わたしメイド服大好き学長メイド服着せるの大好き! 今日はねわたしの大好きなメイド服を着せていきたいと思います!
メイド学院が誇る被服室には、世界中から集められた織物がそろっていた。
色も柄もさながら春の花園のように色とりどりで、綿に絹に毛織物と原料も様々だ。
ボタン類が細かく分類、収納された無数の引き出しは、開けば宝石箱のようなきらびやかさである。
教材のドレスで着飾ったトルソがずらりと並び、品揃え豊富な王都の洋品店がかすんで見える。
魔法力を動力源とするミシンも実習テーブルそれぞれに完備され、手縫いの道具も“無いものが無い”という充実ぶりだ。
対決の準備を整えたメリーアンが少しだけ不満げに俺に告げる。
「せっかくセイクリッド先生の分も用意したのに、今回も着ていただけないんですね」
彼女は右手にメイド服を、左手には執事の服を手にしていた。
柔らかな口振りでニッコリ微笑み俺にもう一度迫る。
「お好きな方でいいから着ていただけませんか?」
「聖職者には相応しい装束というものがありますので」
執事服はダミーで本命は俺のためにしつらえたという男性用メイド服だ。
そして――
「ニーナはおにーちゃの執事さんが気になります! とってもかっこいいのです!」
と、俺の足下でプチメイド姿の幼女が俺の服の裾をキュッと握った。
危うく幼女に神官服を脱がされかけた。
ニーナは黒地に白いフリルたっぷりのエプロンドレス姿である。純白のニーソックスが眩しい。
髪もステラのようなツインテールにアレンジしている。
じっと期待の眼差しを向ける幼女に俺は小さく息を吐いてから返す。
「申し訳ございませんニーナさん。休日でしたら良かったのですが、本日も私はお仕事中ですので、仕事着にて失礼いたしますね」
「そっかぁ……はぁい。おにーちゃお仕事がんばってなのです」
ニーナはそっと手を離す。こちらが困ると察してくれる優しさを、ステラにも分けてあげてほしい。
一方もう一人の付添はというと、王都の下町にあるいかがわしい店の給仕係のような格好をしていた。
「なぜわたしはこのような……胸が上半分出ているではないか。それにスカートの丈も短く……クッ……歩くのもままならない」
ベリアルのメイド服はサイズが無かったということで、学長が裁縫術でカスタムした特殊メイド服となった。
ただでさえ大きな胸は寄せてあげられ谷間は深く今にもはちきれんばかりだ。
スカートも膝上十五センチのミニだが、ベリアルの鍛え抜かれたむっちりとした太ももが、少しでも躍動しようものならヒラリヒラリとあられもないことになりかねない。
俺を睨みつけるベリアルに訊く。
「どうして着てしまったのですか?」
「ニーナ様の願いを叶えるのも騎士の務めだ……じろじろ見るな」
酒が入った時の脱ぎっぷりを映像に残してしらふの時に見せたら自害しそうだな。
忠義の痴女ベリアルの明日はどっちだ。
俺がそっと視線を戻そうとするとベリアルが慌てて口を開いた。
「ま、待て。そもそもどうしてきさまがこのような女の園で“先生”などと呼ばれている?」
俺が口を開くよりも先にメリーアンがしゃなりと一歩前に進み出た。
「この学院で白魔法を教えていらっしゃる先生が産休の間、しばらく白魔法学の講師をお願いしたんです」
「この男に教わるとは不憫な」
俺をなんだと思っているんだベリアルは。
学長は柔和な笑みを崩さない。
「セイクリッド先生が受け持ってくださった代の卒業生は、メイド兼戦闘職として前線で活躍しているんです。例年にない傾向なので驚きました。ソルジャー世代は当学院の歴史に刻まれましたね」
メイドとはとうてい思えない世代の総称である。
ベリアルは胸の下で腕を組んだ。アメジスト色の瞳が「ほぅ」と大きく開いて俺を見る。
「なるほど、神官としては問題ありでも戦闘教官としては優秀ということか」
そういう“見直した”っていう顔、やめてくださいます?
