魔王様は出かけたい
「休日が欲しいですね」
と、何気なく呟いたところで、連日光の神に祈りを捧げにやってくる、敬虔な魔王様(徒歩五分圏内在住)が礼拝堂でビシッと挙手をした。
「異議あり! セイクリッドって毎日が休日みたいなものじゃない?」
赤毛を揺らし自慢げに胸を張るステラに溜息交じりで返す。
「みたいなものとそのものとでは違うのですよ。ところで魔王様はここのところ、毎日いらっしゃいますね」
「だってヒマなんだもの」
魔王がヒマを持て余すとは、世界が平和な何よりの証拠だ。
「では、何か楽しいことでもいたしましょうか?」
「え? だ、だめよ……二人きりの教会で魔王と大神官……なにも起こらないわけないでしょ? やだもうバカぁ……だいたい、き、キスとかしようとすると決まって邪魔が入るし」
だんだん声が小さくなって、最後の方は聞き取ることができなかった。少女は赤面したままうつむき気味に、もじもじと内股になって膝頭同士をこすり合わせる。
「あの、なにが起こるというのですか?」
「質問に質問で返して、あたしに言わせるつもりなの!?」
やぶ蛇を突いてしまったようだ。話題を変えよう。
「ええと、そうですね。楽しいことと言えばステラさんは長い休暇があったらなにをしたいですか?」
少女は矢印のような尻尾をピンと立てた。
「旅行に買い物にお菓子作りでしょ! あとはヨハネちゃんの説法にも行きたいわね! もちろんニーナもベリアルも一緒よ!」
「それは大変よろしいですね」
「あとは前に行ったマリクハの町のイベントみたいなのもいいかも。この前、カノンが教えてくれたんだけど、ああいった場所で定期的に、独自開発した魔法を薄い魔導書にして有料配布してるんでしょ?」
「そういった催しでしたら、マリクハではなく王都の臨海地域にある逆ピラミッド型の遺跡でしょうか」
少女は口元をにんまりとさせた。
「へぇ~セイクリッドも薄い魔導書に詳しいのね。神官職ってみんなそうなのかしら?」
「いえいえ、一般常識ですよ」
ステラはパタンパタンと尻尾を左右に振りながら続けた。
「ま、いいけど。あと温泉にも行ってみたいわね」
「おや、温泉にも興味がおありでしたか。たしか魔王城には広いお風呂があると、ニーナさんやベリアルさんから伺っているのですが……」
「広いお風呂はいいんだけど、露天よ露天! 雄大な大自然の景色に包まれて魂も肉体も解放されるっていうじゃない」
脇を締めて両手をぎゅっと握り締め、少女は赤い瞳をキラキラさせる。
「魔王様は魂を解放させたいのですね」
「ちょ、ま、待って! 光の撲殺剣はやめて!」
「しませんからご安心ください。たしかに仰る通り、魔法で傷は癒やせても心の充足を得るとなると温泉のある町に旅行はいいかもしれませんね。きっと旅情を感じることができるでしょう」
少女は講壇に駆け上ってきた。隣に吸い付くように立ってこちらを見上げる。
「じゃあ旅行しましょ! みんなで!」
「そうですね。落ち着いたら温泉も良いかもしれません」
「それでね、夜は宿屋で枕を投げ合うのよ! それが人間の風習なんでしょ?」
どこでそんな情報を仕入れたのかはわからないが……まあ、アコ辺りだろう。話している間、ステラはずっと楽しげだった。
「しかし、そうなると……ぴーちゃんさんやマーク2さんに留守番をお願いしなければなりませんね」
「うー……みんなで行きたいから二人だけ留守番もかわいそうかも」
「誰かが残らねばならないものです」
「だったらそうだわ! あの二人にお願いしましょ?」
「二人……ですか?」
「留守番させても良さそうなのがいるのよ! ちょっと話をつけてくるわね!」
言うなりステラは矢のように教会を飛び出していった。
・
・
・
「というわけであんたたち、今から教会の司祭になる資格を取りなさい! 二泊三日の間、教会の業務をこなしてくれればいいだけだから!」
「な、なんだと小娘! この氷牙皇帝たるアイスバーンに人間風情のまねごとをしろというのか!?」
「そういうのパワハラっていうんだぷぎー! ピッグミー的にもNGだぷぎー!」
・
・
・
「ちょっと訊いてよセイクリッド! アイスバーンもピッグミーも司祭は無理だっていうのよ!?」
「お二人は元魔王候補ですよ。頼む相手を完全に間違っていますね魔王様」
長期休暇はまだまだ先になりそうである。
本日は杉町のこ先生のコミカライズ版 こちらラスボス魔王城前「教会」の更新日ですぞ!
コミックウォーカーとニコニコ静画をチェックしてみてね!