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嘘とまやかしと言い訳と呪い解かれし姉君

 ラヴィーナとルルーナは帰還先に王都ではなく、そこから海を隔てた南西、遙か遠くにある“砂漠に咲いたオアシスの大都市”――サマラーンを希望した。


 ラステが転移魔法と口にして、俺が大神樹の芽の裏で魔法を発動させると、姉妹の姿が光に包まれ消える。


「ふぅ……さすがに今日はもうこないわよね」


 少年ラステからステラの口振りに戻り、講壇から降りようとしたその時――


 赤絨毯の先で扉がゆっくり開いた。


「セイクリッドはいるか?」


 凜とした声の主は、甲冑に身を包んだ女騎士だ。背中には、先端が三つ叉に割れた槍を背負っている。


 慌ててラステが講壇の上に戻った。


「ど、どちらさまでしょうか?」


 揉み手で腰を低くする少年司祭に女騎士――ベリアルが小さく首を傾げる。


「おや? きさま、その服装は神官のようだが?」


「ぼ、ぼくはぁ……セイクリッドの代理です。はい」


「セイクリッドはどうしたのだ?」


「死にました」


「そうか……色々とあったが惜しい男を亡くしたものだ。しかし、あの男を討ち取る者が現れるとは、世界は広いな」


 しゅんと肩を落とすベリアルにラステは言う。


「あ、えっと、生きてるから冗談だから!」


 すると、ベリアルは背中の槍を手にラステの喉元に切っ先を向けた。


 あまりに素早い居合抜きの達人じみた動作に、ラステは反応することもできない。


「これが実戦なら死んでいたぞ小僧」


「ご、ごめんなさい! お願いだからその物騒なものを引っ込めて! どうか慈悲を!」


 部下に平謝る魔王。


 小物っぷりに呆れたのか、ベリアルはスッと槍を引いた。


「きさまが生きていられるのも、この教会の本来の司祭である、あの男の代理だからというだけだ。この教会内は治外法権だからな。もし戦場でまみえたなら、わたしはためらいなくきさまを殺すだろう」