ともあれ自分が関わった生徒たちが、そんなことになっているとは思わなかった。
きっと戦闘適性の高い少女が集まった奇跡の世代だったに違いない。
ニーナがにぱっと笑う。
「おにーちゃせんせーだったんだぁ。ニーナにも魔法を教えてくれますか?」
「まだニーナさんには早いかもしれませんね。魔法よりもお歌やダンスをがんばりましょう」
「あっ! そうだったのです。あと、お掃除とかお料理とか、ニーナはいっぱいおぼえたいことがあるから」
メリーアンがゆっくり首を縦に振る。
「入学できる年齢になったら、ぜひ当学院におこしくださいね」
「わーい! ニーナりっぱな歌って踊れるメイドさんの冒険者になるー!」
ベリアルが「冒険者はまずいのでは」と危惧しているが、幼女の夢はでっかいのだ。
と、雑談も尽きかけたところで――
廊下側から扉が開かれ、二人のメイドが姿を現した。
魔王とゴーレム。ともに気合い十分といったところか。
審判を買って出たメリーアンが黒板の前に立ってメイドたちに告げる。
「勝負は二本先取。種目はメイドに必要な基本技能を競うものを出します。一勝ずつの場合は三戦目で決着となります。二人とも準備はいいわね?」
ぴーちゃんが小さく頷いた。
「二戦で終わりにしてさしあげますわ」
ステラがぐいっと胸を張る。
「それはこっちのセリフよ!」
メリーアンがそっと手をあげた。
「では、第一試合の課題は……ベリアルさんのメイド服が大変! この部屋にあるドレスを仕立て直して彼女が着られるようにしてあげてください」
学長がパチンと指を鳴らした途端、ベリアルのメイド服の縫い糸がすべてほつれてバラバラとメイド服が分解された。
「なんだこれはあああああああああ!」
薄紫色の下着を残してはらりと散る花びらのように、ベリアルの着衣は型紙から切り出したばかりのパーツに戻ってしまった。
ステラが叫ぶ。
「セイクリッド見ちゃダメ!」
一方、ぴーちゃんはじっとベリアルの身体を観察した。
「身長及びスリーサイズ測定完了。さっそく作業にとりかかりますわね」
トルソーにかかっていた黄色いドレスを作業台に運んで、ぴーちゃんは早くも仕立て直し作業に入った。
ニーナがベリアルをじっと見上げる。
「ベリアルおねーちゃ、手品すっごいなぁ」
「そ、そうですニーナ様。手品ですこれは」
ベリアルの背後に本来の姿を模したような陽炎めいた魔法力が立ち上り、ニーナがいる手前激怒できないが、瞳には「人間殺す」という確固たる意志が込められていた。
違う俺じゃ無いやったのは学長です。
さて、試合のあとに殺し合いが設定されそうな展開だが、ニーナが機転を利かせてベリアルに大きなタオルを持っていって事なきを得たあとで、勝負はすぐに決着した。
なんと――
【速報】ステラ勝利である。予想外にハイレベルな試合となったが、魔王メイドが僅差で勝ちをモノにした。
「ふふん♪ ベリアルのサイズは知ってるし、ドレスもつい先日直したばっかりだもの」
寸法などはふわっと感覚だけでステラは把握しているのだが、それで仕上げてしまうあたり仕事ぶりは本物である。
「一勝できてよかったですわね。いささか課題が不公平でしたが、裁縫の腕は本物と認めてさしあげますわ」
ステラが選んだ青いドレスは吸い付くようにベリアルの身体にフィットしていた。
これにくらべてぴーちゃんが直した黄色のドレスは、シルエットがほんのわずかに崩れていたのだ。
この少しの差をぴーちゃんは真摯に受け止めた。
青いドレス姿でベリアルがステラにそっと一礼する。
「さすがですステラ様。このベリアル感服いたしました。それと大神官……あとで大事な話があるので覚悟してもらおう」
頭を上げるなり俺に凄むベリアルにメリーアンが「あらあら、告白かしら?」と楽しそうに笑った。
