どっちのメイドshow!!
ステラとぴーちゃん、二人のメイドに挟まれる格好で俺は溜息をつく。
「勝負しようにも教会の清掃はすでにぴーちゃんさんが終わらせたあとですから……」
ステラが控えめな胸を張って笑う。
「なら料理勝負よ!」
それ魔王様の一番苦手なやつー。食材とキッチンはこの小さな教会にもある程度揃ってはいるのだが――
「キッチンは狭いですし二人同時に料理を作るのは難しいかと思います」
ステラがムッとした顔になった。
「じゃあじゃあどうしたらいいの?」
ぴーちゃんは眉一つ動かさず告げる。
「わたくしに不利な条件でもかまいませんわよ? メイド専用機としてのプライドがありますもの。コスチュームを変えただけで“知ったような口”を訊くような相手に、負ける可能性は1%もありませんわ」
淡々とした口振りで挑発するんじゃあない。
ステラの短い導火線に火が付いた。
「あたしのモットーは正々堂々だから、同じ条件で勝負ね。どーせアレでしょ? 自分に不利な条件とか言っちゃっても、あたしに負けちゃった時のための保険! 言い訳! 逃げ道を残しているのじゃないかしら?」
冷淡な灰色の瞳と燃える紅玉のような瞳が視線の火花を散らす。
ぴーちゃんが俺に向き直った。
「ご主人様。平等な勝負の許可をいただけますかしら?」
「私が許可をしたところでキッチンは狭いままですよ」
するとステラが右手に魔法力を集中し始めた。
「セイクリッドにご奉仕するメイドに一番必要なもの……それは強さよ。ゴーレムのメイドさんがなんぼのもんじゃーい!」
俺はステラの脳天に軽く手刀を打ち込む。
「落ち着きなさい」
「あ痛ッ! ちょ! なによ暴力反対!」
「暴力以上のことを私の部屋でぶちかまそうとしたでしょうに」
ステラは頭を抱えるようにして「労災出るわよね?」と、瞳を潤ませた。
出ません。労災。
一方、ぴーちゃんはというと。
「敵対行動を確認。通常モードから戦闘モードに移行。魔導炉の稼働率72.3%に上昇。防御魔法モジュール展開。AMF出力安定。格闘戦用に右腕を液化聖銀によって鏡面表層完了。左腕変形。光魔砲に魔法力充填開始」
メイドの右腕が水銀に覆われて磨き抜かれた鏡のように変化した。
左腕は文字通り変形し、手首がパタンと下を向いたかと思うと、前腕から砲身がせり出しステラに狙いを定める。
魔王の顔が青ざめた。
「ちょ、ちょっとそこまで本気でやろうとか思ってなかったんですけど!」
魔王様敬語になってますよ。6号は続けた。
「攻撃座標の0(ヌル)ポイント設定」
俺はメイドの脳天にも垂直に手刀を食らわせる。
「ガッ! 頭部に想定外の衝撃。戦闘に支障なし」
口振りもですわますわのお嬢様風ですらなくなったか。
「落ち着いてくださいぴーちゃんさん。わかりました。お二人がどうしても平等な環境で公平な戦いをお望みというのであれば……一つだけですが心当たりがありますのでお連れしましょう。ですから一旦、お互いに武器や魔法は収めてください」
このままでは俺の部屋が破壊しつくされかねない。
教会の建物自体は大神樹の加護で守られるが、内装や家具類を買い直すのは勘弁願いたいところだ。
ぴーちゃんはコンマ数秒で元のメイドの姿に戻る。
「どのような心当たりですのご主人様?」
「以前に少々、お仕事をさせていただきまして。いかがわしい場所ではありませんので、お二人ともご安心ください。準備が出来次第さっそく向かうとしましょう」
講壇に案山子のマーク2を設置すると、ステラは「出かけるならちょっとベリアルに言っておかなきゃ」と、教会から出ていった。
ぴーちゃんがその背中をじっと見据える。俺はメイドゴーレムに確認した。
「ところでステラさんの事はご存知なのですか?」
「ええ、ここがどこで彼女が誰かくらいは心得ていましてよ」
過剰とも言える警戒や防衛行動でピンときたのだが、やはりぴーちゃんはステラが現在の魔王であると把握済みだったか。
俺は溜息交じりにメイドに告げる。
「あれで良い所もある魔王なのですよ。大目に見てあげられませんか?」
「それを決めるのはわたくしではありませんわ」
あくまで上からの命令で俺を護衛する。それが6号の使命……というわけか。
王都の西方――緑豊かな森に囲まれた湖畔の街ハルシュタート。
