黒々同志「腹を割って話そう」
双子姉妹の故郷はサマラーンの北西にあるオアシスの村だった。
ラヴィーナとルルーナの母親は二人を産み落としてすぐに他界し、父親の手で育てられたという。
二人が六歳になった頃――
どこからかやってきた賢者を名乗る男が二人を見てこう言った。
「同じ顔の双子はこの村にとって不吉だ。すぐに片方を殺してしまえ」
賢者が訊いて呆れるが、不思議と村の人間たちはその言葉を信じてしまった。
父親は二人を守ろうと教会の司祭に相談し、結果――
「……私が王都の修道院に行くことになった」
二人でテーブルを囲んでしばらく。
ルルーナは紅茶に口をつけることなく、あらましを話し終えた。
「そのようなことがあったのですか」
賢者の予言が気になるが、たしか村から出されたのはラヴィーナの方だったはず。
「……私はそれでよかった。あの自由奔放な姉さんが、規律に縛られた修道女の暮らしなんてできるはずない」
そっと視線をテーブルの上に落とすルルーナに、俺は焼き菓子を勧める。
マドレーヌを手にとって、子リスのように彼女は両手で持つとハムハムと口を動かした。
「幼い頃から、お二人の性格は違っていたようですね」
コクコクとルルーナは首を縦に振る。
食べ終え、少し冷めた紅茶で喉を潤して少女は続けた。
「……だけど、姉さんが私の代わりに王都へ行った。出発の前日に入れ替わっても、誰も気づかなかった。父さんも……」
「それからどうなったのでしょう?」
「……すぐに私が……ルルーナが残ったということがわかったけど、村のみんなは片方がいなくなったならそれでいい……みたいな感じで」
「賢者はどうしましたか?」
「……姉さんが旅立った日の朝には、村から消えていた。姉さんを修道院に入れたあと、父さんは体調を崩してしまって……」
ほろり……と、少女の頬を一筋雫が落ちる。
「辛いことを思い出させてしまいましたね」
「……別に」
淡々とした口振りが余計に痛々しい。
「賢者の顔を覚えていますか?」
ルルーナは首を小さく左右に振る。わからない……か。
「……けど、賢者の言葉は正しかった。姉さんが王都から十年ぶりに戻ってきてすぐ、村にあの魔族たちが現れたから。それまで村はずっと平和だった」
ピッグミー海賊団。タイミングが良すぎるといえばそうだが、恐らく偶然が重なっただけの不幸な事故だろう。
「たまたまですよ。魔族というのは、現れる時には現れるものなのです」
「……だったとして、姉さんが戻ってなければ、私がピッグミーの生け贄にされていた。それで終わっていたはずだった」
「終わらなかったようですね」
また、ルルーナの頬に涙が一粒伝って落ちた。
「……村に戻ったばかりの姉さんが私の代わりにピッグミーの前に出て……姉さんは今度も私を庇った。婚姻の儀式は吉日がいいからとか、適当なことを言って海賊団を引き上げさせて……その間になんとかしようって、二人で旅に出た……だけど」
俺はルルーナの空になったカップに紅茶を注ぐ。薄い琥珀色の液体が湯気を上げてカップを満たす間、少女は黙ったままだった。
「よろしければ続けてください」
温まったカップを手に少女は頷く。
「……ある夜、サマラーンに人間に化けてピッグミーがやってきた。あいつは姉さんだと思って私に求婚してきた。そこに姉さんが現れて、あの魔族は言ったの。『オレぴっぴの愛は純愛だから二人を愛するなんてできないぷぎー!』って。だから私を殺すって」
「魔族らしく実に歪んでいますね。その時は助かったようですね?」
「……あいつ姉さんに手出しできないから。姉さんが時間を稼いでる間に、私は逃げた……また、助けられて逃げることしか……できなかった」
一方的にただ助けられる。もう一人の自分ともいえる双子の姉に。
自身の無力さと悔しさとむなしさに、ルルーナはずっと苛まれ続けてきたのだろう。
「その魔物はどうしてそこまで、人間を伴侶にしようとしているのでしょう」
「……それはわからない。けど、ピッグミーは砂漠の村や街に出没して、ずっと“次の魔王になる自分に相応しい人間の女性”を探していたみたい」
そこで選ばれたのがラヴィーナだったというわけだ。
「……こんなことになるなら、村を離れて独りで生きていけばよかった。でも、できなかった。父さんも母さんも姉さんもいない村を出て行かなかったのも……私が弱いから」
思い詰めたように震える少女の手の中で、彼女の心の様を表すかのように紅茶の水面が揺れて波打つ。
「家族の思い出が詰まった家や、生まれ育った故郷は簡単に離れられないものです。貴方は少々腹黒いのと、占いが当たらないくらいで悪い事など一つもしていません。自分のせいかもしれないなどと、抱え込むのはおやめなさい」
少女はそっと下唇をかむ。
「……けど」
「そうですね。今度は貴方がラヴィーナさんを救ってあげる番です」
「……姉さんを救うなんて……私には……戦闘でもいつも姉さんがほとんど一人で倒してしまうし……足を引っ張ってばかりで……」
舞剣士としてのラヴィーナの腕前は中々のようだ。
しかし、修道院に送られたラヴィーナはいつ、その修練をしたのだろうか。
ともあれ――
「私に良い考えがあります」
「……そういうのは大抵、失敗フラグ」
「まあ、そう仰らずに」
たった今思いついたアイディアだが、俺は“概要”を彼女に語った。
必要なのはルルーナがラヴィーナに胸を張っていられるようになることとと、ピッグミーに引導を渡すことだ。
ピッグミーを倒してしまっても構わないのだが、それだけではこの先も、ずっとルルーナはラヴィーナの影に隠れてますます出てこられなくなりかねない。
今こそ、一歩踏み出す時。
そのお膳立てに協力者などなど、声かけは俺が請け負うことにしよう。
「という感じですが、いかがでしょう? イタズラを仕掛けるみたいでわくわくしてきませんか?」
コクリと少女は首を小さく縦に振る。
「…………不良神官」
「学生時代によく言われていましたよ」
「…………どうしてそこまでしてくれるの?」
ルルーナの瞳の奥に不安がチラついていた。
「腹黒系の同類として放ってはおけませんから」
少女の震えはだんだんと収まり、カップの中の嵐は凪ぎのように鎮まった。
ずっと暗かった顔が一瞬だけ笑顔になる。どうやら俺の計画に承認が下りたらしい。
ああ、やはり双子なのだ。ルルーナの明るい笑みはラヴィーナとうり二つだった。