「きさま……よくも! このわたしを辱めたな!」
ギロリと睨みつけようが学長は涼しい顔だ。
「実はセイクリッド先生のために用意したメイド服にも同じ仕掛けをしておいたのに、着てくれなかったから」
危ないところだった。と、安堵したのもつかの間、ベリアルの怒りの矛先が再び俺に向けられた。
「どうしてきさまがメイド服を着て脱がされないのだ」
「もし私が脱げていた場合、この一勝は難しかったかもしれませんね。ステラさんは私の採寸はしたことがありませんし」
「言われてみればそうだが……ハッ! 騙されるものか」
「そんなことよりベリアルさん。ステラさんが何か話したがっているように見受けられますがいかがなさいますか?」
勝ったばかりで意気揚々としていたステラが、突然涙目でベリアルに詰め寄った。
「ちょ、ちょっとベリアル! 大事な話って……もしかして本当はセイクリッドのこと……」
「誤解なさらないでください! ともかくセイクリッドよ。えーと……あの……あとでアレだからな!」
一杯おごれば許してもらえないだろうか。割と上手く行きそうな気がしてならない。
最後にメリーアンがぴーちゃんの元に歩み寄った。
「それじゃあ、負けた方はスカートの丈をちょっとつめましょうね」
「なにをおっしゃっているのかわかりませんわ」
「この戦いは一敗ごとにスカートが短くなってしまうという死のゲームなの。それとも試合放棄します?」
これほど鬼畜な後出しを俺は見たことが無い。
ステラは「あっれー? 尻尾を巻いて逃げるのかしら?」と、あおり始める始末である。
あとで自分に跳ね返ってくるということが、わからないのも魔王らしい。
抜群のあおりが(自称)感情の無いゴーレムを突き動かした。
「かまいませんわ。このあと二連勝すればいいだけのことでしてよ」
同意のもとメリーアンの魔法的技術によって、スカートが数センチ短くなった。ミニスカートではなくマイクロミニであり、ぴーちゃんの絶対領域が拡大したのだった。
二戦目は使われていない古い空き教室の掃除勝負である。
床に積もった埃をどちらが多く掃除できるかという対決だ。
相手の陣地に埃を飛ばすなどして、妨害しつつ綺麗な自陣領地を広げていく対戦形式となる。
掃除した部分を素足で歩き裸で寝そべっても大丈夫なほどの、貪欲なまでの清掃力を求められることこから、この競技は“素歩裸貪”と呼ばれるようになった。
嘘である。
「モップを持たせたらあたしの右に出るものはいないわ! しかも今回は秘密兵器があるの」
なんと対決にあわせてステラは先日俺が進呈した“穢れ落とし器”こと、カーペット用粘着コロコロ(大神樹管理局:設備開発部製)を持参していた。
が、そこはそれ、ぴーちゃんこと6号はその開発部によって作られた存在だ。
「清掃モード起動。全身吸着化完了。さあ、いつでもいいですわよ」
メリーアンが「よーい……はじめ!」と、試合開始を告げるやいなや、静電気を帯電させたぴーちゃんが寝転がるなりゴロゴロと転がり始めた。
彼女自身が巨大な粘着ローラーだ。
「嘘! ちょ、ちょっとずるいわよ!」
ステラの手にした小さなコロコロでは、大砲にパチンコで挑むようなものであり。
赤髪のメイドはすぐにモップに持ち替えたものの、時すでに時間切れ。
床面積の81.4%を奪われて惨敗し、そのスカートが短くなり、少しでも激しく動けば危険が危ないマイクロミニへと変貌した。
一対一のイーブンのまま、試合は最終――三戦目へ。勝負は今の所互角に見えるが、得意の裁縫競技が終わった時点で、ステラは苦しい戦いを強いられそうだ。
ところでもし、ステラが勝った場合、ぴーちゃんは開発部に出戻りになるのだが……まさか俺のメイドをやるから魔王をやめますなんて言いませんよね魔王様。




