呪っていいとも!
赴任三日目――
魔王姉妹が来たきり、教会を訪れる信者はもちろん誰もこないので、講壇に聖なるローブをまとわせし案山子を設置した。
首に「休憩中」と書いた札をかける。
「これでよし……と」
誰かくるまでずっとこうしておいてもいいな。うん。
俺は昼食を摂るために転移魔法で王都に跳んだ。ともかく――
「腹が……減った……」
大陸一を誇る王都歓楽街の飯屋は、様々な地方から人が集まり雑多で賑わい味も様々だ。今日は南西の暑い国の料理を食べよう。香辛料たっぷりで辛いのだ。
働いてないのに食う飯は美味かった。
一時間の昼休みを終えて転移魔法で“最後の教会”前に戻ると、聖堂へ続く建物の正面扉が開いていた。
「妙ですね」
こっそり中をのぞきこむと……
「おにーちゃ! セイおにーちゃ返事して! ああぁ……あああああああ……おにいちゃが死んだああああああああああああああああ!」
案山子の前でニーナ嬢が地面に膝をついて泣いていた。
ああ、泣く姿まで可愛い。小さく握った手を赤い絨毯にトントン叩きつける姿には、なんとも言えない味がある。
と、もう少し浸っていたいのだが、涙声で本気で俺が死んだと思っているニーナが気の毒だ。
「ご安心ください。私は生きていますよ。冒険者を蘇生させる神官が、そうやすやすと死ぬものですか」
「ふぁっ!?」
ニーナはこちらにお尻を向けてうずくまったまま、首だけ後ろを向いて俺の無事を確認した。
「セイおにーちゃ……セイおにーちゃ生きてるの!?」
「ええ、少々席を外していたので、代わりにダミー神官ブラザー君に講壇を任せていたんです」
幼女は立ち上がると、とってってって、と手足をばたつかせて俺の元に駆け寄るなり、ジャンプしながら抱きついてニッコリ笑う。
「よかったの! おにーちゃが魔法でああなっちゃったかと思ってニーナはとっても心配でしたから!」
そっと彼女の金髪を優しくなで上げて俺は告げる。
「心配をおかけしましたね。私に呪いをかけようものなら、大概のそれは呪詛返しで呪った本人に反射しますから」
「ほえぇ~すっごいの」
「ところでご用件はなんでしょうか? 仲間の蘇生ですか? 毒の治療ですか? 呪いを解きましょうか? 旅の記録を大神樹にお祈りしますか? それとも、何か物語の本でも読んでさしあげましょうか」
ニーナは「のろいをといてほしいの!」と、俺の予想を裏切る返答をした。
「おや、見たところニーナは呪われてはいないのですが」
状態異常かどうか見極めるのも神官のつとめだが、幼女の呼吸脈拍ともに正常だ。
「えっと、えっとえっと……えっとぉ」
もじもじするニーナの言葉を待っていると、背後に気配を感じた。
子犬のようなキャウンとした悲鳴が俺の背中に浴びせかけられる。
「ちょ、ちょっとセイクリッド! どうしてくれるのよ!?」
振り返るとステラが仁王立ちしている。
燃える赤毛に赤い瞳。整った顔立ちには気品すら感じられる美少女――だが、彼女の眉毛だけは通常の三倍で太く濃くなっていた。
溜息交じりに確認する。
「どうしてそんな眉毛なんですか? ずいぶんダイナミックなイメチェンですね」
ステラはびしっと俺の顔を指さした。
「本当はあなたがこうなるはずだったの!」
「はぁ……さては私にかけた呪いが反射しましたね」
「は、反射ってなによ?」
魔王のわりにステラはモノを知らない。魔法も呪いも才能だけで使っている節がある。
「学生の頃から、よく呪われていたので呪詛返しは念入りにするようになったんですよ。というか、眉毛が太くなる呪いなんて前代未聞ですね」
眉毛ボーボーのステラの顔が真っ赤になった。
「い、いいからこの呪い解きなさいよ! 自分で治そうとしたけど……その、反射? っていうののせいか、自分じゃどうしようもできないの」
みるみるうちにステラの眉がヒゲのように伸びていく。
ニーナが涙目だ。
「ステラおねえちゃが……おねえちゃが死んじゃう!」
死にはしないがせっかくの美少女が台無しだ。
俺は嘆息混じりに解呪を施した。
「これからは私を呪うなら、もっと技術を磨いてください。解呪魔法……っと」
ステラの伸びて眉間で繋がりかけた太い眉毛が、内側に引っ込むように元に戻る。
「で、私を繋がり眉毛にしてどうするつもりだったんですか?」
ステラは自分の眉毛が元に戻ったか触って確認するやいなや、胸を張った。
「ふ、ふはははは! よくぞ訊いたわね! 魔王は戯れに呪いをかけ人間世界を混乱の渦に陥れるものなのよ」
「自分が混乱してニーナに心配をかけているじゃありませんか」
「……ウッ。あ、あなたに呪いが効かないなんて思わないじゃない! そ、それに死の呪いとかじゃなかったんだから、あたしって寛大よね」
「約束しましたよね。生存権を脅かさないと」
ニッコリ微笑みかけるとステラが自慢げに拳を握って振り上げる。
「眉毛が太くなってもあなたは死なないでしょ!」
つまり嫌がらせである。
ニーナが俺から離れると、ステラの元にトテトテと駆け寄った。
「おねーちゃは、悪い子なの? セイおにいちゃと仲良しって約束でしょ?」
「え、えぇとぉ……ほら! 男の人って眉毛が太い方が精悍でカッコイイと思って!」
姉の薄っぺらい嘘を見抜いたようで、ニーナは「むうう」とステラを見つめる。
「ご……ごめんなさいもうしません」
「おねーちゃ、ちゃんと謝れてえらいです。よしよし」
幼女に説教される魔王につい言葉が漏れる。
「ステラは魔王なのに良い子ちゃんですね」
「ううううっ! こんなハズじゃなかったのに。あなたが眉毛の呪いで困り果てて、あたしに解呪を懇願して、それからそれから……ともかく違うの誤解なのよ!」
「はいはい。せっかくですから紅茶でも飲んでいきませんか?」
先ほど、昼食ついでに香辛料を手に入れたので、シナモンティーでもごちそうしよう。