甘いぞ! セイクリッド
小鳥のさえずりさえ聞こえない、荒野に建った教会の朝――
神官のローブに袖を通し祈りを捧げに聖堂へ足を踏み入れると、まっすぐ伸びた赤絨毯の祭壇側に大きな宝箱が置かれていた。
赤地に金縁の立派なものだ。大きさは半畳ほどで抱えて持ち上げるのに苦労しそうである。
不審すぎるので俺は魔法を使った。
「感知魔法」
宝箱がぼんやりと青く光る。どうやら危険物ではないようだ。
罠や爆発物や魔物の類いなど、こちらを脅かすものが入っていれば赤く光るので、実にわかりやすい。
さて、となるとこの大仰な宝箱は、誰が何の目的で設置したのか? という謎に行き着くわけだが――
考えるより開ける方が早い。
鍵はかかっていなかったので、蓋をぐいっと持ち上げると――
「じゃじゃーん! あたしでした! 箱入り娘よ大事にシテね」
中から魔王ステラが一匹現れた。どうしよう。
「はぁ……」
俺は溜息をついた。
「なんで露骨にがっかりしてるのよ!」
青だったじゃないか。罠でも危険物でもないとわかれば、薬草くらいは入っていてもいいのにそれ未満なんであんまりだ。
「何様のおつもりですか魔王様」
ステラは箱の中に入ったまま仁王立ちで胸を張る。
「セイクリッドあなた死んだわ!」
「はい?」
「だーかーらー! こんなに可愛いあたしだったから良かったけど、不用意に宝箱を開けるなんてミミックだったらどうするの? 危機管理能力がなってないわね」
宝箱に擬態して冒険者を狙うやっかいな魔物の被害は、後を絶たない。
「仮定の話ですよね」
「セイクリッドは聖職者なのに財宝に目がくらんで宝箱を開けてしまいました。っていうか、冒険者って普通に泥棒よね? 衛兵さぁぁん! こいつです!」
ビシッと俺の顔を指差して少女は通報モードだ。
「残念、ここでは私が法律さんですから。助けを呼んでもこないので、生を諦める準備はよろしいですか? ちょうど教会ですし葬儀の手配はお任せください」
光の撲殺剣を抜き払う。が、普段ならこの程度の牽制でゴメンナサイするステラとは様子が違った。
指をビシッと三本立てる。
「ふっふっふ! レベル3よ! もうそろそろセイクリッドを越えたと思うのよね。だから圧制者の振るう光るだけの棒なんて通用しないわ」
ほほう、つまりは力試しか。
「通用しないとは大きく出たものです」
軽く撲殺剣を振るう俺に、ステラは宝箱から「よいしょ」っと出ると、近づいてきた。
俺の顔をのぞき込みながら、吐息のかかる距離まで密着して口を開く。
「食らいなさい! 魔王レベル3の奥義!」
「近すぎませんか?」
「いいのよ! ともかくこれで勝負ありね!」
ふあああああとステラは息を俺に吹き付ける。
「なんです今のは?」
「あ、あれぇ? おかしいわね! 魔王スキルの中でもメジャーなんだけど」
どことなくほのかに甘い香りが聖堂内に漂った。
「匂いで誤魔化すタイプの消臭剤ですか?」
「ち、違うわよ甘い吐息よ! これを吸い込んだら寝るはずなの! 戦闘中に眠るってどれだけ危険なことかわかるかしら? さあ、我が胸に抱かれて冷たい骸と化すがいいわ」
「全然眠くありませんね」
「嘘? どうして!? あたしの魔法力なら十分に威力を発揮するはずでしょ?」
「この手の特殊な技は魅力など、魔法力に由来しない力が重要かもしれません」
つまり――ステラは甘い息を吐いた。残念、女子力が足りない。
少女はくるんとターンし尻尾をこちらに向けて、そろりそろーりと歩き出した。
「どこへ行こうというのですか? 貴方は大神官の前にいるのですよ。終点が聖堂とは上出来ではありませんか」
ステラが立ち止まり首だけ振り返った。
「それ悪党のセリフじゃないの!」
「魔王がそれを仰りますか。ともかく私を倒したいなら、もう少し技を磨いてからいらしてください」
帰って。どうぞ。
ステラは俺にあっかんべーをすると「ここであたしを逃がしたことを後悔させてあげるわ!」と、威勢良く負け犬の捨て台詞を残して、赤絨毯を駆け抜け正面口から堂々と逃走した。
と、思いきや扉を開いてもう一度こちらにくるりと顔を向ける。
「今日のおやつはなにかしら?」
「昼に王都の菓子店でアップルパイを買ってくる予定です」
「楽しみね! じゃ!」
シュタッ! と手を上げて魔王は去った。ただただ甘いだけのフレグランスを残して。
しかし魔王の潜んでいた宝箱が青く光ったというのは不思議な話である。
これからのステラの成長に、ご期待ください。




