団長ー!! 何やってんだよ!!
ピッグミーを残して甲板の上があらかた片付いたところで、俺はアコとカノンに指令を出した。
「アコさん、カノンさん、お二人はベリアルさんを見つけて来てください」
「うん! 行ってくるね!」
「ま、待つでありますよアコ殿!」
言うが早いか勇者が先陣を切って船内に続く船室へと飛び込んだ。
その間に、ピッグミーがステラを船の縁に追い詰めて両腕を広げる。
「抱きしめて背骨をバキバキにしてやるぷぎー!」
「いやあああああああッ!」
結局、ステラの細かな連打ではピッグミーは止まらなかった。
巨大な影が赤毛の少女に上から覆い被さる刹那――
マストの上から飛び込むようにして、ラヴィーナの剣が閃く。
回転剣舞がピッグミーの左右の二の腕に無数の裂傷を残した。
腱を切断したのか、巨漢の腕がだらんと下がる。
着地と同時にラヴィーナはムッとした顔になる。
「手応え浅ッ! ほんっと豚ヤン硬すぎだし」
雑魚団員相手に華麗な剣技を披露したラヴィーナだが、重量級相手には荷が重かったようだ。
「……こっちへ」
取り囲んだ四人をカウンターKOしたルルーナが、ステラの手を引いて赤絨毯の敷かれた船の中央――俺とニーナの元へと誘導する。
船首側にラヴィーナが立ち、俺たちと舞剣士でピッグミーを挟むような格好だ。
身体をゆらゆらと揺するようにして豚顔が牙を剥きだし吼えた。
「ラヴィぴっぴ……あんまりだああああ!」
さすが上級魔族というべきか、回復魔法など使わずとも傷がみるまにふさがっていった。
強靱な肉体と腕力に加えて再生能力持ちとは、厄介だ。
本来なら回復を待ってやる義理は無いのだが、ラヴィーナは挑発するようにピッグミーに告げる。
「フラれたからって別の女の子にアタックするの早すぎじゃない? ま、それはそれとして」
左右の手で剣をバトンのようにクルクルと回しながら、踊り子は視線をステラに向け直した。
「ステぴっぴ、リズム感ないよね?」
「い、いきなりなによ! り、リズムくらいとれるわよ! ワンツーワンツースリーフォー」
魔王様渾身のボックスステップ。超ぎこちない。ガッチガチである。
ラヴィーナは自分の口元を軽く押さえた。
「ぷぷっ! 恋は駆け引きだよ♪ なんでも一本調子じゃダメダメって感じ? ステぴっぴの攻撃って全部同じタイミングに見えるんだよね。力のかけかたもみーんな同じ」
ラヴィーナはヒラヒラとした踊り子の衣装をはためかせながら、その場で妖艶に舞う。
その動きはピッグミーだけでなく、ステラの視線も虜にした。
「時に早く激しく細やかに、時にはゆったり大きく優雅に……ね?」
魔王の瞳がキラリと光って赤く燃える。
「時に早く、時に大きく……あっ」
どうやらステラなりに何かを掴んだようだ。
ラヴィーナの四肢が、風にそよぐ柳の枝のように、しなやかに弾けた。
「豚ヤンさ、アタシのこと倒せたらもう一度考えてあげてもいいけど?」
「ほ、本当ぷぎーか!?」
ピッグミーの意識が完全にラヴィーナに集中した。
「ま、つかまえてごらんって」
「今度こそモノにするぷぎー!」
ブンブンと乱暴に両腕を振り回し、海賊団長はラヴィーナに襲いかかった。
時折、ピッグミーの左のかぎ爪がラヴィーナの紙一重の回避に引っかかり、ただでさえ薄い踊り子の服が薄皮のように剥がされだす。
「剥いて食べるぷぎーよ!」
「ほんっとエッチなんだからもうぅ!」
「そんな裸同然の格好してる方が悪いぷぎー!」
いや、襲っているお前の方が全面的に悪いからね。
腕利きの舞剣士とはいえ、回避に専念してなお劣勢だ。
命を賭けた踊り子と上級魔族のじゃれ合いの中――
ステラはその場で腕組みをすると目を閉じ集中する。
ニーナの隣で警戒を続ける俺にルルーナが囁いた。
