スレ違い出る ~サマラーンで合流できないから教会でやるお!~
聖堂内を軽快な音色が包む。
時々外れた音を出すオルガンを弾くと、それに合わせてニーナが踊った。
振り付けをしたのは双子姉妹の姉――踊り子にして舞剣士のラヴィーナだ。
ニーナが小さな手足を大きく伸ばして、リズミカルな曲に合わせてステップを踏む。
珠のように汗が弾けた。幼女はほっぺたを赤く染めながら、もはやダンスに夢中だ。
ラヴィーナがカウントをしながら手を叩く。
「はいワーンツースリーフォー! ワーンツースリーフォー! ワーンツースリーターンッ!」
ニーナはバレリーナよろしく、その場でくるりと一回転。
そして――ピタッ! と止まる。緩まない。残心までキチンと決めるとは、幼女に末恐ろしさを感じた。
「はいオッケー! もーサイコーだよニーにゃんってば!」
パンッ! と、ラヴィーナが手を叩いてようやくニーナは身体の力を抜いた。
「はぁ……はぁ……ニーナできてましたか?」
やりきった表情のニーナをラヴィーナはしゃがみながらぎゅうっと抱きしめた。
「すっごく良かったよぉ! ね? セイぴっぴもそー思うでしょ?」
オルガンの鍵盤から手を膝の上に置き、俺はそっと頷いた。
「ええ、この短時間で三つもステップを覚えるなんて、ニーナさんには踊りの才能があるのかもしれませんね」
ニーナは小さくうつむくと、耳の先まで顔を赤くする。
「そんなことないのです。ラヴィししょーの教え方が、とってもとってもわかりやすいから……」
謙虚。さすがニーナ謙虚。姉にほんの少しでいいから、分けてあげたい。
「んもーそんなことないって! ニーにゃん本当に呑み込みチョー早いし。そだ! こんどサマラーンの劇場でショーに出てみない?」
そっとニーナを解放してラヴィーナはスカウトまで始めてしまった。
ニーナは両手で自分のほっぺたを包むようにして「困っちゃうのです」と、まんざらでもなさそうだ。
と、そんなニーナについ訊いてしまった。
「ところでニーナさんは、アコさんを先生と呼んでおられましたが、ラヴィーナさんは師匠なのですか?」
もじもじと膝を擦るようにして幼女は「うん」と首を縦に振った。
「せんせーとししょーはちがうのです」
ニーナはキュッと拳をにぎって力説した。
「どこらへんが違うのでしょう?」
「けんじゃとだいまどうしくらいちがうのです」
よくわからないが、ともかくニーナの中ではアコとラヴィーナはそれぞれ別々の尊敬を集めているようである。
ラヴィーナが膝を折ったままニーナに視線の高さを合わせる。
「けっこうアタシってば、マジでニーにゃんをトップスターに育てたいんだけど、どーかな?」
ニーナはそわそわした素振りで、俺の方を見た。
相談するならステラかベリアルだろうに。
残念ながら二人とも不在だ。
「ニーナさんが本気でやるというのなら、私は協力を惜しみません」
幼女の幸せを祈り万難を排することこそ大人の務めである。
が、ニーナは恥ずかしそうにはにかんだ。
「えっと、ニーナはまだ自分のこともちゃんとできません。踊りはたしなむだけにします。教えてくれてありがとうございます」
ちょこんと頭を下げるニーナにラヴィーナは「そっかー。うん! ニーにゃんがダンスを好きになってくれただけでも、アタシはハッピーだし」と、あっけらかんと笑ってみせた。
ラヴィーナは膝をゆっくり伸ばして立ち上がると、俺に言う。
「そろそろ戻らなきゃだし。セイぴっぴ蘇生してくれてありがとね! えーと、所持金の半分だっけ?」
「今日は素敵なダンスの先生をしてくださったので、その奉仕の精神を汲んで寄付としましょう」
「え? いいの?」
「ええ。不思議とこの教会で復活する冒険者のみなさんは、あらかじめ所持金を絞ってくることが多いですし」
「バレてるッ!? やっぱりセイぴっぴとアタシって以心伝心? みたいな」
パターン化しているだけである。アコと同類だなラヴィーナぴっぴは。
「そうそう、ぴっぴで思い出したのですが、ラヴィーナさんを付け狙う魔族についてうかがってもよろしいですか?」
「うっ……し、信じてセイぴっぴ! 浮気とかじゃないんだよ? あっちが一方的につきまとってきて……」