「ひっ!? 以後気をつけます! 教会から一歩も出ませんですはい!」


 だんだん敬語になっていくのだが、これ、あとでもしラステの正体を知ったらベリアル自害案件になりかねない。


 ここは冷静にラステをサポートしつつ、その正体が明かされないよう見守ることにしよう。


 不機嫌そうにベリアルはラステをにらむ。


「それでセイクリッドは何処いずこへ? また、あの美味い酒を買いに行ったのであれば……うっ……思い出しただけで酔ってしまいそうだ」


 口元からヨダレ出てるぞ。


 ラステが返す。


「え、えーと、今日はその……教皇庁ってところに行ってるんです」


「ってところとは? 神官の貴様もその一員ではないのか?」


「え、ええ! よく行きますよ。もう週に3~4回は。お土産にコロコロとか売ってるし」


 焦るラスにベリアルは怪訝けげんそうだ。


「まあいい。では、セイクリッドは不在なのだな。しかし……ではいったいステラ様はどこに? あの者と逢瀬おうせを楽しんでおられるかと心配したのだが」


 みるまにラステの顔が赤くなる。


「し、心配するようなことなの? じゃない、心配しなくても大丈夫ですよ。セイクリッドはそういうの、全然しないさせない持ち込まない主義だから」


 これに女騎士は腕組みすると「確かに。あの男に限って、ステラ様を誘惑などするはずもないか」と、納得したように独りうなずく。


「そうそう! だって神官と魔王なんてくっつきたくてもくっつけるわけ……」


 瞬間――


 再びラステの喉元、今度はミリ残しで槍の鋭い切っ先が少年に突きつけられた。


 女騎士、える。


「わたしはステラ様としか言っていないが、なぜきさまが魔王と知っている? つまりは、この教会がどこにあるかということも……」


「あ、あわわわわ……」


 蛇に睨まれた蛙ならぬ、部下にイキられたビビリ魔王、ここに爆誕。


 ラステは膝をガタガタ言わせながら、腰を抜かしそうだ。


 かろうじて立ってはいるが、これ以上ボロを出したらベリアルに刺されるかもしれない。


 俺が止めに出ようとしたその時――


 タッタッタッタ……と、小さな影が女騎士を追って、赤絨毯を駆けてきた。


「ベリアルおねーちゃ、そっちにステラおねーちゃいた?」


 慌ててベリアルが槍を引くと、振り返って膝を着き小さな影――ニーナにひざまずく。


「どうやらこちらにもステラ様はいらしていないようです」


 ニーナは「おねーちゃはかくれんぼの天才だったんだぁ」と、幼女らしくもない感慨かんがい深げな口振りで言うと、視線を上げる。


 赤髪に赤い瞳の少年司祭と目が合った。


「あ! ステラおねーちゃみーつけた!」


「は、はひ?」


 口の回らないラステのもとへ、ニーナはトコトコ駆けていく。講壇の上にあがってローブの裾をきゅっと掴むと、幼女はニッコリ笑った。


「おねーちゃ、おとこのこみたいな格好なのです」


 さすが幼女。曇りなきまなこで真実を見極めた。


 大あわてでラステは首を左右に振る。


「ち、違うよお嬢ちゃん! ぼくはラステっていうんだ!」


「らすてらおねにーちゃ?」


 混ぜても大して危険じゃない。


 ベリアルがブルッと震えて立ち上がった。


「ま、まさか……その赤い髪と瞳は……あ、あああああああああ!」


 そのままゆっくりとベリアルはラステに向かって膝を着き、淀みないスムーズな動作で土下座へと移行する。


「このたびはなんということを……このベリアルの首を捧げますゆえ」


 ニーナは目をぱちくりとさせ、ラステはこの状況に声をあげる。


「いやちょっと待って! ぼくは本当にラステっていうどこぞの馬の骨であって、あなたが考えてるような美少女ツインテール魔王じゃないから!」


「どうしてステラ様の髪型をご存知なのか!? ご本人なのですよね!?」


 何か言う度剥げていく化けの皮だが、魔王はあと何回、変身を残しているのだろう。


 幼女がくいくいとラステの裾を引っ張る。


「おにーちゃになっても、ニーナはステラおねーちゃ大好き。あのねあのね、ひみつのお話あるからちょっとしゃがんでほしいのです」


「あ、あううう、はい」


 言われるままにラステがしゃがんだとたん、幼女の唇がチュッと少年のほほに触れた。


「ひみつのお話じゃなくて、ちゅーでしたぁ。えへへぇ」


 そう、呪いは時に真実の愛によって解かれることがある。


 ニーナの愛が魔王にかけられた(自分でかけた)呪いから、魔王自身を解き放った。


 光がラステを包んだかと思うと、その髪は長く伸びてツインテールを独りでに結び、胸の慎ましやかさはさほど変わらないながらも、女性らしい体つきへと変化する。


 その姿を見てベリアルは、自分の喉元に槍の切っ先を向けた。


「やはり……どうかこの命で罪を!」


「やめてベリアル話を聞いて!」


 赤絨毯を血に染められても困りものだ。


 俺はしぶしぶ大神樹の芽の裏から姿を現した。


「いやはや、勘違いは誰にもあるものです。貴方が死んでどうなるというんですかベリアルさん」


「き、きさま!? 隠れていたのか?」


 ニーナは「はわわ、おにーちゃもかくれんぼの達人ですか」と、驚いた顔をする。


「少し出る機会を逸していただけですよ。というわけでベリアルさん……恨むなら私を恨んでください」


 槍を手にしたままベリアルの動きがピタリと止まる。


「どういうことか説明してもらおうか」


 ここはステラのやらかしが原因とは言えないな。魔王の威厳だけは守ることにしよう。


「実は私の魔法実験の手伝いをしてもらったところ、ステラさんの性別が反転する呪いがかかってしまいまして。お二人に知られるのは恥ずかしいと、呪いが解けるまで教会にかくまっていたのですよ。するとステラさんは大変お優しいので、私の仕事を手伝ってくださる……と」


 俺が「そうですよね?」と確認するまでもなく、ステラが立ち上がり胸を張った。


おおむねセイクリッドの言った通りよ!」


 この切り替えと開き直りの早さが魔王の魅力だ。


 ベリアルの手からカランと槍が落ちた。


「そうでしたか。早とちりばかりする自分が恥ずかしい。しかし、ステラ様! 相談でしたらまずはこのベリアルに……」


「し、示しがつかないでしょ!」


「失礼いたしました」


 まあ、お互い納得できたようだ。


 ニーナは少し寂しそうな顔になった。


「おにーちゃになったステラおねーちゃとも遊びたかったなぁ」


 ステラは「えっと、考えておくわね」と言葉を濁す。


 ともあれ言えることは一つ。


 幼女の口づけにはどんな呪いも叶わない。


 ダイヤモンドが砕けない的な感じで覚えておきたい標語ができあがった。

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