その一角を占める白亜の宮殿のような学び舎に、今日も少女たちの声が響く。
メイド服に身を包み少女たちが学ぶ全寮制の学院は、エノク神学校の姉妹校でもあった。
王立メイド女学院。
ストレートすぎる名前の全寮制の学院は、原則として男性が足を踏み入れることを禁じられていた。
神官以外は。そして俺は最年少大神官である。つまり入ってよし。Q.E.D.証明終了。
白亜の校舎に続く石畳を俺たちは並んで歩く。
「わああ! メイドさんのおねーちゃがいっぱいなのです」
「ニーナ様はわたしのそばから離れないように」
ステラとぴーちゃんの対決だが、ニーナが同行を希望し、ベリアルが護衛についてきてしまった。
赤毛の魔王は腕組みしながら余裕の笑みだ。
「あのメイドさんもこのメイドさんも、あたしに比べればみんなまだまだね」
どこからその自信が湧いて出るのか興味深い。
ぴーちゃんはじっと校舎建物の玄関あたりを見据えたままだ。
先ほど大神樹の芽を通じて事前に連絡したこともあり、今回のメイド勝負に協力してくれる人物が俺たちを正面口で待っていた。
ニーナよりも色素の濃い黄金色の髪の女性が、たたずむように立っている。
髪はストレートで肩口にかかる程度の長さで、前髪はばっつんと水平に綺麗に切りそろえられていた。
やや垂れ気味の目は柔和で包み込むような優しい眼差しで、教え子たちを見守る聖母のような女性だった。
一本芯の通った立ち姿を、ごく自然にこなす。相手に過度の緊張を感じさせないのは、余裕のある物腰の賜物だ。
姿勢が良いこともあって実際よりも背が高く、大きく見える。
生徒たちと違い、大きなヘッドドレスのついたメイド服姿だった。
「お久しぶりですね、セイクリッド先生」
「もうここの講師ではないのだから、先生はおやめくださいメリーアン学長」
「わたしにとってはいつまででも先生ですから」
口調はあくまで柔らかく、笑みは相手の警戒心を解きほぐすような優しいものだ。
金色髪の女性――メリーアンは俺の後ろにずらりと並んだ四人に、メイドらしくスカートの裾をあげて一礼する。
「本日は遠路はるばるようこそ当学院にお越しくださいました。他ならぬセイクリッド先生からのお願い、しかと承りました……ですが、そちらのお二人は……」
ニーナは白のドレス姿でベリアルに至っては騎士鎧である。
「当学院においてはメイド服の着用が義務づけられておりますので、さっそくお着替えしていただきますね」
瞬間――
「ニーナもステラおねーちゃやぴーちゃんみたいなメイドさんになれますか?」
幼女が瞳をキラキラ輝かせる。コレは良い社会科見学と職業体験だ。
一方女騎士は眉間にしわを寄せていた。
「こ、ことわ……」
「ベリアルおねーちゃはメイドさんなるのだめ?」
幼女が上を向いてベリアルに熱い視線を送ると、もはやその時点で女騎士に拒否権は存在しないのだ。
俺の後ろでステラがブツブツ呟く。
「せ、先生ってちょっとこんな女の子しかいない場所で何を教えてたっていうのよ。しかもなんだか学長なんて偉い人のお気に入りみたいだしセイクリッドの過去ってどうなってるわけ?」
聞こえてますよ魔王様。
俺は咳払いを挟んで学長――メリーアンに確認する。
「本日は急に無理なお願いを聞き入れていただきありがとうございます」
綺麗に揃った前髪を揺らしてメリーアンは目を細める。
「当学院の決闘法……メイド地獄の三本勝負でしたよね。準備はまもなくできますから、それまでお連れ様にはお着替えを。選手のお二人には控え室で説明をしましょう」
さすが学長仕事が早い。
と、ステラが俺の前に回り込んで学長に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと今、なんだか不穏なこと言わなかった? 地獄がどうとか」
「うふふ♪ わたしは準備の続きがあるので、みなさんはこのまま建物内へ。あとは生徒が案内しますから」
言い残してメリーアンは軽い足取りで学び舎の奥に俺たちを誘うように消えた。
ぴーちゃんがぽつりと呟く。
「あの方、ただ者ではありませんわ」
それがわかるとは、お前もなかなかのものだぞぴーちゃん。
あとはステラと思う存分つぶしあ……力を競い合って白黒はっきりつけてください。




