ぅゎょぅι゛ょっょぃ
俺は金髪幼女――ニーナに訊く。
「ニーナはお姉さんが好きですか?」
「うん! ニーナはおねえちゃ、だーいすき! 今日もおねーちゃは、丸くて赤くてピンクでオレンジで水色のお菓子をくれたの。とってもおいしいの。おねーちゃは魔王様でえらいから、みつぎもの? なの!」
引越祝いのマカロンの行き先が判明した。
ニーナの笑顔が心配そうに変わる。
「だけどおねーちゃのみつぎものなのに、おねーちゃは一個しかたべなくて、ニーナにくれるの。おねーちゃ、もっと食べたいのに。だからニーナね、とってあるの。はんぶんこできるんだぁ」
俺はもう一度膝を屈してニーナに優しく告げる。
「それは大変すばらしいことです。良い妹さんをお持ちですね魔王様」
「う、うう……あなたが笑顔になるだけで怖いんだけど」
「人聞きの悪いことを言わないでください」
ニーナは俺とステラのやりとりが不思議なようで、ぽかんとした顔だ。
その表情一つとっても愛くるしい。
おかげですっかり戦意が消え失せてしまった。
「どうでしょう。ニーナさんも連れて、明日の朝にでも一緒に王都に行きませんか?」
「は?」
「ニーナさんはマカロンをお気に召したようですし、転移魔法で招待しますよ」
「な、なな、何を考えてるの!? 魔王を人間の王都に招待するって……」
「貴方がもしやらかそうとしても、私一人で対応できるとわかりましたし。危険は無いでしょう」
「言っていいことと悪い事があるわよ! 対応できるだなんていう心ない神官の一言で、傷つく魔王だっているんだから!」
「力量差を受け入れてください。それで、どうしますか?」
ニーナが俺とステラの顔を交互に見てそわそわ不安そうだ。十メートル離れたところでは、アークデーモンが正座をしたかと思うと、さらに土下座へとスタイルチェンジ。
主君への忠義がそうさせるのか。
ステラはニーナを抱きしめ抱き寄せると、伏し目がちになった。
「条件は……なにかしら」
俺はそっと小さな教会の建物を指差した。
「営業許可をいただければけっこうです。専守防衛が信条ですので、こちらの生存権が脅かされない限り、私は魔王様とその妹君であるニーナさんに一切の危害を加えません。ですから、どうか私をこの地から排除するのを諦めていただきたい」
魔王はムッと俺を睨む。
「したくてもできないって、たったいま証明されたところなのに。皮肉ね」
「そう怖い顔をしないでください。せっかく姉妹そろって可愛いのですから。お二人とも笑顔が素敵ですよ」
事実、こんな美少女姉妹は王都でも見たことが無い。
と、魔王の顔が耳の先まで赤くなった。
「ば、ばば、バカなの!? 可愛いとか……言われたことないわよ! というか魔王はもっと恐れられるべきでしょ! 可愛いなんておかしいんだから!」
ニーナが「おねーちゃはかわいいよぉ。よしよし」と、背伸びをして魔王の頭を撫でる。
ますます魔王の顔が赤熱発火大炎上した。
「ニーナまでええええ!」
絶叫する姉を差し置いて、くるんとこちらに幼女が向き直る。
「おにいちゃは、ステラおねえちゃがかわいいの?」
「ええ。神に誓って事実ですね」
「ほえぇ~~」
何か感心したような声を上げたかと思うと、ニーナは俺に訊く。
「おなまえ、おしえてくれますか?」
「私はセイクリッドと申します」
「せいく……セイおにいちゃ!」
そこまで覚えにくくもないでしょうに。
ニーナは俺の手とステラの手を繋がせた。
「ステラおねーちゃと、セイおにいちゃはなかよしなかよし」
うんうん! と、幼女は満足げに二度、頷いた。
触れたステラの白い手は少女らしく繊細で柔らかい。この手から黒魔法を連打していたのが嘘のようだ。
ステラは顔を赤くしたまま、今にも口から泡を吹きそうだった。
「あばばばばっばばばっばばばっばばばばああくぁwせdrftgyふじこlp」
しっかりしろお前は世界の半分を統べる魔王だろうに。
翌日――
スパッと切断されたローブの袖は、意外にも手先が器用な魔王ステラの手縫いで修繕され、魔王と妹は王都の町娘風な地味目の格好をすると、俺とともに有名菓子店の大行列に並んだ。
移動の手間がかからない転移魔法様々である。
店は朝からすでに長蛇の列だ。
ニーナは人間の町にやってきたのが初めてなようで、楽しげにずっと笑顔をこぼし続けた。
人間が作る行列に魔王ステラは溜息を一つ。
「そうだわ。その菓子職人を魔王城に誘拐すれば、毎日あの美味しいお菓子が食べられるじゃない。我ながらグッドアイディアね!」
ニーナがステラの手をぎゅっと握って首をフルフル左右に振った。
「みんな楽しみにしてるから、ひとりじめはだーめ」
ステラよりも妹の方に“王の器”を感じるのはなぜだろう。
魔王は妹に頭が上がらないようで「じょ、冗談よ」と苦笑いだ。
こうしてさらに一時間ほど待ち、開店時間がやってきた。
ステラが店のお菓子を財貨で買い占めようとしたのだが、ニーナに「そんなにいっぱいたべられないよ。また、おねーちゃとおにーちゃと買いにきたいから」と、再び諭され魔王はすっかりシュンとした。
どっちが姉だか、これもうわかんねぇな。
二人が手に持てるだけの焼き菓子を買い求めたところで、転移魔法で“最後の教会”前まで戻り、魔王城の城門前で門番のアークデーモン――ベリアルの元に無事、送り届けた。
「きょ、今日はええと……人間の国の視察をできて良かったわ。あ、ありがと」
まだ緊張も警戒も解いていないという風ではあるのだが、ステラから予想していなかった感謝の言葉を受けてしまった。
さらに赤髪の魔王は言う。
「ええと、これからは人間っていうんじゃあじけないから……セイクリッドって呼ばせてもらうわね」
「ええ、こちらはいかがいたしましょう魔王様?」
「は、恥ずかしいからやめて! ステラでいいわよ」
口を尖らせステラは俺から目をそらす。
ニーナは俺とステラのやりとりに目を細めると「おねーちゃのこと、よろしくねセイおにーちゃ!」と、俺に抱きついてきた。
ぷにぷにだ。ふわふわだ。花とミルクを混ぜたような良い香りがする。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
ステラが慌てて俺からニーナを引き離す。
「ほ、ほらニーナ帰るわよ!」
「ばいばーい! またあしたねー!」
ステラが軽く頭を抱えながらニーナの手を引き、城の奥へと二人の背中が消えると、魔王城の重厚な城門はゆっくりと閉ざされた。
そっと会釈するベリアルにこちらも会釈で返し、教会に戻る。
最後の教会を運営していく上で、魔王との付き合い方というのは中々に難しいものだ。
と、ぼんやり思っていると、大神樹の芽が輝きを増した。
その光がメッセージを聖堂の内壁に投影する。
「勇者のレベルが4になった……ですか」
本部からの定時連絡だった。
このカウントが80を越えるまでは、きっと平和な日々が続くのだろう。
いつになることやら。
俺はキッチンで紅茶を用意し、先ほど買った焼き菓子をそえて、私室でのんびり本を読んで過ごすことにした。