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こちらラスボス魔王城前「教会」  作者: 原雷火
シーズン8 ※Pルートは「神トーク」までの通常ルートを読み終えてからお読みください
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発動“最終魔法”

 エミルカは眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「さて……そろそろ魔王には目を覚ましていただきたいんですよ。はい」


 白衣の男の足下に賢者の首が転がった。


 賢者の視線はじっと、ぴーちゃんを見つめている。


「また……救えなかった」


「未練がましいですね。実に醜いです。はい」


 エミルカが賢者の頭を踏みつける。すると、白磁の壺が粉々になるように、賢者の頭は砕け散った。


 残された彼の身体は白い灰となって消える。まるでこの世界から、存在そのものが無かったかのように、跡形も残さず消失した。


 彼が守ろうとしていたのは、ぴーちゃん……試作六号機というのだろうか。


 その、ぴーちゃんの手でニーナの命は奪われたのだ。


「わ、わたくしになにをしましたの!?」


 ぴーちゃんの絶叫にエミルカはニンマリ口を歪ませた。


「こちらの情報を盗み出していましたよね? 分割して命令を出しておいたんですよ。はい。あなたを作ったのは誰だと思っているのですかね? パパと呼んでくれてもいいんですよ?」


 そうだ。こちらのすべてが筒抜けだったのだ。大神樹の芽を通じて、この男はすべてを見ていた。ぴーちゃんの侵入にも気づいていて、素体の性能向上をするための情報も餌としてぶら下げていたのだ。


 俺は光の撲殺剣の切っ先をエミルカに向ける。


「ぴーちゃんさんを騙したというのですか?」


「滅相もない。最初から彼女には魔王覚醒のために、その妹に近づき殺すという役割があったんです。ええ、はい」


「こんなことをしてなんになるッ!」


 俺の中で何かが切れた。


「魔王が覚醒します。はい。なぜ強大な力をもち、国一つ消し飛ばす力を持つ魔王が、こうも弱いのか。人の姿をしているのか。すべて人間の妹などという、くだらないものを守るためです。はい」


「くだらない……だと?」


「先代の魔王も人間に肩入れして、世界を滅ぼそうとはしてくれず困ったのですよ」


「誰も困ることなんてないだろ」


「そんな怖い顔しないでほしいですね。はい。ええ、困るんですよ……先代勇者としてはね」


 エミルカは眼鏡のレンズの奥で目を細める。


「まあ、説明している時間はありませんし、共に世界の滅びを見ようじゃありませんか」


 白衣の男はゆっくりとステラに向き直った。その前にアコが両腕を広げて、盾になる。


「ゆ、ゆ、勇者はボクだ! ステラさんに近づくな!」


「ええ、ええそうですね。はい。貴女のおかげで私は死んだことになりましたから、ずいぶん動きやすくて助かりましたよ」


「な、なに言ってるかわかんないけど、ゆ、ゆ、許さないぞ!」


 アコもニーナの死に動揺している。動揺しながらも得体の知れない敵に、怯まず立ち向かおうとしていた。


 そこには紛れもない勇者の姿があった。


 アコの背後でステラが呟く。


「アコ……もういいわ……あたしを……殺して」


「そんなことできるわけな……」


 敵を前にしても、アコにとってはステラが大事だったのだろう。ステラの声に振り返って、勇者の少女は言葉を失った。


 ステラの胸元に、全ての光を吸い込むような漆黒の球体が生まれる。ツメは刃物のように尖り、牙を剥きだしにした憤怒の双眸だった。肌は青黒く染まり白目は黒く塗りつぶされ、赤い、紅い炎の色の瞳が燃え上がる。


 赤い髪はさらに伸びて広がり、背中に六枚の黒翼が生える。


 それでもまだステラは人間の姿をいくらか残していた。


「ステラさん、しっかりして! 自分を見失っちゃいけないよ!」


「これが……あたしなの……ねえ……お願いだから……」


 涙を流して懇願する魔王に、勇者は力無く微笑み欠けた。


「無理だよ、ボクには……」


「そんなこと言わないで……」


「ボクは……弱いから……そんなに強い力を放ってるステラさんを……止めたくても止められないんだ」


 ようやく守りたいもののため、立ち上がろうとしていた勇者だったが……その力は圧倒的に足りていなかった。


「こんなことならスロットなんかしないで……きちんと修行しておけばよかったな……」


 ステラが俺に向き直る。


「ならセイクリッドお願い! あたしを殺して! でないと……」


 ステラの胸元の漆黒が一回り大きく膨らんだ。


「このままだと……抑えきれなくなるから……ニーナがいない世界なんて、なくなっちゃえばいいって……思ったら……あたし……」


 夢見の占い師――ルルーナの予知夢と、女王クラウディアの悪夢が目の前で実現しようとしているのだろうか。


 ステラを中心に広がる闇が世界を呑み込み、消滅する。


 クラウディアの夢では、時折……俺がそれを止めるという。


 そんな手段があるのだろうか。


 止めるということはつまり――


 俺がステラを殺すという“選択”なのか?


