【ホラー】教会育ちのSさん
ある夜――
時刻は零時を回ろうかというところ、普段は就寝している時間なのだが妙に目が冴えてしまい、自室で本を読みふけっていると……。
ドン! ドンドンドン! ドン! ドンドンドン!
聖堂の方から扉を叩く音が聞こえてきた。
魔王城前の教会にしては不用心この上ないのだが、この小さな教会の扉は施錠していない。
迷える子羊が入れるよう、扉は開かれているのである。
「こんな夜更けになにかトラブルでしょうか?」
パジャマ姿のまま私室から聖堂に抜けると、赤い敷物の先にある観音開きの大扉は閉じたままだった。
ドン! ドンドンドン!
ノックというには荒々しい、扉を叩く音は続いている。
外へと続く扉の前に立つ。
いったい誰だろうか。
ステラであればノックしたあと、こちらの許可無く入ってくるだろう。
では、妹のニーナか? それも少し違っていた。
ニーナが扉を叩くなら、このような音はしない。トントントンと可愛らしいものだ。
それに、小柄な幼女がノックすると扉の下の方から音がしそうなものである。
音は自分の頭の位置ほどの高さだった。
扉を叩きこわさんばかりの重厚感のあるノックということも踏まえれば、深夜の訪問者は消去法でベリアル(牛モード)ということになる。
が、そうはならないのだ。
なぜなら彼女は今、聖堂内の長椅子で横になっているのだから。
本日は恒例となりつつある月一定例会と称した飲み会(保護者会も兼ねる)だった。飲み過ぎてしまった彼女は聖堂で仮眠をとっている最中だ。
眠りは深く、やかましいノックの音にも彼女はピクリともしなかった。
「ステラさんですか?」
他に魔王城にはハーピーというお世話係もいるようだが、ステラ曰く高所恐怖症の引きこもりとのことで、未だに顔を見たことがなかった。
結論――ステラが三脚的なものに乗った状態でノックをしている。
ドン! ドドン! ドドドン!
返事はノックだった。
二進法に詳しい案山子のマーク2は、現在ぴーちゃんとともに旅に出てしまっていた。
打ち付ける激しい雨のようなノックを解析する手段もない。
「どちら様ですか? 扉は開いておりますよ」
ノックの音がピタリと止んだ。
「あたしよ」
「ああ、ステラさんでしたか。ベリアルさんの帰りが遅くて心配になったのですね。そのままお入りいただいてもよろしかったのに」
「ベリアル?」
扉の向こうからする少女の声は、外にもかかわらず反響音を含んでいた。
「はい。お酒をたっぷり召し上がられて、少し休むと仰ってから聖堂で横になってしまいまして」
脱ぎ癖のある薄褐色肌の美女には「飲んだら脱ぐな。脱いだら飲むな」と約束を交わしている。脱いで良いのは軽鎧までということで、かろうじて全裸ではない。
そのため、扉を開けてステラが突入してきても問題はないのだが、魔王様(?)は扉を開けなかった。
「そんなことより、ちょっと出てきてちょうだい」
「はい?」
「いいから出てきて」
「なぜでしょうか?」
口ぶりも声もステラのようだが、上から声が降ってくる。
「出てきてよ。そうじゃないとあたし、すごく困るの」
「普段からお困りにはなっていますよね」
「ともかく扉を開けて出てきてちょうだい」
不穏な気配を感じる。
「鍵はしておりませんから、いつも通り扉を開けて入ってくればよろしいのではありませんか?」
「そうじゃなくて!」
「あの、ご用件はなんでしょうか」
「それは扉を開けてくれないと話せないでしょ」
「いえ、伺うだけでしたら可能かと」
沈黙が返ってくる。
ほんの数秒が一時間にも二時間にも感じられた。
「あなた知ってるはずよね」
「はい? 何についてですか?」
「だから、あの事よ。あれがあなたに迷惑をかけてるって。そういう苦情を受けていて、あたしが責められてるの」
まるで意味がわからない。ともかく冷静になれ自分。
まず「知っているはず」と、こちらに対して断定をしているのだが、それがなんのことについてか心当たりが多すぎて……もとい、まったくない。
「まず、あの事とはなにをさすのかお教えください」
「どうして嘘つくの! 知らないふりしないで!」
しらんがな。
「では、そうですね。貴女の仰る“あれ”とはどういったものでしょうか」
「だ、だからあれは、あれよ。わかってるんでしょ?」
ちらりと視線をベリアルに向ける。
確かに、迷惑をかけているといえばそうなのだが、ベリアルの酒癖もステラとニーナが幸せになったことで、かつての泣き上戸はすっかり息を潜めて、楽しいお酒になっていた。
