セイクリッドさん家(ち)のメイドロボ
朝の掃除はメイドによって完璧に行われた。埃一つ残さず彼女は聖堂を新品のようにピカピカにしてみせる。
こうも徹底的に清掃されては、明日から俺のやる仕事がない。
朝食も彼女が用意した。温かいスープは野菜がふんだんに使われている。パンも焼きたてのように温かく、目玉焼きは絶妙な半熟加減でベーコンはカリッと仕上がっていた。
朝食の席につきナイフで黄身を崩しながら溜息が漏れる。反応してメイドが俺に訊く。
「卵の焼き加減がご不満ですの?」
「完璧ですね。しかし、じっと見られていると落ち着かないもので」
「慣れていただきますわ」
食卓を二人で囲むのならいざ知らず、監視されながらの食事はあまり気持ちの良いものではない。
「せめて席についてはいただけませんか?」
普段ステラの座る椅子を勧めても、メイドは直立不動のまま部屋の隅で微動だにしない。
「わたくしには食事は必要ありません。補給とメンテナンスは大神樹の芽の裏手に設置した調整槽で行います」
彼女の棺は本人の手で神樹の芽のある祭壇裏手に安置された。なかなかの力持ちさんである。
「つまり、調整槽で貴方が寝ている間しか私に自由は無いということですね?」
「ご安心くださいませ。ご主人様が眠りにつくまでおそばに仕えさせていただきますわ。調整はその後とスケジュールを組んでありますもの」
「スケジュールの変更をしましょう」
「残念ですわね。ご主人様には変更の権限はありませんの。それよりもスープが冷めてしまいますわ。さあ、召し上がって」
困ったことに6号の作った食事はどれも文句のつけようがなかった。あら探しが不発に終わり、気分はすっかり小姑のそれである。
惨劇は続く。
俺は聖堂奥の講壇の上でただただぼんやりしていた。仕事という仕事を片付けられてしまうのだ。
これでは案山子のセイクリッド2号と同じだな。
もはややるべき事がない。
そんな最中――食材をカゴに抱えてメイドが戻ってくる。
「食料の買い出しをしてまいりましたわ。ご主人様の好みの味付けの傾向や、食べたいものなどリクエストいただければなんでもお作りいたします」
「お金はどうしたのですか?」
「教会から支給されるご主人様へのお給料から天引きですけれど、問題ありまして?」
「ございません」
ざっとカゴの中身を確認してみると、どの食材も鮮度の良いものが選ばれていた。大した目利きだ。それに種類も多い。
「王都には流通していない品種の野菜がいくつか見受けられますね?」
「サマラーンの市場で買い求めましてよ」
「チーズはブリューですか?」
「北の山間、ゴートレットの街の特産品ですわ。王都で買うと十倍はいたしますわね」
「現地で購入したということですか」
つまり彼女は――
「わたくしの転移魔法モジュールには主要な街の情報が入力済みですの。新鮮な魚介類がお望みでしたら、明日はマルセーナ港の朝市で仕入れてまいりましてよ」
風光明媚な港町の潮風さえも運んでくる勢いだ。
6号はカゴとは別に小さな包みを手にした。
「王都の名店の中から、本日のおやつはドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキをご用意いたしましたわ」
6号は俺から何もかも奪おうというつもりらしい。
仕事も食事もおやつさえも。
が、優秀なメイドを恨むのは筋違いというものだ。
彼女は命じられた通りに仕事をこなしているだけなのだから。
つまり開発部が悪い。
昼過ぎに教会正面の扉が「よいしょ」という幼い掛け声とともに開かれた。
「セイおにーちゃはいますかー?」
金髪をなびかせてニーナが赤絨毯をトテトテと歩く。
講壇の上から降りると、俺は膝を着いて目線を幼女の高さに合わせた。
「はい。こちらに。ニーナさんは本日は教会にどのようなご用事でしょう?」
「遊びにきました!」
元気に両手を万歳させるニーナが、顔をあげるとそこには見知らぬメイドの姿があった。
「おにーちゃ! また新しいひとですか?」
目を丸くするニーナと6号の視線が交わる。
6号はそっとスカートの裾を両手でつまみあげるようにして、深々と一礼した。
「わたくしはPDシリーズ試作6号機と申しますの。この度、ご主人様の身の回りのお世話をさせていただくこととなりましたわ」
俺の時とほとんど同じセリフでニーナに自己紹介をすると、ニーナも6号の真似をしようとした。
たどたどしい手つきでスカートを裾をちょんっとつまんでお辞儀をする。
「ニーナはニーナっていいます。セイおにーちゃがいつもおせわになってます」
6号が顔を上げた。表情に変化がまるでない。真顔のまま口を開く。
「いつもではありませんわね。わたくしは三日前にロールアウトし、午前四時よりご主人様にお仕えしはじめたばかりですもの」
「はええぇ、ロールケーキなのです?」