 エミルカは楽しげにこの光景イベントを観覧していた。


「世界が滅びればお前だって無事じゃ済まないだろ?」


「おや、口調が素に戻ってますね。はい。ええ、ご心配は無用です。その時はまた、特異点から再開できますから」


 この男には世界が滅ぼうがどうでも良いというのか?


 エミルカは続けた。


「貴方は知らないでしょうけど、ここによく似た別の可能性の世界ではですね、貴方と魔王ステラが出会った時に二回。アイスバーン討伐までに三回。ピッグミーで一回。ラクシャとマリクハの時に四回。南の島で二回。ほかにも数え切れないほど世界が滅んでるんですよ。ずいぶんと再走させられましたね、はい」


 世界を……やり直している?


「お前は……時間を戻せるのか?」


「ちょっと違いますね、はい。ただ講義している時間もありませんし、また別の世界の時にでも、詳しくお聞かせしますです。ええ、貴方は貴方ではないでしょうけど」


 エミルカは俺にそっと開いた手を差し出した。


「さあ、お選びください。世界を救って仲間を失うか、仲間を救って世界を滅ぼすか。まあ、仲間を救っても世界が滅びれば、意味はないでしょうね、はい」


 俺にステラを殺させる。


 それがこいつの……エミルカという男の“願い”なのだ。


 ステラの胸の黒い球体がさらに膨れ上がった。


「ごめん……ごめんねニーナ……お姉ちゃんになれなくて……ちゃんと守って……あげられなくて……」


 闇の球体がステラを呑み込んだ。


 彼女がいた場所を中心に闇が広がっていく。


 木々がざわめき風が吹いた。


 風は渦を巻きステラを呑み込んだ闇の中へと落ちていく。


「ステラさんッ! ボクの手をとって!」


 アコが剣を捨て、ステラに腕を伸ばした。


 いけない。あの闇に触れてはならないと本能が警鐘を鳴らす。


「いけませんアコさん!」


 大神官の俺に戻ると、アコの身体を引き剥がそうとした。


 が、それよりも早く、アコは右の手首を闇の球体に突き入れてしまっていた。


 彼女の手首から先が消滅していた。


「あ、あれ……ボクの手が……お、おかしいな……死になれてるのに……すっごく……痛いや」


 すぐに回復魔法で傷を塞ぐ。


 が、アコの右腕は再生しなかった。闇に呑まれると冒険者といえど、元には戻せないらしい。


 もはや闇の球体の内部がどうなっているのか、ステラが無事かも定かではない。


 他の誰もが声を失った。


 エミルカだけが楽しげに闇が広がるのを見入っている。


「ええ、そうです。他に可能性がないなら、この世界を滅ぼしてくれないと困ります。はい」


 俺に背後から抱かれたまま、アコが言う。


「なんとかならないのかな? セイクリッドなら……できるんでしょ?」


「私には……もう……」


 ステラの胸に光の剣を突き立て、勇者に代わって魔王を倒すしか世界を救う術はなかったのだ。


 それができなかった。


 アコが続ける。


「ねえセイクリッド……やっぱりボクがステラさんを倒すしかなかったのかな? そうだよね? 大神官の仕事に魔王討伐は……含まれないんだよね」


 少女の頬を涙が伝い落ちる。


「いえ、貴女が責任を感じることはありません」


 せめて最期の時くらいは、心安らかであれと願う。


 願う……願い……人の想い。


 それを力に変える究極にして最強最後の最終魔法。


 歴代教皇に受け継がれてきた、その魔法を俺が使えれば……この絶望的な終わりだけは回避できたかもしれない。


 その時――




「まったくセイくんったら、お姉ちゃんがいないとなーんもできないんだから」


 遺跡の塔の中から声が響いた。


 塔の中の大神樹の芽が輝くと、それは一気に成長して塔を内部から突き破る。


 大樹となったそれから、再び声が響いた。


「大丈夫よん♪ なにかあった時は、ヨハネちゃんがぜーんぶなんとかしてあげるって約束したでしょ?」


 大樹の根元から、教皇ヨハネが姿を現した。


 全身が樹皮に覆われ、体のあちこちから色とりどりの花が芽吹いている。


 この世界のあらゆる生命を全身に宿した……いや、全身全霊を捧げて人間であることを捨ててしまった異形の姿だった。


