんはニッコリ微笑んだ。
「ああ、きっと開発部の手違いで。本当は別の教会に送られたのですよね?」
「わたくしの意志でこの教会に送っていただきましたの。終生のライバルと認めたステラ様を倒して、わたくしが一番優秀であることを世に知らしめるために、パワーアップして戻ってまいりましたわ」
「ステラさんをですか」
コクリと少女は首を縦に振った。
「シスターデバイスを追加して従来のメイドとしての性能を落とすことなく、シスターとしても機能できるようになりましたの。ふふふ」
変わったといえば服装よりなにより表情だ。
「笑うようになったのですね」
「感情表現モジュールを追加しましたもの。恥じらいについてはまだ学習中ですけれど、必ずやものにしてみせますわ!」
真面目な顔でシスターはぐっと拳を握り締めた。
「あの、帰っていただけませんか?」
「それはできない相談というものでしてよ。試用期間はわたくしがブチ壊れるまで。さあ、神にお祈りなさいませ迷える大神官よ!」
俺は顔を両手で覆って肩を落とした。
だめだこいつ早くなんとかしないと。




