婚姻ハック! 修羅場と化した式場
ようやくニーナが「ぷぎー」語尾になれて落ち着いたところで、俺は聖典を手に開く。
美少女と野獣が並んだ。
「えー新郎ピッグミーさん。この挙式に際して、お聞かせ願いたいことがあるのですが」
「なんだぷぎー! はやく誓いの言葉に指輪交換させるぷぎー! そしてむっふっふ誓いのチューぷぎーよ! 結婚するまで指一本触れない約束だったから辛抱たまらんぷぎー! 触れたのはこのかぎ爪だけぷぎー」
鼻息荒くピッグミーは俺に迫る。
約束を違わないというよりも、約束を守ったのだから好きにさせろという圧力のように思えてならない。
新婦はじっと赤い絨毯に視線を落としたままだ。
「…………」
「ラヴィぴっぴが恥ずかしがってるぷぎー。可愛いぷぎーよ」
鼻の下を伸ばすピッグミーに俺は確認する。
「約束はきちんと守っていただけるのですね?」
「わかってるぷぎー。不本意だけど妹は殺さないでおいてやるぷぎー。ただし、オレぴっぴとラヴィぴっぴの視界に入らないよう、どこか遠くに行くぷぎよ。見つけたら容赦しないぷぎー。約束を守らないやつは大キライぷぎー!」
俺は表情を変えずに続ける。
「約束を守ろうという心がけは大変すばらしいと思います」
「当然ぷぎーよ。オレぴっぴは魔王になる男ぷぎー。先代魔王を越えて世界の王になるぷぎー」
自信満々の豚男の言葉に、参列者の中から殺気がゆらりと上がった。
柳眉を吊り上げ、その表情が「こいつ極大獄炎魔法ったろうか」と語っている。
落ち着けステラ。ステイステイ。
「ところで魔王を目指すお方が人間式の挙式に人間の伴侶というのが不思議でなりません。私も迷い無き心で式を進めたく思いますので、どうして彼女を選んだのかお教え願えませんか?」
ピッグミーは不機嫌そうだ。
「さっきからなんなんだぷぎー! とっとと始めるぷぎーよ!」
「お二人が愛し合うこととなった馴れ初めを是非お聞かせいただきたいのです。愛が深いほど私も心からお二人の幸福を願い祈ることができますから」
ニッコリ優しい司祭風の笑みに、参列する女子一同から「うわ」っと声があがった。
「「「「ひそひそ、ひそひそ」」」」
はいそこ、私語はしない。
腕組みをすると鼻から息をぶわっと吐き出して、豚男は俺に告げる。
「人間に変装してサマラーンの劇場を見に行ったぷぎー。ステージを一目見てオレぴっぴのお嫁さんにすると決めたぷぎーよ!」
「つまり、外見で選んだ……と」
「見た目は大事ぷぎー! それに劇場の他の女どもなんてスッポンぷぎーよ! ラヴィぴっぴの輝きは彼女だけのものぷぎー! オレぴっぴにしかわからないぷぎがねー!」
新郎の隣で新婦がますます顔を背ける。
「輝きは違ってもそっくりな妹は困るぷぎー。顔が一緒なのはまずいぷぎぎ! 他の男と並んで歩いてるのを見たりしたら、温厚なオレぴっぴでも嫉妬でどうにかなっちゃいそうぷぎぎぎっ!」
新婦の肩が小さく震える。怒りで。
俺は小さく息を吐いた。
「人間の中でもひときわ輝いて見えたから、彼女を選んだ……と?」
ピッグミーは右手で腹鼓をパンッとならす。
「ラヴィぴっぴは特別ぷぎー! それをわかってあげられるのは、世界広しといえどオレぴっぴだけぷぎーから。それに先代魔王は人間の嫁を手に入れたぷぎー。これからの魔王候補は人間の嫁がステータスぷぎーよ! これで他の魔王候補に差をつけるぷぎー!」
結局のところピッグミーが欲しかったのは、先代魔王――ステラとニーナの父親を表面上真似ることだったようだ。
そろそろいいだろう。というかステラがブチ切れ寸前だ。先代魔王がどうして人間の姫を迎え入れたのか、詳しいところまで訊かされていないが、ニーナが“愛の結晶”なのは間違い無い。
愛のない野望の種を芽吹かせるわけにはいかないと、義憤にかられる魔王様。
出番はもう少し後だぞ。早まるなよ。
と、視線でステラを牽制しながら俺は式を進行した。
「すべて承知いたしました。では、新郎ピッグミーさん。貴方は彼女を伴侶として迎えいれ、生涯愛すると誓いますか?」
「誓うぷぎー!」
「本当に?」
「ほ、本当だぷぎー!」
「この隣に立つ彼女をですよ」
「しつこいぷぎー! 当然だぷぎーよ!」
「では、ここに新郎の誓いの言葉をこの場の全員で共有いたします。誰もが証人ですよ」
ピッグミーがあってないような、ずんぐりとした首を傾げた。
「なんだか段取りと違うぷぎーな」
俺はずっと顔を背けたままの新婦に問う。
「新婦。貴方は新郎ピッグミーの伴侶となって生涯愛すると誓いますか」
「…………ます」
小声で呟くと白無垢ドレスの少女はピッグミーに向き直る。
美少女と野獣の視線が合った。
「では、誓いのキスを」
指輪の交換が先なのだが、少女の潤んだ瞳にすっかりピッグミーも舞い上がっていた。
「ナイスなアドリブぷぎー! 話のわかる神官ぷぎーね! きっと出世するぷぎーよ!」
そりゃどうも。
少女の小さな唇がそっと告げた。
「……じっと見られると恥ずかしいから……目……閉じて……」
「わ、わかったぷぎー!」
「……良いっていうまで……閉じてて」
「約束は守るぷぎーよ!」
ピッグミーはぎゅっと目をつむった。
二つの影がゆっくりと近づく。
豚の鼻がブヒブヒと呼吸も荒くなった。
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーッ!!!!!」」」」」」
会場の盛り上がりは最高潮だ。獣人たちは吼えるように声を上げ、二つの影が一つに結ばれるのを待つ。
「ラヴィぴっぴの唇いただきますぷぎ~!」
べちょ……と、ピッグミーの厚ぼったい唇が、ヒンヤリつるんとした何かに押しつけられた。
「むちゅー……ん? なんだか冷たいぷぎー。それに思ってたより硬いぷぎーな」
困惑しながらも、目をつむったままの豚男に見かねて、白無垢ドレスの少女が告げた。
「……目……開けて」
ピッグミーがゆっくり目を開くと、そこには――
(´・ω・`)
仮面をつけた俺が立っていた。