辺境に飛ばされた大神官の生活に関する調査報告のまとめ
ピッグミーの“玉座”をステラは封印した。
破壊しても良かったのだが、利用価値はある。
砂漠に本来浮くはずもない帆船を浮かばせ、それを自在に操作する力そのものは、なかなかに得がたい特殊能力だ。
そんな俺の提言にステラは悩み抜いた末、セクハラ豚野郎をコキ使うことに決めた。
とはいえ、使う機会が無ければずっと封印するとも、赤毛を不機嫌そうに揺らして少女は俺に語る。
それでけっこう。これから先、ステラが魔王候補と戦うにあたり、使える手札が多いに越したことは無い。
ステラの戦力はニーナを守る盾の厚みに他ならないのだから。
事後処理も諸々終わり、二人目の魔王候補を倒してレベルが上がったらしく「新技覚えたから覚悟してなさい♪」と、魔王様は鼻歌交じりでご機嫌だ。
「あ、あのねセイクリッド! 最後の魔法とかすごかったでしょ! どかーん! って」
「ええ、お見事でした」
「だ、だからさ……もっと褒めてよ」
親に代わってニーナを褒めることはあっても、ステラ自身は誰からも褒められない。ベリアルに持ち上げられることこそあれ、それは褒められるとは別の感情だ。
頂点に立つとは孤独なことなのだろう。
自分を認めて当然の相手からの賞賛では、本日の魔王様は満たされない。
仕方あるまい。
俺はそっと少女の赤い髪を撫でた。
「大変よくできました」
「で、でしょー!」
表情をゆるゆるに緩ませて少女は目を細めると耳の先まで赤くなる。
ちょろい魔王だ。悪い大人に騙されないか心配である。
転移魔法でサマラーンに戻って、人通りもまばらな裏道沿いにある現地教会の前でベリアルとニーナと合流する。
双子姉妹はというと――
「……姉さんが二人によろしく……って」
ラヴィーナの姿が消えていた。
ステラが腕組みをして不満げな顔だ。
「よろしく……って、どこに行っちゃったのよ?」
「……わからない」
「占い師なら場所を突き止めるくらいできないの?」
「……それができたら苦労しない」
睨み合う魔王と占い師の間に俺は割って入る。
「まあまあ。ラヴィーナさんは気まぐれな猫のような方ですから、いつの間にかひょっこり顔を出すでしょう。さて、私たちはそろそろ戻ろうと思うのですが、ルルーナさんはこれからいかがなさいますか?」
彼女の命を狙う悪党どもはもういない。
「……しばらくサマラーンで姉さんを探してみる。故郷には戻らない」
ルルーナは水晶玉を手にしてのぞき込みながら呟いた。
「わかりました」
「……お願いがある」
「なんでしょうか?」
白無垢姿で俺の顔を見上げるようにして、少女はほんのり頬を赤らめた。
「……これからも、セイクリッドの教会を復活の場所にしたい。姉さんと合流する、約束の場所だから」
もう一度双子が合流するまでの間くらいならかまわないか。
「復活の際は所持金の半分を寄付していただきますよ」
「……ありがとう」
納得済みならこれ以上言うことはない。
ベリアルがコクリコクリと船を漕ぐ幼女を背負って俺に言う。
「ニーナ様はお疲れのようだ」
「そうですね。今頃あちらの大神樹の芽に二つほど魂が届いているでしょうし……では、またお会いしましょうルルーナさん」
魔王城の住人と自分を対象に転移魔法を唱える。
ルルーナは頷いて、最後に姉とそっくりな笑顔で俺たちに手を振り見送った。
「……それじゃあ……また」
今の占い師の少女なら、サマラーン周辺の魔物に後れを取ることもあるまい。
再会は遠い未来になりそうな予感がした。的中してくれ俺の予感。
光に包まれ視界が戻ると、そこはいつもの教会の聖堂だった。
アコとカノンの魂が大神樹の芽に届いていて、早くここから出してと悲鳴を上げる。
騒がしいことこの上ないが、すっかり日常になってしまったな。
願わくばこれ以上、最果ての地にある魔王城前“最後の教会”に、迷える子羊の魂が流れ着かないことを祈るばかりだ。
と、フラグになりそうなので俺はこれ以上考えるのをやめた。
「っていうかぁ……上級魔族に絡まれたのもだけど妹まで巻き込むなんてチョー最悪だったから、セイクリッド紹介してくれてマジ感謝だよ。魔王ステラ関係のこととかは、だいたい報告書のとーりだけど、えっと……ここからはアタシ個人の意見ってやつね。教皇庁に呼び戻すのはもっとあとでもいーんじゃないかなって」
「…………」
「弟が世話になったって、それはこっちのセリフだよ。おかげでルルーナも再会した時とは別人みたく強くなったし……前よりずっとたくさん笑うようになってくれたから。と、ともかくアタシが本気になる前で良かったかも」
「…………」
「会うと……情が移っちゃうから、次の任地は遠くがいいかな。んじゃ、配置転換よろしくね教皇様」
ピッグミー編を完走した感想ですが、教皇様の存在匂わせてこのあとどうするの?
止まるんじゃねぇぞとゴーストが囁く物語は遂にネタ切れ待ったなしの危険な領域へと突入する(した)