「ロールアウト……つまり、誕生したということですわね。まだ生まれたばかりのメイドさんでしてよ」
ニーナは瞳をキラキラ輝かせると俺にくるっと向き直った。
「生まれたての赤ちゃんなのです!」
「それにしてはずいぶんと大きいですね」
付け加えた俺の言葉に6号が「楽しそうですわねご主人様」と、ぽつりと返す。感情は無いというメイドだが、どうやら皮肉は理解できるらしい。
ニーナが開いた手で口を隠すようにして、目を丸くした。
「おにーちゃはご主人様なの?」
「ええ、まあ、成り行きでそうなってしまいまして」
「いいなぁニーナもメイドさんになりたいなぁ。そしたら、おにーちゃご主人さまをいっぱいいっぱい応援するの! お掃除もお料理もお洗濯も、がんばるのです」
幼女がメイド服で掃除洗濯をがんばり食事作りに挑戦するなんて尊い。あまりに尊すぎるのは問題だ。教会の仕事も手につかなくなってしまう。
俺はゆっくり首を左右に振った。
「ニーナさんは冒険者を目指していたのではありませんか?」
「あ! そうだったのです。けどメイドさんのお洋服はとってもかわいいから、うっかり夢をあきらめかけました」
なんといううっかりさんだ。
再びニーナは6号に向き直ると、困ったように眉尻を下げた。
「え、えっと、ぴー、しり、しさ……」
「PDシリーズ試作6号機ですわ」
「ろくごーおねーちゃ? うーん、ちょっと違うかも」
小さな腕を胸元で組んで幼女は難しそうな顔のまま、首をひねる。
と、幼女は6号の顔をじっと見つめた。
「どうかなさいまして?」
6号の淡々とした返答にニーナは驚いた顔のまま首をうんと縦に振る。
「しっくりしないのは、おねーちゃじゃなかったからなのです!」
幼女は「うーん!」と声をもらしながらかかとをあげて、手をめいっぱいに伸ばし背伸びをする。
6号を前にぴょんぴょんジャンプした。
「あうう、届かないかも」
「何をなさろうというのかしら?」
「ニーナよりちっちゃいの子だから、いいこいいこするのです。けどおっきいなぁ」
見上げるニーナの腰のあたりを掴んで、俺はそっと持ち上げた。
「わーい! たかいたかい!」
メイドと同じ目線の高さになると、笑顔でニーナは6号の頭をそっと優しく撫でる。
感情が無いという6号が俺に問うような視線を向けた。
「行動の意味がわかりませんわ」
ニーナは「今日からニーナもおねーちゃですから」と、上機嫌だ。
俺は6号に告げた。
「ニーナさんは自分より年下が身内にいなくて、ずっと寂しい想いをしてきたのですよ」
生後三日の眉がピクリと反応する。
「つまり、彼女はわたくしを妹と思っているとおっしゃりますの?」
ニーナがぷくっとほっぺたを膨らませる。
「ニーナのことは、ちゃんとニーナおねーちゃって呼ぶのです。困ったことがあったら、ちゃーんとニーナにご相談なのですよ」
エヘンと胸を張る幼女を俺はゆっくり赤絨毯の上に下ろした。
「だそうです6号さん。よかったですね新しいお姉さんができて」
「わ、わたくしは認めませんわ」
メイドが口ごもった。感情が無いというのなら、動揺などしないはずだが。
すると――
「えうぅ……ニーナじゃ……おねーちゃには……力不足ですか?」
途端にニーナの瞳が潤みだす。
「ニーナがちっちゃいから? ぴーちゃんみたいにおっきくないから?」
6号が目を白黒させる。
「そのぴーちゃんとは、もしかしてわたくしの呼称ですの?」
幼女は涙の粒を目尻にため込んだまま目を細めて笑顔になる。
「6号は番号なのです。もっと可愛いほうがいいから、ぴーちゃんがいいなってニーナは思いました」
俺はできうる限り最高のスマイルでニーナに続いた。
「よかったですね、ぴーちゃんさん。素晴らしい名前だと思います」
「わ、わた、わたくしはPDシリーズ試作6号……」
ニーナがそっと包むように6号――ぴーちゃんの手を両手で握る。
「ニーナ、初めてのおねーちゃだから、失敗とかしょんぼりとかするかもですけど、いっぱいがんばって早くよいおねーちゃになりますから、ぴーちゃんは大船に乗るのです」
時折出てくる言葉尻にステラの気配が混じる。ニーナの“姉としての”めいっぱいの背伸びがにじみ出たのだろう。
「わ、わわわわ、わわわわわわ……ピーーーーッ! ガチャンッ! ガガガガガガガッ!」
処理能力の限界を超えたのか、ぴーちゃんは高周波を発すると、その場でガタガタブルブルと振動した。
ニーナがほっこり笑顔になる。
「よかったのです。ぴーちゃんが、名前を気に入ってくれたのです」
「ピー! ガチャン! ピー! ガチャン!」
こうしてニーナに新しく妹ができましたとさ。
俺にとってはあまりめでたくもないのだが、ニーナのためなら甘んじて……メイド生活始めました。
13日の金曜日 ニーナは憧れの“おねーちゃ”にクラスチェンジした