「……姉さんを……お願い。ニーナはわたしに任せて」
俺が鍛えただけあって、占い師の少女はなかなか良い面構えだ。ニーナを任せるならベリアルと決めていたが、俺が直接手ほどきをした双子の妹なら代役も務まろう。
「わかりました」
俺は一度甲板に膝を着くと、ニーナに告げる。
「ニーナさん。少しの間、ルルーナさんと一緒にいてください」
「はいなのです。おにーちゃ……あの、ニーナは大人のパーティーにおじゃまさん?」
隠そうとしてもお見通しというか、まあ怒り猛ったピッグミーの怒声に、ニーナは察してしまったようだ。
最年少とはいえ、そこは空気の違いがわかる幼女である。
「そんなことはありませんよ。ニーナさんがいてくださるから、私も……いいえ、みながんばれるのです」
「おにーちゃ……ごぶうんを……なのです」
俺は仮面を脱いでそっとニーナの手を取り、甲に軽く唇を添えた。
一瞬、幼女がくすぐったそうに身もだえる。
神官ながらも気分だけはまるで姫を守る騎士のようだ。
立ち上がり、仮面を付直してルルーナにニーナを託すと、俺は手のひらから光の撲殺剣を抜く。
さあ盛り上がってまいりました。
「ちょ! 豚ヤン前より速くなって……きゃっ!」
ラヴィーナの胸をうっすら包む薄衣に、ピッグミーのかぎ爪がかかる。
「ぐっへっへ! 下手に動いたらご開帳ぷぎーよ! だけどラヴィぴっぴがチューしてくれたら、オレぴっぴは紳士だから何もしないぷぎー」
ラヴィーナは震えていた。
動きが止まる。硬直する。
獲物が観念したと思ったのか、ピッグミーは身体を前のめりに乗り出した。
ラヴィーナの視界を埋めるように顔を近づけ、豚男が空いた手で彼女の仮面に手をかけた――瞬間
「はいそこまでッ!」
俺の振るった光の撲殺剣が背後から豚顔に炸裂した。顔が90度に曲がり、巨体が吹き飛んで船の縁に激突する。
「ぷぎいいいいいいいいいッ!」
が、残念なことにラヴィーナのブラのような装束は、海賊団長のかぎ爪にかかったままだった。俺の打撃の勢いが良すぎたこともあって、ブチンという音をたててラヴィーナの胸から取り去られる。
「あぁんもー! セイぴっぴのえっちー」
両手の剣を放り投げ、ラヴィーナが間一髪のところで手ブラで隠した。
が、武器を手放す結果となり、舞剣士は無防備だ。
軽くぶん殴ったくらいでは、ピッグミーもすぐに起き上がる。
かぎ爪にひっかかったラヴィーナのブラを口に運び、くちゃくちゃと咀嚼しながらピッグミーが笑う。
「オレぴっぴに半端な攻撃は効かないぷぎー!」
ラヴィーナが抗議した。
「ちょ! 豚ヤンなに食べてんのよ!」
「ラヴィぴっぴの味がするぷぎー!」
わーお、気持ち悪い。
俺はローブの上着を脱いでラヴィーナの肩にかける。
「下がっていてください」
「セイぴっぴ……やだ、キュンとしちゃうシチュなんだけど」
光の撲殺剣を手に構えた。お仕置きの時間だ。
股間以外丸出しで口からブラひもをたらした上級魔族と対峙する。
「ぷぎいいいい! 自分で脱がして上着をかけるなんてマッチポンプだぷぎー! この偽善神官! 神官は神官らしく教会で大人しくしてろぷぎー!」
「はて、なんのことでしょう。私は通りすがりのデストロイヤーですよ」
「しらじらしいぷぎー! この前はびっくりしたぷぎーが、結局光る棒で叩くだけぷぎーね! ぶん殴ってやるぷぎー!」
グッ……と、踏み込んだかと思うと、まるで矢のような勢いで、瞬きする間に距離を詰める。
右の拳が乱暴に俺を打ち据えた。
「っと危ないですね」
すかさず光の撲殺剣で、拳を横にそらすようになぎ払う。
体重を込めた一撃が空振りするだけで、拳速が空気の壁を突き破ったかのような衝撃波が走り、船を揺らした。
「ぐぬぬぬぷぎー!」