 エミルカが片方の眉尻を上げる。


「ほぅ……これは新展開ですね、はい」


 そんなエミルカに一瞥くれることもなく、ヨハネは魔法力を手に集めると光の槍を生み出した。


「姉上……遅すぎました」


「ごめんねセイくん。あたしが発動させた最終魔法って、魔王ちゃんが覚醒した時に起動するやつなの。手遅れになった時のための奥の手ってやつ……これでも全力で来たのよん? 間に合わないかと思ってたんだから」


 ヨハネは光の槍の投擲体勢に入る。


「だけど……セイくん……全部は救えないの。これだけの力を“なかったこと”にするには、ヨハネちゃんもそれなりの代償を払わなきゃいけないし……だけど安心して。魔王ちゃんの魂が天の国、光の園で妹ちゃんと出会えるようにするわ。ヨハネちゃんも向こうに行くから……だから、次の教皇はセイくんね」


 あの光の槍がヨハネの最終魔法……なのか。


 エミルカは阻止しようともしない。


「おお、これが最終魔法ですか。美しいです。はい。ここまで何度もやり直してよかったです。ええ」


 エミルカのノイズのような声に惑わされそうになった瞬間――


 ヨハネが凛とした美しい声を響かせた。


「よく見ててねセイくん。ううん、次の教皇聖下。お姉ちゃんよりセンスあるんだし、一回見れば最終魔法ねがいよかなえの本質、理解できると思うから」


「姉上いったい何を言ってるんですか!?」


「遺言っていうか、引き継ぎ? みたいな」


 一瞬、俺の脳裏に誰かの姿が浮かんだ。


 ルルーナにも似た……誰だったろう。いかん……集中しろ。ヨハネの放つすべてをこの目に焼き付けろ。


「じゃ、あとのこと、よろしくね……ごめんね魔王ちゃん」


 ヨハネの生命……魂……すべてを込めた光の槍が投げ放たれた。


 投擲したヨハネの肉体は枯れ木のように朽ち果てる。


 もはやあの光の槍がヨハネそのものとなったのだ。


 膨らんだ黒い球体に槍は突き刺さると、激しい魔法力のぶつかり合いと振動を伴い――




 ブンッ!




 と、一度空気を大きく震えさせてから、ステラを呑み込んだ闇の球体は泡のようにパチンと爆ぜて消えてしまった。


 そこにはもう何も残っていない。


 半円形にえぐれた地面があるだけで、魔王も教皇もこの世界から消えてしまった。


 アコが手首から先のなくなった右腕を前に出す。


「ステラさん……ステラさんッ!? ステラさああああああああああんッ!!」


 この場でただ一人、甘美な酒にでも酔ったように満足げなエミルカ以外の絶叫がこだまする。


 張り裂けんばかりの声だ。


 みんな泣いていた。


 俺も……いや、俺たちは大切なものをいくつも失った。


 だが、世界はこうして残っている。


 俺の腕からするりとアコの身体が抜ける。


 彼女は膝から崩れ落ち、ステラの名前を呟き続けている。


 エミルカが笑った。


「勇者が挑むラスボス戦には聖歌隊が歌うと相場が決まっているのですが、まあ、こんなものでしょうかね。終わってみればあっさりとしたものです。はい……おめでとうございます。生き残った全てのみなさま。全ての生命よ! この世界が続くことを心より祝福いたします。はい」


 こいつだけは……エミルカだけは許すわけにはいかない。


「おやおやおや、どうしました新教皇聖下。そのような恐ろしい顔をして。数人消えたくらいで、世界は救われたんですよ。はい」


「それがなんだっていうんだ……」


「まあ、世界はだんだんと死んでいくのですけどね、ええ。いきなり終わっていた方が、苦しまずに済んだかもしれませんが。まあ、がんばってください。はい」


 勝てる見込みはなくとも、戦うべきか。


 俺は教皇を受け継いだ。もし、俺が死ねば教皇庁は統制を失うだろう。後継者争いとなり世界の緩慢な無気力化の調査もままならず……。




 いや、それがなんだというのだ。




 今、こいつに挑まなければ、なんだというのだ!

ちょっと長いので分割

八時に続きを出します

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