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6号改めメイドの“ぴーちゃん”(命名:幼女)はしばらく熱気を放出していたが、それが収まると「本日はメンテナンスのため失礼いたしますわね」と、棺桶型調整槽に引き籠もってしまった。
ニーナは「またねー!」と、明日以降もぴーちゃんと遊ぶ気まんまんである。
メイドの仕事ぶりにも問題がなく、早くも返品しづらい空気だ。
その日の夜――
深夜0時を回ってしばらく、聖堂から聞こえる話し声に俺は目を覚ました。
私室からそっと声のする講壇の様子をうかがうと……。
「あら、わたくしの姉妹機である1号そっくりでしたから驚きましたわ。この教会ではご主人様の代理をなされているなんて、とてもご立派ですのね。なにを照れていらっしゃいますの? わたくし本心から申し上げていますのよ?」
ぴーちゃんが講壇の上に案山子のセイクリッドマーク2を設置して、楽しげにお喋りしていた。
俺には“感情がない”などといいながら、ずいぶん楽しげじゃないか。
ちなみに、案山子は胸に内蔵した記憶水晶がチカチカと点滅しているだけなのだが、どうやらその発光パターンを読み取ってぴーちゃんは返答しているらしい。
「ええ、ええ……そうですわね。今日なんて小さな女の子に回路を焼き切られそうになってしまって……原因不明のエラーでしたわ。マーク2様はそのようなご経験は?」
何が怖いかと言えば案山子のマーク2に高度な自我が存在したことである。
アレが自立行動して大神樹の芽から魔法力供給を受けると、魔王よりもやっかいだ。
怒らせないよう、野ざらしにするのはもうやめておこう。
その日の昼下がり――
赤毛の少女が教会の正面扉を開き、聖堂に乗り込んできた。
「ちょっとどういうことなのよ! また増えたって!」
ムッとした表情で、赤い瞳が講壇の上に立つ俺を見据える。
脇に控えたメイドが無言でそっとステラに一礼した。
赤絨毯をずかずかと荒々しい足取りで進み、講壇のすぐ手前までやってきた魔王に俺は訊く。
「本日はどのようなご用件でしょうかステラ様。毒の治療や解呪でしたらお任せください」
ステラがビシッと俺の顔を指さそうとした瞬間――
ぴーちゃんが床を蹴りステラに肉薄すると、腕を掴んで止める。
「ちょ、いきなりなにするのよッ!?」
動きの俊敏さに怒りより驚きが勝った。魔王はそんな顔だ。
「ご主人様に敵意を持った侵入者が、指先から黒魔法を放つ可能性を考慮いたしましたの」
「す、するわけないじゃないセイクリッドは大事な……お、お隣さんよ!」
俺が赴任したばかりの時にしただろ。極大魔法で教会もろとも吹き飛ばそうと。
メイドが俺に視線で確認をとる。頷くとぴーちゃんはそっとステラの腕を解放した。
赤髪の魔王は自分の手首をさすりながらふーふー息を吹きかける。
「なんなのよベリアルみたいな馬鹿力ね」
「ご主人様のご友人とは知らず失礼いたしましたわ」
淡々とした口振りのメイドにステラの瞳が真っ赤に燃える。
その怒りの矛先は当然――俺。
「ねえセイクリッド。メイドさんを雇うなんて、黒い収入源でもできたのかしら?」
先日もアコとカノンのドレス調達に、資金が不足したためラスベギガス銀行カジノスロット支店で引き落としたくらいである。
潔白の二文字をおいて他に無し。
俺は講壇を降りてメイドと魔王の間に割って入った。
「ステラさん。彼女は実は人間ではありません」
「え? そういえば……手、冷たかったわね」
「精巧に作られた人型ゴーレムだそうです。先日、管理局設備開発部から教会の仕事をサポートするよう、送られてきたばかりでして。まだ仕事にも不慣れなもので、どうか今回は許してあげてはいただけませんか?」
ステラは胸の前で腕を組んだ。
「ゴーレムのメイドさん……どうみても女の子にしか見えないのだけど……ねえ、ニーナが言ってた“妹”のぴーちゃんはどこなの?」
「わたくしがそのぴーちゃんですわ」
「え?」
「え?」
魔王とメイドがお互いの顔をのぞき込んだ。
ここは俺が“かくかくしかじか”するとしよう。
事情をだいたい呑み込んだ魔王は、ビシッとぴーちゃんの顔を指さす。
「セイクリッドにメイドさんなんて百年早いわ! 返品しなさい!」
俺が言いにくいことを遠慮無く言ってのける魔王様のそこに痺れる憧れない。
メイドはそっと会釈を返す。
「申し訳ございませんわね。試用期間は無期限ですの」
ステラが俺の顔を指さそうとして、直前で手を止める。
メイドが反応して半歩踏み出していた。
「ひっかかった~! フェイントよ!」
勝ち誇り胸を張るステラに対して、メイドは「お戯れはおよしくださいませ」とメイドはツンとした態度を崩さない。
ああ、この二人、友達になれないタイプだ。
アコとカノンの仲の良さを分けてあげたいものである。
ステラは軽く握った左右の拳を腰のあたりに添えて、俺に告げる。
「じゃあセイクリッドが返却を申し込めば問題無しね」
「私がそうしなかったとでもお思いですかステラ様?」
「じゃあどうしたらいいのよ?」
メイドは「わたくしのことはお気になさらず」と、控えめな態度で居座ることを宣言した。
俺も「ニーナさんが仲良くしたいと仰っていましたし」と、諦めムードでたしなめる。
が、魔王様は納得しなかった。
「ニーナの妹にしては大きなお友達すぎるでしょ? わかったわ。セイクリッドが泣いてわめいて懇願してまで言うなら、あたしの良い考えがあるの。ちょっと待っててね」
そこまで言った覚えはないが、魔王はこちらにお尻を向けて、尻尾をリズミカルにフリフリしながら聖堂から出ていった。
ちなみに“良い考えがある”という輩の98%がその場の思いつきで失敗フラグを立てる頭司令官タイプである。 ※俺調べ
十分後――
赤髪の少女がモップを片手に白と黒のメイド服姿で聖堂に殴り込みをかけてきた。
「勝負よぴーちゃん! あなたかあたしか、どちらがセイクリッドに相応しいメイドさんか決めましょう! 勝者はずっとセイクリッドのメイドさんができる権利を得るのよ!」
俺抜きで取り決め、いかんでしょ。
なあステラさんや。恐らくメイド6号にはお前さんがほぼ敗北した記憶水晶と同類のパワーユニットが内蔵されているんだが……。
メイドが両手を組んでポキポキと指を鳴らした。
「あら、それは話が手っ取り早いですわね。同じメイドでしたら遠慮はいたしませんわよ」
やるんかいぴーちゃん。そこはクールにスルーしてくれよ。役目でしょ。