迷惑などとは思ってもいない。
「ベリアルさんとのお酒を飲むことは、彼女の胸の内を訊くことにもなりますし大変楽しい時間です。迷惑などとは思っておりません」
「だからベリアルって誰? いいから開けなさいよ」
ステラの口から出る台詞ではなかった。
「いつも通り、入ってくれば良いではありませんか」
「…………」
再び、扉の向こうが沈黙する。
「あれのせいで迷惑してるって訊いたのよ。だから事情を訊かないといけなくて、そうしないとあたしがもう耐えられないの」
扉の向こうからすすり泣くような声が響いた。
先ほどは冗談めかしく、心当たりが多すぎてなどとモノローグしてしまったが、本当に“あれ”がなんなのかわからなかった。
扉一枚を挟んだ目の前にいる存在についても。
「お伺いします。貴女はいったい誰ですか?」
「…………」
「まず名前を教えてください。当教会は迷える子羊に開く扉はありますが、それは本当に救いを求めている方に対してのものなのです。貴女は誰ですか? 救いを求める者なのですか?」
「…………」
無回答だった。
「光の神の前です。ご自身を偽らずお名乗りください」
気配がスッと引いていく。
確証はないのだが、それはいなくなったように感じた。
ともあれ――
「どうやら去ったようですね」
ほっと息をつくと、聖堂の長椅子に寝そべっていたベリアルがあくび混じりに起き上がった。
「まったく、なんなんだ騒々しい」
「いえ、なんでもありませんよ」
寝ぼけ眼をこすってベリアルは立ち上がると、教会の入り口前までやってきた。
「ところでステラ様の声がしたような気がするのだが?」
「そうでしたか?」
「まあいい。今夜はその……た、楽しかったぞ。帰る!」
バンと勢いよくベリアルが扉を開く。
そこにはいつもの荒野と、高くそびえる魔王城の姿があった。
◆
――翌朝。
ドンドンドン! と、聖堂の扉がノックされると同時に、向こうから開かれて赤毛の魔王様が飛び込んでくる。
「おはようセイクリッド! 昨晩はベリアルがお世話になったわね! お礼参りに来てあげたわよ!」
「おはようございますステラさん。お礼参りとは物騒ですね。ようこそ教会へ以下略」
壇上にまっすぐ向かってくると、赤毛の少女は尻尾をピンと立ててこちらの顔を指さした。
「最近、あたしへの応対が以下略で雑すぎるわ! もっと丁重にもてなしなさい!」
「これは失礼いたしました。ところでステラさん……昨晩深夜零時頃、教会にいらっしゃいましたか?」
少女のルビー色の瞳がきょとんとなった。
「いいえ、行ってないけど」
「そうでしたか。それは良かった」
「良かったって一人で納得しないでくれる? いったいなんなのよ?」
「たいしたことではございません。せっかくですから朝の紅茶といたしましょう」
名乗ることを拒み、相手に扉を開けさせようとする。もし、こちらが呼びかけに応じて扉を開いていたら、いったいどうなっていただろう。
時も場所も選ばず、数年に一度こういったことがあるのは、教会勤めの運命なのかもしれない。
・
・
・
――教会の私室にて。
神官あるあるな怪談話を訊かせて欲しいという後輩が、こちらが語り終えると同時にぶるっと身震いした。
「セイクリッド殿、それガチで怖いのでありますが?」
「まあ、すべて私の作り話なんですけどね」
「ひえ! や、やめて欲しいであります! もうなにも信じられなくなるのでありますから!」
その時――
ドンドンドン!
私室の扉が激しくノックされた。
「ひいいええええあああああああばばっばばばばばっばあ!」
取り乱すおかっぱ眼鏡さんに「落ち着いてください」と告げつつ、扉の向こうに訊く。
「貴方は誰ですか?」
「ボクだよ! 勇者のアコちゃんだよ! ちょっとカジノに課金しすぎちゃって今月苦しいんだ! 三倍にして返すからお金貸してよ!」
世の中には開けなくて良い扉というものもあるのだと思う、今日この頃――
今日も魔王城前に建つ最果ての教会は平和である。
本日はコミカライズ版「教会」の更新日だあああああ!
みんな観てね!
コミックウォーカー
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19200685010000_68/
ニコニコ静画(※要アカウント)
https://seiga.nicovideo.jp/comic/38521
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