「疑ってなどおりませんからご安心ください。その魔族ですが、まだつきまといをやめていないのでしょうか?」
「あっ……そーいえば、最近あんまり見ないかも……って、どーしてセイぴっぴが豚ヤンのこと知ってんの!?」
豚ヤンとはまた、ダイレクトなネーミングだな。本人が訊いたら案外喜ぶかもしれないが、残念ながら“ぴっぴ”の称号はつかないらしい。
「部下のラステくんからうかがいまして。大丈夫ですか? 助けは必要ではありませんか?」
「し、心配してくれてありがと……うーん、やっぱ今日は帰ろっと。ニーにゃん次に時間あったら、ちょっとむずかしーけど、チョーカッコイイ踊りを教えちゃうから♪」
「はいなのですラヴィししょー」
つきまとう魔族の話をした途端、ラヴィーナはどことなく居心地が悪そうな顔だ。
当然か。配慮の至らなさを反省しよう。
ルルーナを待つか確認する前に「サマラーンまでよろしくぴっぴッ!」と、ギャルピースで押し切られ、俺は彼女に転移魔法をかける。
消える間際に俺とニーナに投げキッスを放つラヴィーナだが、その瞳はどことなく寂しそうだった。
――直後
入れ替わるように大神樹の芽が光を帯びた。
『…………』
反応しないという反応を見せるのはただ一人、ラヴィーナの妹で占い師のルルーナだ。
蘇生魔法で彼女を復活させると、ルルーナとニーナの視線がぴたりとあった。
「……幼女?」
「はえぇ……」
まだラヴィーナに妹がいると教えていないので、ニーナは驚いているんじゃなかろうか。
「ラヴィししょーにそっくりなのです!」
目を丸くしてニーナは驚いたように声を上げた。
思えば性別が変わってもラステをステラと見抜いた幼女である。
目を細めるとルルーナはニーナに告げる。
「……そう。私はラヴィーナの影。彼女のドッペルゲンガー」
「どっぺちゃんなのですか? ニーナはニーナっていいます」
ぺこりと幼女がお辞儀をした。俺が付け加えるようにルルーナに訊く。
「それでどっぺちゃんはこの教会にどのようなご用件でしょうか?」
「……ムッ。しまった」
姉の方がちゃらんぽらんで妹はしっかり者かと思いきや、実は逆なのでは?
不思議そうに幼女が瞳をぱちくりさせる。
「どっぺちゃん大丈夫?」
「……フフフ。実はどっぺちゃんは仮の姿。正体は……ルルーナ。ラヴィーナの双子の妹」
「えええ!? そうなのー!?」
純粋に驚ける幼女に心が洗われる。
俺は一度、咳払いを挟んだ。
「えー、ではどっぺちゃん改めルルーナさん。死んでしまうだけでなく、出逢ってそうそう幼女を騙すとは許すまじ。このセイクリッドが地獄の釜に投げ込むものです」
「……こ、こわい」
ブルブル震えるどっぺちゃんを見て、ニーナがそっと俺のローブの裾を掴んで首をフルフル左右に振った。
「おにーちゃ、ルルーナおねーちゃ怖がってるよ?」
俺は満面の笑みでルルーナに告げる。
「というのは冗談として、どうしてまた姉のラヴィーナさんとはバラバラになってしまったのでしょう?」
「……それは……」
一度、ルルーナはニーナをちらりと見た。ニーナはにっこり微笑み返す。
たったそれだけで信頼を得たのか、それとも小さな女の子ならわからないと思ったのか、少し思い詰めた顔のまま占い師の少女は聖堂の長椅子に腰掛けて続けた。
「……時々、フッといなくなる」
「ラヴィーナさんがですね」
水晶玉を取り出して、のぞき込むようにして占い師は続ける。
「……そう。迷子になったのかと思って探すけど……」
「ルルーナさんの占いはどうも人捜しの役にはたたないようで」
「……闇の中にまだ、光は見えない」
かっこよく言ってポンコツである。
「一度離ればなれになったときに、合流場所など決めていたりしないのですか?」
俺の質問にルルーナはそっと教会の天井を指差した。
「……ここ」
もっと他の場所にしてはもらえんだろうか。
「実は、つい先ほどまでラヴィーナさんはいらしていたのですが、たった今、サマラーンにお送りしたところです。すぐに追いかけられますか?」
「……待って」
ルルーナは神妙な顔つきのままだ。
そんなルルーナの手にした水晶玉を、ニーナがしゃがんで下からのぞき込む。