「なにがぐぬぬですか、まったく」
攻撃を外した豚男の顔面を光る棒でしばく、しばく、しばく。
「おぶうっ! やめ! あ! ちょ! 待って!」
「これは傷ついたラヴィーナさんの分、これは苦しめられたルルーナさんの分、あとはまあ適当に」
しばく、しばく、しばく。
「わああああ! ストップぷぎー! マジでしゃれにならんぷぎーよ! 適当な部分の方が痛いぷぎー! 他人の痛みが理解できない、人の心を持たない闇神官ぷぎー!」
自分から距離を詰めて俺に殴りかかった豚男は、わめきちらして後方に飛び退いた。
船の舳先の手前まで後退したピッグミーが、ボコボコに腫れた顔で俺を指差す。
「こうなったら本当の力をみせてやるぷぎー!」
ふと、氷牙皇帝アイスバーンの姿が重なって見えた。
追い詰められた魔王候補はその力を解放し、本来の姿を見せるのだ。
俺は小さく息を吐きながら振り向かず、後方で集中を続けていた赤毛の少女に告げる。
「そろそろ準備はよろしいですか?」
腕組みをしたまま目を閉じていた彼女が、いつの間にか俺の隣に並び立つ。
「ええ、いいわよ」
ピッグミーがニヤリと笑った。
「また胸無し能なし娘ぷぎーか? へっぽこ魔法よりよっぽど光る棒の方が痛いぷぎー! 悪い事は言わないから消えるぷぎーよ」
「うっっっさいわね! セイクリッドは手出し無用よ」
言うなりステラは両手に炎の魔法力を宿した。
ピッグミーがバシンと平手で腹鼓を打つ。
「どーせオレぴっぴには効かないぷぎー!」
が、次の瞬間――豚の目に涙が浮かんだ。
同じ魔族としての格の違いが、本能的な恐怖を呼び覚ましでもしたのだろう。
ステラが練り上げた力は、人間が使うことのできない、上級を越えた魔法だったのだ。
少女が両手の魔法力を指先に集中する。
「炎の力をただ漠然と放つんじゃない。形状を変化させるだけでも足りないわ! だから……これがあたしの解答よッ!!」
指先に灯した炎は“結晶化”した。
まるで記憶水晶のように。光輝く結晶体――ただ、大きさは砂礫の一粒ほどだ。
ルビーを思わせるそれは物質化するまでに超高圧縮した――
獄 炎 魔 法。
リズム感とは無縁だが、さすが黒魔法の天才、魔王ステラ。
同じ100の力を分散させるのではなく、収束集約するという考えに少女は至ったようだ。
「まだほとんどコントロールできないんだから……避けるんじゃないわよ!」
ステラは軽く拳を握ると、指を鳴らすように人差し指で炎の魔宝石を弾く。
的が大きいのも幸いした。
ピッグミーの胸に赤い石が着弾すると、次の瞬間には炎の槍となって分厚い胸板を貫く。
「んんんぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」
心臓の辺りにぽっかりと穴が空いて、ピッグミーが前のめりに崩れた。
屈強な肉体も再生能力も焼き貫く獄炎の槍である。見た目こそ地味だが、あれを防御できるものは地上に数えるほどだろう。
まあ、弾着を避けるか別の何かに当てて発動させてしまえば無効化できるので、まだまだ詰めは甘いが――
と、ほぼ同じタイミングで、船室からアコとカノンがベリアルとともに甲板に戻ってきた。
十数名ほどの海賊団員を連れて。
どうやら中にもまだ、ピッグミーの配下は残っていたようだ。
アコもカノンも追い回されてズタボロで、助けにいったはずがベリアルに守られて戻ったようだった。
再び甲板に補充された団員たちだが、彼らが見たのは船首で胸を炎の槍に射貫かれた、ピッグミー団長の姿である。
「「「「「「だ、団長ううううううううううううううッ!」」」」」」
ピッグミーが膝を着いて倒れながら呟く。
「止まるんじゃねぇぞ……ぷぎー」
いや、止まって、どうぞ。