「なにが見えるの?」
「……森羅万象」
「わああ! ニーナのこともお見通し?」
「……」
無言でコクリと頷くルルーナは、ミステリアスでいかにも百発百中言い当てそうな霊感少女らしさがある。
ニーナがルルーナに詰め寄った。
「じゃあじゃあ、ルルーナちゃん教えて教えて」
「……セイクリッド。こんな小さな子から(お金)はとれない」
途中意図的に小声になったな。
「いきなりなんの話でしょう」
ルルーナが手にした水晶玉を俺に向けてのぞき込む。
「……では無料占い。セイクリッドはロリコンの相あり」
「ほえぇ……おにーちゃはろりこんなのです? ろりこんはこんころりーんとしてるのかなぁ……あはははは! おにーちゃがこんころりーん! じゃあろりはなんだろぉ」
ツボってお腹を抱える幼女もいとおかし。
とはいえ、ニーナの口から「セイおにーちゃ、ロリコンってなぁに?」という禁じられし封印されるべき言霊が解き放たれる寸前だ。
「今回は特別に占いをしていただくことで、寄付とさせていただきましょう。私は占っていただきましたし、ニーナさん、せっかくですから占ってもらってはいかがでしょう?」
蘇生費用が冒険者から現物(?)支給される教会24時。
どこかで現金を大量に所持した大富豪冒険者が死なないかな。その魂の誤送なら大歓迎である。
幼女が瞳をキラキラさせて俺を見上げる。
「いいのセイおにーちゃ?」
「ええ、私のことはお気になさらず」
「じゃあえーと、ろりこんってなぁ……」
「ニーナさんは、もっと他に占って欲しいことがあるのではありませんか? 先ほど、ルルーナさんに教えてと言っていましたし」
ニーナは思い出したように目を丸くさせる。
「あ! そーだった。ルルーナちゃん教えて!」
「……真実はいつも一つ」
ルルーナが占えば闇の中で、真実の迷宮入りまったなし。
「あのねあのね、さいきんニーナのおねえちゃが、秘密にしてるの」
「……ニーナには姉さんがいるの?」
「とってもすてきなおねーちゃだけど、ニーナちょっとさびしいなぁ。おねーちゃ秘密秘密って」
バレてますよ魔王様。
今日、ステラが姿を現さないのも、おそらくニーナに秘密でクッキーを焼く練習をしているからだろう。
ルルーナは水晶玉をのぞき込んだ。
「……姉は秘密を持つものです。それが姉という生き物だから」
「そうなのです!?」
「……ニーナが信じてあげれば、きっと大丈夫」
意外にもルルーナの占いは真実にたどり着いていた。
「そっかぁ。ニーナはとりこしぐろうでした。えへへぇ。じゃあ、今日はおねーちゃの秘密をみてみぬふりしよっかなぁ」
ほっと安心したようなニーナを「それは大変よろしいことかと」と、俺も後押しした。
ニーナが魔王城に帰ると、ルルーナと二人きりだ。
彼女は聖堂の長椅子に座ったまま、水晶玉をのぞき込んでいる。
「よくわかりましたね。ニーナさんの姉が何を考えているか」
「……姉妹なんて、どこも同じようなものだから」
占いではなく経験則か。
「ここでラヴィーナさんを待たれますか?」
ルルーナはそっと首を左右に振る。
「……いつも私の前からいなくなって、気づくと隣にいる。猫よりも気まぐれな姉さんだから、こちらから会いに行こうとしても、会えたためしがない」
「双子の姉妹といっても、ずっと一緒にはいないものなのですね」
「……再会したのも一ヶ月前。その間、十年くらいは顔を合わせることもなかったから」
深く息を吐くルルーナに、俺は手を差し伸べる。
「話したい事があるようでしたら、伺いましょう。迷える子羊どっぺちゃん」
「……案外しつこい」
「失礼。どうも貴方と二人だけだと、素の自分が出てしまいがちで。腹黒い相手にはつい、気を許してしまうんですよ」
「……お主も悪よのう」
「ルルーナ様ほどではございません」
「……ぷっ」
感情豊かな姉の影を自称し、仏頂面を続けていた少女が小さく吹き出した。
「お茶を一杯、お付き合いいただけますか?」
「……お菓子があるなら」
俺の手をとって少女は立ち上がる。
十年会っていないという姉妹のいきさつは、紅茶と焼き菓子で聞き出すことにしよう。




